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第16話 奴隷商会「アバター」

 オッサンたちを見送った後、酒場に戻ったエルは酔いつぶれて寝てしまった二人を連れて帰ろうと両脇に担いだ。


 すると店の奥から一人の男が出て来て、


「帰るなら、代金を払ってくれ」


「勘定は今オッサンたちが払ったじゃないか」


「お前さんの分はもらったが、その女二人の飲み代はまだだ」


「・・・そうか、奢りになるのは俺だけだったな。だがこいつらは寝ちまってるし、俺は金を全部ギルドに預けていて手持ちがない。困ったな」


「・・・まさか食い逃げをしようってんなら、やめた方がいいぞ」


 すると男は懐からナイフを抜き、それをチラつかせてエルを脅してみせた。たがエルは、


「真の男は食い逃げなんかしねえ。だがどうしても俺を信用できねえのなら、相手になってやってもいい」


 そして腰のナイフを抜くと、男に対抗するように構えた。それを見た酒場の酔客たちが活気づき、


「おい、ケンカが始まったぞ!」


「いいぞ女騎士! そんな用心棒やっちまえ!」


 酔った勢いでエルをけしかける酔客たち。


 だがエルはナイフを構えてはいるものの、その場から一歩も動けないでいた。



(この男、強い! ただの用心棒のくせに、構えには一寸の隙もないし、底の知れない恐ろしさも感じる。このまま戦いに突入すれば俺が負ける)



 エルは前世の中学時代に地域の学校を束ねる総番長にまでのしあがっており、その後の高校生活も含めて毎日ケンカに明け暮れていた。


 だからケンカ相手の強さは直感的に分かるのだが、目の前に立つこの男はこれまで戦った誰よりも強いことを本能で理解していた。


 だからこそ逆に腕試しをしたい気持ちもあったが、あっさりナイフをしまうと男に言った。


「明日の朝には必ず金を持ってくる。だからこの俺を信用してはもらえないか」


 兜越しに真っすぐ見つめるエルに、男もナイフをしまうとニヤリと笑った。


「いいだろう。お前さんが信用できる人間かを試してみただけだが、どうやら大丈夫のようだ。明日の朝、俺の部屋まで金を持って来い」


「わかった。オッサンの部屋ってこの店でいいのか」


「ここは夜だけだ。日中はすぐ近くにある奴隷商会「アバター」にいるから、そこを尋ねてくれ」


「奴隷商会・・・」


「そうだ。そのアバターって店はこの街で一番大きな奴隷商会で、扱う奴隷の数も最大。だから俺たちのような用心棒も必要になるってわけさ」


「なら明日の朝はそこに代金を持っていけばいいんだな。ところでオッサンの名前はなんて言うんだ」


「俺か? 俺は風来坊のジャンだ」




            ◇




 翌朝、ギルドのカウンターには二日酔いでボロボロのエミリーが立っていた。


「・・・エル君、昨夜は部屋まで送り届けてくれたみたいでありがとうね」


「エミリーさんが珍しく酒に酔っていたからな。昨夜のことは覚えているか?」


「それが途中から全然記憶がなくて・・・私何か変なこと言ったかしら?」


「・・・いや、覚えてなければそれでいい。じゃあエミリーさんの酒代が15Gで、シェリアの分は俺が立て替えるから全部で30G出してくれ」


「じゃあエル君の口座から15G引いておくから、はい銀貨3枚。ところでシェリアちゃんは大丈夫?」


「昨夜は結局あいつの部屋に泊まったんだが、ひどい二日酔いでベッドから起き上がれない状態なんだよ。だから今日はクエストを休みにして、酒代を払いに行ったら俺もそのまま家に帰るよ」


「わかった。・・・私も気持ち悪いし、今日は早退でもしようかしらね」




 ギルドを出たエルは、繁華街の少し外れにある奴隷商会「アバター」に到着した。かなり大きな建物で、入り口には奴隷を買い求める客の馬車が何台も停まっていた。


 エルはつまらなそうにそれを見ると、正面から入らず建物の裏口へと回った。


 裏は搬入口になっていて、ジャンの手下と思われる男たちが見張りをしていたが、既に話が通っているらしく、エルの姿を見るとすぐに建物の中にある用心棒の控室まで案内してくれた。


 その控室の奥にあるソファーでは、ジャンがいびきをかいて眠っており、手下が身体を揺すると眠い目をこすりながらゆっくり起き上がった。


「・・・おう、随分早いな。金は持って来たのか」


「二人分で30Gだ。確認してくれ」


 そう言ってエルは銀貨3枚をジャンに手渡し、その1枚1枚をじっくりと確認したジャンは、


「いいだろう。代金は確かに受け取った」


「そうか。なら俺は帰る」


 そしてさっさと部屋を出ようとするエルに、ジャンは声をかける。


「待ちな!」


 エルは振り向かずジャンに問い返す。


「何だ。金は払ったし用はもう済んだはずだ」


 だが部屋の出口をさっきの手下がふさぐと、さらに数人の手下たちがエルを取り囲んだ。


 エルはジャンに振り返ると、


「どういうつもりだ。もし因縁をつけるつもりなら、俺も本気を出させてもらうぞ」


 そう言ってエルは剣を抜くと、それを真っすぐ構えてジャンを威嚇した。その研ぎ澄まされたオーラに、周りの手下たちは1歩また1歩と後ずさる。


 だが、


「おいおい勘違いしてもらっては困る。俺は別に因縁をつけるつもりじゃなく、お前さんに仕事を斡旋しようとしただけだ」


「・・・仕事だと?」


「そうだ。実は今日この店で、大規模な奴隷オークションが開催される。その警備を俺たちと一緒にやってもらいたい」


「断る」


 間髪容れず断ったエルに、ジャンは理由を尋ねる。


「なぜ断る」


「俺は奴隷商人が大嫌いだからだ」


「なんだそんなことか。なら報酬として30G渡すと言ったらどうだ」


「30Gだと。たかが警備でなぜそんな破格の報酬を」


「奴隷女どもの警護をするため、腕の立つ女冒険者を探していたんだが、ギルドに依頼を出しても誰も応募してこなかったからだ」


「ギルドに依頼を?」


「そうだ。今日出品する奴隷女は貴重な商品で、男の用心棒だと商品に手を出しかねないので、多少の金を積んでも女冒険者を必ず雇えとのオーナー命令だ」


「事情は分かったが、絶対に嫌だ」


「気持ちは分らんでもない。女冒険者が一人も応募してこなかったのは、奴隷女たちが売られていく姿を見たくなかったんだろうし、それに加担している後ろめたさもあるだろうからな」


「そこまで分かってるのなら募集なんか止めろよ! とにかく俺は帰らせてもらう」


「まあ待て! 少し落ち着いてよく考えて見るんだ。お前さんが今日この仕事を手伝おうが手伝うまいが、奴隷女は必ず売られていくし、そういったことは世界中で繰り返されている」


「・・・だからどうした」


「仮にお前さんが仕事を引き受けずに、ウチの手下が女に手を出してしまったとしよう。その場合、手下はオーナーから処分されて俺も多額の違約金を払わされる。そして手を出された女は商品価値が下がり、もしかしたらいい買主に恵まれたかもしれないところを、娼館に安値で買いたたかれる。つまり娼館だけが得をする結果となる」


「何だと・・・」


「だがお前さんが仕事を受けてさえくれれば、お前さんの懐に30Gが転がり込んでくるだけで、他の誰も損をしない。それにこれはいい社会勉強になるはずだ。お前さんはどうやら奴隷商人に恨みを持っているようだが、この仕事は敵の内情を知る絶好の機会となる」


「敵を知る絶好の機会・・・」


 それだけ言うと、ジャンはソファーに腰を下ろしてエルの答えを待った。


 エルはしばらく考えた後、


「いいだろう。だが今回限りだからな」




            ◇




 エルの仕事は奴隷女が買主に引き渡されるまでの警護であり、最初の持ち場は奴隷女たちが詰め込まれている地下牢だった。


 インテリは男なので中に入ることが許されず、エルは一人で地下牢へと降りて行った。厳重な扉を開けて地下牢の中に入ると、その先にある檻の中には5人の奴隷女たちが鎖でつながれていた。


 何もかもを諦めてしまったのか、女たちは特に泣き叫ぶこともなく、虚ろな目でその時が来るのをじっと待っていた。


 その5人はいずれも15歳から20歳ぐらいまでの若い美女で、全員全裸だったがその首筋にはまだ奴隷紋が刻まれておらず、肌は綺麗なままだった。


 そんな牢屋の中に一人のみすぼらしい少女が入って来ると、奴隷女を一人ずつ鎖から外して全身の汚れを丹念に拭き取り、オークション会場用の扇情的な下着を着せ始めた。


「確かにこの仕事は男の用心棒には無理だ。女の身体になってしまったこの俺ですら、目のやり場に困ってしまうからな」


 かなり長い時間をかけて、5人全員分の準備を終わらせた少女は、エルに一礼すると地下牢の厳重な扉の脇にある詰め所の中に入って行った。


 オークションが始まるまではエルもそこで警備をすることになっており、地下牢の重い扉を閉めると少女の後に続いてその部屋に入った。





 詰所には扉はなく中もかなり狭い。警備員用の椅子を二つ並べただけで部屋が一杯になるほどだ。


 エルは隣に座る少女の姿を間近で確認する。


 年の頃は10歳にも満たないような幼さだったが、南国の海を思い出させるようなマリンブルーの髪と、右だけが長く尖った耳が特徴的な美しい少女だった。


 エルは少女に話かける。


「キミはここの下働きなのか」


 すると少女はエルを見上げて、


「こんにちは用心棒さん。本当はラヴィもここの商品なんだけど、売れ残ったからこうして下働きをしているのよ」


「売れ残った・・・つまりキミも奴隷なのか」


 エルがそう言うと、ラヴィと名乗る少女はエルに背中を向けてその長い髪をかき上げた。するとエルと同じような場所に、模様は異なるが奴隷紋がハッキリと刻印されていた。


「ラヴィは7歳の時にこの奴隷商に売られてきたの。でもお友達はみんなすぐ買われてしまったのに、ラヴィだけが売れ残ったの。たぶんラヴィには片方の耳がないからだと思う」


 そう言って左耳を見せると、耳たぶが半分ばかり欠けていた。もっと幼い頃に傷つけられたのか、痛々しさは残るものの傷としては完全に治癒していた。


 だがエルは彼女のように長い耳を持つ人間を見たことがなく、どこから来たのか尋ねてみた。


「ラヴィは遥か南の大陸からやって来たの。そこはとても暖かく平和な里だったけど、ある日盗賊がやってきてラヴィとお友達を拐って行ったの」


「ラヴィは盗賊に拐れたのか・・・くっ、こんな小さな子供を拐うなんて許せんっ!」



 ドゴーーーンッ!



 エルは怒りに任せて、詰所の石壁を殴りつけた。


 自分の欲望を満たすために、平気で他人の命や財産を奪い取る盗賊。


 そんな悪党によって、昨日まで里で平和に暮らしていたラヴィのような幼い少女が、ある日突然奴隷にされてしまったのだ。


 バラバラと崩れ落ちる石壁を見ながら、ラヴィは不思議そうにエルに尋ねる。


「用心棒さんも盗賊の仲間だと思ってたけど、ひょっとして違うの?」


「この俺が盗賊の仲間だと? 俺は悪党を叩きのめす正義の番長、桜井正義! ・・・ではなかった、冒険者のエルだ。ちなみにこの辺りに出没する盗賊どもはこの俺が全員血祭りに上げた」


「用心棒さんはエルって言うんだ。自己紹介がまだだったけど私はラヴィ。見ての通りハーフエルフよ」


「ハーフエルフ? 何だそりゃ?」

 次回「奴隷オークション」。お楽しみに。


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