第86話 閃光
岩山の裂け目の底までたどり着いたエルたち。
複雑に入り組んだ岩の隙間をタイガの示す方角に進んでいくと、再び大きな裂け目に出くわした。
「エミリーさん、もう一度頼む」
「任せてエルくん」
エミリーの起こした噴流でフワリと舞い降りたその先は、比較的広い坑道だった。
「よし侵入成功だ。行くぞ野郎ど・・・もがっ」
エルが気勢を上げるが、アレクセイが慌てて彼女の口を塞ぐと岩陰に身を潜めるよう指示した。
「・・・静かにしろ」
「わ、悪い・・・」
「ヒューバート騎士団の負担にならないよう、なるべく多くの構成員を崩落に巻き込みたい。誰にも気づかれずに居住区まで進むぞ」
「了解した」
灯りに頼らず、薄暗い坑道を歩いていくエルたち。
岩肌には光苔がこびりついており、そこから発する僅かな光で何とか足下が見えている。
そんなエルたちの進む方向に、ランタンの明かりの揺らめきが見えた。
「賊だ。俺が倒してくる」
剣を抜いたエルの肩をアレクセイが掴む。
「待て。奴らを相手にカタストロフィー・フォトンの練習をしよう。今から俺が実演してみせるから、二人はよく見ておけ」
「いよいよか」
「承知しましたわ」
全員が岩陰に隠れたのを確認し、ゆっくりと呪文を唱え始めたアレクセイと、その一言一句をメモに書き写すエルとソフィア。
詠唱が進むほどに、アレクセイの身体を包み込むように光属性オーラが巻き上がり、二人はその流れを肌で感じ取る。
一方、坑道の岩肌を照らすランタンの光がどんどんこちらに近づいてきて、ついにエルたちが潜む岩陰からも男たちの姿が視認できた。
同時に相手もこちらに気づいたが、既に詠唱を完了していたアレクセイが右手を真っすぐに突き出した。
【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】
カッ!
果たしてこれはどういう魔法なのか。
その発動する瞬間をよく見ておこうとした二人は、炸裂する閃光をまともに見てしまった。
「「め、目がっ!」」
網膜が焼き切れて失明する二人。
急いで回復魔法を自分たちにかけたが、視力が回復するまでに聞こえてきたのは、岩陰にうずくまっている仲間たちの息づかいのみだった。
「アレクセイ、賊はどうなった」
視力を確かめながらゆっくり立ち上がったエルが、目の前に立つアレクセイの背中に声をかける。
こちらを振り返ったアレクセイの背後では、ドロドロに融けた岩肌が赤黒い光を発していた。
「何だこれは・・・」
シェリアが発動したバリアーのおかげで熱が遮断されていたが、賊の所持品であろう短剣が熱でひん曲がって地面に落ちている様子から、そこが灼熱地獄なのが容易に想像できた。
「賊は二人とも蒸発した」
「蒸発・・・さっきの光でか」
「そうだ。この魔法の真髄は光線で敵を焼き尽くす所にあるが、魔法を見ると目が潰れるため実際の発動のメカニズムは言葉で伝えるしかない。まずはその光線が何かと言うとだな・・・」
「光線だとっ?! すげえぜ!」
「え? お前は光線がイメージできるのか? この世に存在しない物なのに」
「そんなのテレビで見飽きたよ。簡単すぎてあくびが出ちまうぜ」
「何を言ってるだお前・・・」
自信満々のエルを訝しげに見つめるアレクセイと、光線がどういうものか分からず、アレクセイに説明を求めるソフィア。
その間エミリーたちがアイスジャベリンで地面を冷却し、ソフィアがようやく納得した所で先に進むことになった。
だが少し進むと、またしても賊が現れた。
「今度はお前たちがやってみろ」
ロザリオを手渡されたソフィアがコクリと頷くと、呪文の詠唱を始めた。
【ピンヤコンランパ アラテクマクマヤ テクリプルビンハゲビマ マハンチャパンムポップクマコンルパ プンクマハリタフードビン ピンヤコンランパ アラテクマクマヤ テクリプルビンハゲビマ マハンチャパンムポップクマコンルパ プンクマハリタフードビン】
「う、ウソだろ? なんでこんな長い呪文を一度聞いただけで」
スラスラと呪文を詠唱するソフィアを驚愕の表情で見つめるエル。
一方、軽やかなメロディーに乗せて詠唱が終わったソフィアの身体には、膨大な光属性オーラが満ち溢れていた。
そして、
【光属性固有魔法・カタストロフィー・フォトン】
カッ!
魔法の発動前に、慌てて地面に伏せたエル。
だが聞こえて来たのは賊たちの悲鳴だった。
「うわっ眩しいっ! 目が、目がーーーっ!」
数人の男たちの叫び声にエルは、どうやらソフィアが魔法の発動に失敗したことが分かった。
「なら俺の番だ!」
坑道のど真ん中で目を押さえてうずくまる賊たちに向けて、メモを頼りに詠唱を始めるエル。
「えーっと何々、ピンヤ・・・コンラ・・・ンパ? アラテ・・・クマクマ・・・」
いくら光線のイメージが分かっていても呪文が詠唱できなければ魔法が発動するはずもなく、そうこうしてるうちに賊の視力が回復してしまった。
仲間の元へと駆け戻ろうとした賊に対し、だが彼らをマジックバリアーが包みこんだ。
【風属性魔法・ウインド】
そしてエミリーが魔法を発動させるとエルたちに向けてそよ風が吹き、それと同時にバリアーの中では賊たちが喉をかきむしって苦しみ出した。
「この技はレッドオーシャン討伐戦の・・・」
「そう、バリアーの空気を全部外に出したの。こうすれば中の敵は窒息するし、音は一切外に伝わらない」
そしてピクリとも動かなくなった賊をバリアーから解放し、その亡骸をシェリアのファイアーで焼き尽くした。
「これで証拠隠滅完了よ。それにしても呪文を覚えるのが絶望的に下手ねエル」
「うう・・・」
シェリアにバカにされてしょんぼりするエルに、得意げな顔を見せるソフィア。
「今回は失敗いたしましたが、どうやらわたくしの方が先にマスターできそうですわね。ウフフ」
「くっそーっ!」
◇
あと少しで居住区という所までたどり着いたエル。
ここに至るまでに何度もカタストロフィー・フォトンを試してみたが、まだ二人とも成功していない。
「どうして魔法が発動しないの・・・勿体ぶらずに、アナタのやり方を教えなさいよ!」
「だから教えてやってるだろ! 光線って言えばスペシウム光線。腕を交差させて『デャッ』だ」
「そんな説明でわかるわけないじゃない!」
また言い争いを始めた二人に、エミリーが優しく微笑みかけた。
「練習を始めてまだ一日目じゃない。従姉妹なんだからケンカはダメよ。ほら握手」
そう言って無理やり二人を握手させたエミリー。
するとエルは頭を掻きながら、
「少し頭に血が上っちまったな。自慢じゃないが俺はキュアの呪文を覚えるのに半年もかかった人間だし、この魔法はもう諦めたよ」
そんなエルを、あからさまにバカにするソフィア。
「キュアで半年って・・・遅っそ」
「仕方がないだろ。俺は体育以外の勉強が苦手で特に暗記が大嫌いなんだ。お前が羨ましいよソフィア」
「わたくしが羨ましいですって?」
「ああ。俺と見た目がそっくりなのに頭の出来がまるで違う。どうしてそんなに頭がいいんだ」
「頭がいい・・・このわたくしが? そんなこと誰にも言われたことないのに・・・」
「いや、メチャクチャ頭いいよお前」
「そ、そうかしら。わたくし、お兄様を支えるために必死に勉強してきたのでこの程度の呪文・・・」
突然エルに褒められ、拍子抜けするソフィア。
「それに身体つきも戦闘向きだし羨ましいよホント」
「ええっ!? こ、このわたくしが戦闘向き?」
「ああ戦闘向きだ。見ての通り俺は胸と尻が大きすぎて戦闘中は邪魔にしかならないが、お前はスリムで素早い動きが可能。その頭脳と身体があれば次の武闘会は圧勝だぜ」
「む、胸とお尻・・・く、くうぅぅっ! このわたくしだってあと二年もすれば、お兄様に相応しい魅力的な淑女になってみせますから、このバカっ!」
「痛てーーーーっ!」
顔を真っ赤にして怒ったソフィアに思いっきり脛を蹴られたエル。
そんな二人の様子を見ていたアリアだったが、突然何かを思い出したかのように呟いた。
「この状況は確か・・・わたくしに考えがあります。お二人が力を合わせて魔法を発動させるのです」
「「え?」」
「まずソフィア様が、エル様のアポステルクロイツの指輪に手を添えた状態で呪文を詠唱し、その後エル様が魔法を発動させます」
「他人の詠唱呪文でも魔法って発動するのか?」
「普通はできませんが、今のお二人なら可能です」
自身を持って断言するアリアに、すかさずシェリアが反論する。
「そんな話聞いたことがないわ。魔法は洗礼による神との契約をトリガーに、本人による正しい呪文詠唱と魔法動作の正しいイメージが揃って初めて発動する」
「それはその通りだけど、今の状況に限ってはそれができるの。このわたくしを信じて」
「無駄だと思うけど・・・」
魔法の知識に関しては絶対の自信があるシェリアが訝しげにアリアを見つめるが、ダメで元々、エルはアリアのアイディアを試すことにした。
◇
エルの指輪に手を添えたソフィアの詠唱が進むほどに、身体が光属性オーラで満たされていくエル。
その詠唱が終わった瞬間、ソフィアから離れたエルが両手を十字に交差させる。
そして遠くの岩壁にその魔法を放った。
【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】
カッ!
目をつぶっても遮られることのない強烈な光。
地上に太陽が落ちてきたかのような閃光が辺りを包み込むと、ジュッと岩石が溶け出す音が聞こえる。
だが閃光はほんの一瞬で、ゆっくり目を開けたエルがそこに見たものは、アレクセイがやってみせたような赤黒く不気味に光る岩肌だった。
「・・・やった成功だ!」
「ウソ・・・でしょ」
ガッツポーズを決めるエルと、それを呆然と見つめるシェリアとソフィア。
ここにいる全員の魔法知識が覆される中、ただ一人成功を確信していたアリアが満足そうに笑っていた。
次回もお楽しみに。
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