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第83話 ブラコン妹ソフィア

 ひと仕事を終えて、客間へと通されたエル。


 広く豪華な部屋の真ん中にはオーガ仕様の巨大なベッドが鎮座しており、みんなが合流するまでの数日をここでシェリアと過ごすこととなった。


 部屋ではオーガの侍女たちがズラリと待ち構えており、血まみれドレスをはぎ取られたエルは、全身に浴びた王たちの血反吐を風呂で綺麗に洗い流された。


「エル様、着換えのドレスはどういたしましょうか」


「あとは飯食って寝るだけだし、もうドレスなんか着ねえよ。自分で部屋着に着替えるからシェリアの面倒でも見てやってくれ」


 ゆるふわワンピに着替えたエルは、シェリアが風呂に入っていくのを見届けると、髪も乾かさずに客間のソファーに寝そべった。


「今日まさか戦闘になるとは思わなかったが、おかげで他の鬼人族の協力も取り付けた。思わぬ大成果だ、ウシシシシ」


 みんなの驚く顔を想像していると、さすがに疲れたのかエルはいつの間にか眠ってしまっていた。



           ◇



「お疲れのところ申し訳ありませんが、マルス様とソフィア様がお見えです。いかがいたしましょうか」


 申し訳無さそうにエルを起こしに来た侍女が、あの兄妹の来訪を告げていた。


「・・・ふぇ? 何だアイツらが来たのか。追い返すのもあれだし会ってやるか」


「かしこまりました」


 おそろいの部屋着を着てベッドに寝そべっていたシェリアがエルの隣にちょこんと座る。


 それと同時に、あの兄妹が侍女に案内されてきた。


「この度はソフィアが大変ご迷惑をおかけしました」


 マルスが深々とお辞儀をするが、兄に連れられて嫌々ここに来たのか、当の本人はふてくされた顔でそっぽを向いている。


「ソフィア、ちゃんと謝りなさい」


「お、お兄様・・・」


 マルスが冷たい目でソフィアを睨むと、彼女はしぶしぶ頭を下げた。


「王たちを怒らせたことは謝罪いたします。申し訳ありませんでした。ですがあなたを後継者と認めることは絶対にできません」


「ソフィア!」


 マルスが注意するも、すぐに頭をあげたソフィアは兄の腕にしがみついてエルを睨みつけた。


 そんなソフィアに、エルは頭をかきながら、


「さっきも言ったように俺は魔王の後継者とやらになるつもりはない。謝罪はいいからそこに座れ」


「承知しましたエルさん。ソフィアは大人しくしてるんだぞ」




 柔和な笑みを浮かべてエルの向かいに座ったマルスと、無表情でその隣に座るソフィア。


 エルは改めて目の前の華麗な兄妹を観察する。


 兄マルスはエルより年下の15歳だが、貴公子然とした美男子で線も細く、見事なまでの王子様だった。


(コイツ、不良漫画には絶対出てこねえタイプだな。男臭さが微塵もしねえぜ)


 エルがつぶやくと、シェリアもそれに同調した。


(クリストフもそうだけど、この手の男って冒険者には全然向いてないのよ)


 その隣のソフィアも絵に描いたようなキラッキラのお姫様だが、なまじ自分に顔が似ているため、エルは複雑な気持ちになっていた。


(コイツを見てると、自分が姫になったみたいで本当に反吐が出るぜ。とほほほほ)


(アンタも正真正銘の姫でしょ、そろそろ現実と向き合いなさいよ。それにしてもこの娘ちょっとエルに似すぎよね。アンタたち本当は血がつながってるんじゃないの?)


(アホか! 俺に魔族の親戚なんかいねえよ。しかしここまで顔が似てるとどうも他人って気もしねえし、この際ちゃんと躾けておくか)


(え、エル?)




「なあソフィア、ガキのくせに少し暴言が過ぎるぞ。このままだとろくな大人にならねえし、よく考えてから口を開くようにしろ」


 突然エルがそう言うと、ソフィアはキッと睨みつけながら、


「大きなお世話です。お兄様に叱られたので一応は反省いたしましたが、暴力で物事を解決しようとするあなたにだけは言われたくありません。ふんっ!」


 そっぽを向いて言い返すソフィアに、エルはカーっと頭に血が昇った。


「口答えをするなっ! 妹のくせに生意気なんだよ、お前は。ほんと憎ったらしい・・・」


 すると今度はソフィアが顔を真っ赤にして、


「いつわたくしがあなたの妹になったのです! どこの馬の骨とも分からない女に、お兄様は絶対渡しませんからねっ!」


「今マルスは関係ねえだろ! そもそもお前が紛らわしい顔をしてるから言い間違えただけだ! それが嫌なら今すぐ顔を変えろ!」


「あなたこそその顔を変えなさいよっ! ていうか、わたくしの国から早く出て行きなさい!」


「ぐぬぬぬぬぬ・・・」


 顔を真っ赤にして互いに睨み合う二人に、ため息を一つついたマルスがソフィアを叱りつけた。


「いい加減にしないか、ソフィア!」


「ですがお兄様・・・」


「エルさんはお前のために言ってくれてるんだ。謝りなさい」


「くっ・・・も、申し訳ありません」


 マルスに叱られたソフィアは、しばらく黙っているよう命じられた。



           ◇



「重ねがさね、ソフィアが失礼いたしました」


「もういいよ別に。それに謝罪をするためだけにここに来たわけじゃないだろ」


「ええ。実はまだちゃんと自己紹介もできてませんので、改めてご挨拶をと」


「そう言えばそうだったな。俺はまだお前たちの名前しか聞いてなかった」


「では改めまして。ボクはメルクリウス帝国第一皇子マルスです。ソフィアは第一皇女で、ボクたち二人が魔王メルクリウスの代わりに魔王軍を率いるつもりでした。ですがやはり父の言った通りに・・・」


「ちょっと待て。お前をただの魔族だと思ってたが、メルクリウス帝国の第一皇子ということはお前の母親はまさか・・・」


「皇妃フィリアです」


「やっぱりっ! メルクリウス帝国の皇妃フィリアは俺の叔母さんらしいから、コイツらと俺は思いっきり血がつながってたわ!」


「するとエルさんはボクの従姉弟?! ボクにこんな従姉弟がいたなんて、まさか・・・」


 マルスは両親から何も聞かされていないらしく困惑の表情を浮かべており、ソフィアも目を白黒させてエルの顔を見つめている。




「ねえ、私からも質問させて」


「はい、何でも聞いてくださいシェリアさん」


「魔王メルクリウスって誰? 私の名前はアメリア・メルクリウスって言うんだけど、ウチの家名で魔王を名乗られると超迷惑なのよ!」


「アメリア・メルクリウス・・・ボクと同じ苗字だ。ぼ、ボクの父はアゾート・メルクリウスと言いますがもしかしてご存知ですか?」


「ええっ! それってウチの一族のご当主様じゃないの。魔族呼ばわりされてひどい目にあった張本人が、なんで自ら魔王を名乗ってるのよ」


「え、違うのですか? 母やゴウキ王たちは父のことを魔王と呼んでますが」


「私に聞かれても知らないわよ。そもそもご当主様とあなたのお母様が結婚していたことも私は知らなかったし、いつも聖地アーヴィンに籠もって古代魔法の研究に没頭されているものと」


「古代魔法の研究? 大海原を駆け巡った冒険の話はよく聞かせてもらってますが、そんなことまで」


「え、そうなの? じゃあひょっとしたら別人かも」




 何が何だか分からなくなり、大きなため息をつくシェリアとマルス。


 だがエルの関心はそこではなかった。


「お前の父ちゃんが何者かは知らん。だが俺がお前の親族だと知っていたから、お前の父ちゃんは俺にこの国を継がせることにしたんだな」


「・・・確かにそういった理由もあるのかもしれませんが、ボクはエルさんの正体を聞かされていませんし本当のところはよく分かりません」


「だったらなぜお前は納得した。何の関係もない俺に帝国が乗っ取られるなら、ソフィアのような反応がむしろ自然じゃないのか」


「うっ・・・そ、それは」


「何だ、言えないことでもあるのか?」


「・・・はい。実はエルさんに隠していたことが」


「隠し事だと」


「はい。父からは黙っているよう釘を刺されていましたが、正直に話します。父はボクとエルさんを結婚させてエルさんを女帝にするつもりでした。でもエルさんに断られるとマズいのでしばらく黙っていろと」


「俺とお前を結婚・・・冗談だろ?」


「父は本気です。・・・ボクにはエリス・アージェントという別の婚約者がおり、3年後に結婚して皇帝に即位する予定でした」


「そうだったのか」


「ですがエリスとの婚約が突然解消されて、代わりにエルさんと結婚しろと。しかもボクではなくエルさんが皇位を継ぐ形で」


「だからなぜそうなる」


「母が乗り気のようです。エリスが嫁いでくるのをあんなに楽しみにしていたのに、どうして心変わりを」


「俺にとっては寝耳に水だし、お前は両親の勝手な都合に振り回され過ぎだ。本当にそれでいいのかよ」


「ボクは第一皇子ですし、結婚相手を親が決めるのが当然。ですのでボクは父の命令に従います」


「マジかよお前・・・あ、でもよく考えたら俺も似たようなものか。俺の結婚相手は皇帝陛下が決めるし、その背後にはアナスタシア大公妃がいるってアレクセイが言っていた。だとするとお前の父ちゃんの一存で決められる話ではないぞ」


「確かに。エルさんはウチと敵対関係にあるランドン=アスター帝国の人間で、そこの皇帝がボクとエルさんの結婚を認めるはずがない。つまり父上がどう言おうと今回の縁談は破談になると・・・」


「おそらくな。だから婚約のことは忘れて、今は鳥人族マフィアの討伐だけに集中しようぜ」


「分かりました」


「それと俺は夏休みが終わったら帝国に帰るから、お前はエリスとかいう婚約者とよりを戻した方がいい。彼女は今どうしてる」


「行儀見習として、一年ほど前からボクたちの宮殿に滞在していましたが、先日父上が見えられた際に婚約解消を言い渡され、今は帰国準備を進めています」


「ええっ?! 一年間も一つ屋根の下で暮らしてきた彼女をそんなあっさり捨てるなんて、ちょっと可哀想すぎるだろ!」


「ボクもそう思うのですが政略結婚ですので仕方ありません。それにエリスとは最近ぎくしゃくしていて、彼女の方はボクに未練がなさそうです」


「なんだ・・・互いに納得してるなら別にいいが」


「むしろボクの方が心残りで。彼女とは最初はとても良好な関係を築けていましたが、母が妊娠のために父のいる魔王城に移り住むと、ボクたちの関係がおかしくなってしまいました」


「何かあったのか」


「ソフィアです。母がいなくなった途端、ソフィアがボクから離れなくなり、陰で彼女に嫌がらせもしていたようです。再三注意をしたのですがソフィアの暴走が止まらなくなってしまい・・・」


「またお前か!」


 ゴツン!


「痛いっ! 何をするのです、この暴力女!」


 エルがゲンコツを落とすと、ソフィアが真っ赤な顔で怒り出した。


「黙れ! 身内と分かったからにはもう容赦しない。お前のその腐った性根を叩きなおしてやる!」


「わたくしはまだあなたを親族と認めていませんし、お兄様との結婚も絶対に阻止してみせます!」


「何言ってるんだ! マルスもいずれは結婚するし、妹なら兄の結婚を祝福しろ!」


「祝福なんてするわけないでしょ。お兄様の妻はこのわたくしなの! たくさんお世継ぎを産んで我が帝国を繁栄させるのですから」


「兄妹で結婚できるか、このアホっ!」


 ゴツン!


「痛いっ・・・う、う、うわあああん!」




 ついに泣き出してしまったソフィアに、エルはキッパリと言い放った。


「よし決めた、お前は今すぐ兄離れをしろ。今日から俺が鍛えてやる」


「嫌ですっ! わたくしは絶対にお兄様から離れないんだからっ!」


「おいマルス。ソフィアは俺が面倒を見るから、お前は今すぐ宮殿に帰れ。そして彼女とよりを戻せ!」


「ですが鳥人族マフィアとの戦いは・・・」


「そんなの俺がやっておく。お前は帝国の将来のことだけを考えろ」


「しかし・・・」


「お兄様と離ればなれになるなんて絶対に嫌っ!」


 マルスにしがみつくソフィアを無理やり引き離したエルは、マルスに叫んだ。


「ソフィアを真人間にするにはこうするしかない! 今のうちだ早く行けマルス!」


「は、はいっ! ではソフィアをよろしくお願いします、エルさん」


「任せとけって!」


 エルに羽交い締めにされて泣きじゃくるソフィアを残し、マルスは部屋から走り去った。

 次回もお楽しみに。


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