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第81話 王たちの怒り

 北方山岳地帯南部に領土を持つオーガ王国は、その国土の大半が鬱蒼と木々が茂る熱帯の密林であり、オーガたちはそこで狩猟生活を営んでいる。


 他の鬼人族も全て狩猟民族で生活圏が重なっているため、連邦制が成立する前は部族間で激しい生存競争が繰り広げられていた。


 そのため各部族は自分の領地を守るために方々に支城を建てたが、そのどれもが山をくりぬいて作った堅城であった。


 中でもオーガ王国の王城は要塞と見紛うほどの堅城で、北方山岳地帯から南方のアルデシア平原へと抜ける主要街道を封鎖できる関所としても機能した。


 その王城に転移魔法で跳躍したエルは、ゴウキ王の案内で謁見の間へと駆けつけたが、そこではオークやホブゴブリン、トロールなど各部族の王たち数十名の前でマルスが演説を始めていた。


「一歩遅かったようだ。しばらくここに隠れてタイミングを図ることにしよう」


 ゴウキ王はそう言うと、入口付近の大きな柱の裏に隠れるように指を差した。


「玉座の隣に立っている女の子がソフィア? 遠くてハッキリ見えないけど、確かにアンタそっくりね」


「エルさんの妹と言っても誰も疑わないでしょうね」


「最初は俺もびっくりしたよ。そんなことよりマルスの話を聞こうぜ」


 エルはカサンドラの代わりに連れてきたシェリアとクリストフの肩を組んで柱の裏に身を潜めると、玉座に座るマルスの話に耳を傾けた。



            ◇



「・・・したのだ。そして父上はお命じになられた。長年に渡り我々を搾取し続けてきた不死王フェニックスとその配下の鳥人族マフィアどもを今こそ討てと。さあ力を合わせて立ち上がろうではないか!」


 演説を終えたマルスが真剣な表情で王たち一人ひとりと目を合わせるが、誰一人としてマルスの檄に意気を感じて立ち上がろうとする者はいない。


 それどころかマルスに対し愚痴をこぼし始めた。


「お話は分かりましたが、戦いを前に魔王様が城にお帰りになられた理由をお聞かせください、マルス様」


「せめて皇妃様がいらっしゃれば、我々も喜んで立ち上がろうというもの。お二人がこの場に姿を見せないのは、いかなる理由があってのことか」


「お二人が我らの国を訪れなくなって久しい。我々はもう見捨てられたのだろうか。本当に寂しい・・・」


「俺たちはマフィアなんか怖くねえ! むしろ大暴れしたいぐらいなのに、どうして魔王様がいないのだ」


「俺たちは昔のように魔王様や皇妃様と共に大艦隊で大海原を渡り、世界征服に乗り出したいんだ!」


 王たちは口々に思いの丈を言い放つが、次第に物騒な話になって来たためマルスは慌てて止めた


「世界征服なんてとんでもない! 我らはただでさえ大陸の嫌われ者なのに、これ以上他国に迷惑をかけてはならない!」


「他人に嫌われようと、それが我らの生き様よ」


 マルスが注意するも、王たちはそっぽを向いてまるで聞く耳を持たない。


「とにかく父上は今が好機とおっしゃられた。みんなもよく知っているだろ、父上の千里眼の恐ろしさを。父上がおっしゃったことは必ずと言っていいほど実現する。だからみんなボクと共にっ!」


「魔王様のお言葉に異を唱える者など誰もいないが、鳥人族マフィアを叩くとなると我々の被害もバカにならん。仮にマフィアを殲滅できたとしても得をするのは妖精族や獣人族ばかり。どうして我らだけが犠牲にならねばならぬのか」


「それは・・・」


「今が好機とおっしゃるのなら、エルフなりドワーフなり獣人族どもの長をここに連れて来るのが先ではないか。そして彼らも血を流すというなら、我ら鬼人族も協力してやっていい」


「そんな・・・」


 その後もマルスは誠心誠意言葉を尽くしたものの、誰一人として彼に呼応するものがいなかった。



            ◇



「マルスはよく頑張ったが、王たちの言い分にも一理ある。あとは俺が何とかしよう」


「そうね。頑張ってエル!」


 隣の柱の陰から顔を出したゴウキ王も、今が好機とエルに合図を送る。


 こうして満を持して歩み出したエルだったが、玉座の隣に立つソフィアが真っ赤な顔で叫び出した。


「この無礼者がっ! お父様の正統後継者たるお兄様の命令がなぜ聞けないのですか!」


 出鼻をくじかれ、慌てて柱の裏に戻るエル。


 一方のソフィアはその美しく整った顔を醜く歪め、開ききった瞳孔から魔力をまき散らしている。


 その鬼のような形相とあまりの剣幕に、小声で文句を言っていた王たちも恐怖で口を閉ざしてしまった。


「全てが完璧なマルスお兄様に一体何の不満があるというの! なぜそなたらは、こんなに素敵なお兄様をないがしろにするの!」


「えええ・・・」


「マルスお兄様は、鬼人族を糾合して大帝国を築き上げたお父様とお母様の長男なのです。つまりお兄様の言葉はお二人の言葉と心得なさい!」


 ソフィアのヒステリーはどんどんエスカレートしていき、黙り込んだ王たちを頭ごなしに叱りつける。


 それからしばらくは謁見の間にソフィアの声だけが響き渡っていたが、完全に我を見失ったソフィアがその言葉を発してしまった。


「繁殖力だけは一人前のそなたら鬼人族は、何も考えずにお兄様の命令に従っていればよいのです。今すぐ民に命じなさい。鳥人族マフィアと刺し違えて、数の暴力で圧倒せよと」



「・・・ふざけるな」


「え?」


「いくら魔王様の長女だからって、言っていいことと悪いことがある!」


「何ですって!」


「俺はもうお前たち兄妹にはついて行かん。何だったら帝国を脱退してやる」


「そ、そなた裏切るのですか?」


「お前が抜けるなら俺も抜けるぞ。こんなガキどもが治める国に用はない!」


「じゃあ俺もだ」


「ちょっと待って・・・」


 王たちが次々と反旗を翻していく様子に、ソフィアはガックリと膝から崩れ落ちてしまった。



            ◇



「ちょっと待ってくれ!」


 謁見の間を立ち去ろうとする王たちをかき分け、玉座の前にたどり着いたエルが大声を張り上げた。


「まずは謝らせてくれ。ソフィアいい加減にしろ!」


 ゴチン!


「痛あっ!」


 いきなり頭に拳骨を落とされたソフィアは、そのあまりの痛さと怒られたショックで言葉を失い、一方の王たちは突然現れてソフィアを叱りつけたエルに拍子抜けしてしまった。


「誰だよこの女・・・」


「このバカの発言は謝る。だが俺の話も聞いてくれ」


「・・・ソフィア様と瓜二つ。もしかして姉か?」


「いや、コイツらとは赤の他人。俺はランドン=アスター帝国から来たエル。普通の人間だ」


「ランドン=アスター帝国だとっ! 俺たち鬼人族を目の敵にする人間風情がここに何しに来たっ!」


「あれ? ウチの国ってメチャクチャ嫌われてる? あのう・・・俺は鳥人族マフィアを倒すためにここにやって来たんだが、一緒に戦わないか」


「ふざけんな! お前ら帝国人には関係ないだろ」


「いや関係あるんだけど。うーん、どう言えば伝わるんだろ・・・あ、そうだ、実はウチの家族全員奴隷だったんだけど・・・」


「ウソをつけ! そんな豪華なドレスを着て王冠までかぶった奴隷が、どこの世界にいるんだよ!」


「いっ、今はこんなナリをしているが、この春先まで本当に奴隷だったんだよ」


「ほんとかよ・・・まあいいそれで?」


「俺が生まれ育った貧民街は奴隷がわんさかいたが、その中には盗賊に拐われて奴隷に堕ちたヤツらもたくさんいた」


「へえ・・・帝国にも貧民街があるのか」


「そりゃあるさ。そんなある日、南方新大陸で拐われオーガ族の女が帝国に売られてきた」


「何だとっ! ちっ、胸糞悪い話だな・・・」


「ああ胸糞悪い話だ。奴隷オークションで彼女を見つけた俺は、他の亜人の少女たちもまとめて全員買い取った。そして彼女たちと力を合わせていくつもの盗賊団を潰してきた」


「・・・へえ、やるじゃねえか」


「その後、南方新大陸と帝国との奴隷貿易を仲介していた海賊団レッドオーシャンも壊滅させ、その元凶とも言える鳥人族マフィアの根城を見つけた」


「レッドオーシャンって・・・マジかよ」


「そして俺は鳥人族マフィアを倒すために、ランドン=アスター帝国軍3000騎と、リザードマン王国軍5000騎をオーガ王国まで進軍させた」


「なっ!」


「それだけじゃない。オーガ騎士団5000騎は既に参戦を約束してくれたし、妖精族のサキュバス王国とドワーフ王国にも使者を出した。間もなく鳥人族に対抗できる航空戦力も整うはずだ」


「さ、さ、さ、サキュバス王国だとっ?!」


「ああそうだ。セシリア王女に頼んだから、最精鋭のサキュバス部隊を連れてくるはず。それに俺の仲間の中にはエルフや猫人族もいる。戦うのは鬼人族だけではないぞ」


「それだけの戦力があれば勝てる・・・」


 エルの言葉に王たちは互いの顔を見合せ、首を縦に振ろうとした。だがそこに一人の男が歩み出て、エルの前に立ち塞がった。


「みんな騙されるな!」


 浅黒い緑の肌を持つホブゴブリンの大男が、疑いの眼差しをエルに向けて睥睨した。


「絵空事ばかり並べるんじゃねえ! 帝国人のペテン師は今すぐここから出ていけ!」


「ちょっと待て! 俺は嘘なんかついてねえ!」


「そんな軍隊がどこにいる。いねえじゃねえか!」


「だから今ここに進軍中だと。あと数日で・・・」


「俺はお前の言うことなど一切信用せん!」


「ちっ・・・ならどうやったら信じてもらえる」


「そんなの決まってるだろう。これでも喰らえっ!」


 バギャッ!




 いきなりエルに殴りかかったホブゴブリンは、だがその拳が顔面を捉える前に彼女のカウンターを食らってしまった。


 宙を舞う大男は王たちの頭上をはるかに越え、壁に激突してそのまま意識を失った。


 一瞬の出来事にあっけにとられる王たちだったが、その様子を見ていたシェリアたちは笑いを堪えるのに必死だった。


 そしてレギウス王子は、


「あいつら耄碌しすぎだろ。エルの強さを感じ取れないとはマジで情けないぜ」


「ほんとにそうね。でも人数だけはたくさんいるし、このままエル一人に任せてもいいのかな」


 シェリアが少し心配する素振りを見せたが、ゴウキ王は笑って言った。


「ここはエル殿にお任せしよう。魔王様はこの展開を望まれていたはずだし、ここを乗り切れば必ず魔王軍は再興する。我らは黙って見ていようではないか」





 シェリアたちがこっそり見守る中、玉座の前で仁王立ちになったエルが王たちに啖呵を切った。


「お前らバカどもに説明なんかしてられるか! 拳で分からせてやるから今すぐ外に出ろや、ゴルァ!」


「んだとテメェ! この女をやっちまえ!」

 次回もお楽しみに。


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