第15話 エルのDランク昇格大宴会
新パーティー「獄炎の総番長」の結成から一週間が経ったこの日、エルはDランク冒険者に昇格した。
これは新人冒険者としては異例の早さであったが、D、Eランククエストを毎日休みなくこなしたことに加え、エルを狙って貧民街に出没していた盗賊団を返り討ちにして壊滅させたことが評価されたのだ。
ライセンスカードを更新したエミリーがニッコリとほほ笑みながら、それをエルに手渡した。
「エル君、おめでとう!」
「ありがとうエミリーさん、そしてみんな」
エルの周囲にはインテリとシェリア、そして仲のいい冒険者仲間が集まり、盛大な拍手が鳴り響いた。
「さすがアニキや。総番長の名は伊達やあらへんな」
「まあな。だが真の男は強さだけではダメだ。正義を貫く真っすぐな心が伴わないとな」
「エルやったわね! あなたの強さはこの私が保証するんだから早くCランクまで上がって来なさい。もちろんその頃には私はBランクになっているけどね」
「おう! すぐに追いついて見せるぜシェリア」
「ええ、お互い頑張りましょう」
そう言ったシェリアはエルの両手を掴んで、なぜかうっとりした眼で見つめる。それをインテリがすぐに引き離そうとするが、
「シェリアはんはアニキと距離が近すぎる。ワイこそがアニキの一の子分なんやから、兄貴分のワイに対してもっと遠慮が必要やで」
「何が兄貴分よこのキモ妖精。エルは私の妹分なんだから、かわいがってあげて当然でしょ」
「その丸太ん棒みたいな体型やとシェリアはんの方が妹分に見えるし、何で目がハート型になってるんや」
「ハートになんかなってないわよっ! これは妹を慈しむ姉の眼なのっ!」
「ホンマかいな・・・」
シェリアと出会ってからの一週間。いつも言い争いばかりする二人を見て、ふとエルはある重大な事実に気づいた。
「おいインテリ、男ならもうそれぐらいにしておけ」
「そやかてアニキ・・・」
「インテリはもっと自分の気持ちに正直になった方がいい」
「ワイはいつも自分に正直に生きてますがな」
「隠さなくても俺には分かる。好きな女子をからかうのは小学生の男子がすることで、お前はもう高校生なんだからシェリアが好きなら堂々と告白しろ」
すると二人が一瞬唖然としてお互いの顔を見合わせた後、同時に顔を真っ赤にして怒り出した。
「「こんなヤツ、絶対に嫌や(よ)!」」
「・・・お前ら本当に仲がいいな。こういうのを確かラブコメって言うんだっけ? 最近の不良漫画でもたまに見かけるぞ」
「ワイはシェリアはんみたいな電信柱やなく、アニキみたいな金髪グラマーな姉ちゃんが好みなんやけど」
「・・・お前に言われると本気で気持ち悪いな」
「アニキまで、ワイのことを気持ち悪いて!」
「すまんが、俺は男には全く興味がない。まあ、お互い理想の女が現れるまで気長に待とうじゃないか」
「ワイは足かけ30年も待ってるんやけどな・・・」
インテリがガックリと膝をつく一方、シェリアはなぜか嬉しそうにエルに尋ねる。
「エルって、女の子同士で仲良くなりたいんだ!」
「女の子同士だと? ・・・そう言えば、結果的にはそうなってしまうのか」
「じゃあ、エルの理想の女の子ってどんなタイプ?」
「それはもちろん、本宮先生の作品に出てくるような絶世の美女だ。主人公を包み込むような慈愛に満ちた大人の女性で、芯が強く真っすぐな心を持っている。あくまで理想だがな」
「それって、まるで私のことよね!」
「いや、お前はどちらかと言えば少女向けギャグ漫画の主人公タイプだろ。猪突猛進のトラブルメーカーでナインペタンのおてんば娘」
「ガーン!」
そうしてシェリアもインテリの隣に並んで、両手をついてガッカリするのだった。
「そんなことよりもインテリ、現在の所持金はどうなっている」
するとフラフラと飛び立ったインテリは、エルの肩に座ると報告を始めた。
「・・・今はこんな感じですわ」
□所持金=90G
□アイテム=25G
ポーション1(売価6G)
傷薬1(売価2G)
ランプ1(売価5G)
ロープ1(売価3G)
ナイフ1(売価5G)
荷物袋1(売価4G)
□総額=115G
「整備用の消耗品はナギ爺さんの工房から原価で譲ってもらってるので必要経費も少なく、現金で90G貯まりました。それに、アニキがギルドから購入した50G相当の装備も使わずにそのまま残ってますので、半額の25Gで換金できるとして合計で115Gになりますわ」
「冒険者になってたった2週間で115Gということは、2000Gまであと2年と言ったところか・・・」
「あと8か月ですアニキ」
「本当かよ! これは意外と早く達成できそうだな。よしこの調子でどんどんクエストをこなしながら節約生活を続けるぞ」
「でも消耗品はいずれ買い足さなあかんし、遠征に出るなら野営用のアイテムも揃えなあきまへん。必要な金は惜しまず使うた方がええ場合もありまっせ」
「急がば回れか。そこはインテリに全部任せるから、しっかりやってくれ」
「へい!」
だが言ってるそばから、いつもの酔っ払い連中がエルの肩を抱きながら飲みの誘いをしてきた。
「節約生活中に悪いが、今夜はゴリーの昇格祝いだ。たまにはみんなで街の酒場に繰り出そうぜ」
「今の話を聞いてなかったのかよオッサン。俺は2000Gを集めるまで飲み会には・・・」
「堅いこと言うなって。今夜ぐらいはこのオジサマが全部奢ってやるからよ」
「その代わりにオッサンの子供を2、3人産めって言うんだろ。絶対嫌だよ」
「ギクッ! ソ、ソンナコトナイゾ」
冷や汗を流して否定するオッサンを、他の冒険者が慌ててフォローし始めた。
「このオヤジは、ゴリーのことが気に入ってるから、ついからかってしまうんだよ。許してやってくれ」
「いい年して、小学生男子かよ・・・」
「ゴリーの尻や胸をむやみに触らないよう俺たちが注意しとくし、せっかくの昇格祝いだ盛大に行こうぜ」
「いやだから俺には節約生活が・・・」
「もちろん俺たち全員で奢らせて貰うし、子供を産めなんて絶対に言わないからさ」
「本当に奢りなのか? ・・・なら今日ぐらいは付き合ってやってもいいかな」
「よし決まりだ! 今日はとことん飲み明かすぞ!」
◇
エルの昇格祝いに夜の街へと繰り出した獄炎の総番長と冒険者仲間たちは、受付嬢のエミリーさんも誘って、ギルド近くのとある酒場にやって来た。
宴会は開始早々盛り上がり、エルの強さやシェリアのポンコツぶり、インテリの気持ち悪さなど話題には全く事欠かなかった。
そしてエミリーも意外といける口で、最初は遠慮して少ししか飲まなかったものの、シェリアが最初から飛ばしまくっていたのについつい釣られ、途中からはかなりのハイペースで飲み進めてしまった。
そんな女性陣に負けてられないとオッサン連中もガンガンに飲み始めたため、宴会も中盤に差し掛かった頃にはみんなすっかり出来上がってしまい、エミリーとシェリアに至ってはエルの両脇に陣取って、彼女の取り合いを始めたのだ。
「こらぁ~シェリア~! あんたはわたしのエルきゅんに慣れ慣れしいのよ~。もっと離れて座れえ~」
「いや~よ。エルはあーしの妹分なんらから、エミリーさんこそ離れて座りなさいよ~」
「なんらとぉ、このポンコツ魔術師がぁ」
「ぽ、ぽ、ポンコツ魔術師れすって~。あーしが気にしてることをよくも言ってくれたわね、この嫁き遅れオバサン!」
「嫁き遅れれすって? わたしはまだ24らし、エルきゅんには負けるけど、わたしのこのナイスバディーに冒険者たちはみんなくぎ付けなんらからね、あんたなんかナインペタンじゃないのよ!」
「ナインペタンって・・・ぐぬぬぬ、人が気にしてることを次から次へとよくもっ! こらぁ、キモ妖精のアホ~、余計な言葉をはやらせた責任をとれ~」
完全にとばっちりのインテリだったが、コイツはコイツで完全に酔っぱらっていて、二人から逃げようとエルの胸元に入ろうとする。
「アニキぃ、ワイをあの暴力女たちから助けて~」
「助けてやってもいいが、お前は何をしている」
「いつもみたいにアニキの鎧の中に入ろうと・・・」
「ほう・・・なら、その長く伸びきった鼻の下と鼻血はどういう意味だ」
「それはアニキの気のせいでは・・・」
「お前は俺を変な眼で見る暇があったら、ちゃんと男らしく正々堂々とシェリアに告白しろ!」
「だからアニキ、ワイはシェリアはんのことなんか、これっぽっちも」
そんなインテリをエミリーが掴むと、遠くの方に放り投げてエルに抱き着いた。
「エルきゅんはわたしの物なんらから、シェリアはそこのオッサンたちの相手でもすればいいのよ!」
「イヤよ。あーしはエルのことが大好きなんらから、エミリーさんの方が身を引くべきよ!」
「あら残念ね。エルきゅんは昔、わたしと結婚したいって言ってくれたのよ。本当に可愛かった~」
「な、な、な、なんれすってっ! エルと結婚するのはあーしなんらからっ!」
「らめれす! エルきゅんと結婚するのはこのエミリー様で、あんたなんかキモ妖精で十分れす!」
「キモ妖精なんかお断りよ、このオバサン!」
「うるさいわね、このポンコツ!」
二人が取っ組み合いのケンカを始めると、エルはようやく解放されてオッサンたちの座る向かい側の席に逃げることができた。
「ゴリー、お前も大変だな。女なのに女に好かれて」
「俺もびっくりしたよ。いくら酒の席とは言え、まさか俺の取り合いが始まるとは」
「ゴリーは女のクセに無駄に男らしいからそうなってしまうんだ。早く結婚して子供を産んだ方が女の幸せというものだが、なんならオジサンの嫁に・・・」
「うるせえ! 俺は男には興味ねえんだ」
「何だよ、せっかくそんないい身体をしてるのにもったいねえな。そのうち神様から天罰が下るぞ」
「大きなお世話だ」
そして他の冒険者たちも話に乗ってきて、
「それにしても、これほどの美女のエミリーが結婚もせずに受付嬢を続けている理由がやっと分かったよ。どうやら女同士で愛し合う方の趣味があったんだ」
「そんなことはないと思うぞ。たまたまゴリーが無駄に男気があるから惹かれただけで、エミリーさんは稼ぎのいい冒険者に口説かれるのを待っているはずだ。そして俺はエミリーさん狙いに変更なし!」
「いやいや、俺は意外とシェリアが狙い目だと思う。身体は貧相で生活力も皆無だが、かなりの美少女だし実は大金持ちのお嬢様じゃないかと俺は踏んでいる」
「なるほど・・・あの壊滅的なポンコツぶりも世間知らずのお嬢様なら十分あり得るかもしれんな。だとしたら逆玉の輿か・・・ゴクリッ」
「だが、その前にエクスプロージョンの餌食にされる可能性も高いから、やるなら命懸けだぞ」
それからも冒険者たちは他の受付嬢や女冒険者たちの話で大いに盛り上がったが、
「ゴリー、俺たちはそろそろ次の店に行くわ。お前さんの分は払っておくから、この酔っ払い二人の世話をよろしく頼むぞ」
「おいオッサンたち、俺を置いて行くのかよ・・・」
「すまねえが、次の店にはゴリーを連れて行けねえ事情があるのさ。言わなくても分かるだろ」
「俺を連れていけない場所って、まさか・・・」
「そういうこった。ゴリーが男だったら嫌がっても無理やり連れて行くところだが、さすがに女は連れていけねえ。じゃあ、また明日な」
「おう・・・女遊びもほどほどにしろよ」
エルは店の外まで見送ると、オッサンたちは娼館の妖艶な灯りに誘われて雑踏の中へと消えていった。
次回「奴隷商会」。お楽しみに。
このエピソードを気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価、感想、いいねなど何かいただけると筆者の参考と励みになります!
よろしくお願いします。