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第80話 魔王の後継者

 オーガ騎士団5000の真ん中を突っ切るように、ゆっくりと馬を走らせるエル。


 つい先程までエルの行く手を遮っていた身の丈2メートルの猛者たちは、先頭を行くレギウス王子を見るや即座に左右に分かれて膝をつき、前方に真っすぐな道が拓けていった。


「海が真っ二つに裂けて道ができていくみたいだな、カサンドラ」


「本当だな・・・しかし大したものだ。ほんの1年前までまだ子供だったレギウス王子も、知らない間にオーガ騎士団の誰もが認める男に成長していたのか」


 エルの隣で馬を走らせるカサンドラが愛弟子の成長に喜びをかみしめていると、元騎士団長の帰還に気づいた騎士たちが驚きの表情を見せている。


 そんなオーガたちによって築かれた肉体の道はひと際大きな陣幕へと続いており、レギウス王子とカサンドラの後に続いてエルもその中に入っていった。



           ◇



 広い陣幕の真ん中には3つの玉座が並んでおり、左側にはレギウス王子に似た年配のオーガが、中央と右側には人間の若い男女が並んで座っていた。


 レギウス王子とカサンドラが玉座へと近づき、若い男女に一礼した後、年配のオーガの前に膝をつくが、レギウス王子はすぐに顔を上げたのに対しカサンドラは頭を垂れたまま微動だにしない。


 そんな様子を陣幕の入口で見ていたエルにも、年配のオーガがゴウキ王であることはすぐに分かった。


「久しぶりです父上。ですがどうしてこんな場所へ」


 ゴウキ王は一瞬エルに視線を向けるが、レギウス王子に向き直ると耳を疑うようなことを言い出した。


「魔王様から話は聞いた。不死王フェニックスを討つために立ち上がったそうだな」


「え? 魔王様がいらっしゃったのですか」


「まっ、魔王だと?!」


 エルはゴウキ王の説得をレギウス王子に任せ、なるべく口を出さないつもりだったが、魔王という言葉に思わず声が出てしまった。


 だがゴウキ王は特に気に留めることなく、そのままレギウス王子に話を続けた。


「魔王様が数年ぶりに我が王城に現れ、こうお命じになられた。今こそフェニックスを討つ時だと!」


「魔王様がそんなことを!」


「ああ。我がオーガ王国はそなたらの戦列に加わることにしたが、魔王様はこうもおっしゃられた」


「何と」


「フェニックスと鳥人族マフィアをここで一気に根絶やしにしたいが、まだ兵士の数が足りない。全鬼人族の力を結集せよと」


「全鬼人族の力・・・つまり魔王軍の復活! ついに魔王様が我らを率いて」


「いや、魔王様は別の用事があってかなり忙しいらしく、すぐに家に帰られた」


「家に帰られた? で、では誰が魔王軍を・・・」


 レギウス王子が首をかしげると、ゴウキはゆっくりと玉座から立ち上がり、陣幕の入り口に佇むエルの元へとやってきた。


 そして、


「一目で分かった。あなたがエル殿だな」


「お、おう・・・エルだ。それより魔王って・・・」


 戸惑うエルに、だがゴウキ王は話を続ける。


「魔王様はエル殿に全てを託された。全鬼人族を従え魔王軍を復活させよと。そしてこの指輪を使って自らの手でフェニックスを討てと」


「はあ?! だから魔王って誰だよ。まさかツボの中からジャジャジャジャーンと飛び出して、数字を見るとじんましんが出るアイツじゃないだろうな」


 渡された指輪を握りしめ、エルがゴウキ王に問う。


「魔王様は、我ら鬼人族に君臨する魔族の王だ」


「魔族・・・そんな悪党の王がなぜ俺に」


「魔王様は世界の神羅万象に通じ、世界の全てをその目で見ることができる。その魔王様がエル殿を自分の後継者にすると決められたのだ」


「だから何で俺が魔王の後継者なんかに!」


 するとゴウキ王は、後ろにいる二人を指さした。


「この二人は魔王様の長男マルス様と長女ソフィア様だ。この二人がエル殿に協力することになっている」


「え? コイツら魔族なのか・・・ていうか、子供がいるならコイツらを後継者にすればいいじゃねえか! 全く意味がわからん・・・」


 完全に混乱していたエルに、今度は二人の魔族が歩み寄ってきた。


 そのうちの一人、見事な金髪をたなびかせた美少年がエルに膝をつくと、その右手に口づけをした。


「マルスです。あなたがエルさんだと、ボクも一目で分かりました。父上からはまずエルさんに気に入ってもらえと言われています。以後お見知りおきを」


 青く澄んだ瞳が真っ直ぐエルに向けられている。


 そこには一切の淀みはなく、彼の誠実さをありありと物語っている。


「お、おう。それにしてもお前、かなりの男前だな。身体が細いし腕っぷしは期待できねえが、魔族というだけあって魔力はそこそこあるみたいだ。よし、力を合わせてフェニックスの野郎をぶっ倒そうぜ!」


「よろしくお願いします。ちなみにボクはエルさんのひとつ年下の15歳で、妹のソフィアは来週の誕生日で14歳になります」


 はにかんだ笑顔を見せたマルスは、エルと固く握手すると妹に目線を送った。


 エルもつられてソフィアに向き直るが、すぐ間近で彼女を見た瞬間、思わず声が出てしまった。


「薄暗くて全く気が付かなかったが、よく見るとお前の顔、俺にそっくりじゃねえか・・・」


 エルが驚くのも無理はない。


 まだあどけなさの残る美少女ソフィアは、エルと同じく輝くような金髪と緑の瞳の持ち主で、顔の造形も双子の姉妹のようにそっくりだった。


 だがその瞳に光は宿っておらず、地獄の釜のように大きく見開いた瞳孔でエルに敵意をぶつけていた。


 そんな彼女がようやく口を開く。


「・・・マルスお兄様は絶対に渡しません」


「え?」


「あなたにお兄様は渡さないと言っているのです」


「渡さないってどういうことだ。フェニックス討伐に協力しないということか?」


 エルはソフィアに尋ねるが、彼女は睨みつけながら小声で何かをつぶやいている。


「・・・やっとあの婚約者を追い出したのに、お父様ったらまた新しい婚約者を・・・この女はどうやって追い出してやろうかしら・・・ブツブツ」


「え、何だって? 声が小さくてよく聞こえんが、お前はフェニックス退治に協力してくれないのか?」


「・・・ふんっ! お父様のご命令ですしわたくしも参戦いたしますが、あくまで愛するお兄様をお守りするためです。マルスお兄様はわたくしのものですのであなたなんかに指一本触れさせません!」


「お、おう。お前が怒っている理由がよく分からんが兄貴を大切にするのはいいことだ。偉いぞソフィア」


「あ、あなたなんかに褒められたくありません!」


「そうか。別に俺はお前から兄貴を奪おうなんて考えてないし、一緒に戦ってくれるならそれで構わん」


 そう言ってエルはソフィアに右手を差し出したが、ソフィアはそれを無視してマルスの腕に抱きついた。


「お父様が何とおっしゃろうと、魔王軍を率いるのはこのマルスお兄様です」


「長男が跡を継ぐのが普通だと思うし、それでいいんじゃないか別に。俺は鳥人族マフィアをぶっ潰せればいいだけだし、用が済んだらここを出ていく。それまでは仲良くやろうぜ」


「ならその指輪を今すぐ返しなさい。それはお兄様が成人した時にお父様から渡されるはずだったもの」


「そ、そうなのか?」


 驚いたエルが指輪をソフィアに返そうとするが、慌てたゴウキ王が二人の間に身体を割り込ませた。


「魔王様はエル殿を後継者と定め、この指輪を託されたのだ。お二人はエル殿に協力していただきたい」


 そう毅然と話すゴウキに、ソフィアは真っ赤な顔で怒った。


「いい加減になさいゴウキ! 我が帝国はお兄様とわたくしの二人で継ぐのです。指輪を渡さないなら、わたくしにも考えがあります。行きましょうお兄様」


「ち、ちょっと待てソフィア・・・」


 慌てて妹の怒りを鎮めようとしたマルスだったが、ソフィアが取り出した魔術具によって二人はどこかへ転移してしまった。



           ◇



「不味いことになったな・・・」


 空席になった二つの玉座を見つめ、ゴウキ王がため息をついた。


「いや、ソフィアが怒るのは無理もない。どこの馬の骨とも分からん俺に兄貴が継ぐはずの家督を奪われるなんて冗談じゃないからな」


「・・・魔王様から余計なことを言わぬよう厳命されており私の口からは何も言えないが、あの二人を放っておけば魔王軍の復活など不可能。今すぐ我が王城に来てくれないか」


「今すぐだと?」


「魔王様の招集で、我が王城に各部族の王が集まっている。二人はおそらく彼らの説得を始めるようだが、先にエル殿が彼らを束ねてほしい」


「・・・何か事情がありそうだな」


「実は、各部族の王たちは魔王様と皇妃様の下で戦えることを今も夢見ており、だからこそ不死王フェニックス討伐という同胞を死地に追いやるような戦いにも参戦を決断した。だが彼らを率いるのがあの二人だと知れば、たとえ魔王様のお子だと分かっていても我ら鬼人族の忠誠心は引き出せん」


「忠誠心か・・・それなら俺だって」


「いや魔王様はおっしゃられた。もし鬼人族を束ねられる人間がいるとすれば、それはエル殿だと。現に我が王国が誇る孤高の天才カサンドラの忠誠を引き出せたではないか」


「カサンドラ・・・」


 ゴウキ王の言葉に、エルは先ほどからずっと頭を垂れていたカサンドラに視線を向ける。


 それと同時にゴウキ王がカサンドラに声をかけた。


「面をあげよカサンドラ」


「はっ!」


 ここでようやく顔をあげたカサンドラは、向きを変えてゴウキ王に向き直った。


「すまなかったなカサンドラ。私は裏切り者ギガスの専横を許してしまい、結果そなたを失ってしまった。悔やんでも悔やみきれんよ」


「・・・勿体無いお言葉です、陛下」


「そしてエル殿。改めてカサンドラ救出に感謝する」


「お、おう。いいってことよゴウキ王」


 突然感謝されたエルはどこか照れくさそうに頭をかいてみせたが、ゴウキ王はそんな彼女を試すようにある提案を申し出た。


「エル殿。大変都合のいい話で申し訳ないが、カサンドラを我が国に返してもらいたい。もう一度彼女に我がオーガ騎士団を率いてほしいのだ」


 ゴウキ王は真剣な目を向けて申し出た。


 だがエルは、


「断る。カサンドラは俺に忠誠を誓ってくれたし、たとえゴウキ王の頼みでもそれだけは譲れん」


 そうキッパリと断った。


 もちろんカサンドラも再び頭を垂れてゴウキ王に断りを入れた。


「申し訳ありません陛下。ですがこのカサンドラは、エル殿に忠誠を誓った身。結果的に陛下を裏切ってしまった不忠者をどうかお許しください」


「父上、もうカサンドラはエル殿のもの。俺は彼女を嫁にしようとエル殿に戦いを挑みましたが、完膚なきまでに敗北しました。それでも無理にカサンドラを従えさせるなら、この俺が黙っていませんよ」


 ついにレギウス王子までが反対に回ったところで、ゴウキ王は高らかに笑った。


「ハーッハッハ! そういうことだよエル殿」


「そういうこと?」


「エル殿は、カサンドラだけでなく息子レギウスの心まで掴んで見せた。誇り高きオーガ族の忠誠を勝ち取れるのなら、他の部族を従えることなど造作もない。では行こうかエル殿」


 そう言うとゴウキ王は懐から魔術具を取り出した。


「わ、分かった。だがちょっと待ってほしい」


「なんだ。時間はあまりないぞ」


「俺の仲間や帝国軍を同行させてほしい」


「もちろん。国境を開放するからオーガ騎士団とともに王城に向かってくれ」


「わかった。カサンドラ、お前はみんなの所に戻って事情を話してほしい」


「承知した」


 カサンドラに後を任せると、エルはゴウキ王とレギウス王子に連れられ、オーガ王国王城へと転移した。

 次回もお楽しみに。


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