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第79話 プロローグ

 シェリアの生まれ故郷、メルクリウス・シリウス教王国。


 ランドン=アスター帝国の西側に位置するこの国との間には南北に長い山脈が横たわっており、有史以来人馬の往来を拒んでいる。


 そんな両国を行き来する唯一の回廊は、山脈が途切れる国境南端の半島を通過する経路で、この場所こそがシリウス教の聖地「アーヴィン」である。


 聖地アーヴィンは敬虔な信者たちの巡礼でいつも賑わっているが、神に祈りを捧げる大礼拝堂の遥か地下には誰にも知られていない大空洞があり、そこには古代魔導文明の地下都市が今も稼働している。


 現在ただ一人の住人となったその男は、マナ発生装置「魔導コア」に居ながら、リザードマン王国の大武闘会の全ての試合を観戦していた。




「ふむ、やはりエルが優勝したか。レッドオーシャン討伐以来ずっと彼女を追っていたが、本来の実力を超えて発揮される強さには感嘆を禁じえない」


 魔導コアから管理棟へと転移した男は、長い廊下をゆっくりと歩き出した。


「16歳で魔力値200という高い数値はさすがアスター家の直系らしく優秀なものだが、面白いのは彼女が得意とする戦い方が物理の殴り合いという点。しかも洗練された魔導騎士の戦闘ではなく、天性のセンスを感じさせる荒削りなケンカ殺法だ」


 長い廊下の突き当りにある自分の執務室に入った男は、机の引き出しに手を突っ込むとゴソゴソと何かを探し始めた。


「Type-アスター適性値は0.8と高い上に、伯母である女帝ローレシアと同じ全属性持ち。だが本当に驚くべきなのはハーピー魔法が使えるということ。そんな彼女が鳥人族マフィアを本気で潰そうと考えているのは有り難いが、それでも首領フェニックスを倒すにはまだ足りない」


 男はようやく、引き出しの中から一つの指輪を見つけだした。


「あの不死の男を倒すのは至難の技だが、このアポステルクロイツの指輪を使って【光属性固有魔法・カタストロフィー・フォトン】を放つことができれば、エルにも勝機が生まれるはず」




 指輪を握りしめて執務室から出たその男は、高速エレベーターで地上へ舞い戻ると、大礼拝堂の神像の裏から姿を現す。


 だが礼拝堂最前列の長椅子に一人の妊婦が座っているのを見つけ、小さなため息をついた。


「・・・ここに来るなと言ったじゃないかフィリア。俺たちの大切な赤ちゃんに差し障るし、転移魔法はあまり使わないで欲しい」


 だがフィリアは男の言葉に首を横に振ると、


「城で待っていても、あなたは仕事ばかりで全然帰って来てくださらないからです。それに出産を終えたら、いつもわたくしだけ南方新大陸に帰らせるではないですか」


「すまん、キミに寂しい思いをさせて本当に申し訳ない。だが鬼人族をまとめて国を統治できるのは、キミをおいて他にいないんだ」


「ゴウキたち鬼人族の王族がわたくしたちの命令しか聞かないのは今に始まったことではないですが、あなたさえ国に帰ってきて下されば、わたくしもこんなわがままなど・・・」


「・・・本当にすまない。でも異世界に行ったネオンを助けるために俺は魔導コアから離れることができないんだ」


「それって、ローレシアお姉様の尻拭いですよね! ・・・あの時ちゃんと殺しておけばこんな寂しい思いをしなくてよかったのに。うううっ・・・」


「ななな何を言ってるんだフィリア! キミがいつまでもそんなだから、アナスタシア大公妃から出禁を解除されないんだよ」


「わたくしはもうアスター大公家とは縁を切りましたので、どうでもいいです」


「そんなこと言うなよフィリア・・・。そ、そうだ、あと3年もすれば長男のマルスも成人する。アイツに皇位を譲ってキミはこっちに移住して来ないか?」


「まあ嬉しいっ! ・・・でもゴウキたちはちっともマルスに忠誠を誓ってくれないし、あの子が皇位を継ぐには少し時間が」


「そ、そうだよな・・・アイツは顔も頭も良いし性格だって文句なし。親の俺から見ても理想の王子様なんだが、如何せん鬼人族とはウマが合わないんだよな。ウチの国に限っては、多少バカでも豪快な性格の方が皇帝向きなんだが・・・ん? いや待て、いいことを思いついた」


「え、いいことって?」


「フィリア、エルという娘を覚えているか」


「エル? ・・・ああ確か、愚兄ステッドが奴隷堕ちしたマーガレット様に産ませた娘でしたね」


「そうそう、そのエルにメルクリウス帝国の皇帝位を継いでもらうのはどうだろうか。彼女はあと1年半で成人を迎えるし、キミも早く引退できるぞ」


「はあ? そんなどこの馬の骨かも分からないような女に皇位を譲って何の意味があるのですか」


「馬の骨じゃなくキミの姪だよ! それにエルはあと1年半で18歳になるしマルスと婚約させればキミはもっと早く引退できる」


「マルスと馬の骨を婚約・・・」


「実はローレシアから各国の王族に打診があったんだけど、どうしてもエルを外国に嫁がせたいんだって。だったら俺たちが貰えばいいじゃん」


「あの女からそんな打診が? ・・・ああ、お母様の命令でその娘は国外追放されるってことですね」


「たぶんな。まあマルスとエルは従姉弟同士になるが一応婚姻は可能だし、我がメルクリウス帝国にも待望のアスター血族同士の子供が誕生する」


「でもマルスにはもう婚約者がいますし、先方も将来の皇妃誕生を喜んでいるはず。そちらはどうされるおつもりですか」


「あの婚約はランドン=アスター帝国との間に余計な軋轢を生み出したくないという理由で、アージェント王家が気を利かせてくれたものだ。事情を話せば分かってくれるさ」


「でしたらこのフィリアめに異存などごさいません。愚兄の娘など一切興味はございませんので、マルスの婚姻については全てあなたにお任せいたします」


「そうと決まれば、早速当人同士を会わせてみるか。結婚に前向きになってくれると嬉しいんだけど」


「早速会わせるって、その馬の骨はあの女の保護下にあるのでしょ。どうやって帝国から南方新大陸に連れ出すおつもりで?」


「後でゆっくり話すが、今エルは南方新大陸にいる。しかもオーガ王国元騎士団長カサンドラを従者にし、レギウス王子とともにゴウキ王の元に向かうらしい」


「えっ! ・・・そ、その馬の骨、もう南方新大陸に来ているのですか? しかもオーガ族の騎士団長を従者にしているなんて、まさか信じられない・・・」


「それだけじゃないぞ。アイツはあのリザードマン王国大武闘会に優勝して、新女王に就任したんだ」


「り、リザードマン王国の大武闘会で優勝・・・あの汗臭い格闘家だらけの頭の悪い国の女王になるなんて・・・ひょっとしてバカなの?」


「まあバカには違いないが、正義感の強い真っ直ぐなヤツだ。それにオーガ流格闘術を使ってレギウス王子を真正面から撃破してみせたし、あの格闘王ドラゴをして「男の中の男」と称させるほどの豪快さもある」


「男の中の男・・・今の話を聞いて、逆に不安になってまいりました。そんなゴリラのような大女と結婚させられるマルスが少し可哀想・・・」


「いやいや、キミとよく似た絶世の美女だよ。しかも16歳にして成人女性に負けない完璧なプロポーション。すぐにでも各国で嫁争奪戦が始まるレベルだ」


「・・・オーガ族を従える強さを持つ絶世の美少女。その馬の骨・・・じゃなかったエルちゃんって、とんでもない優良物件なのでは・・・」


「だろ! エルはまさに我がメルクリウス帝国を継ぐために生まれてきたような少女だよ」


「ああああ、あなたっ! そのエルちゃんとマルスを今すぐ婚約させましょう! そして帝国をエルちゃんに押し付けてこのわたくしは引退。そしてあなたとの甘い結婚生活を送るのよ・・・うふ、うふふふふふ」


「うわあっ、フィ、フィリア。また目がハートマークになってるぞ。気味が悪いからやめてくれ!」


「うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふ」


「ひーっ! おおお俺は今からゴウキと話をつけてくる。夕方には戻るからキミはここで待っていてくれ」


「うふふっ、行ってらっしゃいませ、あ・な・た! 絶対にエルちゃんを逃さないでくださいね!」



           ◇



 リザド基地からオクブ基地に転移し、そこから馬で1週間。


 大陸北方の各駐留基地の戦力を糾合しつつアルデシア平原を北上していたエルたち一行。


 いよいよ北方山岳地帯に差し掛かった所でその勢力が整い、ランドン=アスター帝国軍3000とリザードマン王国軍5000がエルの後方に展開していた。


 だがオーガ王国の国境には屈強なオーガ5000体が集結し、エルの行く手に立ちふさがった。


「カサンドラ、あれがオーガ騎士団か。事情を説明してここを通してもらおう」


 馬を停めたエルが、隣で騎乗するカサンドラに声を掛ける。


「そうだな。レギウス王子、我々と一緒に来てくれ」


「もちろんだとも」


 エルが二人を引き連れて再び馬を走らせると、それに呼応する形で隊長らしき人物が馬を走らせてきた。


 そしてレギウス王子の前で馬を降りると、その足元に膝をついた。


「お待ちしてましたレギウス王子殿下、そしてお帰りなさいませ、カサンドラ騎士団長閣下」


 リザードマン王国の国王になるつもりで国を出てきたレギウスと、裏切り者として騎士団長の職を解任されていたカサンドラは、隊長の予想外の言葉に拍子抜けした顔を互いに見合わせた。


 そしてレギウスが怪訝な表情で隊長に尋ねる。


「・・・お待ちしてただと? まるで俺たちがここに来ることを知っていたような言い方だな」


「はい。詳しい事情は聞かされておりませんが、御父上のゴウキ王が向こうの陣幕でお待ちです」


「父上が!?」

 次回もお楽しみに。


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