第78話 エピローグ
「くーっくっくっ。見ろよこのタイガの情けないザマを。こいつはもう俺に絶対服従の下僕となったのだ。はーっはっはっは!」
背中を丸めてエルの後ろをひょこひょこ付いてくるタイガを指差して、悪人のように高笑いするエル。
囚人取調室にシェリアとカサンドラ、そしてジャンたちヒューバート騎士団を呼びつけたエルは、彼らの前にそんなタイガを引き出した。
拘束具が外され、壁の前に一人で立たされたタイガだったが、他のマフィア構成員のように自害しようともせず、その場から逃げだすこともなかった。
それを見たシェリアは、目を丸くして驚く。
「すごいじゃない! マフィアの尋問にサキュバスの魅了を使うなんて、さすがの私も気づかなかったわ」
「だろ。自分の才能が恐ろしいぜ」
鼻高々に自画自賛するエルと、それを手放しで称賛するシェリア。
だがジャンたちヒューバート騎士団は、そんな二人を複雑な表情で見つめていた。
「エル、夜も遅いしとっとと尋問を始めるぞ」
「そうだったなジャン。早速この下僕から情報を引き出そうぜ」
ジャンに促されてエルが尋問を始めると、タイガはその全てに喜んで答えてくれた。
そうして得られた情報は、さすがマフィア幹部だけあって満足のいくものだった。
王都に潜伏する構成員全員の顔と名前、身体的特徴とその潜伏場所。
王都郊外やリザードマン王国全域に散らばる全てのアジト、取引のある商人や関連組織の名称。
さらには鳥人族マフィアのボスの正体とその居場所まで白状した。
「はぁはぁ・・・ぼ、ボスの名前はフェニックス。そ、その名の通り・・・希少種族である不死鳥族の王です。はぁはぁ・・・奴は危険です・・・絶対に戦わないでくださいエル様・・・はぁはぁ・・・」
「危険だろうと何だろうと、そのフェニックスとやらは必ず始末する。で、そいつのアジトはどこだ」
「はぁはぁ・・・北方山岳地帯・・・リヤド岳火口」
「リヤド岳? どの辺りか分かるか、ジャン」
「ああ。多分ここだ」
ジャンが大陸地図を広げてその場所に赤いマークをつけると、それを見たカサンドラも地図にいくつかの国名を書き出した。そして、
「そこは我が祖国、オーガ王国に近いな」
「本当か。なら次の行き先はオーガ王国に決まりだ。カサンドラの里帰りも兼ねて明日には出発するぞ」
「かたじけない。ではレギウス王子にも随行してもらい、国王陛下の助力を得よう」
タイガへの尋問を終えたエル。時刻は既に明け方近くになっていた。
軽く一眠りしようと自分の客間に戻ろうとしたが、ジャンがそれを引き留める。
「おいエル。この男をどうするつもりだ」
タイガを指差して嫌悪感を隠そうともしないジャンに、エルはそっけなく返す。
「おっとそうだった。コイツからはもう十分情報も得たし、丸腰で外に放り出しておけば構成員が裏切り者として勝手に始末してくれるだろう。俺はもう寝るし後は任せた」
「お前さん、本気で野放しにするつもりか?」
「ジャンは知らないと思うがサキュバスの魅了は本当に恐ろしい。Sランク冒険者のアレクセイでさえ抗うことができないほどの精神操作。ロクな魔力も持ってないコイツは俺を裏切れないし、心配いらねえよ」
エルがそう得意げにそう話すが、ジャンは大きなため息をついた。
「違う違う。俺が心配しているのは、お前さんが男について何も分かってないことだ」
男について何も分かっていない。
その言葉にエルはカチンと来てしまった。
「んだとこらぁ! 男の中の男のこの俺様に、男について分からねえことなど何もねえっ!」
「いいや、お前さんは何も分かってない。今のコイツを見て何とも思わないのがその証拠だ」
「今のコイツだと? 別にその辺にいるオッサンと何も変わらないけど」
「エル・・・何度も聞くが、本気で言ってるのか?」
「そうだけど・・・あれ、普通は違うのか?」
「はぁ・・・まあお前さんは15年も貧民街で奴隷女をしてたし、普通の女と感覚がズレちまってるのも仕方ねえ話か。よしいい機会だ。後見人としてちゃんと教えてやるから、俺の話を聞け」
「お、おう・・・」
「まず今のお前さんに見えているタイガの姿を、口に出して言ってみろ」
「口に出してだと? ・・・うーんそうだな、タイガのクソ野郎は猫背で前かがみになっている」
「そうだ。だがどうしてそうなってると思う?」
「そりゃお前あれだよ。いきり立ったイチモツを隠しているからだ。俺も昔、橋の下に捨ててあったビニ本を見てこんな風になったことがある。あれ? もしかしてこの取調室にもビニ本が捨ててあったのか」
「・・・お前さんが何を言ってるのかさっぱり分からんが、他に気がついたことはないか」
「他にか。そうだな・・・目が血走って鼻息も荒い」
「そうだ。だがそうなってる理由は分かるか」
「・・・おいちょっと待て! まさかコイツこの俺様に発情しているのか」
「やっと分かったか。じゃあコイツをこのまま放置するとどうなると思う」
「どうなるって、俺が命令すれば喜んで城の外に出ていくんじゃないのか?」
「だからお前さんはバカなんだよ」
「バカとは何だ、コラぁ!」
「なら聞くが、サキュバスの魅了は本来何に使う魔法か言ってみろ」
「そりゃお前、サキュバスは異種族としか子供が作れねえから、相手を誘惑するために・・・ああっ!」
「そういうことだ。コイツを野放しにしたらお前さんの貞操が危ない。野郎どもコイツを処分しろ!」
「処分だと? 一体どうするつもりだジャン」
だがエルの問いかけに何も答えないジャンは、手下に命じてタイガを別室に連れ込んだ。
扉がバタンと閉まり、壁の向こう側からはタイガが激しく抵抗する声が聞こえる。
その野太いドラ声がやがて悲痛な悲鳴に変わると、しばらく辛そうなうめき声が続き、それも静かになると扉が開いてジャンの手下がゾロゾロと戻ってきた。
「まさか殺しちまったのか・・・」
だが手下たちに引きずられるように部屋に戻って来たタイガは、すっかり憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしていた。そして、
「あらエル様。あたしったらすっかり役立たずになっちゃってごめんなさいねぇ。今夜はエル様と子作りに励もうとハリキッてたのに、ホント残念だわぁ」
「は、はあっ?!」
前かがみだったタイガの姿勢がピンと真っ直ぐになったものの股間の辺りは真っ平らになり、お姉言葉を話しながら身体をクネクネさせている。
「ジャン・・・、まさかコイツのナニを切っちまったのかよ」
「当たり前だ。これ以上犠牲者を増やしたくなかったら、二度と男を魅了するんじゃねえ」
「ひっ、ひぃーーーーっ!」
「それとコイツにはボスのアジトまでの道案内をさせる。ヒューバート騎士団で身柄を引き取るぞ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
エルは自分の股間を押さえながら、真っ青な顔でコクコク頷いた。
◇
翌朝、リザードマン王国王城謁見の間。
その玉座に座ったエルは、全ての大臣と騎士団長・副団長、警備隊長などのお偉いさん、冒険者ギルドのギルド長とそこの受付嬢たちを呼びつけた。
そして昨夜タイガから入手した情報を全て伝えて、マフィアを徹底的に弾圧するよう指示した。
「生死は問わん! マフィア構成員どもを一人残らず逮捕しろ! クエスト報酬もたんまり用意するので、冒険者も格闘家も総動員で容赦なく徹底的にやれ!」
「「「ははーーっ!」」」
「そしてマフィアの首領・フェニックスをここで始末する! 俺は帝国軍を連れてオーガ王国に向かうから、ドラゴ宰相はリザードマン王国軍を率いてくれ」
「待ってたぜその言葉を! よーし、思う存分大暴れしてやるぜ」
ドラゴ宰相以下お偉いさんたちが獰猛な笑みを浮かべて謁見の間を飛び出すと、エルたちもすぐに王城を出発して帝国軍基地へ向かった。
だが沿道には、エルの姿を一目見ようと見物客でごった返していた。
「「「エル女王陛下万歳!」」」
騎士団や警備兵を全てマフィアの捜査に投入したため、ヒューバート騎士団が総出で沿道を整理するが、民衆の熱狂は覚めやらず、基地にたどり着くまでかなりの時間を要する結果となった。
そうしてなんとか基地に戻ったエルは、司令室に仲間たち全員と基地司令官以下全幕僚を集め、鳥人族マフィア討伐の決意を表明した。
「マフィアを倒すために、帝国軍の力を借してくれ」
「もちろんですエル皇女殿下。南方新大陸に駐留する全戦力をもって事に当たります」
司令官がエルに敬礼すると、他の基地の司令官も緊急招集して作戦会議を始めた。
結果、大陸北方に駐留する帝国軍3000をオーガ王国に向かわせ、それ以外の戦力は基地周辺の部族と協力してそれぞれマフィアを殲滅することとなった。
そして帝国軍主力部隊はジャン・ヒューバート伯爵が総司令官として率いることとなった。
「俺はこう見えて軍歴も長いし、先の大戦ではローレシア陛下の下で数万の大軍を率いた実績もある。まあ任せておけ」
「なら安心して任せられるな。頼んだぞジャン」
「その代わりアレクセイに頼みがある」
「何だ言ってみろ」
「俺の代わりにお前がヒューバート騎士団を率いて、エルの警護をしてほしい」
「言われるまでもない。俺の本職は冒険者だから、軍を指揮するよりそっちの方が得意だ。エルのことは俺に任せろ」
次にエルは、二人の仲間に向き直った。
「まずはセシリア。お前にはサキュバス王国に戻って軍の出動要請をお願いしたい」
「承知しました。お父様にお願いして飛び切りの精鋭部隊を連れて参りますわ」
「ああ、頼りにしてるぜ!」
鳥人族マフィアに手を出せずにここまで野放しにしていたのは、その徹底した秘密主義の他にいくつかの理由がある。
その一つが鳥人族が空を飛べることにある。
武闘会決勝のホーク戦でも分かるように、一度射程外の高空に逃げられてしまえば地上からは手が出せなくなり、一方的に攻撃を受ける不利な状況に陥る。
これに対抗するためには、こちらも航空戦力を持たなければならないが、鳥人族ほどではないが多少は空が飛べるサキュバス族の参戦は強い味方となる。
そして南方新大陸にはもう一つ、航空戦力を持つ国があった。
ドワーフ王国だ。
「本当は俺が行くべきだが、オーガ王国の協力を取り付ける必要がある。エレノア様にはこちらの交渉を頼みたい」
そう言って頭を下げるエルに、エレノアは笑顔を見せて快諾した。
「わたくしにもランドン大公家外戚レキシントン公爵家の娘としての意地がございますし、何より帝国全権大使代行としての責務もございます。必ずやドワーフ王国軍の協力を取り付けてみせましょう」
このドワーフ王国は、猫人族の里よりもさらに南に位置する大国で、エルフの里と並びランドン=アスター帝国の古くからの盟友国。
そして南方新大陸で唯一、飛行船部隊を保有する軍事大国なのだ。
セシリアとエレノアの2人が転移していくのを見送ったエルは、残った仲間たちを前に檄を飛ばした。
「鳥人族マフィアは俺達の手で必ず叩き潰す! さあみんな、獄炎の総番長の出撃だ!」
次回より新章スタート。お楽しみに。
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