第77話 女王誕生
「・・・ここは」
エルが目を覚ますと、ひょっこりと覗き込むサラの顔があった。
「よかったぁ! エル様がお目覚めになられた」
「サラ・・・俺はサラの治癒を受けていたのか」
徐々に甦ってくる記憶。
どうやらホークとの戦いで力尽きたエルは、この仮設更衣室に運ばれしばらく意識を失っていたらしい。
ゆっくりと体を起こすと、サラの隣にはホッとした表情のシェリアの姿もあった。
「シェリア、ホークの野郎はどうなった」
「魔石ごと消滅したわ。それと上空のマナの誘爆で、下町の建物にかなりの被害が出たみたい。でも最後にエルが治癒魔法をかけてくれたおかげで死者は出なかったそうよ」
「そりゃよかった。だがスタンドの観客の方は」
「こっちは被害甚大よ。正確な数はまだ分からないけど、少なく見積っても1000人以上の犠牲者が出たみたい。ティラノも最後は干からびて死んでいたわ」
「結局アイツ死んだのか。今となっては哀れな奴だが千人以上も罪のない命を奪った鳥人族マフィアだけは絶対に許せん。必ず叩き潰してやる!」
犠牲者のあまりの多さにこれまで感じたことのない激しい怒りに襲われたエルだったが、頭の中は意外と冷静で、むしろ冷めていく自分に驚いたほどだ。
だがその瞳から光が消え、地獄へと続く穴のようになっていることまでは気付かなかった。
「エル・・・その目」
「え?」
ハッと我に返って、いつものキラキラした明るい緑の瞳に戻ったエルに、シェリアは彼女に隠された真の魔力の片鱗を見た気がした。
「・・・ううん、何でもない。い、一応タイガの身柄は確保してあるし、後で尋問しましょう」
「だな。だがアイツらは組織のために平気で自らの死を選ぶような奴らだし、上手く聞き出さないとな。じゃあ早速タイガの元に連れて行ってくれ」
「いいけど、先にやることが残っているわよ」
「・・・なんだっけ?」
「武闘会の表彰式。エルが目覚めるのをみんな待ってたんだから」
◇
エルが再び姿を見せると、スタンドから一斉に歓声が沸き起こった。
グラウンド中央には大きな舞台が用意され、割れんばかりの拍手に導かれたエルがゆっくりと登壇する。
そしてその隣に前回優勝者のドラゴが立つと、エルの左手を掲げて観衆に宣言した。
「優勝はエルだ!」
わあああああああ!
いつ止むとも知れない大歓声の中、ドラゴは大声を張り上げてエルを称える。
「実を言うとエルには弟のティラノを懲らしめるために飛び入り参加してもらったが、結果としてその判断は間違っていなかった。なにせ史上最悪の反則技を使ってこの国を掠め取ろうとしたクソ野郎を倒してくれたのだからな」
うおおおおおおおっ!
「エルの強さはまさに本物だった。その可憐な容姿とは裏腹にオーク王国最強の戦士オーランドと、今は亡き弟のティラノ、オーガ王国のレギウス王子を次々に撃破していったその剛腕。そして古代魔術具を使って大勢の命を魔力に変えたホークすらも跡形もなく消し去ったその大魔力」
うおおおおおおおっ!
「だが最も賞賛すべきは、正々堂々とした戦い方だ。そしてエルには女にしておくには勿体ないほどの男気があり、心技体揃った一流の武闘家を体現している。リザードマン王国の大武闘会の優勝者にふさわしい、男の中の男である!」
うおおおおおおお!
「女だからと文句を言う奴は今すぐグラウンドに降りてこい! この俺がじっくりと教えてやる。もちろん肉体言語でだがな!」
わあああああああっ!
ドラゴの言葉は単純にして明快。
そしてエルの戦いの全てを目の当たりにした五万の大観客に、異を唱える者などあろうはずもなかった。
その後ドラゴは、今回の武闘会で起きた反則行為について観客に説明した。
「タイガとホークの二人は鳥人族マフィアだった。それ自体は別に構わんし、正々堂々と戦って優勝したのならこの国の王となればよい。だが奴らはやってはならないことをした。他人から奪った生命力を自分の魔力に変えて優勝を掠め取ろうとした挙句、1000人を超える犠牲者がこの世を去った。こんなことが許されるわけがない」
ブーーーーーーッ!
スタンドからは、タイガとホークに対するブーイングが鳴り響く。
「獣人族最強を誇る我ら竜人族は、同じ獣人族である鳥人族マフィアを許すわけにはいかない!」
そうだ、そうだーーーーっ!
怒り心頭の観客たちは口々にマフィアへの怒りを表わし、スタンドを足で踏み鳴らす。そしてそれを満足そうに見つめるドラゴが言葉を続けた。
「だが武闘会も終わり俺は負けた。俺は王の座を降り、エルが新たな王となる」
エールッ! エールッ! エールッ!
鳴りやまぬコールに、エルはようやく思い出した。
「そうだ・・・この武闘会の優勝者が次の王になるんだった。でも俺はこの国にただ立ち寄っただけだし、これから一体どうしたらいいんだ・・・」
戸惑うエルに、だがドラゴはニコニコと笑いながら自分の王冠をエルの頭に戴せた。
「では改めて紹介しよう。リザードマン王国第32代国王、そして我が国初の女王に就任したエル陛下だ。エル女王陛下、我らに進むべき道を示してほしい」
そう言ってエルの傍らに膝をつくドラゴ。
スタンドもシンと静まり返る。
360度ぐるりと取り囲んだ5万人の観衆に、エルは静かに言葉を発した。
「・・・エルだ。優勝できるなんて思ってもみなかったし、決勝でドラゴと当たっていたら正直言って負けていたと思う。だから自分がリザードマン王国の国王になるなんて今の今まで考えたこともなかったし、この国の進むべき道なんてさっぱり分からない」
そこで言葉を切ったエルは、声を張り上げた。
「だが鳥人族マフィアだけは絶対に倒す! みんな俺について来い!」
マフィアを倒せーーーっ!
うおおおおおおおおおおおおおおっ!
エールッ! エールッ! エールッ!
スタンドの大歓声がいつまでも鳴り響き、踏み鳴らす足音は地鳴りのようにグラウンドを揺らす。
気がつくとスタンドの観客全員が立ち上がって国家を歌い始め、その全員がボキボキと指を鳴らし来るべき鳥人族マフィアとの戦いに牙をむいていた。
◇
闘技場を後にしたエルは、ドラゴに連れられ元老院を訪れた。
スタンドの観客にはああ言ったものの、国王になるつもりのないエルは国王と並ぶ権力者である元老院議長に王位の返還を申し出た。
「この国にはただ立ち寄っただけで、俺たちは明日ここを去るつもりだ。だから国王は引き続きドラゴにお願いしたい」
そんなエルの言葉に元老院議長が首を横に振る。
「それはできない。武闘会の優勝者が国王を務めるのは建国以来の鉄の掟。それが他国の皇女であろうと、マフィア構成員であろうと従ってもらわねばならん」
「でも俺は夏休みの旅行で南方新大陸に遊びに来ただけで、新学期にはまた寄宿学校が始まる」
「それがどうした」
「え? 俺は自分の国に帰るって言ってるんだぞ」
「過去にはそういった国王もいたし、宰相を置けば問題はないはずだ」
「宰相だと?」
「信頼できる人物を宰相に指名して、この国の政治を任せればよいのだ」
そう言って元老院議長は、この国の仕組みをエルに教えてくれた。
リザードマン王国は国王と元老院で完全に役割分担ができており、政治は国王が、法律を作ったり裁判を行うのは竜人族だけで構成される元老院議員が行う。
つまり国王が法律を犯せば元老院が処断できるため、誰が国王になろうとリザードマン王国は竜人族の国ということになるらしい。
また国王が国を不在にする場合は、元老院の同意を得て竜人族出身の宰相を指名し、政治を任せることもできる。
そして話し合った結果、エルはドラゴを宰相に指名した。
「建国以来の掟なら仕方ないし国王は俺がやる。だがこの国のことはよろしく頼むよ、ドラゴ宰相」
「任せておけ、エル女王陛下」
その後仲間たちとともに王城にやって来たエルは、ドラゴ国王体制の4年間を支えた重臣たちを謁見の間に集めて新体制を発表した。
「全員留任だ。ドラゴ宰相の元で頑張ってくれ」
ドラゴに代わってエルが玉座に座り、ドラゴの肩書も国王から宰相に変わった。
だがそれ以外は何も変わらず、王族が住まう豪華な居室は引き続きドラゴとその家族が使うことになり、重臣たちの仕事も住居もこれまで通りだ。
ただし少しだけ変わったこともある。
ドラゴは宰相になったため、王都に隣接する帝国軍基地司令官を介して国王であるエルと定期的に連絡をとることになり、緊急時には帝国軍の転移陣や艦船を使って直接行き来することになった。
エルの説明が一通り終わると、ドラゴ以下リザードマン王国の重臣たちが一斉にエルに膝をついた。
「勅命、全て拝承いたしました」
ズラリと居並ぶ竜人族たちを前に、エルはホッと一息つきつつ自分の運命を笑った。
(人生って本当に分からないものだな。ちょっと前まで貧民街で奴隷をしてたのに、たった1年で皇女殿下だの女王陛下だのと呼ばれることになるなんてな)
◇
夕方になり、エルはささやかな晩餐会を催した。
リザードマン王国には「王宮舞踏会」などという女々しい行事は存在せず、国王の戴冠式も武闘会の表彰式で既に終わっている。
ただそれだけだと、明日から居なくなるエルがドラゴや重臣たちの家族と顔を合わせる機会がないため、王城大ホールにみんなを集めて食事会をすることにしたのだ。
キャティーの強い希望でドレスに着替えさせられたエルだったが、もちろん大嫌いな舞踏会など催さず、どっしり玉座に座ると騎士団による「武芸演武」を心行くまで楽しんだ。
「やっぱこの男臭い国は俺に合ってるぜ」
演武が終わるとエルの前には挨拶の列ができ、その先頭はもちろんドラゴとその家族だった。
リザードマン王国は一夫多妻制の国で、ドラゴにも竜人族の5人の美人妻と10人以上の子供がいた。
その後ろに並ぶ重臣たちの妻もそうだが、竜人族の女性の容姿はエルたち人間にかなり近く、ごつい男性とは対照的にとても線が細い。
しかも礼儀正しくおしとやかで、一歩下がって夫を引き立てる大和なでしこのような女性ばかりだった。
そんな妻たちは、引き続き王城に住まわせてもらえることになったことをエルに感謝し、女なのに武闘会で優勝したことをとても驚いていた。
「こんなお美しいエル陛下が武闘会で優勝されるなんて、全く想像もつきません」
「優勝したのは本当にたまたまで、真正面からドラゴに力勝負を挑んでいても歯が立たなかったと思う。それに俺には仲間たちの強力なサポートがあったし、一人の力で勝ったとは思ってないよ」
そう言うとエルは、自分の隣に立つ4人のセコンドを誇らしげに紹介した。
◇
晩餐会も終わり、一夜を過ごすことになる王城客間に帰ったエル。
だが、寝る前にもう一仕事残っていた。
「今からタイガを尋問する。シェリアとカサンドラはここで待っていてくれ」
「え? どうして私たちを置いて行くのよ」
「エル殿、悪党の尋問ならこのカサンドラが」
「俺に考えがある。いいから任せておけって」
衛兵の案内でエルは地下牢にやって来た。
地下深くに作られた大罪人の独房は、強固な軍用バリアーが展開された要塞のような場所だった。
そこで猿轡を噛まされ、両手足を魔術具で固定されたタイガが、憎しみのこもった血走った目をエルに向けていた。
「目だけで人を殺せそうだな。だがどれだけ恨まれようと俺はマフィアを絶対許さないし、全員一網打尽にして組織を潰してやる。さあお前が知っていることを全て話してもらおうか」
「むごーーーっ! むがーーーっ!」
「おっと自殺できると思うなよ。今夜は寝かさねえし時間をかけてじっくり尋問してやる。そしてお前を立派な裏切り者にしてから開放してやる。仲間の報復に怯えて暮らすんだな」
「むぐーーーっ! ふごーーーーーっ!」
「じゃあ始めるぞ」
エルは衛兵から鍵を受け取ると、すぐにここから離れるよう命じた。
そして独房の扉を固く閉ざして再びタイガの目の前に立つと、ただ一人だけエルに随行していたセシリアに合図を送った。
「やってくれ」
「承知しました」
すぐにセシリアの膨大な魔力が独房全体に満たされると、
【精神操作魔法・魅了】
セシリアの魔法が発動し、そのマナの全てがエルに収束。
それが全て反射してタイガを包み込むと、その瞳にくっきりとハートマークが浮かび上がった。
次回エピローグ、お楽しみに。
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