第76話 愛の力
「つまりアイツみたいに、人の命を魔力に変えろと。そんなマネ、俺に出来るわけ無いだろ」
「勘違いしないで。これはホークみたいな下衆な魔法じゃなく、エルを大切に思う人がその愛の分だけ魔力を分け与えてくれるものだから」
「それなら・・・でも俺に使えるのかその魔法」
「これは賭けなの。聖属性はとても特殊な魔法で適性があっても必ず使えるものではないんだけど、エルなら使えると私は信じてる」
「賭けか・・・」
「一応アンタはキモ妖精の加護を受けた全属性持ち。そして今着てる服はシリウス東方教会総大司教猊下から授与された最高位の聖女衣と聖女のティアラ」
「・・・そうだ。元々この服は聖属性魔法ウィザーを使うために借りたものだった」
「今のエルには聖属性魔法を使う条件が整っていて、ここにはエルを信じる仲間たちがいる。あとは愛の力を信じるだけ」
「愛の力を信じるか・・・やってみよう!」
シェリアの祖国「メルクリウス・シリウス教王国」は西方諸侯の名門貴族メリクリウス家がシリウス教国を併合して15年前に建国した魔法王国である。
そのシリウス教国は古代魔導文明が栄えたルシウス時代以来世界の中心として君臨し、世界中に広まったシリウス教が誕生した聖地でもある。
そんな聖地の中心にそびえ立つのが、世界最古の建造物「シリウス教法王庁」。その地下書庫からシェリアが勝手に持ち出した古文書が、今やシェリアの愛読書となっている「魔法大辞典」である。
その最後の方のページに法王庁が管理する聖属性魔法の一部が記載されているが、シェリアはパラパラと【聖属性魔法・マジックラブパワー】のページを開いてエルに見せた。
「どれどれ・・・愛する人の顔を思い浮かべながら詠唱呪文を5回唱えろ・・・か」
本から顔をあげたエルが辺りを見渡すと、そこにはエルを信じる仲間たちの顔があった。
エルはみんな顔をその心に刻み、古代ルシウス文字で書かれたその呪文を詠唱した。
【エスターダ アガペーラ マイネスフォルスト アレス アルトヴォンゲル デネボラ アヌ イントラジェネス ヴァモス オレ ハーネスイリア ゲギドズールボ ボアンジーダス ダスゲネス】
5回詠唱を繰り返すと、エルの頭上に魔法陣が浮かび上がる。
7色のマナが優しく輝いてパイプオルガンが奏でる荘厳な調べがどこからか聞こえ、エルの身体に膨大なマナが送り込まれていく。
「シェリア・・・これって成功なのか」
「私も初めて経験するけど間違いなく成功よ。だって私のマナがエルの中に入っていくのが分かるもん」
「おおっ! た、確かにシェリアを感じるよ。そうかこれが俺に対するシェリアの気持ちなのか」
「ちょっと待ってよエル! 私の気持ちを感じるって一体どういうことなの?」
「そうだな・・・シェリアっていつもツンツンしてるけど、実は俺のことを」
「ええっ!? ちちちち違うの、誤解なのっ! エルへの愛はそう、人類愛よ!」
「人類愛・・・これがか?」
「そうなの! だからエルが私の初恋の相手だったとか、寄宿学校に入ってからは中々会えなくて寂しくて泣きそうだったとか、拘束の魔術具をつけられてからはずっと一緒に居られてセレーネ陛下グッジョブだとか、もうこのまま一生一緒に暮らしたいなぁだとか、そんなこと一度も考えたことないんだからねっ!」
「そんな細かいことまで伝わってこねえよっ! まあお前の気持ちは分かったから、それ以上何も言うな」
「誤解が解けたのならそれでいいの。ふぅ・・・」
ホッと胸をなでおろすシェリアのすぐ近くでは、今のを見て慌てふためくエレノアがいた。
そんなエレノアのマナに込められた気持ちが、シェリアとそっくりなことに気づいたエル。
「・・・エレノア様ってシェリアと」
「ちちちち違いますっ! わたくしをそこのポンコツ王女と一緒にしないで下さいませ!」
「ポンコツ王女・・・」
「わたくしにはもう婚約者もいますし、そもそもエル様とわたくしは女性同士ではないですかっ! わたくしたちの関係は・・・そう、ライバルですっ!」
「お、おう・・・」
真っ赤になって否定するエレノアにこれ以上関わるのはやめた方がいいと思ったエルは、一番心地のいいマナを感じ取ることにした。
「これはエミリーさんだな、すぐわかったよ。全てを包み込んでくれるようなとても優しいマナだ」
「うん・・・私のマナを受け取ってエル君。シェリアちゃんみたいに強い魔力ではないけど、私のありったけを全部エル君にあげる」
「ありがとう・・・エミリーさんのマナをありがたく使わせてもらうよ」
しばらく見つめ合う二人だったが、エルの中には他の仲間たちからもマナが次々と送られてくる。
「これはラヴィでこっちはキャティーだな。二人とも俺を本当の家族のように思ってくれて、涙が出るほどうれしいよ」
エルがそう言うと、ラヴィとキャティーもとても嬉しそうにほほ笑んでくれた。
「マリーとユーナからは、カサンドラと同じぐらい強い忠誠心が伝わってくるよ。ここにはいないけどサラもマナを送ってくれた。みんなありがとう」
エルは傍らで膝をつくカサンドラたち3人に感謝をすると、その後ろにドラゴ陛下を連れたサラが立っているのに気が付いた。
「サラ! ドラゴ陛下はもう大丈夫なのか」
「はい、救世主エル様。あとは王城の治癒師に任せても大丈夫です」
サラにねぎらいの言葉を送った後、エルはまた異なる愛を乗せたマナを感じ取った。
「これはベッキーだな。うわっ・・・分かってはいたけど、俺への気持ちがストレート過ぎる」
サキュバス王国でのベッキーの行動で実感したが、彼女は完全にそういう目でエルを見ている。
そしてこれと似たようなマナを、なんとスザンナにも感じてしまった。
「ちょっと待てよスザンナ。俺との子供を産みたいって、いくら何でもそりゃ無理だろ」
熱を帯びた眼差しを向ける二人のその重すぎる愛に戸惑うエルは、慌てて他のマナに目を向けた。
「これは・・・ジャンだな」
そこにはジャンを筆頭とするヒューバート騎士団のエルに対する愛があふれており、その全員がエルを自分の愛娘のように愛してくれていた。
そしてクリストフはエルを自分の大の親友として、アレクセイとレオリーネ夫妻は親戚の娘に向けるような慈愛を向けていた。
「みんな、ありがとう」
そんな仲間たちのマナのうち、二人だけどうしても分からないものがあった。
一つはセシリアだ。
「この愛は桜井正義に向けられたもの。これはこれで間違いではないが、どうしてこうなった?」
そしてもう一つはアリアだ。
「アリアはなぜ母親への愛を俺に向けている。これは全く意味がわからん・・・」
◇
仲間たちの愛に満たされたエル。
だがその身体は異常なまでの高濃度のマナに悲鳴を上げていた。
「うぐっ・・・油断すると身体が弾けそうだ」
苦しそうに耐えるエルに、シェリアが冷静にアドバイスを送る。
「まずは呼吸を整えて心を落ち着けなさい。そして普段通りにマナを循環させるの」
「分かってるけど無理だよ・・・うぐぐっ」
「そんなことない。エルの身体にはウチの女王陛下の4倍を超える魔力が集まっているの。だけど十分制御可能な量だから何も心配しないで」
「分かった・・・シェリアを信じるよ」
荒れ狂う嵐のようなマナの濁流がやがて一つの大きな流れにまとまって、それが心臓の鼓動に合わせてリズミカルに循環を始める。
「そう完璧よエル。次は上空にホークが集めたマナを感じてみて。今のエルの数倍あるけど、コントロールできずに暴走してるのは分かる?」
「・・・もちろんだ」
「魔石の力を過信してマナを集めすぎたのよ。ホークにあれは扱えないから、エルはゆっくり落ち着いて正確に呪文を唱えなさい。そしてファイアーをなるべく遠くに飛ばすのよ」
「遠くに?」
「そう、天国まで。上空のマナを道連れにして」
「・・・そういうことか、任せろ!」
静かに目を閉じると、頭の中にさっきの詠唱呪文が浮かび上がる。
エルはそれをよどみなく唱えた。
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれたその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くさん。真なる炎よ、いざ爆ぜろ】
それは一瞬だった。
膨大な魔力によって生み出された火球は、その誕生を認識する時間すら与えず、刹那の瞬間に遥か上空のホークの元に到達。
その肉体の持ち主に自分の死を気づかせる前に、全てを蒸発させた。
ホークがいた空間を貫いてなおも上昇する火球は、そこに集められていた膨大なマナを巻き込んで加速していき、限界高度に到達した瞬間そこで炸裂。
成層圏で引き起こされたマナの大誘爆により、最初に閃光が、遅れて衝撃波が地表にもたらされた。
その巨大な破壊エネルギーは竜人族が経験したことのないほどの破滅的なもので、闘技場のみならず王都全体を爆風と砂塵が飲み込んだ。
だがエルは残りの全魔力を使って、王都全体をカバーするほどの魔法陣を上空に展開した。
【光属性初級魔法・キュア】
眩く、しかし優しい光が王都を包み込むと、爆発に巻き込まれた全ての民を癒し尽くし、それと引き換えにエルはその場に崩れ去った。
次回もお楽しみに。
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