第74話 決勝戦(後編)
「この魔術具は危険よ。私が絶対に見つけ出すから、エルはホークを空に逃がさないようにして」
「分かったシェリア。何とか近接戦闘に持ち込んでみる。カサンドラは作戦指示を」
「任せてくれエル殿」
エルのサポートをカサンドラに任せ、シェリアはマナの流れから魔術具の在処を探り出すことに集中。
一方、隙を見て空へ飛び立とうとするホークだったが、エルのファイアーが命中すると火だるまになって地上に叩き落とされた。
「ギャーッ!」
「よっしゃ、的に当てるコツを掴んだぞ!」
「さすがエル殿だ。ではこんな戦術を試してみては」
グラウンドを転げ回って羽根の炎を鎮火するホークを尻目に、耳元で作戦を提案するカサンドラにエルはこくりと頷いた。
「・・・多少は魔力の節約になるか。それで行こう」
うかつに飛び立てないことを悟ったホークが、エルを警戒しつつスタンドからマナを集め始める。
一方、ホークを地上戦に引きずり込むことに成功したエルは、早速カサンドラの戦術を実行に移した。
すなわち、ホークが展開するバリアーをファイアーで先に破壊しておき、直後に強烈な右ストレートをボディーに叩き込むというものだ。
ズドーーーンッ!
「ぐううっ・・・」
厚手の革の防具を物ともせず、ボディーをえぐったエルのパンチはホークに大ダメージを与えた。
血反吐を吐きながらグラウンドを転げ回るホーク。
「ガハアッ・・・ハァハァ」
それを見たカサンドラがエルに、
「やはり実力はエル殿の方が上。だがドラゴを倒したあの一撃だけは絶対に避けるんだ」
「分かってる」
その言葉通り、スタンドから十分なマナをかき集めたホークは、治癒魔法で回復を図りつつ必殺の一撃をエルに叩き込んできた。
ドゴオオオオオッ!
そこをエルがさっきと同様に小ワープで避けると、マナの奔流がスタンドのバリアーを直撃。
ズズーーーーンッ!
そしてこれもカサンドラの作戦の一環だが、燃費の悪い闇魔法を節約するためたった2メートルしか転移しなかったエルは、もろに衝撃波に巻き込まれる。
「うわぁっ!」
地面に叩きつけられグラウンドを転がるエルだったが、キュアで自己修復してすぐ次の攻防に備えた。
「これで元通りと。しかもさっきより格段に魔力の消費が減ったし、これならしばらく戦えるぞ」
こうして膨大な魔力を湯水のように使った攻防戦が繰り広げられ、闘技場はマナの奔流で荒れ狂った。
その結果、マナの流れから魔術具を探ろうとするシェリアにしわ寄せが集まり、その後何ターンも二人は魔力を使い続けなければならなかった。
(もういい加減、魔力も底を尽きて来た。魔術具は見つかったかシェリア)
激しい攻防の合間をぬって、シェリアに近づき状況を確認するエル。
(ごめんなさいエル。腰の辺りに強い魔力反応があるんだけど、それらしい魔術具が見当たらないの)
(あいつの胴回りは革の防具で、そんなとこに魔石を抱えてたら俺のメガトンパンチで粉々に砕けちまうはずだ。つまり魔術具じゃなくホークがそういう魔法を使えるってことじゃないのか)
(それはないわ。実はそんな魔法が一つだけあるんだけど、ホークには絶対使えないもん)
(使えないって、それどんな魔法だ)
(聖属性魔法・マジカルラブパワー。愛する人に自分の魔力を差し出す魔法よ)
(おえぇ・・・なんか吐きそうな名前の女々しい魔法だな。まあ観客のオッサンたちがホークを愛しているとも思えんし、絶対その魔法じゃないよ)
(でしょ。とにかくもう少しだけ頑張ってみて)
◇
結局いくら攻防を続けてもシェリアは魔術具を見つることができなかったが、しばらくしてその異変が起こる。
スタンドのあちらこちらで観客が倒れ、担架で運び出されて行ったのだ。
(あれ? 何が起こったんだシェリア)
(分かった。ホークがマナを引き出し過ぎて、観客がマナ欠乏症になったのよ)
(マナ欠乏症だとっ?!)
(すぐ治療すれば問題ないけど、このままのペースで戦い続けると観客に死人が出るかも・・・)
(ええっ・・・マジかよ)
一方選手控え席では、決勝戦を観戦していたランキング3位のタイガが、ホークに怒鳴り声を張り上げている。
(あれを見てエル、タイガが怒ってるわよ。ホークのせいで観客が倒れているのを知ってるのかも)
(他の選手は何の反応も見せてないし、何かを知っているのは間違いない。ひょっとして観客のために怒ってくれてるのかな)
(私にはそうは見えないけど。むしろホークと同じ穴の狢というか・・・)
(確かに。アイツ根性悪そうだし何か裏があるかも。よしシェリアとカサンドラ、セコンドはもういいからタイガの野郎を締め上げて来てくれ)
(ええ、その方が早そうね!)
(任せろエル殿。肉体言語で全て吐かせてやる!)
インテリだけを残し、シェリアとカサンドラがタイガの方へと駆け出した。
◇
地上戦を放棄し、時間稼ぎのためにホークを上空に逃がしたエル。
それはホークにとっても都合がよく、エルのファイアーの射程外まで高度を上げると、特に攻撃魔法を撃ってくることもなく上空を周回している。
その間もスタンドの観客がバタバタ倒れていることから、どうやら治癒魔法でダメージの回復を優先しているらしい。
(アニキ、アイツを回復させてもええんでっか)
(ああ。俺はもうあんな反則野郎とまともに戦うつもりはない。シェリアたちが証拠を審判に突き出したらそこで試合終了だ)
選手控え席に目を移すと、カサンドラとレギウスの二人がタイガを羽交い絞めにして詰問しており、一方シェリアと仲間たちは他の選手や観客から情報をかき集めている。
そこに奥で治療中だったティラノが姿を現すと、なぜかタイガに詰め寄って来た。
(ティラノが死にそうな顔で、何やってるんだ)
(アニキにボロ負けして絶対安静の身体やのに、必死の形相で何かを訴えてまっせ)
(あっ! ティラノの話を聞いていたカサンドラが、鬼の形相でタイガの顔面を殴ったぞ。それにレギウスまで加わって、二人でタイガをタコ殴りしてやがる。うわぁ痛そう・・・)
(大会スタッフがタイガを拘束してもうたで。やっぱりタイガとホークはグルやったんや)
その後スタンドでの情報収集を終えてカサンドラと合流したシェリアが、大会スタッフと協議を始めた。
(たぶんシェリアはんが、反則の証拠を見つけて説明してるんでっせ)
(そうみたいだな。それにしてもホークのやつ全然攻撃してこないな。ちょっと暇なんだけど)
(そりゃあれだけのダメージを負ったホークでっせ。そんなすぐに治癒できますかいな)
(はあ? 治癒なんか一瞬で終わるだろ普通)
(何言うてまんねん。なんぼ魔力があっても、治癒にはそれなりの時間がかかるもんやで。一瞬で治癒が完了するのはアニキとサラはんの特殊能力でっさかい)
(え、そうなのか?)
(へえ。元はアニキの特殊能力やったけど、ハーピー魔法で一度死んだサラはんを蘇生させた時、アニキの治癒能力がサラはんにコピーされたんですわ)
(全然知らなかった・・・)
◇
その後シェリアと大会スタッフがグラウンドに戻り、エルと審判に事の経緯を説明する。
「結論から言うと、ホークは古代魔術具を使って観客の命をマナに変換して戦っていた。つまり自分以外の魔力を使ったことになるから反則よね」
シェリアの話を聞いた審判は、
「それが本当ならもちろん反則ですが、そんな魔術具をどこに隠し持っていたのですか。証拠がないと」
「アイツ、尻の穴に魔術具を入れていたのよ」
「マジかよシェリア。 色んな意味で汚ねえ・・・」
「ほんとよね。その魔術具ってかなり大きな魔石らしいんだけど、準決勝の直前にタイガがホークの尻穴に無理やり押し込んだそうなのよ」
「ひ、ひーーーっ!」
そのシーンを想像してしまったエルは、思わず自分の尻を押さえた。
「じゃあタイガはやはり・・・」
「そう。タイガが鳥人族マフィアの幹部で、ホークはその手下。一回戦では八百長でタイガがわざと負けたらしいの。その後の筋書きとしては、ホークをリザードマン王国の傀儡王にして、タイガが裏社会から実効支配するという計画だったそうよ」
「そうだったのか・・・でもなんでタイガはホークに怒ってたんだ」
「その魔術具って借金した人達の命を担保とするものらしく、これ以上使い過ぎると債務者が死んでしまって借金が回収できなくなるから、ホークを止めようとブチ切れてたのよ。ついでに言うと、ティラノも遊ぶ金欲しさにマフィアから借金していて、ホークに命を吸い取られてたって訳」
「救いようのないクズどもだな。なあ審判、タイガの野郎がここまでゲロったわけだし、ホークの反則負けでいいんじゃねえか」
「ええ、八百長を行った時点で二人とも失格です。よってエルさんの勝利とします」
「うっす。しかしこんなくだらねえ決勝じゃなく堂々とドラゴ陛下と戦いたかったが、なにはともあれ観客の命が助かって良かったぜ」
◇
審判がエルの優勝を宣言し、上空のホークに試合終了の合図を送る。
表彰式のために他の出場選手たちがグラウンドに再登場し、スタンドからは大歓声が鳴り響く。
エルの仲間たちは既にエルの周りを取り囲み、みんなで勝利を喜び合っているが、未だ上空を旋回するホークに突然、ケタ違いに膨大なマナが集まってきた。
再び観客がバタバタと倒れ、騒然となるスタンド。
「試合は終わったのに、どういうつもりだアイツ」
「ちょっと待って。この感じはエクスプロージョン! アイツ、私たち全員殺すつもりよ!」
次回もお楽しみに。
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