第74話 決勝戦(中編)
着替えを終え再び闘技場に姿を現したエルに、スタンドからはどよめきが起こった。
オーガ流格闘術を駆使して壮絶な打撃戦を制し、女ながらに決勝まで勝ち上がってきた剛腕の重騎士エルが、それとは真逆の姿で現れたからだ。
清楚な聖女衣に身を包んだ金髪翆眼の美少女。
その頭には黄金のティアラがきらめき、大きな胸の谷間には赤い魔石がはめ込まれた銀のロザリオが輝いている。
「おいおい、何だよあれ・・・」
「俺たちのエルちゃんが、今度は聖女様に変身した」
「あんな清楚な格好で、どうやって戦うんだ?」
そんなエルが審判の前に歩み出ると、武器としてシェリアから借りた魔導師のロッドを手渡し、さらには両手の手袋を外して魔石の指輪を全て外した。
「これが使用する魔術具一式だ。確認してくれ」
その数の多さに審判はしばらく絶句していたが、その一つ一つを丹念に調べ、いずれも魔鉱石が使われていないことを確認した。
「全ての魔術具の使用を許可します」
だがその審判の言葉に納得いかないのがホークだ。
観客同様、目の前に立つ聖女姿のエルにしばらくあっけに取られていたホーク。
まさかエルが攻撃と防御を捨て、魔力に全フリしてくるとは思わなかったからだ。
「おい審判! いくら何でも魔術具を使いすぎだ!」
「確かに数は多いですが、いずれも魔鉱石は使われておらず本人の魔力を補助するものばかり。数の制限も特に定められておりませんので」
「ちっ・・・まあいい。コイツの力量はレギウスとの試合で十分見せてもらったし、魔力を多少補助したところでドラゴほどの実力も出せねえことはお見通し。おい審判、こっちの魔石も早く確認しろ」
そう言ってホークは自分の魔石を審判に渡した。
◇
決勝の準備が整った。
観客に攻撃魔法が当たらないようスタンド全面に軍用バリアーが展開され、大会スタッフとホーク側のセコンドもバリアーの中に退避した。
携帯用の軍用バリアーを背中に背負った審判がエル側のセコンドにも退避を命じたが、シェリアがそれを拒否すると自分の魔力でバリアーを展開し、カサンドラとインテリ共々包み込んだ。
それを見た審判がこくりと頷く。
「ファイトッ!」
審判の試合開始のコールと同時にホークは空へと舞い上がる。上空から敵を攻撃する鳥人族の基本戦法を採るためだ。
だがエルはすかさず攻撃魔法を唱える。
【爆ぜろ】
上昇するホークに向けていきなり発射された火炎弾は、シェリアに教わった火属性初級魔法ファイアー。
その詠唱呪文はたった一言「爆ぜろ」だ。
まさかの高速詠唱に咄嗟に反応したホークは、高速で飛来する火炎弾から辛うじて逃れた。
「何だ今のは・・・」
今エルが使用した魔法はシェリアの祖国のメルクリウス・シリウス教王国で独自に発展した「簡易魔法」。世界で広く使われている「正式魔法」とは似て非なるものだ。
その大きな特徴は詠唱呪文の一部を唱えただけでも相応の魔法が発動するところにあり、魔法の威力を犠牲にすることで連射速度を高める「高速詠唱戦術」を採ることが可能な魔法体系だ。
シェリアがエルに教えたのはこの簡易魔法であり、洗礼を受けて魔法が使えるようになった後のエルに徹底して叩き込んだのは、ファイアーの速射速度を極限まで高めた「一節詠唱戦術」だった。
通常、たった一節の詠唱では魔法の効果はほとんど期待できない。
だがシェリアのように火属性の始祖の血を引く者なら実戦に使えるだけの火力を得ることができ、光属性の始祖の血を引くエルも母親から強力な火属性魔力を受け継いでいるため、一節詠唱戦術の使用がギリギリ可能とシェリアは判断。
しかもエルの本職は重騎士であり、得意戦法はカサンドラ仕込みの近接格闘術。
エルに高火力魔法攻撃などそもそも不要であり、たった数秒で発動可能な速射術こそがエルにふさわしい魔法攻撃という割り切りも有った。
そして今シェリアは、炎の魔石を身に着けたエルの放ったファイアーが実戦レベルの火力に達していたことをその目で確認した。
「初めての実戦にしては上出来よエルっ! 詠唱から発射まで3秒かかったけど、メルクリウス王家の末席ぐらいの火力は出ていたから合格よ」
そんな風にいつものドヤ顔で満足するシェリアとは裏腹に、左手に握りしめた魔導師のロッドの先から放たれた高温の火炎弾がホークのすぐ傍をかすめて空高くに消えて行くのをエルは悔しそうに見つめていた。
「ちっ、外れたか」
かなりの至近距離を外したエルは、ノーコンだといつもバカにしていたシェリアに内心謝罪した。
(悪かったなシェリア。動く的に魔法を当てるのがこんなに難しいとは知らなかったぜ)
一方、直撃は免れたものの炎がかすめて翼の羽が焼け焦げたホークは、その後も矢継ぎ早に放たれるエルのファイアーを避けながら、なんとか射程外の高空に避難した。
(一体何が起きてる?! ファイアーの発動には早くても十数秒はかかるはず。なのにあの女は火炎弾を連射してきやがった・・・)
簡易魔法の存在を知らないホークの驚きは、スタンドにいる観衆の衝撃をそのまま代弁していた。
「おいおい・・・俺たちのエルちゃんは魔法戦も強ええじゃねえか」
「エルちゃんはハーフエルフだし、もしかするとこっちが本職じゃね?」
「確かに・・・。ここまでの3試合が物理の殴り合いばかりだったから、攻撃魔法が使えないものと勘違いしてた。エルフ相手に魔法戦を挑むなんて、ホークの奴やらかしたんじゃねえか?」
もちろん来賓席にいるエルの仲間たちには見慣れた光景だったが、エルの実力を知らないセシリアにはやはり衝撃だった。
「エル様って一体何者?! いくら何でも強すぎるのでは」
するとエレノアが勝ち誇ったように、
「実はエル様が魔法を使えるようになったのはつい最近のこと。それ以前でも海賊団を一つ壊滅させるほどお強かったのですよ」
「海賊団を壊滅・・・それに魔法が使えるようになったばかりであの強さって、ちょっと信じられません」
南方新大陸最強国家サキュバス王国。その第一王女セシリアが目を疑うほど、火炎弾の連射は初めて見る者に大きな衝撃を与えた。
そしてそれをやってのけたエルは確かに、シェリアの一番弟子であった。
◇
そんなスタンドのどよめきをよそに、エルの魔法の射程外に逃れたホークが上空で周回運動を始める。
おそらく長射程の魔法攻撃を準備しているはずだが、それを注視していたシェリアがエルに叫んだ。
「マジックバリアー最大展開! 来るわよ」
「おうよ! 試しに一発受けてみるから、シェリアはマナの流れをよく見ててくれ」
「分かったわ」
ホークが長い詠唱呪文を唱えると、エルとの中間高度に巨大な魔法陣が出現する。
そして高濃度のマナが充填されバチバチと火花が散ると、その魔法がさく裂した。
【雷属性魔法・サンダーボルト】
閃光と雷鳴を伴い、電撃がエルの頭上に落下。
空気を切り裂くスパークが発生し、周囲が帯電して地面が弾けた。
それでもエルのバリアーを破壊するには至らず、無傷のエルが大地を蹴って高空にジャンプすると、ホークに向けて火炎弾を放った。
【爆ぜろ】
「ぎゃーーっ!」
自らが放ったサンダーボルトの閃光で一時的に目が見えなくなっていたホークは、エルの攻撃をまともに受けて意識を消失。
キリモミ状態で墜落するホークの落下地点へと走るエルを追いかけながら、シェリアが声をかける。
「ホークのマナの流れが分かったわ! スタンドの観客の一部から大量のマナがアイツの身体に供給され、それを使ってあのサンダーボルトを放ったの!」
「人の魔力を使った攻撃って反則じゃないのか?」
「ええそうよ。準決勝の時もたぶん同じ手を使って、ドラゴ陛下に不意打ちを食らわせたはず」
「じゃあ、審判にそれを言って・・・」
「まだよ。マナの流れなんて私だから分かったことだし、それだけじゃ証拠にならないのよ。たぶん特殊な魔術具を隠し持っているはずで、それさえあれば不正の証拠に・・・」
「ならその魔術具を奪い取ってやる。行くぞっ!」
落下の途中で意識を取り戻し、何とか体勢を立て直して無事着地したホーク。
だが目前には既にエルが迫っていた。
「メガトンパンチ!」
近接戦闘モードに切り替えエンパワーで限界突破したエルの右ストレートが、ホークが展開したバリアーをぶち抜いてその顔面を捉えた。
バギャッ!
「ぐはーーーっ!」
強力なバリアーのおかげでクリティカルヒットにはならなかったものの、ホークの身体が転々とグラウンドを転がっていく。
だがホークがすぐに立ち上がると、シェリアとカサンドラがほぼ同時に叫んだ。
「大量のマナがホークの身体に集まって来る!」
「エル殿、次の一撃を絶対に受けてはダメだ!」
だが限界を遥かに超えた速度でエルの間合いに入ったホークは、その拳でエルのバリアーを叩き割った。
「インテリ!」
「へい!」
既に刹那の時間しか残されておらず、それでも身体を庇おうとするエルをあざ笑うかのように、ホークの強烈な一撃がエルを捉えた。
ブオーーーン!
だがホークの拳が触れた瞬間、エルの身体が虚空に消えた。
空を切ったホークの一撃がその行き場を失うと、膨大な運動エネルギーがマナの奔流に変換され、衝撃波が正面のスタンドを直撃した。
ズガーーーンッ!
軍用バリアーに亀裂が入ってスタンド全体が大きく揺れるが、ちょうど亜空間から抜け出したエルがホッと一息をついた。
「ギリ間に合ったなインテリ。ラヴィと違ってたった10メートルしかワープできなかったのに魔力がごっそり奪われたぜ」
「アニキの闇属性魔力はしょぼいでっさかいな。そやけど即死を免れたんやし、多少の魔力ぐらい構へんのとちゃいますか」
「命あっての物種だな」
そう、エルはハーピー魔法でブーストした【闇属性中級魔法・ワープ】で九死に一生を得たのだ。
インテリさえいれば全属性の魔法が使えるエルが、万が一のために発動準備していたワープを使ってホークの攻撃を避けたのだった。
その代償として失ったのが大量の魔力。
一方、こちらも大量の魔力を使って敢行した奇襲攻撃が不発に終わり、ホークの内心には明らかな動揺が走っていた。
(光魔法と相反する闇魔法まで使えるのかよコイツ。決勝に勝ち残ったのは運ではなく実力。ハッキリ言ってドラゴよりも危険。今ここで完全に叩き潰せねば)
このホークの焦りこそが、その後誰も望まない悲劇を引き起こすこととなる。
次回もお楽しみに。
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