第71話 第1回戦〜対ティラノ(後編)
エルとティラノの戦いは、スタンド最前列で観戦していた他の選手たちにも動揺を与えた。
ランキング第2位、オーガ族の若き騎士レギウスもその一人で、自分の席から離れるとランキング第1位のドラゴ国王の隣に腰掛け、目の前で繰り広げられる一方的な展開とその当事者であるエルを急きょ参加させた真意を尋ねた。
無表情で試合を見ていたドラゴがレギウスの方に向き直ると、
「こうなることは予想していた。最近のティラノはろくに修行もせず、予選を勝ち抜けたのも上位者有利のルールに助けられただけのこと」
「予選会でのティラノは確かに精彩を欠いていたが、ここまで弱いとさすがに」
「ああ問題だ。だからアイツの性根を叩き直すために、大観衆の目前で言い訳できないような酷い負け方をさせてやろうと俺は思った。いわゆるショック療法だよ。そして思いついたのがエル皇女殿下の参戦だ」
「エル・・・皇女殿下だと?」
「そう言えば彼女のことを何も話してなかったな。彼女はランドン=アスター帝国の皇女殿下で、昨日表敬訪問に来られた際にティラノがトラブルを起こし、彼女が完膚なきまでに叩きのめした。その実力を目の当たりにしたことで今回の作戦を思いついた」
「あの女がランドン=アスター帝国の・・・」
「どうした、彼女に何か気になることでも」
「彼女とは少し縁があって・・・」
「ほう? 面白そうだな、話せ」
「ドラゴ陛下ならご存知とは思うが、オーガ流格闘術にはいくつかの流派があって、エル皇女殿下が今使っている格闘術は俺と同じ流派なんだ」
「・・・なるほど。昨日彼女の動きを見た時すぐにお前のことを思い出したが、同じ流派なら当たり前か。するとお前ら二人は知り合いだったと」
「いや、エル皇女殿下とは今日初めて会った。彼女と同じ戦い方なのは彼女と俺の師匠が同じだからだ」
「同じ師匠・・・皇女殿下の師匠はセコンドについているあのオーガ女だと思うが、彼女は一体」
「彼女の名はカサンドラ。オーガ王国の騎士団長にして俺の武術指南役でもあり天才の名を欲しいままにしてきた若き女騎士。だが彼女を妬んだ副騎士団長ギガスに嵌められ、奴隷として帝国に売られてしまった」
「カサンドラ・・・その名を聞いたことがあるな。それで彼女とは話をしたのか」
「まだだ。最初は他人のそら似かと自分の目を疑ったが、皇女殿下の戦い方を見てカサンドラ本人と確信した。だが順当に勝ち上がれば準決勝で戦うことになるので、それまでは声をかけるのは控えようかと」
「そうか。で、エル皇女殿下には勝てそうか」
「もちろん。彼女の動きはハッキリ見えるし、俺には一発も当てられないだろう。兄弟子のこの俺が直々に稽古をつけてやるさ」
「それは面白い。だが油断してるとティラノみたいに1回戦で足をすくわれるぞ」
「俺は油断なんかしない。それに初戦の相手はランキング第6位のドワーフ戦士・バラモン。怪力と魔力を併せ持つエル皇女殿下と同じタイプだし、前哨戦として色々試させてもらうさ」
「それは俺も同じだ。俺の初戦はランキング第5位のトロール戦士・ラゲートス。決勝でお前を倒すための肩慣らしをさせてもらうよ」
「せいぜい頑張るがいいさ。だが決勝で勝つのはこの俺で、新たな王に俺はなる」
「ふん。お前にこの俺は倒せんし、この国もやらん」
不敵な笑みを浮かべながらガッシリ握手を交わす二人。だがその目の端に映った試合会場では、今まさに卑劣な行為が行われていた。
「「ティラノの奴、やりやがった」」
二人が同時にそう叫んだ直後、スタンドは悲鳴に包まれていく。
勢いよく席を立ったドラゴが、吐き捨てるようにレギウスに言った。
「ティラノには心底呆れ果てた。今すぐ試合を止めて来る。アイツは格闘家として終わりだ」
◇
それは一瞬の出来事だった。
エルの猛攻を何とか逃げ続けていたティラノだったが、一瞬できた審判の死角を突くとエルの足元にマジックバリアーを展開した。
透明のバリアーに足を引っかけたエルがバランスを崩すと、ティラノはすぐにバリアーを消して証拠隠滅した上で、エルの後ろ髪を左手で掴んだ。
「テメェ! 汚ねえマネしやが・・・」
そう叫んだエルだったが、髪を力一杯引っ張られるとその顔面にティラノの右ストレートが炸裂した。
グシャッ。
ほんの十数秒ほど意識を失っていたエルは、あまりの激痛に意識を取り戻した。
ティラノにマウントポジションを取られ、執拗に殴打されたエルの顔面はすっかり腫れあがり、両目はつぶされ口の中は血で溢れかえっていた。
骨が折れてひしゃげてしまった鼻の奥からは鉄の匂いしかしなくなり、両肩をつぶされたのか腕がピクリとも動かない。
バギャッ! ベキッ! ゴシャッ!
「うぐぅ・・・」
バリアーを展開して殴打を防いだエルに、意識を取り戻したことに気が付いたティラノが彼女を嘲笑う。
「もう目覚めやがったか。だがご自慢のきれいな顔は見る影もないぞ。ククククク。そんな醜いツラの女なんかもう誰も相手してくれないぜ。残念だったな」
そしてティラノは、試合中にも関わらずエルのセーラー服を胸元から引き裂いた。
ビリ、ビリッ
「お前が目覚めるのを待ってたんだ。道着を破るのは反則でもないし、今からお前のうれし恥ずかしストリップショーが始まる。クーッククク」
ティラノは観客からよく見えるようにエルを立たせると、服をはぎとられて下着が露になった傷だらけのエルの姿にスタンドからどよめきが起こる。
「ざまあねえなエル。早く降参しねえと下着もはぎとって全裸にしてやるぞ」
このティラノの脅しに、エルの逆転を信じて我慢していたカサンドラがタオルを投げ入れようと懐から取り出す。
だがエルの闘志が微塵も消えてないことを感じ取ると、握りしめたタオルをまた懐にしまった。
同時にエルが吠える。
「何が降参しろだ! お前は絶対許さんティラノ!」
「お前こそ何が許さんだ、クソ女め。今すぐ下着をはぎ取って大観衆に見てもらおうか」
「そんな脅し俺には通じん。それよりキャティーが真心を込めて作ってくれた服を破り捨てたテメエだけは、絶対許さんからな!」
「けっ、なら望み通りしてやる」
唾を吐き捨てたティラノがエルのブラジャーに手をかけようとするが、それより一瞬早くエルの蹴りがティラノの下あごを捉えた。
ドグシャッ!!
「ぐぼっ」
肉と骨の砕けた鈍い音がスタジアムにこだます。
そして宙を舞うティラノの脳天に、地面を蹴って高く飛び上がったエルのかかと落としがさく裂した。
ズゴンッ!!
「ごはーーっ!」
勢いよく地面に叩きつけられ悶絶するティラノの前に着地したエルは、最初に喉元を蹴り上げて声をつぶすと、両手両足を踏み潰していく。
「ごはーっ! がはーっ! ウゲェェ・・・」
声にならないうめき声を上げて助けを求めるティラノだったが、肩の骨を砕かれ両腕をぶらりとさせたエルが容赦なく蹴り続ける。
「お前を殺しはしねえ。だが降参もさせねえ。再起不能になるまで徹底的につぶしてやる」
涙を流して審判に助けを求めるティラノだったが、その審判の隣にはドラゴ国王が立っており、耳元で何かを伝えている。
そして国王が立ち去ると、顔面蒼白の審判が試合の続行を決めた。
「ファイトッ!」
「ヒイィ・・・モウ・・・ゴウザンザゼデ・・・」
ダミ声を上げて泣き叫ぶティラノの身体を、まるで空き缶を踏みつぶすように破壊していくエル。
スタンドからは「エルコール」が鳴り響き、ついに我慢できなくなった審判が王命に逆らってティラノのTKO負けを宣告した後もそれは鳴り止まなかった。
◇
試合終了と同時にエルを抱きかかえたカサンドラが更衣室に駆け込むと、試合の間中ずっと泣き叫んでいたサラが全力のキュアを発動させる。
純白のオーラが天に向かって立ち登ると巨大な魔法陣が宙に浮かび、更衣室を眩い閃光が包み込んだ。
そして完全回復したエルが予備のセーラー服を着て観客の前に姿を見せると、スタジアム全体にどよめきが起こった。
「あんな大けがをしたのに、傷一つ残っちゃいねえ」
「セコンドの修道女がやったのか・・・とんでもねえ大魔力だったな」
「エルちゃんといいあの修道女といい、妖精族の魔力はマジ半端ねえ」
人間がほとんどいない南方新大陸において、豊富な魔力を持つのは妖精族しかいない。
だからエルたちを妖精族と勘違いするのは当然であり、その逆に魔力持ちが珍しい獣人族国家リザードマン王国では治癒師はかなり貴重な存在。
それでも王宮だけあって国中から腕自慢の治癒師を集めることはできていたが、彼らの能力はサラに遥か及ばず、ゲシェフトライヒ修道院の平均的なシスターほどの実力も持っていなかった。
その程度の治癒師が数人がかりで治癒魔法をかけたところで、完治はおろかようやくつぶされた喉が元通りになったに過ぎなかった。
「・・・頼む・・・俺にも・・・治癒魔法を」
未だ倒れたその場で治療を受け続けるティラノが目に涙を浮かべてエルに助けを求めたが、先に口を開いたサラが鬼の形相で拒絶した。
「バカじゃないのあんた! 救世主エル様に酷いことをした男なんか、今すぐ地獄に落ちろってえの!」
神に仕える修道女としては不適切な言葉で罵るサラだったが、それ以前に彼女はエルの熱狂的な信奉者であり、そして農村育ちの強い女だった。
そんな彼女に続いてエルも追い打ちをかける。
「お前の手足の骨は入念に砕いておいた。すぐに完治させないと激しい痛みは続くし後遺症もでるかもな。もしかすると格闘技はおろか、まともに歩くこともできなくなったりして」
「い、嫌だ・・・俺が悪かった。どうか助けてくれ」
そして静かな怒りを燃やしていたカサンドラが、とどめの一言をスタッフに告げた。
「その敗退者をここからつまみ出せ。次の試合の邪魔になる」
「ですが今動かすとティラノが・・・」
とても搬出できない危険な状態だと説明するスタッフを、だがカサンドラはギロリと睨みつける。
「目障りだと言っている。何なら今ここでそいつの息の根を止めて、生ごみとして廃棄処分してやろうか」
こん棒で素振りを始めるカサンドラに、顔をひきつらせたスタッフたちがティラノを担架に乗せた。
「・・・すぐに運び出します」
「ぎゃあっ! い、イタイ・・・まだ動かさないでくれ・・・うぐぅ・・・ひいいぃっ」
激痛で悶絶するティラノを乗せた担架の後を、サラの治癒魔法を目の当たりにして彼我の実力差を理解した治癒師たちが肩を落として歩いていく。
こうして敗者は、寂しく会場を去っていった。
次回もお楽しみに。
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