第71話 第1回戦〜対ティラノ(前編)
大番狂わせのエルの勝利に、未だ歓声が鳴り止まない闘技場。そんな中行われたのは、第一回戦の組み合わせ抽選会だ。
先程まで熱戦が繰り広げられた土俵上にトーナメントボードとクジの入った箱が置かれると、8名の選手が一列に並んだ。
エルを見て「ニカッ」と笑うドラゴ国王の隣には、不敵に笑う弟のティラノの姿が。
その他にも鬼人族からはオーガ族とトロール族の若者二人、獣人族からは猛虎族と鳥人族の猛者二人、そして妖精族からはドワーフ族のヒゲオヤジが居並ぶ。
これにエルを加えた8人がこれからクジを引くことになるが、初戦4試合はランキング上位4名と下位4名の組み合わせとなる。
「この黄金の右手でクジを引いてやる。狙いはランキング1位のドラゴ陛下1択だ」
エルがそう口走った矢先、審判が突然トーナメントボードの第1試合の欄にエルの名前を書いた。
「あれ? 俺はまだクジを引いてないぞ」
だがその隣に「ティラノ」と書かれると、当の本人がエルを睨みつけた。
「何が兄上1択だ。オーランドに勝ったからって自惚れんじゃねえ」
「自惚れとかそういうんじゃなしに、男なら普通1番強ええ奴と戦いたいと思うだろ」
「はあ? テメェは女だろうが」
「そう言えばそうだった。ていうか俺はクジを引きたいんだけど」
「予選も戦わずに後から入ってきたお前が文句言うんじゃねえ。お前の相手はこの俺様と最初から決まってるし、兄上に頼んでそうさせてもらった」
「また国王の一存かよ。分かったからルールを言え」
「ああいいぜ。ルールは簡単、武器、防具、魔法は全て使用不可の純粋な格闘戦。打撃と投げ技、寝技のどれを使ってもよく、降参したら負けだ」
「要するにケンカみたいなものか。だが防具禁止は痛いな。なあ審判、俺は道着を持ってないし、悪いけど貸してくれないか」
エルが要求すると、だが審判は困った顔をして、
「申し訳ないが道着の貸し出しは行ってません。ここに出場するのは全員プロの格闘家で、自分の道着は当然持参しますし、そもそもこの大会に女性が参加したことはなく、女性用の道着など準備してません。誰か知り合いの方に借りることはできませんか」
「うーん、ちょっと聞いてみる」
エルは後ろに控えていたカサンドラに聞くが、彼女も道着は持っておらず、そもそもエルより背が高いため他の服もエルにはブカブカだ。
サラは背が低い上に修道服しか持っておらず、他の仲間も魔導師や貴族令嬢ばかりで、道着など持っているはずがない。
「仕方ない、俺の手持ちでマシな服を探すか」
エルはカサンドラに預けておいた収納魔術具の中を覗き込むと、手持ちの服を確認する。
デルン子爵夫人からもらった舞踏会のドレス 5着
シェリアからもらったゆるふわワンピ 2着
キャティーに作ってもらったセーラー服 3着
エミリーからもらった女冒険者用インナー 1着
寄宿学校の修道服 2着
東方教会の聖女服 1着
やり手商人風バリキャリタイトスカート 1着
露出の多い娼婦ドレス 1着
サキュバス王国のミニスカメイド服 1着
黒ビキニ 1着
女物の下着 10着
「ロクな服がねえっ!」
服に興味がなく自分で何も買ってなかったことに気づいたエルが、ガックリ膝から崩れ落ちる。
「道着がないのはかなりマズいと思う」
真剣な顔をしたカサンドラがエルの耳元で囁く。
「本当だよ。道着の1着でも買っておけばと今は後悔してるが、このままだと昨日みたいに舞踏会のドレスで武闘会を戦わなきゃならなくなる」
「その話を聞いて驚いたのだが、仮にもティラノはドラゴ国王と同じ本格派の格闘家でランキング4位。そんな相手とよくドレスなんかで戦えたな」
「アイツめちゃくちゃ酒臭かったし動きも鈍かった。だが今日はシラフみたいだし、昨日のようには行かないと思う。さて服をどうするかだが・・・」
「ふーむ・・・今の話を聞いて思ったのだが、舞踏会のドレスは厚い布地を使ってるし骨組みもしっかりしており、防具としては意外と悪くない。ただティラノとの試合はスピード重視にしたいので、重く取り回しも難しいドレスはできれば避けたい」
「ああ。社交ダンス用に作られている分、意外と動きやすいし寝技を防げるメリットは大きいが、蹴りを出しづらいのが難点だ。それでも俺は蹴るけど」
「一方、道着と形状が近く動きやすいのは冒険者インナーだが、こちらは布が薄すぎて防御力は皆無。同様のことが水着やメイド服にも言えそうだ」
「だな。それにあんな露出の多い服を着て戦ったら、5万人の観衆に醜態をさらけ出すことになる。俺の鋼の精神力も挫けちまうよ」
「そう考えると、ヒラヒラした形状で組み手では不利になるが、エル殿が戦闘服としていつも使用しているセーラー服が妥当かと」
「俺もそう思う。海の男のポパイもスケバンもセーラー服で戦っているし、それでいくしかないだろう」
カサンドラと意見が一致したエルは、さっそく収納魔術着からセーラー服を1着取り出す。そして鎧を脱ぎ始めたところでサラが慌てて止める。
「え、エル様? まさかここで着替えるつもりでは」
「ああ。今日は下に冒険者インナーも着てるし、ここで鎧を脱いでも大丈夫だろう」
「いけませんっ! 救世主エル様ともあろうお方が、神々しい素肌を観客の男どもにさらすなど、絶対あってはなりません! 審判さん、エル様が服をお召替えになられるので、衝立を用意してくださいっ!」
サラはいつも大げさだなとエルが呆れていると、なぜか審判も激しく同意し、スタッフに命じて大急ぎで衝立を用意。
あっという間に立派な更衣室が出来てしまった。
「さあエル様、こちらでお召し替えをいたしましょう。カサンドラさんも手伝ってください」
「分かった。さあエル殿、中へ」
「たかが着替えで大袈裟すぎだろ・・・まあ、せっかく作ってくれたし、さっさと着替えるぞ」
◇
サラたちに着替えを手伝ってもらったエルは、収納魔術具から立ち鏡を取り出すと自分の姿を確認する。
相手に掴まれないよう襟のリボンを外し、長く伸びた金髪も後ろに束ねて、ポニーテールにした。
ロングスカートで素足が隠れていることを確認し、靴は動きやすい軽業師用シューズに履き替えた。
魔石も全て外し、両手は何もない素手の状態だ。
「よしこんなもんか。母ちゃん似の甘ったるいツラのせいで、スケバンというよりお嬢様学校の女学生にしか見えねえが、見た目の迫力不足は気合でカバーしてやるぜ!」
マジックポーションを飲んで魔力を少し回復させ、サラのヒールで体力を完全復活させたエルが満を持して衝立から飛び出すと、途端スタンドからどよめきと歓声が一斉に沸き起こった。
「おい見ろよあれ! あのエルって女騎士、やっぱりとびきりのいい女だったじゃねえか」
「アイツやっぱりエルフだったんだ! だが耳が尖ってねえしドワーフとのハーフで決まりだな」
「いやチビで貧乳のドワーフとのハーフであれほどの悩殺ボディーは考えられねえ。むしろサキュバスとのハーフを疑った方がしっくり来る」
「サキュバスだとっ! だとしたら是非俺っちを魅了してくれ。あんないい女なら喜んで人生を捧げたい」
「お前じゃ全く釣り合わねえよ。ここはおいらが」
「んだとこの野郎っ!」
こうしてスタンドのあちこちで殴り合いのケンカが始まったが、リザードマン王国ではこれが平常運転であり、エルの人気が沸騰したのは間違いない。
だが、そんな圧倒的声援を受けるエルに、ティラノはニタニタと嫌な笑みを浮かべて挑発する。
「随分と人気が出たようだが、観客は全員格闘ファンばかり。試合に負けたお前の無様な姿を見れば、観客たちはどんな反応を見せるだろうな」
◇
「ファイトッ!」
審判の掛け声で始まった試合は、だがカサンドラの見立て通りとはならずエルの一方的な展開となった。
バギャッ! ドガッツ! ゴスッ!
その巨体がまるでサンドバッグのようにエルに自由に打ち込まれ、必死に防戦するティラノのガードを弾き飛ばしてエルの拳が顔面に突き刺さる。
ズゴン!
「ぐわーっ!」
たまらずその場から逃げ出すティラノだったが、速さで勝るエルに行く手を遮られると、さらなる猛攻が襲い掛かってきた。
「なぜだ! なぜ俺がこんな女にっ!」
成すすべなくタコ殴りにされるティラノに、エルがその答えを突き返す。
「お前本当にランキング4位か? はっきり言ってオーランドの方が強かったぞ」
「うぐっ・・・そ、そんなことは」
「俺が非力なだけかも知れんが、これだけ打ち込んでも倒れねえ体力だけは認める。だがパワーもスピードもオーランドの方が明らかに上。お前、酒でも飲んでるのか」
「そんな訳あるかクソーーーっ!」
そんな二人の戦いにスタンドはお祭り騒ぎだ。
「いいぞ綺麗な姉ちゃん! そのクソ野郎を徹底的にブチのめしてしまえっ!」
「王弟だからって調子に乗って、女を取っ替え引っ替えしてきたバチが当たったんだ! ダセェ奴」
「お前が散々遊んで捨ててきた女にヤラれて、いい気味だぜバーカ!」
スタンドにティラノを応援する声は皆無。
よほど酷いことをしてきたのか国民から恨みを買いまくっていたティラノに対し、これまでの鬱憤を見事に晴らしてくれているエルに5万の観衆が熱狂した。
もちろんエルのセコンドの二人も、
「エル殿は私の想像を超えて強くなっていたようだ。ティラノの強さは本物だったが、エル殿がさらにその上を行っただけだ」
「光属性魔法を封印されているのにあんな大男を二人も圧倒するなんて! さすがは私たちアニー巫女隊がお仕えする聖女様っ!」
「あの姿を見て聖女様はないだろう。バーサーカーの間違いでは」
「聖女様でもバーサーカーでも何でもいいの。だってエル様はこのサラめが生涯お仕えする主君様だから」
エルの奮戦に、観客席のシェリアたちも大興奮だ。
「エル行っけーっ!」
「ファイト、私のエル君ーっ!」
「エルお姉ちゃん頑張れ〜」
「アニキ、正義の番長の戦いぶり見せたれ〜」
「エルお嬢様、素敵〜」
エミリー、ラヴィ、インテリ、キャティーも大声を出して応援し、普段は貴婦人然として上品に振る舞っているスザンナ、エレノア、アリア、セシリアも周りの目を気にせず声を上げている。
「さすがわたくしのエル様! その調子ですわっ!」
「素敵よエル様〜! ・・・ああ、どうしてあなたは皇女なの。もし皇子だったらわたくし・・・」
「強い・・・あれがバビロニア王国の娼館からわたくしを助け出してくれたエル様の真のお姿。そんなエル様を見ていると、とても懐かしい気持ちになるの。わたくしたち昔どこかで会っていたのかしら・・・」
「エル様って本当に素敵・・・あああ、わたくしにはサクライ様という心に決めた殿方がいるのに、エル様のことを本気で好きに・・・」
思わず本音が漏れ出ている令嬢たちの隣では、エルの保護者たちもご満悦だ。
「武闘会に出ると聞いた時はさすがに止めようと思ったが、俺の知らないうちにまた成長したなアイツ」
ジャンが目を細めてエルの戦いぶりに感心し、騎士団のみんなも遠慮なく声援を送っている。
そんな中、アレクセイがジャンの隣に座る。
「なあヒューバート伯爵。エルにカタストロフィー・フォトンを教えようと思うのだが、構わねえよな」
「それってお嬢・・・いや陛下の必殺技じゃないか。アスター血族に伝わる一子相伝の魔法だと聞いたが、分家のお前がどうして」
「俺も含めて何人かはその魔法が使える」
「そうなのか? だったらアスター血族の隆盛のためにもエルに教えてくれて構わない。だがどうして俺に許可を求める」
「アナスタシア大公妃に睨まれたくないからだ。分家の勝手な行動を許さないあの女も、陛下の懐刀のアンタのことは信頼している。だから仁義を切らせてもらっただけさ」
「おいおい、アスター大公家のお家騒動に俺を巻き込まないでくれよ。俺はローレシア皇帝陛下直属の部下であって、大公家の他の連中とは関係ない」
「だが、その大公妃の命令でエルは外国に嫁に出されようとしている。お前はそれでいいのかよ」
「いや・・・しかし・・・」
「まあいい、とにかく俺はアイツに魔法を教える。それがアスター大公家の未来のためだと俺は信じる」
次回もお楽しみに。
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