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第65話 王妃の秘密

 突然激高した王妃に騒然となる王族たち。


 国王も愛する妻をなだめようとするが、


「わたくしは絶対にセシリアを認めません。次期女王はミモレーゼちゃんであるべきなの!」


 ヒステリックに叫ぶ王妃に、国王は努めて冷静に尋ねる。


「マリーネ、どうしてキミはセシリアを嫌う。もし良ければ理由を教えて貰えないだろうか」


 これまで何度も繰り返されて来た国王の問いに、今だ王妃からは明確な答えがない。


 だがミモレーゼが次に発した言葉で、王妃の心の壁に風穴が開いてしまうことになる。


「わたくしはお姉様に何の興味もなくなりましたの。お姉様が女王になりたいのなら、どうぞご勝手に」


「ちょっと待ちなさいミモレーゼちゃん! まさかこのわたくしを裏切るというのですかっ!」


 信じられないという表情で目を見開く王妃を、ミモレーゼはあっさりと切り捨てた。


「わたくし、お母様のいうことなどもう聞きません。だってエル様がいれば他に何もいらないもの」


「えっ!」


 ショックを受けた王妃は、ミモレーゼがうっとり見つめるエルを呪い殺すような目で睨みつける。


「ギリッ! ・・・この女狐め、さっきから余計なことばかり言うから、わたくしのミモレーゼちゃんがおかしくなったじゃないの! 誰か、王族を誑かした罪でこのセシリアの侍女を今すぐ逮捕なさい!」


 怒りの矛先が突然エルへ。


「いや、ちょっと待ってくれよ王妃殿下! 俺はミモレーゼの悪いところを直そうとしただけで・・・」


「お黙り! あなたがミモレーゼちゃんを誑かすからこんなことになったのよっ!」


 それでも王妃はエルを逮捕するよう国王に迫り、だが首を横に振るともう一度王妃に問いかけた。


「なあマリーネ。侍女の逮捕より先に余の問いに答えてはくれぬか」


 国王は理由を尋ねるばかりで自分の言うことを聞いてくれないことに頭に血が上った王妃がついに本音をぶち撒けた。


「もう何もかも嫌っ! ・・・そんなに理由が知りたいなら教えてあげる。ミモレーゼちゃんに王位を継がせて、わたくしの実家を見返してやりたかったのよ」


「マリーネの実家を見返す? 一体どういうことだ」


 王妃の意外な答えに、国王が顔をしかめる。


「次女であるわたくしは、物心がついたときから姉に全てを奪われ続けてきたの。だからっ」


 そして王妃は、心に秘めていたものを吐露した。





 エルフ族の名家の次女として生まれたマリーネは、幼い頃から両親に冷たくされ、後継者である長女のスペアーも、彼女ではなくその弟妹を当てることを早々に宣言されていた。


 その後無事長女が家督を継ぐと、マリーネが二度と故郷に戻って来れないようサキュバス王国に売り渡してしまった。


 適当なインキュバスに魅了をかけられ嫁にされそうになっていたマリーネは、ちょうど成人を迎えた今の国王にみそめられた。


 失意のどん底にあったマリーネは、幸運にもサキュバス王国の王妃になることができたが、自分を捨てた両親、姉への恨みは忘れておらず、やがて彼らへの復讐しか考えられなくなっていく。


 そしてマリーネは次女ミモレーゼに自分を投影するようになり、セシリアに姉を投影してしまう。


 結果、ミモレーゼの姉に対する傍若無人な振る舞いへと繋がっていくのだが、


「両親を見返すために、セシリアではなく次女のミモレーゼを女王にして、エルフの里に凱旋するつもりでした」


 そう言った王妃の目は狂気に満ちていた。


「マリーネ、そなたはそのようなくだらないことを考えていたのか・・・」


「くだらなくはないっ! わたくしに何も与えてくれなかった両親と、全てを持っていた姉が憎い・・・恵まれたあなたたちには、わたくしの気持ちなど分かるはずがないっ!」


 そう言って涙が止まらなくなった王妃は、仄暗い笑いを浮かべて呟いた。


「・・・フフフ、こうなったらわたくしの実家にサキュバス軍を送り込んで、領民たちを片っ端から魅了して拉致してやる。そうすれば実家はきっと困るはず」


「何をバカなことを! そんなことをしたらエルフ族全てを敵に回してしまう」


「構わないわ! だってサキュバス王国の王妃であるこのわたくしをコケにしたあの人たちが全て悪いの。これでラファエル家は滅亡よ! オーッホホホホ!」


 憎悪で顔を歪めた王妃の高笑いだけがダイニングに響き渡り、完全に言葉を失った王族たちが呆然と王妃を見つめる。


 それはエルも同じで、この狂ったエルフ妻を何とか止められないか途方に暮れていると、ふいに後ろからアレクセイの声が聞こえた。


「マリーネ・ラファエル。それがあなたの名前か」


「・・・ふん、そなたのようなどこの馬の骨とも分からぬ下賤の者が、このわたくしの名を呼ぶでない! 不敬であるぞ」


「そうか。ならいいことを教えてやる。エルフ族きっての名門貴族だったラファエル家はもう存在しない」


「・・・え?」


「10年前、鳥人族マフィアとの戦いの中で滅び、今は別の貴族がラファエル家の領地を統治している」


「ウソでしょ・・・で、ではわたくしの家族は」


「王妃の両親を含め一族は全員死んだ。領主のレオリーネ・ラファエルと他数名を残してな」


「全員死んだ・・・」


 アレクセイの言葉に愕然と崩れ落ちる王妃。


「そのようなこと、どうしてそなたが知っている」


「王妃が憎んでいた姉レオリーネ、つまり俺の愛する妻が教えてくれたからさ」


「なっ!」


 そしてアレクセイは、レオリーネから聞いたラファエル家の最後を話し始めた。



           ◇



 今から20年前ほど前、レオリーネがラファエル家の当主となり、マリーネがサキュバス王国へと送られたのは事実。


 だがそれはマリーネが思っているように両親から疎まれていたのが理由ではなく、サキュバス王家から是非にと懇願されてのものだった。


 というのもマリーネの魔力はエルフ族の中でも特に秀でたもので、エルフ王家がその実力にお墨付きを与えて縁談の仲介まで行ったほどだった。


 ただサキュバス族のイメージはとても悪く、世間では若い男女を拐っていく侵略者としてしか理解されていない。


 だが王家への忠誠心の高かった両親はこの縁談を絶対に失敗できないと考え、社交界にも縁談をひた隠しにして未成年だったマリーネにも何も伝えなかった。


 それから月日がたち、マリーネはサキュバス王国の王妃になり、ラファエル領ではレオリーネの治世が続いていた。


 だが平和な時代は10年で終わり、エルフ族と鳥人族マフィアとの戦争が勃発。


 その最前線にラファエル領があったため、領主家が前面に出て彼らと死闘を繰り広げた。


 結果、マフィアに大きなダメージを与えて撃退したものの、ラファエル家のほとんどが戦死。


 レオリーネは生き残ったものの最早領地を統治できる状態ではなく、エルフ王家に所領を返還して自らは冒険者として自由に暮らすこととなった。




「これが妻レオリーネから聞いたラファエル家の最期だ。両親は最後までマリーネ王妃の幸せを祈っていたし、妻は今でもあなたのことを誇りに思っている」


 アレクセイの話を聞き終えた王妃はただ茫然と天井を見つめ、同じ言葉を繰り返すだけだった。


「両親と姉をただ見返してやりたかった・・・そんなわたくしの人生は全てが無駄だった・・・」


 そんな王妃に優しい言葉を掛ける国王。


「マリーネ、そなたとの20年間は余にとって素晴らしいものだった。そなたもそれでよいではないか」


 だが国王がいくら慰めても王妃は同じことをつぶやくだけで、彼女の中に自分など存在しなかったことを思い知らされた国王は、王妃同様放心状態となった。


「そなたの気持ちは分かった。もしそなたが望むなら生まれ故郷に帰ることを許そう」


 そんな国王の言葉に、王妃は黙って頷いた。



           ◇



 離婚が決まり、最後の時を過ごす国王夫妻。


 二人は王宮最上階のバルコニーに立って、そこから王都の夜景を眺めていた。


 彼女にかけられていた魅了は既に解かれ、心を縛りつけるものは何もない。


 そして両親や姉の本心を知り、生まれて初めて全てから解放された彼女は、眼下に広がる美しい夜景に思わず息を飲んだ。


「美しい・・・」


 まるで少女のように目を輝かせる王妃に、国王は自分が初めて彼女と出会った日のことを語り始める。


「そなたと余が最初に出会ったのも夜景が美しいこのバルコニーだった。そこで余のプロポーズを受け入れてくれた時の幸せを、今でもハッキリと覚えている」


「あの日と同じ夜景・・・」


 するとマリーネの頭の中には、新婚時代の記憶が一斉に甦ってきた。


 それは憎しみに囚われたさっきまでの自分ではなく、産まれたばかりのセシリアやミモレーゼと4人仲良く暮らしていた幸せな日々。


 あの頃はまだ、ミモレーゼを使った復讐など微塵も頭にはなかったのだ。


「わたくしはいつから復讐を考えるようになったのだろうか」


 おそらくミモレーゼがある程度成長してからなのだと思うが、今ハッキリしているのは自分が本当に家族を愛していたことだ。


 特に隣にいる元夫をこの上なく愛していた。


「・・・そうか、わたくしはこの人を」


 魅了が解けたエルフ妻は、夢から覚めるように夫だったインキュバスへの愛が消え去ると聞く。


 そして失った時間に絶望し相手を怨むようになる。


 だがマリーネは、隣に立つ元夫への気持ちが以前と何も変わっていないことに気づき、自分の本当の気持ちと失ったものの大きさに愕然とし、膝から崩れ落ちて号泣した。



            ◇



 どれぐらい時間が経っただろうか。


 やがて泣きつかれたマリーネは深々とお辞儀すると20年間寄り添った元夫に別れを告げた。


「長い間お世話になりました。今までわたくしを愛してくれて、本当にありがとうございました」


 そして彼に背を向けるとその一歩を踏み出す。


 だが、


「・・・マリーネ、もう一度やり直すことはできないだろうか」


「え?」


 驚いて振り返ると、そこには目に涙を滲ませた元夫の姿があった。


「そなたがどう思おうと、やはり余はそなたを手放したくない・・・」


「レオンっ!」


 マリーネは思わず元夫の名を叫ぶと、その胸に飛び込んで大声を上げて泣き出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 元夫を力強く抱きしめ、ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返し、そして本当の気持ちを打ち明けた。


「わたくしもあなたを心の底から愛してます。それを今になって気が付くなんて、本当にバカな女でした」


「では!」


「はい。レオン、もしあなたさえよければもう一度わたくしと」


「こんなに嬉しいことはないよマリーネ。戻って来てくれて本当にありがとう」


「・・・でも一つだけお願いがあるのだけれど」


「何でも言ってくれ! そなたが戻って来てくれるなら余は何だってしよう」


「では、わたくしにもう一度魅了をかけてください。しかもあなたの全魔力を使って」


「え? いや、だがしかし・・・」


「あなたの魅了が解けて初めて分かったのです。わたくしは最初からあなたをこれ以上ないほど愛していたことを」


「マリーネ・・・」


「ですのでこの気持ちを永遠のものにしたいのです。それともう一つは罪滅ぼしのため」


「罪滅ぼし?」


「わたくしは過去を全て捨て、サキュバス王国のために尽くしたいと存じます。だから全てをあなたに捧げるためにお願い・・・」


「・・・本当にいいのだな」


「はい。わたくしはあなたに永遠の愛を誓います」


「わかった。では余もそなたに永遠の愛を誓おう。だから受け取ってくれ、余の全力魔法を!」



【精神操作魔法・魅了】





 その夜膨大なマナが王宮から空に駆け登って行くのを、多数の国民が目撃した。

 次回もお楽しみに。


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