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第64話 愛の奴隷

 ミモレーゼに魅了がかかってしまった。


 しかもその相手はエル。


 大きな瞳にハートマークを浮かべ、甘くとろんとした表情でエルにしがみついたまま離れなくなってしまった。


「愛しのエル様、今日からわたくしがあなたの妻です。末永く愛してくださいませ」




 アレクセイの魅了を解除するどころかミモレーゼを魅了してしまったセシリアは、父親に相談するため王族専用転移陣を使って国王執務室に跳躍。


 そこで目の当たりにしたエルに寄り添って甘い言葉を繰り返すミモレーゼの姿に、国王は呆然とするしかなかった。


「うーむ、分からん。サキュバス族に魅了がかかったことも、同性相手にかかったことも、人間に魅了されたことも、何もかもがあり得ないことだ・・・」


「さすがのお父様でも、なぜこうなったのか分からないのですね。これから一体どうすれば・・・」


「そこは悩む必要はない。まずはミモレーゼに命じてアレクセイの魅了を解かせればよい」


「承知しました。エル様、ミモレーゼにそう命じてくださいますか」


「分かった。ミモレーゼ、アレクセイの魅了を解除しろ」


「承知いたしましたエル様」


 するとあれほどアレクセイに執着していたミモレーゼは、瞳のハートマークをくっきりさせながら二つ返事で承諾し、彼女の魔力が執務室に充満するとアレクセイの瞳のハートマークが完全に消えた。


「・・・あれ? 俺は今まで何をしてたんだ」


 きょとんとした顔のアレクセイにエルは、


「正気に戻ったか。お前はまた魅了をかけられていたんだ」


「そうだ、俺はミモレーゼともあんなことを・・・レオリーネ、俺はまたお前を裏切ってしまった・・・すまん」


 アレクセイの脳裏に二人のサキュバスとの夫婦生活がフラッシュバックし、頭を抱え込んでしまった。


「お前には何の責任もないからそれ以上は悩むな。あと国王陛下に許しも得たから、いつでもこの国を出られるぞ」


「帝国に帰れる・・・だがレオリーネは俺を許してくれるだろうか」


「許すに決まってるだろ。悪いのはお前を連れ去ったボニータだし、アイツはもう罰を受けた。それより国王陛下、コイツに例のものを」


「そうだったな」


 国王はアレクセイにアドネラの雫を持たせると、今度はセシリアに向き直った。


「さあセシリア、今度はミモレーゼの魅了を解除するのだ」


「承知しました、お父様」


 国王の命令にコクりと頷いたセシリアは、ミモレーゼより強大な魔力で国王執務室を満たしていくが、いくら待ってもミモレーゼの瞳のハートマークがなぜか消えない。


「・・・あれ? おかしいですわね」


 その後何度も何度も試してみたが、先にセシリアの魔力が尽きてしまった。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・ごめんなさいエル様。何度やっても魅了が解除できません」


「犬のは簡単に解除できたのに・・・まさか一生このままってことは」


「それはさすがに・・・き、きっと今日は魔力を使いすぎて疲れていたからですわ。魔力を回復させて、明日もう一度挑戦させてください」


「そうだよな・・・魔力が回復すればきっと」




 結局もう一晩王宮に泊まることになり、ミモレーゼの魅了解除後すぐ王国を立ち去ることを伝えると、セシリアが寂しそうな顔をエルに見せた。


「わたくし、エル様とお別れしたくありません」


「俺もだよ。でもこの国は人間にとって危険すぎるし、機会があれば俺だけでもまた会いに来るよ」


「はい・・・エル様はわたくしにとって大切なお友達です。近くに寄られた際にはぜひお顔を出してくださいませ」


「是非そうさせてもらうよ。お前も魅了の訓練を続けて、立派な女王になるんだぞ」


「はい」


 少し寂しげだが笑顔を見せて気丈に振る舞うセシリアに、ずっと塞ぎ込んでいた愛娘が立ち直りつつあることを国王は目を細めて喜んだ。


 だが突然、ミモレーゼが姉をせせら笑った。


「へえ・・・お姉様ってエル様のことが好きだったんだ。でもざーんねーん、このわたくしがエル様の妻の座を射止めましたわ。クスクスクス」


 魅了にかかったミモレーゼは、エルに対しては絶対服従の姿勢を見せるが、セシリアへの態度は以前と同じであり、和やかだった空気が一瞬で壊れた。


 笑顔が凍り付くセシリアとガッカリと落胆した国王を見たエルは、ミモレーゼに向き直って彼女を厳しく叱りつけた。


「ミモレーゼ、お前はなんでそんなことを言うんだ。もっと姉と仲良くしろ」


 するとミモレーゼは顔面蒼白で言い訳を始める。


「違うのですエル様っ! お姉様は何でも持っててズルいから、妹であるわたくしがそれを貰っても構わないのです」


「アホか! 姉の物を奪っていい訳ないじゃないか。お前のせいでセシリアはずっと傷ついていたんだからな」


「・・・どうしてそんなことを言うのです。わたくしがこれほどエル様を愛しているのに」


「悪いことをしたら謝るのが常識。それができない奴はこの俺が許さん!」


「ひいっ! も、申し訳ございませんでしたエル様。どうか許してくださいませ」


「謝る相手が違うだろ!」


「は、はひーっ!」


 エルに叱られ真っ青になったミモレーゼは、セシリアの足元に土下座した。


「・・・もっ、申し訳ありませんでしたお姉様。今までのことは全て謝罪いたします。お姉様から頂いたものもお返ししますし、どうかそれでお許しを」


 今まで一度として謝らなかったミモレーゼがまるで手のひらを返したようにセシリアに謝罪したのは、エルへの愛の強さゆえ。


 そんな愛の奴隷と化したミモレーゼを、だからといってセシリアは簡単に許せるはずがなかった。


「どうせエル様に言われて仕方なく謝罪してるだけでしょ。それにあなたが使ったドレスや宝飾品なんて返していただかなくて結構ですっ!」


「そ、そんな・・・でしたら、わたくしの取り巻き夫人たちもお姉様に全員お返しします。それと以前頂いたペットも」


「そんなのいらないから!」


「で、でしたら夫のメネラウスもお返しいたします」


「メネラウスを・・・わたくしの愛する婚約者を奪っておいて、今更よくそんなことが言えたわねっ!」


「あの時は本当に申し訳ございませんでした。正式な婚約者がいるお姉様が羨ましくてつい」


「そんな理由で婚約者を奪わないでっ! わたくしがどれ程深く傷ついたと思ってるのよ。あなたなんか大嫌い!」


「お願いだから許してお姉様・・・も、もちろんお姉様がご結婚をお考えになられていた残りの二人もお返しいたしますので、どうか」


「あの二人はメネラウスの代わりに仕方なく結婚しようとしただけで、返してもらわなくて結構よ!」


「とにかくお姉様から奪ったものは全てお返し致します。でないとわたくしがエル様に叱られますので」


「だったらエル様を返して! 最後の夜ぐらい二人で過ごしたいもの」


「それだけはやめて! だってわたくしはエル様の妻になったのですから」


「女同士で妻も夫もないでしょ! いいからエル様を返しなさい!」


「絶対に嫌ですっ!」


 その後も「返せ、返さない」と言い争いを続ける二人に頭を抱えるエルと国王の姿があった。



           ◇



 その夜、国王の招集により開催された王族晩餐会。


 いつものダイニングに集まった王族たちは、ミモレーゼの隣に夫たちの姿がなく、代わりにメイド服のエルが座っているのを見て驚いた。


 しかもそアレクセイを含めた夫たち4人はミモレーゼの後ろに執事として並んでいる。


 何も事情を聞かされていない王妃は、隣に座る国王に口をとがらせた。


「これは一体どういうことなのっ! わたくし何も聞いてませんっ!」


 ヒステリックに怒る王妃に「本人から説明があるから、まあ落ち着け」となだめる国王。


 当然納得のいかない王妃は、すぐに愛娘のミモレーゼに向き直ると事情を説明するよう促す。


 すると彼女は得意げに、


「お母様、わたくしエル様の妻になったのです。とっても素敵な旦那様でしょ」


「ミモレーゼちゃんが何を言ってるのか、お母さんにはよく理解できないわ。それにその娘は殿方ではなくただの侍女だし一体どういうことなのかさっぱり・・・」


 ミモレーゼの説明が1ミリも分からず、言葉を失う王妃と他の王族たち。


 だがミモレーゼは、4人の夫と離婚して自分の執事にしたことを嬉しそうに話すのみだった。




 食事が運ばれてきた。


 相変わらず祈りを捧げず先に食事を始めようとするミモレーゼ。


 だがエルが彼女の手を抑えると、


「ミモレーゼ、いただきますぐらい言ってから食え」


「え? どうしてですか?」


「今日の食事に感謝するためだ」


「わたくしは王女なのですよ。そんな当たり前のことにいちいち感謝などいたしません」


「王女かどうかなど関係ない。そもそも食事というのは命をいただくということなんだ」


「命をいただく?」


「皿の上の料理をよく見るんだミモレーゼ。ここに並んでいるのは動物や魚、穀物や果物。つまり彼らの命が失われることでこの料理ができている。言い換えれば彼らの犠牲によってミモレーゼは生かされているんだ」


「・・・え?」


「それにお百姓さんや漁師さん、厨房の板さんなどたくさんの人が汗水たらして働いて、ようやくこの料理がミモレーゼの元に運ばれてきたんだ」


「はっ!」


「だから食事をする前には、これら全てに心を込めて感謝をささげるんだ。わかったなミモレーゼ」


 そんなエルの言葉に感銘を受けたミモレーゼは、


「まさかこの料理がそんな大変なものだと存じ上げず、このわたくしとしたことが・・・でも今日からは必ず「いただきます」を言わせていただきますわ」


「分かればいい。じゃあ俺が祈りの言葉を教えてやるから、一緒にやってみようぜ」


「はいエル様・・・(キュン!)」


 こうして他の王族が食事を始めても、ミモレーゼとエルはゆっくり丁寧に祈りの言葉を唱えた。


 その後もエルは、ミモレーゼが料理を残そうとすれば全部食べるように厳しく躾け、姉にケンカを売ればそれを諌めて反省させる。


 そのミモレーゼも、愛するエルから嫌われることが死ぬほど怖く、しかも言っていることがすべて納得できる理由があったため、エルの指導を全て聞き入れていった。



           ◇



 ゆっくりとだが食事を全て平らげたミモレーゼは、いつものようにすぐに退室することなく食後の談笑にも加わった。


 そのこと自体がみんなを驚かせたが、セシリアに対するその一言が衝撃を放った。


「わたくしミモレーゼは、セシリアお姉様が次期女王になることを正式に認め、わたくしはサキュバス王国を去ります」


 あれほど執着していた次期女王の座をあっさり捨てたミモレーゼに王族一同が唖然とする中、王妃だけは顔を真っ赤にして反対した。


「ミモレーゼちゃんっ! わたくしは絶対に許しませんよ。次期女王になるのはあなたなのです!」

 次回もお楽しみに。


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