第13話 シェリアの初恋
エルが奴隷の子供を助けた翌日も、二人は何事もなかったようにモンスター討伐に向かった。
エルは仲間になってくれたシェリアに自分の身分を明かせなかった後ろめたさを感じ、シェリアは厄介者としてパーティーから見捨てられた自分に向き合ってくれたり、奴隷の子供に優しく接して正義を貫くエルの姿に惹かれ、そんな自分に戸惑いを感じていた。
だが目的地に着くと二人は余計な気持ちを頭の中から振り払って、目の前にいるモンスターに集中するのだった。
「さて今日の目的は、シェリアの魔法コントロールの向上だが・・・おいインテリ、なんでこんな動きの遅い大ナメクジで練習するんだ」
「へえアニキ、これやったらいくらシェリアはんでも魔法が当てられますやろ。動きがほとんどあらへんから落ち着いて詠唱できますし、アニキの剣では倒しにくい敵やからシェリアはんが責任をもって全部倒さなクエストは達成できまへん」
「・・・なるほど、頭いいなインテリ」
「おおきにアニキ」
「・・・なんかバカにされてる気がするけど、確かにエルが苦手とするモンスターね。わかった、この天才シェリア様に全て任せなさい!」
だがこの日も結局シェリアの魔法はどこに飛んでいくか分からず、半数の魔法がなぜか脇に避けて様子を見ていたエルめがけて飛んで行った。
午前中の訓練を終え、エルが作った弁当を3人で食べながら反省会を始めたが、開口一番エルがシェリアの問題点を指摘した。
「シェリアは今まで、二日酔いで呪文を間違えたから魔法のコントロールが効かなかったと言っていたが、昨日は全く酒を飲まなかったのに悪いままだった」
「おかしいわね、どうしてかしらね」
「単純にシェリアの魔法が下手なんじゃないのか」
「私の魔法が下手っ! ・・・この天才シェリア様がなんたる屈辱」
両手を地面についてガッカリするシェリアの周りをインテリがぐるぐる飛び回りながら、
「まあシェリアはん、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっちゅうし、ドンマイやで~」
「ムカアーッ! エルに言われるならともかく、キモ妖精にだけは言われたくないわよ!」
「何でアニキは良くて、ワイはアカンねん!」
そしていつものようにケンカを始めた二人をエルが引き離すと、
「ちょっと思いついたんだが、聞いてくれ」
「何よ」
「シェリアと敵の線上に俺がいれば、シェリアの魔法は必ず敵の方角に飛んで行くよな」
「それはそうだけど、そんなことをしたら魔法がエルに当たっちゃうじゃない」
「その通りだが、発想を逆にして考えるんだ。つまりシェリアがコントロールを身に付けるんじゃなくて、俺がシェリアの魔法を避ける練習をする」
「それって・・・」
「今はまだ俺のスピードが全然足りないからシェリアの魔法を避けきれずに防御してしまっているが、俺が瞬時に敵の背後に回る訓練を積んで行けば、結果としてシェリアの命中率が上がって行くはず」
「なるほど、その発想はなかったわ・・・」
「だからシェリアはコントロールを気にせず、魔法の威力を高めることだけに集中すればいい。そして俺がこのだらしない身体でも速く動けるように訓練すれば二人の戦闘力は飛躍的に上がって行くはず。午後からは俺も積極的に行くぞ」
「その羨ましいプロポーションを「だらしない身体」って言ってしまう所は屈辱だけど、そんなアドバイスをしてくれたのはエルが初めてよ」
「シェリアの魔法はものすごいスピードで飛んで来るから「避ける」という発想が今までなかったのかもしれない。それだけお前には魔法の才能があるということだから、いい所をどんどん伸ばして行こうぜ」
「ありがとう・・・エル」
昼食をさっさと終わらせ、モンスターに向かって走り去ったエル。その後ろ姿を見つめていたシェリアの心臓は、なぜか高鳴っていた。
ドキン、ドキン、ドキン!
顔が熱くなって頭がボーッとする。そんなシェリアの目には、モンスターと戦うエルの姿がおとぎ話に出てくる勇敢な騎士のように見えて来た。
「うそ・・・何で?」
頭を振って正気を取り戻ろうとするが、意識すればするほど、エルが理想の男性に見えて来たのだ。
「私は運命の男性に巡り会うため、親の決めた婚約者から逃げ出して冒険者になった。なのに、初めて恋をした相手が年下の女の子なんて・・・」
それを口にした瞬間、シェリアは気づいた。
「私いま「恋」って言っちゃったよね・・・そっか、私はエルに恋をしてしまったんだ」
そう口にしたシェリアは心の中で何かが「コトン」と落ちてしまった音が聞こえた。
◇
夕方、シェリアはエルとともに常宿に帰宅したが、午後の訓練の時も、その後ギルドから帰宅する間も、ずっと心臓の音が鳴りやまなかった。
エルのことがもっと知りたい。
シェリアは居ても立ってもいられず、とうとうエルにあるお願いごとをしてしまった。
「ねえエル・・・私たちは仲間になったんだから、その兜を脱いでエルの素顔を見せてほしいの」
その言葉を口にした瞬間、シェリアは後悔した。
もしエルが怒りだして自分の元から去ってしまったらどうしよう。
そう思うと、血の気が引いてしまったのだ。
だがエルは怒ることなく、黙ってシェリアの方を向き直ると申し訳なさそうに首をふった。
「すまないが、この兜を脱ぐことはできない」
「どうして? もしゴリラみたいな顔を気にしてるのなら、私はそんなの気にしないから」
そして再びシェリアは後悔した。
(どうして私っていつも、余計な一言が勝手に口から出ちゃうのかしら! 私のバカ、バカ、バカッ!)
そんなシェリアの心配をよそに、エルは少し戸惑うような様子を見せながら、シェリアに謝った。
「シェリアはせっかくできた大切な仲間で、俺はまだ失いたくない。だからもう少しだけ時間が欲しい」
「・・・つまりいつかは私に素顔を見せてくれるってことよね。なら大丈夫、あなたの素顔を見たからって私があなたの元を去ることはないから」
「いや俺の素顔に問題があるのではなく、もっと別の理由があって・・・」
「あなたにどんな秘密があっても私があなたの元を去ることは絶対にないわ。だって私はあなたのことが」
・・・好きなの。
そう言いかけてシェリアはその言葉を飲み込んだ。
ただでさえ昔の仲間から見捨てられ、新しいギルドの冒険者からも敬遠されるような厄介者の自分。
そのうえ、年下の女の子に恋するような変態趣味までバレてしまったら、絶対エルからも距離を置かれてしまう。
だがそんなことを考えれば考えるほどシェリアは切ない気持ちになり、自分でも気づかないうちに涙がぽろぽろ零れ落ちていた。
それを見たエルが慌ててシェリアの傍に寄ると、懐からボロ布を出して渡してくれた。
「ハンカチを持ってなくてすまないが、これで涙を拭いてくれ」
「これって剣先を拭き取る雑巾よね・・・プッ!」
シェリアはまさか、斬りつけたモンスターの汚れを拭き取る雑巾をエルから渡され、それで涙を拭かされるとは思っても見ず、なぜかそれが可笑しくて笑ってしまった。
それと同時にエルのやさしさを改めて痛感した。
「エル、私は何があってもあなたの元を去ることはない。だからあなたの真実を教えて」
そう言ってエルに向けたシェリアの瞳は真っすぐでそして真剣だった。
「・・・わかった。シェリアには俺の真実をちゃんと知っておいてほしい」
そしてエルは静かに兜を脱いで、シェリアに自分の素顔を見せた。
次回「エルの素顔」。お楽しみに。
このエピソードを気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価、感想、いいねなど何かいただけると筆者の参考と励みになります!
よろしくお願いします。