第63話 史上最強の魅了
翌朝。
またしてもセシリアとベッキーにサンドイッチにされて起こされたエル。
恥ずかしさでパニックになっていたセシリアに服を着せて訓練所に送り出すと、エルたち4人が集まって今日の作戦を相談。
結果、クリストフとベッキーがミモレーゼの監視、エルとシェリアが訓練の見学を行うことになった。
◇
魅了スキル訓練場は王宮から離れた場所にあった。
そこは競技場のような施設で、エルたちは他の保護者と一緒にスタンドから訓練の様子を見学。
フィールドにはたくさんの犬が元気に走り回っていて、彼らを相手にインキュバスやサキュバスの子供たちが魅了のトレーニングに汗を流していた。
「人間相手の練習は色々問題がありそうだから、犬に試し撃ちをしてるんだな」
動物にも魅了スキルがかかるものかと半信半疑で眺めていたが、魅了にかかった犬はしっぽを振って術者を追いかけ回している。
「わははっ! 面白いもんだなシェリア」
「本当ね。犬って頭がいいし群れで行動するから、意外と人間に近いのかも」
そんな風に訓練の様子をしばらく見ていると、子供たちの中にセシリアの姿を見つけた。
「あっ、今からセシリアが撃つみたいだ」
「じゃあエル、魅了がどの方角に発射されるかよく見ておくのよ」
「了解だ」
遠くからでもわかる強大な魔力を生み出したセシリアが、ボニータから移植された魅了スキルを発動。
だが彼女の正面方向の犬たちは何の反応も見せず、斜め後ろのオス犬が猛然とセシリアに飛びつき、狂ったようにしっぽを振り始めた。
「あっちゃー・・・全く違う方向に飛んでるな」
「でも常に方向が同じなら問題ないし、もう少し様子を見てみる必要があるわね」
その後も何度か魅了を発動してみたものの、飛んでいく方向はバラバラだった。
「ありゃりゃ、アイツ相当なノーコンだな」
「そうね・・・でもなんかあの子のことが他人に思えなくなってきた」
「くくっ、そう言えばお前も救いようのないノーコンだったな。いっそお前ら二人でお笑いコンビでも結成したらどうだ。ノーコン魔導師1号2号とか」
「うるさいわねっ! 私にはあんたがいるから魔法は100発100中なのよ」
「そうは言うけど、お前のエクスプロージョンに耐えるのって結構キツいんだぜ」
「でもエルには強力なエクスプロージョン耐性があるし・・・ちょっと待って、もしかしてセシリア王女の魅了スキルも、エルをターゲットにしたら当たるんじゃないかしら」
「んなわけねえだろ。エクスプロージョンと魅了スキルじゃ全然違うし」
「ダメで元々。ものは試しにやってみない?」
◇
フィールドに降りて、セシリアの元に向かったエルとシェリア。
さっきのアイディアを伝えると、藁にも縋る思いのセシリアがメチャクチャ食いついた。
そして今、エルはフィールドのド真ん中で犬に囲まれて座っている。
「本当にやるのかよ・・・」
不安そうにエルがつぶやくと、真剣な顔のセシリアが膨大な魔力を込めた魅了スキルを発動した。
【精神操作魔法・魅了】
その瞬間、強大なマナがエルに降り注ぎ、視界が歪んで周りの景色がはじけた。
目に見える全てが七色の光で煌めき、やがて景色が少しずつ落ち着きを取り戻して視界が元に戻った。
「何だこれは・・・今までインキュバスの奴らに何度も魅了をかけられたが、まるでケタ違いの威力。でも明らかに俺に命中したし、これなら周りの犬も」
そう思ったエルが周囲を見渡すと、周りにいた犬の意識が飛んで、死屍累々の山を築いていた。
「うわあぁぁ・・・大惨事じゃねえかこれ」
エルは一番近くにいた犬を揺り起こすと、意識を取り戻した犬と目があった。
「目にハートマーク・・・成功した・・・のか?」
さらに様子を見ていると、その犬はセシリアではなくエルに飛びついてきた。
「・・・え?」
慌てて逃げようとしたエルだったが、犬が足元にしがみついて離れない。
「こらっ! あっちへ行け!」
だが犬が離れないどころか他の犬も次々と目を覚まし始め、目をハートにしてエルに飛び付いてきた。
「た、助けてくれセシリア~!」
犬から必死に逃げ回るエルの姿に、腹を抱えて笑うシェリアと周りの子供たち。
そして状況が理解できず呆然と佇むセシリア。
やがて全ての犬が意識を取り戻し、エルの姿は群がる犬たちの山の中に消えてしまった。
◇
「実験は失敗だ。魅了は命中したけど、俺に懐いても仕方ねえだろ」
やっとのことで犬の山から救出されたエルが、ため息をつきながらそう告げた。
だがシェリアは、
「いいえ実験は大成功よ。むしろ今すぐ作戦を実行に移すレベルね」
「はあ? なんでだよシェリア。アレクセイが俺に魅了されちまうんだぞ」
「別にいいじゃない。目的はミモレーゼの魅了を上書きすることなんだし、犬の魅了を解除したようにアレクセイの魅了を解除すれば」
「・・・アレクセイの魅了は解け、アドネラの雫を持たせて奪還完了!」
「そういうこと。善は急げ、すぐに王宮に戻るわよ」
◇
王宮に戻ったエルは、王宮出入口を監視していたクリストフに状況を聞き、今日もミモレーゼは王宮大ホールに入り浸っていることを伝えられる。
エルが行くと案の定、ミモレーゼはアレクセイを見せびらかすためにホールの中を練り歩いていた。
エルは自分にデレデレの貴族令息たちに命じて壁を作らせると、そこに潜んでミモレーゼとアレクセイが離れるチャンスをじっと待った。
そして侍女を連れてお花摘みに行った隙に、エルはアレクセイに近づいた。
「よおアレクセイ。野暮用があるから少し顔を貸せ」
「何だエル。俺は愛するミモレーゼからここを離れるなと言われている。野暮用ならここで済ませろ」
「すぐ終わるから頼むよ」
「ダメだ。俺はテコでも動かん」
「んだとこら! ちっ、この手は使いたくなかったが仕方ねえ。これは皇女としての命令だ。アレクセイ・アスター伯爵、黙って俺に付いて来い」
「けっ、これだから本家の連中はいけ好かねえんだ。しゃあねえから顔を貸してやるが、とっとと終わらせるんだぞ」
「分かった分かった。じゃあ走るぞアレクセイ」
そう言うと、エルはアレクセイの手を引いて全力で駆け出した。
◇
「はあ・・はあ・・やっと到着したぜ」
王宮庭園にたどり着いたエルは、ここまで周囲に誰もいなかったことを確認。
シェリアが庭園に人が入らないよう見張ってくれていたのだ。
「・・・おいエル。随分遠くまで走らされたが、野暮用って一体何なんだ」
面倒くさそうに不貞腐れるアレクセイに、だがエルはそれに答えず大声を上げた。
「今だセシリアっ!」
エルの合図で、物陰に隠れていたセシリアがアレクセイの前に飛び出す。
それと同時に膨大な魔力が膨れ上がり、魅了スキルが発動する。
だがその直前に魔法陣が浮かび上がると、セシリアに立ち塞がるようにミモレーゼが姿を現した。
そして鬼のような形相で顔をひきつらせながら、
「お姉様! アレクセイに何をする気なのっ!」
だがセシリアの魅了は発動し、渾身の魔力が辺りを埋め尽くした。
【精神操作魔法・魅了!】
「くっ・・・まだ頭がクラクラする」
一瞬だが完全に意識が飛び、地面に倒れ込んでしまったエルは、服についた土を手で払い落しながらなんとか自力で立ち上がった。
「大丈夫ですかエル様・・・」
心配そうな顔で見つめるセシリアに、だがエルがニヤリと笑った。
「それにしてもすごい威力だったぜ。少なくともミモレーゼよりはケタ違いに強力だったし、もしかすると史上最強の魅了だったかもな」
「はい。少しやり過ぎた気もしますが・・・」
そう言ってセシリアは、近くに倒れる男女をチラリと見た。
一人はアレクセイで、もう一人はミモレーゼ。
早速エルがアレクセイの身体を揺さぶると、
「う、うーん・・・」
意識を取り戻してゆっくりと目を開けたアレクセイの瞳には、依然としてハートマークが浮かび上がっている。
「気がついたかアレクセイ。どうだ気分は」
「・・・エルか。俺は一体何を・・・はっ!」
ようやく意識がハッキリしたのか、アレクセイは即座に周囲の状況を確認し、近くにミモレーゼが倒れているのを発見すると、慌てて彼女に駆け寄った。
「ミモレーゼーーーっ! どうか目を覚ましてくれ、俺の愛するミモレーゼ!」
「え?」
必死に呼びかけるアレクセイは、依然ミモレーゼの魅了から抜け出せていなかった。
それを見てガックリ項垂れるエルとセシリア。
「・・・作戦は失敗か」
「はい。魅了を上書きするには、まだまだ魔力が足りていないということですね」
「いやいや、あれだけ膨大な魔力を使ってダメなんだから、上書き作戦自体がそもそも無理なんじゃないのか。また一から作戦を考え直した方が・・・」
「「はあぁぁぁぁ・・・」」
大きなため息をついた二人だったが、直後まさかの展開が彼女たちを襲う。
「あの・・・」
アレクセイの腕の中で目を覚ましたミモレーゼが、ボーッとした顔でエルに話しかけてきた。
「・・・ちっ、もう目を覚ましやがったか」
立ち去るのが遅れて、意識を取り戻したミモレーゼに顔を見られてしまったエル。
すぐに逃げ出そうとしたエルは、だが彼女の瞳にハートマークが浮かび上がっているのを見つけた。
そのミモレーゼは、頬を赤く染めてエルに告げた。
「確か貴女はお姉様の侍女をされていた方だと存じますが、わたくし恋に堕ちてしまいました。どうぞお名前を教えてくださいませ」
「「みみみみ、ミモレーゼに魅了がかかった?!」」
次回もお楽しみに。
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