表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/203

第58話 制裁

 エルとベッキーの撮った証拠映像のおかげで、裁判官による浮気の事実認定があっさり終わった。


 そしてガックリと力尽きたオクレウスとボニータの二人を尻目に、アガーテは裁判官に告げた。


「妻アガーテは、夫オクレウスと正式に離婚します」


 その言葉に、裁判官は小さく頷く。


「離婚を受理します。同時に裁判所の権限により、オクレウスに対し記憶抹消処分を執行します」


 裁判官の言葉にアガーテが静かに頷くと、床に座り込んだオクレウスが不安そうに尋ねる。


「記憶抹消処分とは何のことだ」


 すると裁判官は、


「オクレウス。君には離婚後も引き続きサキュバス族の子孫繁栄のために尽力してもらう必要がある」


「ちっ・・・勝手に拉致しておいて、よく言うよ」


「だが君が再婚するにしても、浮気をしてしまった犯罪者の人格は邪魔にしかならない」


「浮気が犯罪・・・だと?」


「そう犯罪だ。だから今の記憶を完全に抹消した後、施設で再教育を行って新たな人格を植え付ける。これは別の伴侶と幸せな人生を送るための措置だと考えてくれ」


「記憶を消すだと・・・なら今の俺はどうなる」


「君自身が今後も生き続けるのは変わらないが、オーク族のリーダーであった君の記憶は永遠に失われる。つまり一度死んで、同じ肉体に生まれ変わると考えれば理解しやすいだろう」


「そ、そんなのいやだーーーーっ!」


 自分の運命が理解できたオクレウスは、あらん限りの力を振り絞って拘束を解こうと暴れ、それと同時に離婚を撤回してもらおうとアガーテに泣きつく。


「アガーテ頼む、離婚だけは許してくれ! 俺がこんなことをしたのには理由があったんだ。まずはそれを聞いてほしい」


「・・・何よ今さら」


「俺は君を愛していたし夫婦生活に何の不満も持ってなかった。もちろんボニータのことも何とも思っていない」


「じゃあ、どうして浮気を」


「俺はアレクセイを見返してやりたかった」


「え?」


 そしてオクレウスは堰を切ったように話し出した。


 村にひょっこり現れたアレクセイと意気投合したオクレウスは、彼を歓迎するために村の若い衆と共に盛大な酒盛りをしていた。


 そこをサキュバス族に攻め入られ、村の若い衆全員がサキュバス王国に拉致された。


 この時アレクセイも一緒に連れて行かれたが、彼だけが王宮に取り立てられる一方、オクレウスは他のオークたちと同じように、ただの力仕事しか与えられなかった。


 このことが村のリーダーを務めていたオクレウスの自尊心を酷く傷つけ、アレクセイを見返すため彼の妻であるボニータを奪ってやろうと画策したのだ。


 それを聞いたボニータは愕然となり、オクレウスに憎しみの目を向けた。


「・・・じゃあオー君は私を愛していた訳じゃなく、ただ利用したかっただけなのね」


「ああそうだよ。俺の目的はあくまでアレクセイで、お前はアイツの妻だったから相手してやっただけだ」


「酷い・・・」


「勘違いするな。アガーテみたいな美女ならともかくお前のような何の取り柄のない平凡な女に俺が本気になるわけないだろ!」


「私のことをそんな風に思ってたなんて許せない! あなたのせいで私はアレクセイを失ったのよ。一体どうしてくれるのよっ!」


「知らねえよ。騙されるお前が悪い」


「このっ・・・一生恨んでやる!」


 呪い殺すような目でオクレウスを睨みつけるボニータだったが、そんな彼女を鼻で笑ったオクレウスは、アガーテに対して再構築を懇願する。


「見ての通り俺の気持ちは君から一歩も離れていないし、これからも君だけを愛し続ける。だから離婚などやめてまたもとの生活を」


 だがアガーテは冷たく笑うと、彼を拒んだ。


「いいえ、私の愛はもうあなたにはないの。残念だけど私たちの夫婦生活はもう終わりよ」


「そんなことはない。俺たちはまだまだやり直せる」


「いいえ無理よ。一度浮気をしてしまったあなたを私は信じることができないし、あんな映像を見せられたらあなたの顔を見るだけで嫌悪感しか感じないもの。ああ汚らわしい・・・今日でお別れよオクレウス。さようなら」


「ちょ、ちょっと待て、離婚だけは勘弁してくれ! アガーテーーーーっ!」


 だがオクレウスから顔を背けたアガーテが裁判官に小さく頷くと裁判官が合図を送り、衛兵の一人が金属の帽子を彼の頭にかぶせた。


「うわっ! 何をする! や、やめろーーーっ!」


 そしてその帽子が怪しげな光を放つと、次の瞬間、オクレウスが白目を剥いてその場に昏倒した。


 その後、衛兵が彼の状態を確認して裁判官に合図を送ると、裁判官が厳かに宣言した。


「オクレウスへの処分は執行されました。彼を再教育施設に連れて行きなさい」


「「「はっ!」」」


 4人がかりでその巨体を抱えられたオクレウスは、ずるずる引きずられて会議室の外へと連れ出された。



          ◇



 オクレウスがいなくなった会議室では、もう一人の浮気当事者であるボニータの処分へと移っていた。


「私・アガーテは、元夫オクレウスの浮気相手のボニータに対し、離婚の慰謝料500万G(サキュバス王国ギルダー)と今の住居からの引っ越し代、新しいベッドや家具の購入費など損害賠償300万G、合計800万Gの支払いを要求します」


 アガーテがそう裁判官に告げると、あまりの高額請求にボニータの目を剥いた。


「800万Gっ! 浮気しただけでそんなに?!」


 アガーテがつぶやくと、だが裁判官が彼女を咎めるように言った。


「ボニータ。アガーテの要求はごく平均的な金額で、裁判所としても認めない理由はない。君は全財産を処分してでもアガーテに支払わなければならない」


「そんな大金を払ったら、私はもう生きていけない」


 愕然としたボニータは、すぐにアレクセイに助けを求める。


「お願いあなた・・・私を許して。800万Gなんて大金、私には無理・・・」


 だがアレクセイは、悔しそうな表情でボニータから目を背ける。


「こんなことをされて君を許せるわけがないだろう。君は俺を裏切り、オクレウスとの逢瀬を重ねていたんだぞ」


「だからそれはオクレウスに騙されて・・・」


「それは結果論であって、映像の中の君は確かにオクレウスを心から愛していた。あんなに熱い瞳を俺に向けてくれたことが一度でもあっただろうか」


「そ、そんなことないっ!」


「君はもう俺なんかでは満足できず、きっといつか別のオークと浮気をするに決まっている。君とこれ以上夫婦生活を続けるのは無理なんだよ」


「そんなこと言っちゃいや! お願いだから私を捨てないで・・・800万Gなんか私に払えるわけない」


「つまり俺は金づるということだな」


「違う!」


「違わない」


「だったら妻じゃなく家政婦として家に置いて! 私のことを一生こき使っていいから、あなたのそばに居させて! お願い・・・」


「家政婦はもう何人もいるし、これ以上増やすつもりもない。それに他の男に汚された君の顔なんか見たくもないし、君を早く忘れたいんだ」


「そ、そんな・・・ああああああぁ・・・」


 アレクセイに完全に見捨てられて涙が止まらなくなってしまったボニータは、藁をもすがる思いで両親に泣きついた。


「お父さん・・・お母さん・・・800万を私に」


 だが彼女の言葉を遮るように母親が言い放った。


「そんな大金、ウチにあるわけないでしょ! それにアレクセイさんを大切にしろとあれほど口を酸っぱくして言ったのに、こんなバカな女に貸すお金などありません!」


「私がバカだった・・・二度とこんなことしないから今回だけ許して、お母さん・・・」


「謝る相手が違うでしょ! ちゃんと償いが終わるまで、私たちの前に姿を現さないで!」


「そんな・・・お、お父さんは助けてくれるよね」


「いいや、お母さんの言う通りだ。自分の仕出かしたことに責任をとるまでウチの敷居はまたがせない」


「そんなお父さんまで・・・」


 それでも縋りつこうとするボニータを振り払うと、両親は一礼して会議室から出て行った。





 床に座り込んで泣き続けるボニータを衛兵が立ち上がらせると、元の席に座らせる。


 そして裁判官が彼女に処分を言い渡す前に、その理由を先に述べた。


「先の大戦で我らサキュバス族は、滅亡の淵まで追い込まれた。その教訓を生かし他種族との間に締結された条約の趣旨は、生涯ただ一人と添い遂げるという高い貞操観念を持つこと。これが我らサキュバス族が永遠の繁栄を続けるために最も必要なことであり、君が犯した過ちは種族を滅亡へと導く危険な行為である」


「浮気ってそんな重罪だったの・・・」


「主文。被告ボニータから魅了スキルを剥奪する」


「・・・魅了スキルを剥奪・・・え?」


「ボニータ、君の魅了スキルは君には過分過ぎた」


「・・・過分・・・ど、どういうこと?」


「どうやら君は理解していないようだが、君の夫だったアレクセイはエルフ族に匹敵するほどの強大な魔力を持ち、一般のサキュバスでは魅了をかけることなど到底不可能な男性なのだ」


「一般のサキュバスでは・・・不可能・・・」


「そして君自身が全く気づいてないようだが、君には魅了スキルの天賦の才があったんだ」


「天賦の才・・・」


「だから君には上流階級への門戸が開かれたし、王宮晩餐会への招待状が何度も送られて来たはず」


「確かに来たけど私は彼のおまけだし、それにダンスも全く踊れないし」


「そんなものアレクセイのエスコートでなんとでもなるし、君は何の努力もせずにせっかくの機会を放棄してしまった。あまつさえ浮気など・・・本当にもったいないことをしたな」


「私にそんなすごい能力があったなんて、全然知らなかった。・・・え、ちょっと待って! ひょっとして私からその能力を奪い取ろうと言うの? お、お願いだからやめて・・・」


「それはできない。なぜならこれは刑罰だからだ。だが君のスキルは大変貴重であり、我らサキュバス族の子孫繁栄のために、それを必要とする別のサキュバスに移植される。君のスキルは決して無駄にはしない」


「・・・じゃあ、スキルを奪われた私はどうなるの」


「もちろん魅了スキルを使えなくなる」


「それってつまり、私にもう再婚するなと!?」


「するなとは言っていない。魅了スキルなしで新たな伴侶を見つければいいだけの話だ」


「そんなの絶対無理に決まってるじゃない! だって私は容姿が平凡だし、もし恋人ができても他のサキュバスの魅了であっさり奪われてしまうもの」


「そこは君の努力次第だ・・・刑を執行しろ!」


「はっ!」


「や、やめてーーーーっ!」


 暴れるボニータの頭に、衛兵が無理やりあの金属製の帽子をかぶせると、再び怪しい光を放った。



           ◇



 拘束具が外され自由の身となったボニータは、自らの足で王宮裁判所を後にした。


 アレクセイの屋敷にある私物や貯金は全て裁判所に差し押さえられることになり、それでも足りない分は裁判所から強制的に貸し付けられ、慰謝料800万Gをその場で全額支払わされた。


 そして今後は、給料が入るたびに最低限の生活費を残して全て裁判所に差し押さえられることとなる。


 無一文で帰る場所もなくなった彼女は、裁判所から斡旋された貧民街のおんぼろ長屋に足を向ける。


 その道すがら、ボニータは自分が何もかもを失ったことを痛感した。



 誰もがうらやむ容姿端麗なエリートの夫。


 高級住宅街の屋敷と何不自由ない暮らし。


 幸せで甘かった新婚生活。


 これまで育ててくれた両親や家族、親せきたち。


 天賦の才とまで評された強力な魅了スキル。


 そして明るい未来までも失ったボニータは、おんぼろ長屋の扉を開けるとその中へと姿を消した。



           ◇



 ボニータが去った会議室。


 残された浮気被害者のうち、まずアレクセイにその変化が起きた。


「あれ? 俺は今まで何をしていたんだ」


 アレクセイが自分の両手を見つめて不思議そうな表情を浮かべたが、


「ボニータがスキルを失ったことで、あなたにかけられていた魅了の効果が失われたのです」


 裁判官がそう答えた。


「・・・そうか、俺はボニータの魅了にかかって、この1年間彼女と夫婦生活を送っていたんだったな」


 そんなアレクセイの肩に軽く手を置いたエル。


「よかったなアレクセイ。お前はもう自由だ」


 憑き物が落ちたような晴れ晴れとしたアレクシスの瞳には、ついさっきまで光彩に刻まれていたハートマークが完全に消え去っていた。


「こうしちゃ居れん! 俺には愛する妻のレオリーネとまだ見ぬ子供が!」


「二人は近くまで来てるし、すぐにでも会えるぞ」


「そうか! エル、お前には何て礼を言っていいか分からん。本当に大きな借りができたな」


「いいってことよ。だがSランク冒険者ですら思いのままに操れる魅了スキルの恐ろしさを実感したぜ」




 エルとアレクセイが固い握手を交わしている隣では、もう一人の被害者のアガーテが裁判官から今後についての説明を受けていた。


 離婚されたサキュバスにはいくつかの選択肢があるようで、①離婚された者同士で再婚する、②もう一度サキュバス王国の外に出て新たなパートナーを探す、③再教育を受けた異種族離婚者の中から生涯の伴侶を探すのいずれかになるそうだ。


 そしてアガーテが出した答えは、


「私にはアレクセイを魅了できるほどの魔力もスキルもないし、自分の身の程ぐらいわきまえてるつもり。だからもう一度外に出て、今度こそ自分だけを愛してくれる夫を見つけるわ」


「了解した。では人生の先輩としてアドバイスするが、次はこんなことにならないよう貞操観念のしっかりとした妖精族や獣人族の中から伴侶を選びなさい」


「もちろんです。鬼人族なんかもうこりごり。今度こそ失敗なんかしないないんだから!」


 そして明るい笑顔を見せたアガーテは、エルたちに頭を下げて会議室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ