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第57話 離婚協議

 私はボニータ、17歳。


 成人して1年ほど経った私は、どこにでもある普通のパン屋で売り子のアルバイトをしている。


 仕事は楽だけどその分お給料は少なく、ほんのお小遣い程度しか稼げていない。


 それでも私は、なんと高級住宅街の庭付き一軒家に住んでいる。


 別に実家が裕福というわけではなく、たまたま捕まえた夫が王宮親衛隊の武術指南役に抜擢され、結果、王宮エリートの妻になってしまったのがその理由だ。




 夫と出会ったのは全くの偶然。


 成人になったその日に参加した配偶者狩りツアー。


 私の向かった先はオークの住む山奥の寒村だった。


 サキュバスの配偶者には様々な種族がいるが、中でもオークはごく一般的な相手。


 繁殖力が高くて個体数も多く、魔力の低い彼らは簡単に狩ることができ、身体が頑丈で体力も有り余っているから配偶者としての人気も高い。


 かくいう私もオークの父とサキュバスの母の間に生まれ、ごく平凡な家庭に育った。


 だから子供のころから将来はオークと結婚するのだと、何となくそう思っていた。


 そうして満を持してやって来たオーク族の寒村で偶然見つけたのが、夫のアレクセイだった。


 アレクセイは人間なのにオークのような逞しい肉体を持ち、そのくせ顔の造形がエルフのように美しく、誰もが羨むの理想のオスだった。


 でも魔力が強すぎたのか誰も手を出せずに余っていたのを、ダメで元々、一か八か魅了をかけてみた。


 すると何ということでしょう。


 私の魅了がかかってしまい見事ゲットできたのだ。




 そんなアレクセイをサキュバス王国に連れ帰ると、入国審査でなんとSランク国民に認定されてしまう。


 理由はエルフ級の強い魔力に加えて、最強の肉体を持つオーガをも超える高い戦闘力を併せ持っていたためだ。


 審査を行った門番たちが「とんでもない人材が手に入った」と大騒ぎを始め、彼を王宮に連れて行ったらその場で「王宮親衛隊武術指南役」という役職と高級住宅街の豪邸が与えられてしまった。


 そんな彼と結婚した私も上流階級の仲間入りをしてしまい、両親は私のことを褒めたたえた。


 特にお母さんは、


「アンタみたいな平凡な娘がこんな生活を送れるのは奇跡以外のなんでもないのよ。絶対にアレクセイを手放しちゃダメだからね」


 と呪文のように私に言い聞かせた。




 こうしてアレクセイとの新婚生活が始まったが、それは夢のような毎日だった。


 高い給料に、広すぎる豪邸。


 エルフのような美形の夫がオークのように私を求めてくる、夢のような愛の日々。


 ただ一つだけ問題があるとすれば、彼が忙しすぎたことだ。


 王宮親衛隊の指南役ともなると、訓練の準備のために早朝から王宮に出勤する。


 それでも訓練は午前中に終わり、午後には帰宅できるはずの彼は、だが宮廷貴族たちの誘いを受けて王宮舞踏会に参加することもしばしばだった。


 まるで貴族のようにエレガントな夫と違い、ごく普通の家庭に生まれた私はダンスも何もできないため、王宮舞踏会への同伴はとてもじゃないが無理。


 だからパン屋のバイト以外何もしてない私は、夫のいない時間を持て余していた。


 それでも新婚当初は我慢できたが、家で夫を待つだけの生活に次第に不満を募らせるようになった。




 そんなある日、私はオー君と出会ってしまった。


 パン屋の客として店に来たオー君は、あの寒村でアレクセイと酒を酌み交わしていた村の若きリーダー。


 村一番の巨体を誇るオー君はとても魅力的で一番目立っていたが、その隣にいたアレクセイがかっこよすぎたため、ついつい彼を選んでしまった。


 でも久しぶりにオー君の顔を見た時、「もしこの人と結婚していたらどうなっていただろうか」という好奇心には抗えなかった。


 だからイケないとは分かりつつも、オー君の誘いに乗って一度だけの火遊びに興じてしまった。


 だがそれがイケなかった。


 私はズルズルとオー君との逢瀬を重ねてしまって、気がつくとか夫では満足できない身体になっていた。


 でも大丈夫。


 アレクセイは私を心から愛してくれているし、もし浮気がバレても絶対に許してくれるはず。


 ていうか私の心は既にオー君に移ってしまい、アレクセイには金づる程度の価値しか感じていない。


 だからアイツには死ぬまで働いてもらうし、私はオー君に一生愛してもらう。


 これこそサキュバス冥利に尽きる、最高の人生よ!


 うふふふふっ。


 こうしてオー君の奥さんが留守している間、代わりにオー君と暮らしていたのが今朝までの私。


(あ~あ、オー君との甘い時間があっという間に終わっちゃった。早く次の出張に行ってくれないかしら、あのクソ女)


 心の中で私はアガーテに毒づいていた。




 その時、店にお客さんが入って来た。


 二人の衛兵を従えたその紳士が私の顔を見つけると、目の前に紙を広げてこう告げた。


「ボニータさん、王宮裁判所への出頭を命じます」


「さ、裁判所ってどういうこと?!」


 突然の出来事に店のお客さんも騒然となり、店長は私を見て呆れ返っている。


 そして訳も分からず茫然としていた私は、衛兵二人に両腕を掴まれ店の外へと連れ出されてしまった。



           ◇



 王宮親衛隊の訓練を終えて着替えを済ませた俺・アレクセイは、義両親の病気が早く治って妻のボニータが帰宅することを心待ちにしていた。


「10日も親の看病を続けて彼女も疲れているはず。家に帰ってきたらゆっくり労わってやろう」


 そう考えていた時、エルの護衛騎士ベッキーが俺の前に姿を現した。


「ようベッキー。今日はエルが義両親の治療をしてくれてるんだろ。どんな具合だ」


 きっとそのことを伝えにここに来てくれたのだと俺は思ったが、彼女の答えは少し違った。


「アレクセイさん、少しお時間をいただけませんか」


「構わんが・・・やはり義両親の病気は相当悪かったのか」


 俺は急に不安を感じたが、彼女は首を横に振った。


「ご両親は二人ともお元気よ。それとは別の話なんですが・・・」


「別の話? ・・・分かった聞かせてくれ」


 そうして彼女に連れて来られたのは、王宮の建物の中にある裁判所だった。



           ◇



 王宮裁判所第1会議室。


 窓のないここはいわゆる法廷ではなく、テーブルがロの字に並べられているだけの簡素な部屋だ。


 一つしかない扉から入ると、奥側に当たる上座中央に離婚調停を担当する裁判官が座っており、その両隣にオクレウスとの離婚を申し出たアガーテとエルの2人が座っている。


 しばらくすると、その部屋にアレクセイを連れたベッキーが到着し、エルから見て右側の席に座った。


 アレクセイとアガーテは互いに面識がないようで、彼は怪訝な表情を見せながら彼女に軽く会釈をした。


 その次に部屋に現れたのは、拘束具でがんじがらめにされたオー君ことオクレウスだった。


 アレクセイはオクレウスとは顔見知りのようだが、衛兵に両脇を抱えられて連れて来られた様子に、かける言葉を失っていた。


 そんなオクレウスは、正面に座るアガーテの顔を見るやその巨体がガタガタと震え出し、顔面蒼白のまま彼女と向かい合う形で下座に無理やり座らされた。


 そして一番最後に部屋に現れたのは、オクレウスと同じ拘束具を取り付けられ、憔悴しきった両親に付き添われたボニータだった。


 アレクセイはこの時ようやくこれから何が始まるのかを理解し、みるみる青ざめていく彼の顔を見たボニータは、おとなしかった態度を一変させ突然取り乱し始めた。


 だが父親に頬を一発叩かれると、無理やり頭を下げさせられ、両親に挟まれる形でアレクセイの向かいの席に着席した。



           ◇



 離婚協議が始まった。


 正式な裁判とは異なり、会議の冒頭アガーテから離婚協議の申し立てが調停員役の裁判官に伝えられると、オクレウスとボニータによる浮気の事実確認と離婚の意思が示された。


 オクレウスとボニータの二人は当然、浮気の事実を即座に否定。


「俺は浮気なんかしていない!」


「そ、そうよ。証拠があるなら見せなさいよっ!」


 だがアガーテは冷たい瞳を二人に向けると、


「裁判官。浮気の当事者であるボニータさんから証拠の提示が要求されました。そこで私が掴んだ証拠をこの場で開示したいと思います。許可頂けますか」


「許可します」


 裁判官が頷くと、エルは背中に隠し持っていた映像宝珠を、テーブルの上に置いた。


「「それは映像宝珠っ!」」


 アレクセイとボニータが同時に声を上げるが、顔面蒼白になったボニータのそれは最早絶叫に近かった。


 一方、映像宝珠を知らないオクレウスは、これのどこが証拠の品なのか不思議そうに首をかしげている。


 そしてエルが光属性オーラを映像宝珠に注ぎ込むと、強い光を発しながら会議室の天井にその映像を映し出した。



           ◇



「ウソ・・・こんなのいつ撮ったの・・・」


「俺のボニータがそんな・・・頼む、こんなのウソだと言ってくれ・・・」


 天井に映し出された映像には、街中で腕を組んで歩く仲睦ましいカップルの後ろ姿があり、その片方が紛れもなく自分であることを理解したボニータの血の気がどんどん引いていく。


 一方、映し出された映像が現実であることを否定したいアレクセイは、ようやく振り絞った声でボニータを問いただすが、頭が真っ白なボニータはただ顔を青くするばかり。


 そして今から何が起ころうとしているのかをようやく理解したオクレウスがひきつった顔をアガーテに向けるが、彼女はそれを一顧だにせず、ただただ映像に視線を向けていた。




 やがて二人がアガーテの家の中に入ると、場面が切り替わって寝室の様子が映された。


 そしてそこに現れたのは、あられもない格好で手を繋ぐ二人の姿だった。


「いやーっ! お願いだから映像を消してーーっ!」


「やめろっ! これ以上映すなーっ!」


 二人はエルが持つ映像宝珠を奪うため思い切り席を立ったが、拘束具が絡まり床に倒れ込んでしまう。


 それでも映像を止めさせようと大声を張り上げたが、裁判官とアガーテの両方がこのまま映像を流すようにエルに合図を送る。


 酷い修羅場にうんざりしたエルが半分ヤケクソで魔力を送り続けると、そこからは見るに堪えないシーンがいつ終わるともなく続いた。


 しかも撮影時のエルの魔力が強過ぎたのか、映像だけでなくその場で拾った生々しい音声まで流れ出してくる始末だった。


「いやっ、いやっ、もう止めて-っ!」


「頼むやめてくれ・・・・もう勘弁してくれ・・・」


 拘束具を引きちぎらんと暴れまわるボニータとオクレウスだが、やがて力尽きて力なく床に座り込む二人の頭上では、二人の愛の営みが延々と繰り広げられていた。


「ボニータ・・・俺の愛するボニータが・・・あぁぁぁぁ」


 そしてアレクセイはこの世の終わりを迎えたような悲壮な顔で妻の痴態を呆然と見つめ、ボニータの両親も娘の破廉恥な行為を目の当たりにして、全てを諦めていた。


 


 映像の中の二人が果てて会議室が静かになった頃、芋虫のように身体を這いつくばらせてアレクセイの足下にたどり着たボニータが、涙を流して謝罪する。


「誤解なのアレクセイ! 私が愛しているのはあなただけなのっ! お願い信じてぇ・・・」


 だが、魂の抜けたアレクセイは、うつろな目でボニータを見下ろすことしかできない。


「オクレウスとはただの遊び。本当に愛しているのはあなただけなの。オクレウスとはもう二度と会わないから今回だけは許して・・・」


 そう言って再構築を求めたものの最悪のタイミングでその会話が流れた。




(なあボニータ。ここんとこ俺と毎晩こうして過ごしているが、旦那にはバレないのか)


(そんなの気にしなくていいわよ。あの人にはしばらく実家に帰ると言ってあるし、絶対に私のことを疑ったりしないから。ウフフ)


(ならいいんだ。浮気がバレて面倒ごとになるのは嫌だからな)




「・・・ボニータ、君は実家に帰るとウソをついていたんだな」


「違うのっ! 実家には帰っていたんだけど、この日だけたまたま・・・」




(お前のダンナは人間だから、俺たちオークと違って魅了の効き方が強いんだっけ?)


(そうよ。だからもし浮気がバレても、彼は私から絶対に離れることができないんだから。クスクス)


(つまり浮気され放題ってわけか。こんな酷でえ女と結婚したアイツが哀れに思えてきたぜ)


(違うの! 私だって本当はこんなことしたくなかった。でも結婚相手を間違えたからこんなことに)


(間違えたって、お前の旦那は稼ぎもいいし、高級住宅街の豪邸に住んでるじゃないか)


(あんなどうでもいい男の話は止めて! 私に必要なのはオー君、あなただけなの)


(嬉しいことを言ってくれるぜ。だが、いきなり王宮親衛隊の武術指南役に抜擢された男のどこが気に入らなかったのか、教えてくれよ)


(そうね。私も最初は彼のことが気に入っていたわ。でも私が本当に愛してるのはオー君だと気づいたの。身体の相性もバッチリだったし最初からオー君と結婚すればよかったと、今は後悔しているのよ)


(ガハハハッ! そりゃそうだろ。人間とオークじゃ比べるだけ野暮ってもんだぜ)




「ボニータ。君は俺のことをそう思っていたんだな。そして本当に愛していたのはオクレウスだったと」


「違うの! 全部誤解だから、私の話を聞いてっ!」




(ねえオー君。オー君の奥さんって、いつまで家を空けているの?)


(それが明日には出張から帰って来る予定なんだ)


(ええぇ。じゃあ私たちの密会はこれで終しまい?)


(そうだな。でも嫁のアガーテは出張が多いし、またすぐに家を空けると思う)


(分かった。奥さんに浮気がバレたら大変だし、そこだけは注意しましょう。オー君愛してる)


(俺もだ。じゃあ2回戦をおっ始めるか)


(いいわよ)




「君の気持がもう俺にないことがこれでハッキリと分かった。俺は愛する君の幸せのために潔く身を引くことにする。離婚しよう」


「いやーーーーーっ!」

 次回「制裁」。お楽しみに。


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