第55話 魅了の呪縛
「アスター家は元々、東方諸国の小国フィメール王国の侯爵家だった。俺が物心ついた時には過去の栄光を引きずったただの没落貴族に過ぎず、逆にお前の母親マーガレットの実家であるキュベリー公爵家はこの世の春を謳歌していた」
「最近やっと貴族階級が分かって来たが、つまりウチの母ちゃんはエレノア様と同じ公爵令嬢だったのか」
「そしてお前の育ての父親のエリオットはフィメール王国第三王子だったが、次期国王が内定していた」
「つまり父ちゃんはフィメール王国とやらの国王になるはずだった」
「本当はローレシア陛下がエリオット王子と結婚してその王妃となるはずだったが、お前の母親がその座を奪ったことで、フィメール王国の歴史は終わりを迎えることとなる」
そう話題を切り出したアレクセイは、当時のアスター家で起きた内紛劇を話し始めた。
アスター家復興の期待を一身に背負った本家の長女ローレシアが、突如婚約破棄され失脚し国外追放されたこと。
これがアスター家没落の決定打となり、本家と分家が争いを始めたこと。
そして姉ローレシアばかりが優遇され、跡取り息子でありながら不遇な幼少時代を過ごしたステッドは、姉に憎しみを募らせ性格が歪んでしまったこと。
しかし魔法王国ソーサルーラの後ろ盾を得て表舞台に復活したローレシアが、フィメール王国に舞い戻ってアスター家を立て直すと、ステッドは跡取りの座を奪われ追放されてしまったこと。
その後ステッドは酒におぼれ、女の家に転がり込んでは好き放題していたが、シリウス教会・総大司教カルの男妾となると、反皇帝派としてブロマイン帝国の政変に参戦したこと。
その戦いの中で、皇帝派として参戦していた姉を抹殺するため、どんな汚い手段も平気で使ったこと。
最終的に政変は皇帝派の勝利に終わり、ブロマイン帝国が滅亡してランドン=アスター帝国が建国。
姉ローレシアが皇帝に即位する一方、敗れた弟ステッドは奴隷に落とされ、男娼として短い生涯を終えたこと。
それ以外にも、アレクセイは自分が知っている限りのことを全て話してくれた。
「ありがとうアレクセイ。おかげで自分の血を分けた父親のことがよく分かった」
「親戚のよしみだ、礼など要らん。しかしお前って、素直というか随分真っすぐに成長したんだな」
「あたぼうよ。なんたって俺は父ちゃんと母ちゃんの子供だからな」
「いやいや、大罪人ステッドと高飛車令嬢マーガレットとの間に生まれ、粘着王子エリオットに育てられたら、普通この真っすぐな性格はありえない」
「陛下も同じことを心配していたみたいが、俺たち家族をずっと見守っていたジャンが説明してくれた」
「そうか。陛下の懐刀のヒューバート伯爵の発言には絶大な信頼があるからな」
「ああ。でも誰が何と言おうと、父ちゃんも母ちゃんも本当にいい人だし、大好きだ。弟たちもみんなそう思ってるよ」
「だとしたら二人は奴隷に落とされた後、大変な苦労をしてきたのだろう」
「そうかも知れないが、俺は物心ついた時から幸せだった記憶しかない。もちろん貧乏生活や奴隷の身分には辛いものがあったが、それでも家族がずっと一緒だったから何でも乗り越えられた」
「そうか、よかったな」
そう言って優しく微笑んだアレクセイは、分家の置かれた立場についても教えてくれた。
「俺たち分家は始祖の血が薄い上に本家との確執を繰り返したため、今も皇家の一員と認められていない」
「え? だってお前、伯爵じゃないか」
「名ばかりのな。本家は俺たちが反逆しないように爵位だけは立派なものを与えてくれているが、権力の中枢からは遠ざけられ、アスター大公領の一画に小さな領地を分け与えられてそこに閉じ込められている。おかげで冒険者をしていても誰も文句を言わないがな」
「随分な扱いだが、なぜそこまで」
「陛下の両親、イワン大公とアナスタシア大公妃がまた政変が起きてしまうことを極度に恐れてるんだ」
「子供や孫に囲まれていたあの初老の夫婦か」
「そして俺たち以上に、始祖の血を受け継ぐお前のことを相当恐れているはず」
「俺を恐れている・・・だと?」
「これは想像だが、外国の王子と結婚するよう陛下に言われなかったか」
「言われた。よくわかったな」
「やっぱり。たぶんそれアナスタシア大公妃の指示だと思う。彼女はお前を国外に追放したいんだよ」
「国外追放・・・どうして」
「陛下の実妹であるフィリア皇妃が未だ国外追放処分を解かれていないのと同じ理由だ」
「誰だそれ」
「存在自体をなかったことにされているし知らないのは当たり前だが、陛下殺害の罪で国外追放された本家の次女だ」
「殺人罪・・・」
「彼女の場合はステッドと違って政変時は同じ陣営で戦ったし、その後メルクリウス王家に嫁いで今はここ南方新大陸にある鬼人族連邦国家・メルクリウス帝国の皇妃をしている」
「メルクリウス帝国だと? そんな国名、俺の地図には載ってなかったが」
「フィリアの存在自体をタブー視したいアスター家の都合で、帝国の地図には載せていないんだよ」
「本当かよ。今の話、シェリアは何か知っていたか? お前メルクリウス王国の王女だろ」
「ううん、私も初めて聞いた。アスター家も大概だけど、ウチの王家にも秘密がたくさんあって、私も知らないことが多いのよ」
「なら後でカサンドラに聞いてみるか。アイツは鬼人族だしオーガ王国の元騎士団長だからな」
◇
「さて話も終わったし、今日はもう遅いからウチに泊って行け。部屋はたくさんあるし適当な部屋で寝ろ」
そう言って豪快に笑うアレクセイにエルは、
「いや、まだ肝心な話が終わっていない」
「何だ、まだ聞きたいことがあるのか」
「俺がサキュバス王国に来たのは、自分の親戚の話を聞きたかったわけじゃなく、お前を連れ戻すためだ」
「そう言えばそんなことを言っていたが、俺はもう帝国には帰らんぞ」
「なんでだよ」
「ここで妻と暮らしているからだ」
「どういうことだ? レオリーネさんならお前の帰りをずっと待っているが」
「レオリーネとはもう別れた。今はこの家で新しい妻と暮らしている」
「別れただと? そんな話俺は聞いていない。お前まさかサキュバスと暮らしているのかっ!」
「ああ。俺の妻の名はボニータ。1年前に彼女と出会い、そして恋に落ちた」
もう一度ソファーに座りなおしたアレクセイは、今度はボニータとの馴れ初めを話し出した。
◇
「当時俺は、離婚したレオリーネを実家に引き取ってもらった後、のんびりと一人旅を始めた」
「のっけから認識がずれているな」
「ある日、山奥にオーク族の村を見つけた俺はそこに住むオークの若者たちと仲良くなり、盛大な酒盛りを始めた」
そう話を切り出すと、アレクセイはその夜の出来事を懐かしそうに話す。
その夜は深夜まで村の広場でどんちゃん騒ぎをしていたらしく、そこにサキュバスやインキュバスの集団が飛び入り参加。
次々と恋人が誕生していく中、アレクセイも運命の出会いをすることとなる。
それが今の妻ボニータだ。
「俺は彼女を見た瞬間、それこそ全身に電撃が走ったよ。もちろんその場で求婚したさ」
同じ気持ちだったボニータはもちろん求婚を受け入れ、手に手を取ってサキュバス王国までやって来るとそのままゴールイン。
アレクセイは仕事と家も手に入れ、愛する妻と二人ここで暮らしていると。
「という訳でレオリーネとはもう離婚したし、俺には新しい家族がいる」
「ちょっと待て! レオリーネさんは今でもお前を愛しているし、小さな子供を抱えて困ってたぞ。二人のことはどうするつもりだよ!」
「アイツには申し訳ないが、俺は真実の愛に気づいてしまった。俺のことは早く忘れて別の男と幸せになるよう伝えてくれ」
「嫌だよ。本人と会って自分の口から言え」
「断る」
そんな押し問答をしばらく続けたエルだったが、結局アレクセイの意志を変えることができなかった。
結果、Sランク冒険者の意思をも自由に操ることのできるサキュバスの「魅了」の恐ろしさをエルは痛感したのだった。
◇
「シェリアとも相談したが、お前を力ずくで連れ帰るのは俺たちには不可能。俺たちはもう帰るし、お前の言葉は俺からレオリーネさんに伝えてやる。どうなっても知らんがな」
「ああ。お前に頼むのは筋違いだと理解しているし、帝国に帰るつもりのない俺には他にどうすることもできない。すまんな」
話が終わり、疲れがどっと出たエルがソファーから立ちあがろうとすると、最後にベッキーがアレクセイに尋ねる。
「奥様のボニータさんにご挨拶をしておきたいのですが、今日はもうお休みですよね」
するとアレクセイは申し訳なさそうに、
「実は妻の両親が二人とも体調を崩してしまい、この一週間ほど看病で実家に帰ってるんだ」
「それは大変。だったらアレクセイさんもお手伝いに行った方がいいのでは」
「俺もそう思うんだが、妻が言うには両親の病気はそれほど大したものではないし、俺には仕事をがんばって欲しいと」
「でも一週間も実家に帰りっぱなしなんて、かなり重い病気かも知れないじゃないですか」
「だが妻が実家に帰る際、俺は絶対に来るなと。彼女はとても優しいから、俺に心配をかけないよう気を遣って・・・」
「絶対来るなって・・・何か怪しくないですか?」
「怪しい? どこが」
「両親の看病だとウソをついて、浮気してるとか?」
「浮気だとっ! 俺たちは心から愛し合っているし、ボニータがそんなことするはずない!」
このベッキーの一言が、深夜の居間に微妙な空気を作り出してしまった。
今まで考えもしなかった妻の浮気の可能性に一抹の不安を覚えるアレクセイと、そんな彼をバビロニア王国でアメリア王女を探していた時の自分と重ね合わせて共感するクリストフ。
一方「サキュバスだし浮気してても特に驚きはないわね」と言ってアレクセイを更なるどん底に叩き落とすシェリアと、心底興味無い話に大あくびするエル。
そして自分好みの展開に目をランランと輝かせたベッキーが、アレクセイにある提案を申し出た。
「ここで悩んでいても仕方ないし、浮気調査をしてみませんか」
「浮気調査・・・だと?」
「ええ。アレクセイさんの代わりに私たちが実家を見に行くの。そしてもしそこにボニータさんが居たら浮気はしてなかったことになるし、いなければ彼女を探して浮気の現場を押さえる」
「ボニータが浮気など絶対にあり得ん・・・だがもし彼女がそんなことをしていたら・・・ああああっ!」
そう言って頭を抱えるアレクセイに、流石に言いすぎたと反省するベッキー。
「浮気は言いすぎたかも知れません。でも実家の様子だけは確認した方がいいし、奥様の肖像画があれば見せてください」
「確かに実家の様子は気になる・・・よし、いいものがあるから少し待っていてくれ」
そう言ってアレクセイが席を立つと、彼に聞こえないようにエルがささやいた。
「なあベッキー、浮気調査なんてめんどくせえよ。俺は嫌だぜ」
「私は大好物ですし、ここは名探偵ベッキーちゃんに任せて下さい。シェリアさんはどうします?」
「私たちは街中では視力を消してもらうし調査の役に立たないからベッキーに任せる。でも浮気の現場を押さえれば、アレクセイさんも諦めて帝国に戻ってくれるかもしれないし、いい作戦だと思う」
「僕もいい作戦だと思いますよ、ベッキーさん」
「なるほどな。よし、浮気調査なんかやったことないが、レオリーネさんのために一肌脱いでやるか」
◇
エルたちの話がまとまると同時にアレクセイもソファーに戻って来た。
「肖像画はないが、代わりにこれを見てほしい」
そう言ってアレクセイが取り出したのは、野球のボールほどの大きさの水晶玉だった。
「これは?」
「映像宝珠だ。中に妻の映像が収められている」
そう言ってアレクセイは光属性オーラを水晶に送り込むと、女性の映像が映し出された。
「彼女が俺の愛するボニータだ」
「へえ、彼女が」
「どうだ、いい女だろ」
「ええ、とっても」
ベッキーが楽しそうに映像宝珠を覗き込んでいるがエルはその魔術具自体に衝撃を受けていた。
それもそのはず、水晶の中の女性はニッコリ微笑みながら楽しそうにダンスを踊っていたからだ。
「すげえ・・・まるでテレビじゃないか」
エルが物珍しそうに水晶玉を覗き込むと、シェリアがドヤ顔で教えてくれた。
「これ、映像宝珠っていうのよ」
「お前、知ってるのか?」
「もちろん。魔法王国ソーサルーラでしか作られていないとても高価な魔術具で、光属性魔力を使って映像を記録したり映したりできるの」
「すげえ・・・とんでもねえ魔術具だぜ」
エルは映像宝珠を手に取り色んな方向から覗き込んが、中の女性は常に正面を向いていて、10秒程度で同じ動きを繰り返している。
「なあアレクセイ、これどうやって使うんだ」
「映像を映す時は軽めの魔力を投入し、記録する時は強めの魔力を送り込む。そして魔力を込めている間だけ映像を記録し続ける」
「なるほど、俺にも使えそうだな。じゃあ実家の様子を撮ってこようか」
「そうだな・・・頼む」
そのまま映像宝珠を懐にしまおうとしたエルは、だがボニータを見て違和感を感じた。
「なあアレクセイ。お前にはこのボニータの姿がどんな風に見えているんだっけ」
「見ての通りさ。こういっちゃ悪いが前妻のレオリーネより数段美人だろ」
「やっぱりな・・・」
その言葉を聞いてエルは押し黙った。
映像宝珠のボニータは、レオリーネと比べるのもおこがましいほど平凡な容姿の町娘なのだ。
そしてアレクセイを見たエルは、両方の瞳にハートマークがハッキリ浮かんでいるのを確認した。
次回もお楽しみに。
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