第12話 エルとシェリア
サンドワームを見事撃退したエルとシェリアは、証拠となる魔獣の核を持ってギルドに帰還した。
一方討伐には数日かかると考えていたエミリーは、たった1日でクエストを終わらせた二人を唖然とした表情で出迎え、さらに二人が結成したパーティー名を聞かされ頭が混乱した。
「獄炎の総番長? ・・・それってどういう意味?」
するとなぜかドヤ顔になったシェリアが「獄炎」とは何かを火属性魔法のすばらしさを交えながら説明し始めた。
混乱に拍車がかかって笑顔が硬直したエミリーが気の毒になったエルは、助け船を出すために一言、
「弱きを助け悪を倒す真の男のパーティーだ」
「真の男のパーティーって、あなたたち女の子よね」
そう言って顔を引き攣らせたエミリーは、この二人のことは自分には理解できないと諦め、さっさと話題を変えてしまった。
「まあパーティーも結成したことだし、次はシェリアちゃんの生活基盤を整える番ね。いつまでも私の部屋に居座られるのも迷惑・・・じゃなかった受付嬢と冒険者の距離感も大事だし常宿を決めた方がいいわよ」
「私の常宿かあ・・・結局今の高級宿には1泊もしなかったけどすごくお金を取られたちゃったし、もっと普通の所を探さなくちゃって思っていたのよ」
「ギルドがお勧めしている物件がいくつかあるから、今から見て来るといいわよ」
◇
エミリーから紹介のあった物件を一通り見学したシェリアは、一番最後に見た部屋が気に入ってさっさと契約を済ませた。
ここは繁華街の真ん中にあってギルドからも近く、宿代は少し高いものの各部屋には風呂がついていて、とても清潔な宿屋だった。
シェリアが借りた部屋はベッドルームが一つだけだが小さな納屋もあり、荷物が収納できるところが冒険者向きだ。
早速ベッドに大の字になったシェリアはほんの数秒でイビキをかき始めた。それを見たエルはシェリアの身体を揺すると、
「せっかく風呂のある部屋を借りたんだから、入ってから寝ろよ」
だが眠りを妨げられて辛そうに片目だけ開けたシェリアは、
「・・・面倒くさい」
「面倒くさいって、俺たちはクエストから帰ってきて装備もそのままだし、サンドワームの匂いが部屋に染みついたらどうするんだよ。装備の手入れも必要だし晩飯だって食いに行かなきゃいけないだろ」
「それはそうなんだけど・・・実は私、お風呂の準備を自分でしたことがないのよ。ここは高級宿と違って全部自分でやらないといけないし、私には無理よ」
「まさかお前、今まで全部人にやらせてたのかよ」
「ええ。Bランクパーティーに所属していたからクエスト報酬もそれなりに入ってきたし、お金の心配なんかしたことがないわ」
「マジか。だが俺たちのパーティーはまだDランク、そんなに報酬は期待できないしこれからは何でも自分でしなければならない。まあ装備の手入れぐらいなら俺がしてやってもいいが、風呂ぐらい自分で入れろ」
「ええぇ・・・、じゃあエルの常宿のお風呂を私が借りると言うのはどうかしら」
「悪いが俺は家からの通いだから常宿はない。それに家には風呂がないから、近くの井戸水を汲んで行水ですませている」
「行水って、ただの水じゃん! それ寒くないの?」
「もちろん寒いが、物心ついた時からずっとそうだったから、特に気にならん」
「ダメよ! そんなことしてたら風邪引くわよ。だったらエル、ここのお風呂の準備をしてくれたらあなたも入っていいわよ。そしたらお互いハッピーでしょ」
「俺がここの風呂に入れるのか・・・それは嬉しい。よし、納屋を俺に貸してくれたら、ナギ爺さんの所に置いてある道具一式を運び込んで俺たち二人分の装備の手入れをここでやろう」
「いいわね! じゃあこれからよろしくねエル!」
「ああ、よろしく頼むよシェリア」
こうしてエルとシェリアの共同生活が始まった。
◇
パーティー結成の翌日から、エルとシェリアは精力的に活動した。
「ねえエル、まずは私たちの戦い方の違いを確認してうまく連携する方法を考えましょうよ」
「了解だ。じゃあ俺は、魔術師の戦い方というものをじっくり見せてもらうとするよ」
「アニキ、それやったら低級モンスターを討伐しながら訓練しませんか。報酬も入るし一石二鳥でっせ」
「さすがは金庫番のインテリ。じゃあ適当なクエストを見繕ってきてくれ」
「へい、ワイに任せといて」
そんなインテリの選んだクエストは「ウォーウルフ討伐」。昨日と同じ荒れ地に生息するオオカミ型のモンスターの群れを狩るのが仕事だ。
この魔獣、1体1体の強さはそれほどでもないが、群れで行動するためかなりの厄介者とされている。
そんな魔獣を相手に訓練を行うが、今日は格闘戦が得意なエルが前衛防御に徹して、後方からシェリアの魔法攻撃で敵を殲滅させるという役割で、お互いの戦い方をじっくり観察することになった。
早速戦いが始まり、エルは俊敏なウォーウルフに負けない速さで瞬時に敵の攻撃に対応しつつ、後ろにいるシェリアの攻撃を待った。
【火属性初級魔法・ファイヤー】
シェリアが魔法を発動すると、彼女が持つ杖の先から火の玉が発射され、ものすごい勢いで魔獣の1体に命中した。
一瞬で火だるまになったその個体は、やがて魔核だけを残して消し炭になってしまった。
「たった一撃で・・・これが初級魔法って本当かよ。魔法が凄いのか撃ったシェリアが凄いのか俺には全く分からんが、攻撃力が桁外れなのは理解できた」
だがシェリアは強力な魔法攻撃ができる反面コントロールに難があり、ファイアーの半数はモンスターではなくエルに向かって飛んで来た。
「うわっと! おいシェリアしっかり狙え!」
「分かってるけど、魔法が言うことを聞かないの!」
そんなシェリアを見てエルは、
「まるでスポコン漫画に出て来るノーコンピッチャーだな。豪速球はあるんだから制球力さえ身につければチームの大エースに成れるはず」
そう呟くとインテリがエルの周りを飛びながら、
「アニキそれは甘いで。ワイはシェリアを少女漫画の主人公と見てまして、この手のキャラは「ドジ」というのがお約束。せやからノーコンは治りまへんし、あんまり期待せん方がええ思いますわ」
とすかさず切り返されてしまった。
それを裏付けるかのように、火属性中級魔法・フレアーの試し撃ちをしたシェリアは、巨大な火球をエルの周りに発生させてしまった。
いきなり業火に包まれたエルは、慌ててインテリを懐に仕舞って自らは亀のように地面にうずくまると、炎が消え去るのをひたすら待った。
結果的にエルの周りに群がっていたウォーウルフの一群が消滅し、再び無傷で耐え抜いたエルが懐からインテリを取り出すと、この彼は至福の笑みを浮かべたまま鼻血を噴き出して失神していたという、昨日と全く同じパターンでクエストは終了した。
◇
ウォーウルフの魔核をかき集めて、ギルド裏口のカウンターに持っていったエルとシェリア。
「本当にごめんなさいねエル。でも火傷もせず無傷だったのはさすがね」
「ああ。ナギ爺さんからもらったこの防具のおかげで何とかなった。だがこんなことでは危なくて仲間を増やせないし、シェリアはもっと制球力を磨いた方がいいだろう」
「ええ、本当にそう思うわ」
エルに申し訳なくて、ションボリした顔のシェリアだったが、エルはこの話に興味がなくなったのかカウンターに集まった下働きの子供たちを集めて親し気に雑談を始めた。
他の冒険者たちとは一言も言葉を交わさない子供たちが、エルにだけは笑顔を見せている様子に、
「エルって、受付嬢さんだけでなく下働きの子供たちとも仲がいいのね」
「まあな。こいつらは昔からの知り合いだし、ここは年少者ばかりだから声をかけてやると喜ぶんだよ」
「昔からの知り合いって・・・この子供たちが?」
シェリアはその意味が分からずポカンとしていたが、エルは自分が奴隷の身分であることを周りに隠しているため、それ以上のことを彼女に言わなかった。
だがギルドでの用事も終わってシェリアの常宿へ向かう帰り道、下働きの子供の一人が街の少年たちに囲まれてみんなから足蹴にされていた。
そこを通りがかった大人たちは、しかし少年たちを止めようともせず、ニヤニヤと笑いながらそこを通り過ぎるのだった。
それを見たシェリアは、
「エル、あれってさっきギルドにいた子供よね」
「ああ。仲間とはぐれて一人で家に帰るところを街の悪ガキどもに捕まったんだ。ちょっと待ってろ、俺が止めて来る」
「あ、待ってエル!」
シェリアが声をかけたが、エルは悪ガキたちの集団に割って入ると、下働きの子供を助け出して少年たちを追い払った。そして子供を連れてシェリアの所に戻ってくると、
「シェリア悪い。今日はこいつを家まで送り届けてやることにしたので、常宿には行けないや」
「送り届けるって、その子は奴隷階級の子供でしょ。今から貧民街に向かうつもりなら、危険だからやめた方がいいわよ」
「それなら大丈夫だよ。それにコイツを一人にするとまたさっきの悪ガキどもに襲われるし、今度は街の大人たちが一緒になって悪さをするかもしれない」
「まさかそんなこと・・・」
「街の住人の中には、奴隷階級の子供がギルドで金を稼いでいることが気に入らない人が少なくないし、子供なら奴隷の所有者もうるさく言わないから「憂さ晴らし」にちょうどいいと思ってるのさ」
「酷い・・・でもどうして子供がそんな扱いを」
「子供はまだ身体ができていないから、15歳の成人を迎える前に半数は死ぬ。それに力も弱く大した仕事もできないから奴隷の所有者も数として見ていない」
「子供を人間として見てないってことよね・・・」
「奴隷なんて元々人間だと思われていないし、その子供なんかその辺の雑草のように目にも入っていないんだろうな」
「雑草・・・」
「これがこの街の実態だし、もちろん俺はそれが気に入らない。だから真の男としてコイツらを守って行くつもりだ」
「分かった。なら私も!」
「・・・いや、コイツを送り届けるぐらいは俺一人で十分だ。じゃあまた明日ギルドでなシェリア」
「ちょっと待ってよ、エル!」
だがエルは子供を肩に乗せると、そのまま雑踏の中へと消えていった。
次回「シェリアの初恋」。お楽しみに。
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