第50話 バニラの救出
繁華街に戻るとカサンドラはすぐ見つかった。
オーガ族は大柄で雑踏にいてもよく目立ち、エルはそんな彼女に駆け寄って事情を説明。
事態を理解したカサンドラは厩舎へ走り出した。
「どこに行く気だ」
「私に心当たりがある。急ぎましょう!」
馬を駆って港町シュタークを飛び出したエルたち。
迷うことなく平原をひた走るカサンドラを先頭に、エルたちはやがて緑が生い茂る山岳地帯へとたどり着いた。
そこは木々の植生こそ異なるが盗賊団ヘル・スケルトンのアジトがあった場所と地形がよく似ており、馬を下りたカサンドラについて森の中へと分け入った。
鬱蒼と茂る森の中を軽やかに駆け抜けるカサンドラと、息を切らせて走り抜けたエルたちがたどり着いた先には、ひっそり口を開ける洞窟があった。
「エル殿、この中に兎人族の少女がいるはずです」
「本当か! だがどうしてここだと分かったんだ」
最初からバニラの居場所を知っていたかのようなカサンドラに、エルはその理由を尋ねる。
すると、
「港町シュタークには獣人だけではなく、少数ですがゴブリンを始めとする鬼人族が出入りしています。そんな彼らから色々情報を得ていたんです」
「じゃあこの場所は彼らから?」
「さっき町で出会ったゴブリンから小耳に挟んだのですが、今朝とあるコロニーのゴブリンが大量の荷物を持って町を出発したというのです。その中には小さな少女の姿も」
「それがここだと」
「ええ。ゴブリンは嫉妬深く他人の儲け話がとにかく気に入らないのです。だからその男は、私をけしかけて荷物を奪わせようという魂胆だったのでしょう」
「ならその話は信憑性が高いな。助けに行くぞ!」
◇
ゴブリンの巣穴は狭く入り組んでおり、カサンドラは腰をかがめてゆっくり進む。
「外敵の侵入を防ぐため、彼らはこういった洞穴に好んで住む習性があるんです」
そう言ってゴブリンの話をエルたちに語るカサンドラだったが、臆病で狡猾な彼らはもちろん罠も仕掛けており、カサンドラがそれを踏み抜いてしまう。
バシュッ!
風を切り裂く音と共に、洞穴の壁面から粗雑な作りの槍が飛び出した。
だがカサンドラは後ろに飛び退いてそれをかわし、後ろに続くエルに言った。
「エル殿、これには毒が塗られてますので触ってはいけません」
「そ、そうか・・・でも大丈夫だったかカサンドラ」
「私は慣れてますので平気です。それより罠の発動に気づいたゴブリンたちがすぐに集まってくるはず」
「分かった。総員戦闘準備っ!」
狭い洞穴でも展開できる小さなバリアーを張ったエルたちは、どこから現れるとも知れないゴブリンの襲撃に備える。
だがカサンドラだけは無防備に前へ進むと、岩影に息を潜めていた斥候を見つけて声をかけた。
「すまないがお前たちの族長に会わせてほしい」
隠れていたことがバレて、罰の悪い顔をしたゴブリンがカサンドラの前に出てくる。
「オーガ族ノ女戦士ガ、ココニ何ノ用ダ」
「今朝、港町シュタークから連れ帰った兎人族の少女を返してほしいのだが」
「アレハ貴重ナメス。絶対二返サナイ」
「お前たちの悪いようにはしない。まずは族長と話をさせてくれ」
カサンドラが再三お願いすると、次から次へと集まって来たゴブリンたちがガヤガヤと相談を始めた。
甲高い声で侃々諤々と議論した末、ようやく意見がまとまった。
「ワカッタ、族長二会ワセテヤル。俺ニツイテコイ」
◇
ゴブリンたちの先導で罠を避けるように洞穴を進んでいったエルたちは、やがて広い地下空洞に出た。
広い空洞の壁面には自分たちで掘ったと思われる狭い空洞が無数にあり、そこに家を構えて一つの街を形成している。
そんな中、少し大きめの空洞に案内されたエルたちは、そこに住むゴブリンの族長と顔を合わせた。
突然の来訪者に族長は、カサンドラを見るとギョッとした表情で身構えた。
「・・・オーガ族の娘がここに何の用だ」
この族長、周りのゴブリンより一回り大きく、どうやらホブゴブリンという変異種とのこと。
それでもカサンドラよりは身体が小さく、彼女がオーガ王国の騎士団長だったことを伝えると途端に顔を青ざめた。
そしてカサンドラが用件を告げると、両腕を組んでしばらく何かを考えた後おもむろに答えた。
「オーガ王国の元騎士団長の頼みならさすがに断れないが、私にも里を率いる責任があることを理解してほしい」
「それは分かっている。条件があるなら聞こう」
「我らがシュタークの罪人を金で買い取ったことは、国に帰っても黙っていてほしい」
「何だと? ・・・ああ、そういうことだったのか。いいだろう黙っておいてやる」
「それと、娘の代金を支払ってほしい」
「いくらだ」
「大銅貨100枚だ」
「・・・それぐらいなら払ってやろう」
カサンドラが条件を全て飲むと、族長は手下のゴブリンにバニラを連れてくるよう命じた。
その間にエルは、族長に聞こえないようカサンドラの耳元で尋ねた。
(全く話についていけなかったんだが、国に黙ってろって一体何をだ)
(我々鬼人族にはいくつかの掟があり、その中に「鳥人族との取引の禁止」があります。それを破って鳥人族からバニラを買い受けたから黙っていて欲しいと)
(なぜそこに鳥人族が出てくる)
(我々鬼人族と鳥人族は昔から仲が悪く、特に最近の鳥人族は一部がマフィア化して、ランドン=アスター帝国との間に密売ルートを持っているのです)
(密売ルート? 穏やかじゃないな)
(あの海賊団レッドオーシャンがその密売ルートの一つだったことは間違いなく、私を海賊団に売った元騎士団長ギガスもマフィアの片棒を担いでいたらしい)
(悪党同士が地下で繋がっているというわけか)
(ええ。しかも奴らは社会に上手く溶け込み、その組織や構成員などの実態は今も掴みきれていません。だから鬼人族共通の掟として、鳥人族との取引が禁止されたのです)
(事情は分かった。それで港町シュタークには鳥人族マフィアのメンバーがいるんだな)
(はい。族長との話し合いでハッキリわかりました)
(それで誰なんだ)
(・・・いえ、続きは基地で話しましょう)
◇
しばらく待つと、部屋にバニラが連れてこられた。
シェリアから貰ったドレスを奪われ、薄汚れたボロを着せられたバニラが、エルの顔を見ると涙を流して飛びついてきた。
「うわあああん! エルお姉ちゃん怖かったよ~!」
「助けに来たぞバニラ。怪我は大丈夫か」
「うん。ずっと閉じ込められていたから平気」
「そうか」
エルがバニラの無事を確認すると、カサンドラは大銅貨100枚を族長に渡した。
「これで取引成立だな」
「ああ。そのかわり国には・・・」
「黙っててやる」
カサンドラがそう言うと、族長はホッとした顔で握手を求めた。
だがエルがそれを遮ると、
「まだだ。バニラが着ていた服も返してもらおう」
すると族長は怪訝な顔をして、
「服とは何のことだ」
「こんなボロじゃなく子供用のドレスのことだ。どこかに売るつもりだったんだろ!」
「売るも何も、そいつは最初からその格好だった」
「とぼけるな!」
エルは族長を掴みかかろうとしたが、泣きそうな顔のバニラがそれを止めた。
「違うの。あのドレスはお母さんに取り上げられたちゃったの」
「え?」
「エルお姉ちゃんたちが帰った後、私にはもったいないから妹にあげなさいってお母さんに無理やり脱がされ、代わりにこの服を・・・」
「あの母親が犯人かよ。お前の家族って本当にロクな奴がいないな・・・」
◇
とてもじゃないがバニラを家族の元に帰せないと判断したエルは、彼女を基地で保護することに。
風呂に入れてラヴィから借りた服を着せると、彼女を連れて仲間たちの待つ基地司令部に向かった。
そしてみんなの前で、
「ここを出発する前にやることができた。港町シュタークに巣くう悪を一掃する!」
エルはさっきカサンドラから聞いた話をみんなに聞かせると、
「カサンドラ、マフィアのメンバーは誰なんだ」
「・・・町長のビルドです」
「町長がマフィア・・・でもどうしてわかった」
「全て状況証拠ですが、町の掟を破っただけで少女を売り払った異常な規則と、それに鳥人族が関わっているという事実。このことから少なくとも警備兵とその上層部にマフィアが浸透していることが分かる」
「確かにおかしいとは思ってたんだ」
「そして鳥人族に町の通行証を乱発して荒稼ぎさせていることから、おそらく」
「俺は町長のことなんかまるで興味がなかったが、まさかそんなことになっていたとは・・・」
改めて思い出してみると、町で鳥人族が買い物をしている姿をよく見かけたが、兎人族や犬人族と違って彼らが何の仕事をしているのか分からず、だが特定の商品を買い占めたりして金には不自由していないようだった。
するとエミリーも何かに気づき、
「ねえエル君。ひょっとしたら、商品の値段を全て大銅貨1枚にすると決めたのは、鳥人族が安く仕入れるためだったんじゃないの? それを別の街で高く売って得た利益がそのままマフィアの懐に入る」
「それだっ!」
「だからバニラちゃんみたいに頭のいい兎人族は邪魔で、警備兵を動員してあっという間に捕まえ、二度と戻ってこれないようゴブリンに売ってその利益まで手にした」
「完全に頭に来た・・・絶対に許さん!」
◇
作戦会議は深夜まで及び、大きく2段階に分けて町の浄化を行うこととなった。
第1段階目はもちろん町長を含むマフィアの追放。
そして2段階目が新たな街づくりだ。
この新たな街づくりにはバニラの提案が全て取り入れられ、小さな子供が考え出したとはとても思えない斬新なアイディアをベースに、新生シュタークの青写真が出来上がっていった。
次回もお楽しみに。
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