第48話 キャティーの里帰り(後編)
ナーゴの命令で謁見の間に衛兵がなだれ込むと、エルたちが逃げられないよう包囲した。
「そこをどけっ! キャティーを連れて俺は帰る!」
エルが怒鳴りつけると、だがナーゴは不敵な笑みを浮かべて言った。
「貴様らは国同士の約束を反故にした。だから帝国には違約金をたんまり支払わせてやる。貴様はそれまでの人質だ」
「国同士の約束だと?」
「ああそうだ。帝国との間には「互いの国には絶対に干渉しない」という約束があった。だがそれを皇女自らが破ったのは重大な約束違反」
「何を言ってるのかよくわからん。エレノア様、後を頼む」
そう言ってエルがエレノアに話を丸投げすると、
「これは内政干渉を行わないというごく一般的な取り決めの話だと思いますが、ナーゴ陛下はおそらく「王家の婚姻は内政であり帝国人の干渉を許さない」とおっしゃりたいのだと」
するとナーゴは、
「どうやらそなたの方が話が通じるようだ。貴様らの罪状は明らかなゆえに、全員逮捕する」
「いいえ陛下、普通この程度のことでは罪状に問うことはできません。それにもしその理屈が通るのであれば、罪人になるのはむしろ陛下の方かと」
「何だとっ!」
「キャティーさんは既にエル皇女殿下の侍女であり、帝国の公職に就いている状態。その身分を陛下が勝手にはく奪するのは帝国への内政干渉にあたります」
「そんな屁理屈が通用するかっ! そもそも国王である余の許しも得ず、勝手に猫人族の娘を侍女にしたのは帝国の落ち度。よって内政干渉には当たらん」
すると事情に詳しいシェリアが反論を開始した。
「こんな話したくなかったけど、キャティーは奴隷商人から正規の手続きで購入したから所有権はエルにあった。だから所有者が奴隷をどうしようと自由。帝国でも猫人族でも合法のはずよ」
「だがキャティーは盗賊団に誘拐されて奴隷になったのだから、我々から見れば奪われた形になる。彼女の返還を要求する」
「それを言う権利があるのは海賊団レッドオーシャンに対してだけよ。でもあなたたちは奴らから自国民を奪い返そうとすらしなかった。そうでしょ」
「た、倒そうとしたさ・・・。だが帝国が倒したのなら要求する相手はもうお前らしかいないじゃないか。さあ彼女を早く返すのだ」
「勝手な言い分ね。まあ本人が希望すれば人道上の理由で返還できたかも知れないけど、帝国に居たいと言っているんだし返す理由がないわよ」
「・・・くっ」
「という訳で、無理やりキャティーを王妃にするのは帝国への内政干渉に当たる。説明は以上よ」
「うるさい! キャティーは猫人族だから王命に従う義務があるんだ!」
「そもそもそこがおかしいのよ。だって陛下は、キャティーのことを帝国人だと認識していたはずだもん」
「そんなわけあるか!」
「じゃあ最初にキャティーを見た時、猫人族の正装である水着を着ていないことをなぜ咎めなかったの? もし自国民と認識していたのならすぐ服を着替えるようその場で命じていたはず。はい論破!」
「畜生・・・」
シェリアに言い負かされたナーゴは怒りで顔を真っ赤にし、衛兵たちに命じてしまった。
「・・・構わん、こいつらを全員殺せっ!」
ザワザワザワ・・・
衛兵たちは顔が真っ青になり、誰一人動こうとはしない。
そんな彼らの態度がナーゴの怒りにさらに油を注ぐ結果となった。
「たかが10人程度の小娘に何をビビっている。さっさと始末してどこかに埋めてしまえ!」
怒り狂うナーゴに、衛兵たちは仕方なく槍を構えてジリジリ間を詰める。
だがエレノアは冷静な表情で、ナーゴに最後通牒を突きつけた。
「直ちに兵を引かせなさいっ! さもないと帝国への宣戦布告とみなします!」
「ふん。お前たちを殺せば証拠など残らんし、帝国とは今まで通りの関係を続けるだけだ。総員かかれ!」
◇
戦いが始まった。
女子供など簡単に始末できると考えていたナーゴはその何十倍もいる精鋭たちが次々と倒されていく様に愕然とした。
数々の武勇伝を誇る皇女エルやその手下のオーガ女が強いのは分かっていたが、豪華なドレスを身にまとった令嬢たちも、神官服を着た枢機卿や修道女たちも、さらにはエルフの幼女までもが圧倒的な戦闘力を誇っていた。
さらにならず者たちが突然王宮になだれ込むと、衛兵を蹴散らしてあっという間に謁見の間に突入を果たしてしまったことに衝撃を受ける。
それと反対にエルは余裕の表情でジャンを迎えた。
「待たせちまったなエル。怪我はないか」
「キュアの達人の俺が怪我なんかするわけないだろ。それよりジャンに頼みがある」
「何だ、言ってみろ」
「コイツらは王命で嫌々戦わされているだけだから、半殺しで許してやってほしい」
「半殺しって・・・こ、これだけの兵士を全部か!」
「ああ。だができればそうして欲しいというだけで、無理なら仕方がない」
「何だとぉ・・・くっくっく、面白い。おい聞いたか野郎ども、皇女殿下は殺さずの戦いをご所望だ。どうだ、できるか」
「おう! 我らの力をお見せする時ですぜ伯爵!」
ジャンの檄に全員が奮起し、膨大な魔力が謁見の間を満たした瞬間、本能で身の危険を感じたナーゴは恐怖にひきつる王妃たちを連れて転移魔法で逃げた。
「あの野郎、兵を置いて自分だけ逃げやがったか」
もぬけの殻になった台座に舌打ちをするエルは、背中合わせのカサンドラに声をかける。
「キャティーや親父さんのことはみんなに任せて、俺たちは逃げた王様を追うぞ」
「承知した。エル殿との共同作戦、腕が鳴るな」
そう言うと二人は躊躇なく敵中に飛び込んだ。
猫人族の中でも最精鋭であろう衛兵たちは当然容赦なく二人を攻撃したが、エルの前では赤子も同然。
彼らの動きが止まって見えるほど高速に動けるエルは、聖女服を翻しながら敵のどてっぱらに渾身の一撃を決めていった。
「メガトンパーンチ!」
「ライダーキーック!」
「空手チョーップッ!」
昭和のケンカ番長の鉄拳攻撃がさく裂する度に、鎧のひしゃげた衛兵が宙を舞った。
そして周りの仲間を道連れに床や壁に叩きつけられ、意識の刈り取られた衛兵が量産されていった。
そんなエルから少し離れた場所では、敵から奪った槍を10本束ねて振り回すカサンドラの姿があった。
敵を殺さないよう反対向きに槍を握ると、柄の部分で衛兵たちを力いっぱい叩きのめした。
ドギャッ!
「「「ぎゃーーーーっ!」」」
彼女が一振りするごとに10人まとめて床に倒れ、彼女が通りすぎた後には四肢が砕けて激痛にうめく衛兵たちが取り残された。
「おーいカサンドラ、こっちにも衛兵がたくさんいるぞ~。こいつらを倒していけば、その先に王様がいるんじゃないか」
遠くで手招きをする聖女に、カサンドラは大きく手を振って答えた。
「承知したエル殿! いざ突き進まん、我らは獄炎の総番長突撃隊!」
「おうよカサンドラ。さあ突撃だーっ!」
◇
隙を見てエルたちの前から逃げ出したナーゴは、怯える王妃たちとともに自室に潜んでいた。
「ここは王宮の最奥。奴らがたどり着くことは絶対にありえない。しばらくここに隠れていればやがて魔力の尽きた奴らは全員殺されることになるだろうが、あの強さなら被害もバカにならん。帝国から賠償金をせしめてやらんとな」
エルたちを確実に仕留めるため傭兵を含む全戦力を王宮に向かわせたし、他にやることと言えば帝国への難癖のつけ方を考えることだけだ。
「後は朗報を待つだけだし、そなたたちも怯える必要はない」
ナーゴの言葉に王妃たちも落ち着きを取り戻すと、王妃になることを拒んだキャティーのことをバカにし始めた。
「せっかくのチャンスを無駄にして、ほんとバカな娘だこと」
「そうよ。わたくしたちとともに一生贅沢して暮らせたものを、逆に衛兵に殺されてしまうなんてね」
「あの生意気な娘に相応しい最後ね」
「「「オーッホホホホ!」」」
王妃たちはさっきまでの恐怖を払拭するよう半ばやけくそ気味に高笑いを続け、ナーゴもそれに便乗して一緒になって笑っていた。
だがそんな彼らの目の前で、部屋の扉が粉々に吹き飛んだ。
ドガーーーーーーンッ!
「「「きゃーーーーっ!」」」
「何事だっ!」
そして目の前には、絶対にたどり着けないと思っていた聖女服の皇女と、手下のオーガ女が立っていた。
「よう、探したぜ王様。お前にはしっかりとケジメをつけてもらうからな」
「バカな・・・どうしてここにたどり着けた」
「どうしてって、お前ん所の兵士を全員半殺しにしてやったからだろ。ほら見てみな」
そう言って二人が両脇に下がると、扉の先にはおびただしい数の衛兵が山積みにされて倒れていた。
「バケモノ・・・」
そう一言呟いたナーゴは力なく床にへたり込んだ。
◇
ナーゴを捕まえようと近づいたエル。
だが目の前に突然魔法陣が展開して、一人の猫人族女性が転移してきた。
50代ぐらいの彼女はその身なりからも高貴な身分であることがうかがえる。
「母上、助けに来てくれたのですかっ!」
ナーゴは表情を明るくして母親の後ろに隠れると、エルは転移魔法で逃げられることを恐れ、彼女たちに飛びかかった。
だが母親は突然床に跪くと、エルに向かって許しを乞うた。
「どうかお許しください聖女様。もう逃げも隠れもいたしません」
そして息子に対しては、
「侍従長から話を聞きました。そなたは何という愚かな過ちを」
「愚かな過ち・・た、確かに余はこの者たちの強さを見誤りました。ですがここで時間を稼げばいずれ援軍が・・・」
「援軍などいつまで待っても来ません。なぜなら兵士たちは既に負けたからです」
「・・・ウソだ。あれだけの人数がまさか」
「傭兵を頼りにしていたのなら、彼らは真っ先に逃げ出してしまいました。そして最後まで残った同胞の兵士たちも降伏し、今は武装解除に応じています」
「そんなバカな・・・ではこれから余は一体」
「だから愚かだと言ったのです。勝手に帝国と戦争を始めた上に、あっという間に負けてしまって」
「・・・余は戦争に負けたのか」
「あああ・・・そなたのような愚か者を王にするのではなかった。長い歴史と伝統を誇る猫人族の里がまさか滅びてしまうとは・・・」
「す、すると余はどうなるのですか母上っ!」
「それはわらわでなく皇女殿下がお決めになること。聖女様、我らは降伏いたしますので、どうか皇女殿下にお取次ぎを」
「俺が皇女のエルだ。降伏は了解したので、まずは謁見の間で話を聞こう」
◇
謁見の間に戻るとサラがちょうど全員の傷を治し終えた所で、エルは全員の無事を確かめてみんなを労った。
そしてナーゴがさっきまであぐらをかいていた台座に腰掛けると、足元にひれ伏すナーゴと母親に対して口を開いた。
「さっきの続きだが、俺は別に猫人族の里を滅ぼしたつもりはないし、兵士も殺してはいない。後で全員の治療をしてやってもいいぞ」
すると驚いた母親は、
「あなた様を殺そうとしたのに、まさか許していただけると?」
「王様にはケジメをつけさせてもらうが、俺たちがこの里に来たのはキャティーの里帰りのためだ。ご両親にもキャティーの無事を知らせることができたし、明日にはここを出ていくつもりだが」
「ではせっかく手に入れたこの猫人族の里を、皇女殿下は統治なされないと」
「だから手に入れたつもりはねえし、アンタらがこのまま治めればいいじゃないか」
「ああ・・・皇女殿下のご慈悲に感謝いたします。ではケジメとして娘のミーシャを新たな女王とし、この愚王は廃位して里を追放いたします」
「そうか、好きにしてくれ」
エルは興味なさげに話を終わらせると、真っ青な顔のナーゴが母親にしがみついた。
「待ってください母上っ! 王家の存続が許されたのに、どうして余だけが追放されるのですか!」
「それが皇女殿下に対するケジメだからです。それにこの里はもう帝国の庇護なしにはやっていけないし、殿下に歯向かったそなたはハッキリ言って邪魔です」
「そんな・・・」
「命を奪われなかっただけでも感謝なさいっ!」
「うぐっ・・・」
「それと、そなたが二度とこの里に足を踏み入れないよう、ゴブリン族の里に婿入りさせます。これからはゴブリン族の一員として、種族繁栄のためにしっかりと励みなさい」
「ゴブリン族に婿入り・・・それだけは許してくれ」
泣き叫ぶナーゴが母親から無理やり引き離されると、衛兵に拘束されて謁見の間から連れ出されてしまった。
「嫌だーっ! ゴブリンの巣穴で一生を終えるぐらいなら死んだ方がマシだー! 誰か助けてくれーっ!」
「これで戦犯の処分は終わりました。ですが、殿下に一つだけお願いがございます」
「何だ言ってみろ」
「今回の件で傭兵が全て逃げだし、里の守りが覚束なくなりました。盗賊に寝返った傭兵どもがいつ襲撃してくるかも分かりませんし、里を守るためには殿下のご慈悲にすがり付くより他ありません」
「要するに用心棒をしてほしいということだな。シュターク基地に戻ったら基地司令官に頼んでやる」
「ありがとうございます。では殿下のご恩に報いるため、我ら猫人族は殿下への忠誠を誓わせていただきます。ランドン=アスター帝国に栄光あれ」
次回もお楽しみに。
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