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第48話 キャティーの里帰り(前編)

 翌朝。


 帝国騎士団から軍馬を借りたエルたちは、猫人族の里へ馬を走らせた。


 ようやく馬に乗れるようになったエルに合わせて、海岸線をのんびり進む一行。猫人族の里が見えた頃にはすでに昼を過ぎていた。


「里というわりには、でけえ街だな」


 関所の厩舎に馬を預けて街の中心へと歩き始めたエルは、懐かしそうに辺りを見渡すキャティーに声をかける。


「ここには私たちの王様も住んでいて、人族の国だと帝都にあたるんですよ」


「帝都というよりハワイって感じだな。テレビでしか見たことないけど」


 街路の西側はどこまでも続く白いビーチで、水着の男女が楽しそうに遊んでいる。


 リゾート気分満載のビーチの中央まで来ると、そこから東方へとメインストリートが延びており、道の両側に大きな街が広がっている。


 そのメインストリートをまっすぐ行った先には立派な王宮が威容を見せているが、王様に会いに行く予定は特にない。


「よし、まずはキャティーの家に行ってご両親に挨拶をするぞ。それから海水浴場にでも行ってみるか」


「はいエル様!」



           ◇



 キャティーに案内されたのは街の中心にある大きな屋敷だった。


「豪邸じゃないか。もしかしてキャティーは大金持ちのお嬢様だったのか?」


「家族がたくさんいるから家が大きいだけです。それに猫人族はみんな裕福なんですよ」


「へえ、すげえな」


 エルはふと、ここに来るまでの道中を思い起こす。


 猫人族はみんな水着姿で、デッキチェアーに寝転がってジュースを飲んだり昼寝をしていた。


 そんな彼らを大きなうちわで扇いだり食べ物を運んで来る使用人は、兎人族や犬人族などの他の獣人ばかりだった。


 なんで猫人族だけ裕福なのかその理由を考えていると、エルたちの訪問に気づいた年配の女性が屋敷の中から出て来た。


 そしてキャティーの姿を見て絶句する。


「・・・まさか、あなたキャティーなの?」


「そうよお母さん、ただいま!」


「キャティー!」


 死んだと諦めていた娘の帰宅に涙を流して喜ぶ母親と、そんな彼女に抱きついて泣き出すキャティー。


「よかったなキャティー」


 微笑ましい光景にエルたちは、自然と溢れる涙をハンカチで拭いた。



           ◇



 全ての事情をキャティーから聞いた母親は、涙を流してエルに感謝した。


「エル様、娘を助けていただき本当にありがとうございました。感謝してもしきれませんが、里に滞在される間はうちでおもてなしをさせてください」


「そんなに気を使わなくていいよ。それにキャティーには俺の方が世話になってばかりだし、ここに泊めてくれたら後は何もいらねえ」


「そうは行きません! そうだわ、今夜はビーチでバーベキューパーティーをしましょう。里自慢の料理を心行くまで楽しんでください」


「バーベキュー! じゃあお言葉に甘えるとするか」


 猫人族の焼肉がどれ程のものか、想像しただけでよだれが出てしまったエル。


 それをサッとハンカチで拭ってあげたキャティーが、エルにある提案をする。


「そうだエル様、せっかくの猫人族の里に来たんだし、みんなで猫人族になりきりませんか」


「猫人族にだと? どうやって」


「魔法で動く「つけ猫耳」と「つけしっぽ」をつけ、服も猫人族が普段着ているものにするんです」


「つまり変装するってわけだな。面白い!」


 キャティーの提案に全員が賛成すると、早速服を買いに街へと繰り出した。



           ◇



「おいキャティー・・・本当にこれが猫人族の普段着なのか?」


「はい。街の人達もみんな着てたでしょ」


 「つけ耳」と「つけしっぽ」を装着し意気揚々と洋服店にやって来たエルだったが、目の前にずらりと並ぶ水着に困惑。


 キャティー曰く、ここは里一番の有名店で、セクシーなビキニから地味で機能性の高い競泳水着まで、ありとあらゆるタイプの商品が揃っているらしい。


 だからと言って水着が普段着など信じられない。


「そりゃ海で泳ぐ奴らは水着を着てるだろうが、普通はアロハシャツだろ!」


「アロハシャツというのが何か分かりませんが、ウチの里では王宮に行く時も水着を着用します」


「どうなってんだよ、猫人族の常識は!」


 戸惑いを隠せないエルをよそに、ジャンとヒューバート騎士団は全員、トランクスやビキニパンツに着替え終えていた。


「俺たちは先にビーチに行ってるから、お前さんたち女子はゆっくり水着を選んでくれ」


 そう言ってジャンは、クリストフとインテリも連れて店を出て行ってしまった。




 店に残された女子たちは、最初は恥ずかしそうに水着を見ていたもののやがて嬉々として水着を選び始め、次々と試着室に入っていった。


 エルの周りからどんどん人が減っていく中、未だ顔を真っ赤にして立ちすくむエレノアに声をかける。


「おいエレノア様。お前は公爵令嬢だし水着で外をうろつくのは、さすがにはしたないよな」


 エルは元々「男たるもの「ふんどし一丁」で泳ぐべし」との持論を持つ昭和の番長であり、トランクスですらナンパ野郎の水着だとバカにしていた。


 ましてや女の水着でビーチに出るなど、エルにとっては言語道断。


 だがキャティーの提案に一番最初に賛成した手前、理由もなく約束を反故にするのは男として絶対できなかった。


 だからエレノアから貴族らしい理由を引き出せないか期待したのだが、


「いいえエル様。これが猫人族の正装とおっしゃるならば、恥ずかしがったりせず堂々と着用するのが上級貴族としての責務っ!」


 それだけ言うと店員の薦めた水着を掴み取り、真っ赤な顔で試着室に入ってしまった。


「エレノア様っ!」


 頼みの綱のエレノアもいなくなってしまったエル。とうとう自分の周りにはシェリアしか残っていないという事態に陥ってしまった。


 そんなシェリアは、エルとは反対に水着を前に大はしゃぎなのだが、店員が薦める水着がどれも気にいらないらしい。


 だが店員のセンスに感心したエルは、


「いいじゃねえかそれ。シェリアにピッタリだぞ」


「何よっ! みんな大人っぽいセクシーな水着なのにどうして私だけ子供用?」


 店員が選んだのは布地の多いセパレートタイプの水着で、フリルのついたトップスは胸元を上手く隠し、スカートタイプのボトムが清潔感を演出している。


「店員さん。俺もシェリアと同じのにしたいんだが」


 さすがにフンドシ一丁はダメなことを理解していたエルは、身体のラインが隠せるこの水着ならギリギリ許せると思った。


 だが店員は、


「申し訳ございませんが、このタイプの水着だとお嬢様に合うサイズのものは取り揃えておりません。それよりこちらなどとてもお似合いだと思いますが」


 そう言って薦めたのは、布地がやたらと少ないセクシーな黒ビキニだった。


「アホか! そんな裸同然の格好で外を歩けるか! 俺はこのみっともない尻や胸を隠したいんだ!」


 だがシェリアはその水着に目を輝かせ、


「いいじゃないそれ! 店員さん私もこれが欲しい」


「その・・・一応サイズはございますが、お客様の場合、あまり身体のラインを見せすぎるのはどうかと」


「ああっ! ・・・とうとう言っちゃったわね。どうせ私はナインペタンですよ。うわあぁぁぁん!」


 ついに泣き出してしまったシェリアと、真の男の生きる道を語り始めたエル。


 売場がカオスとなったその時、すでに着替え終えたエミリーとアリア王女がやって来ると、店員さんの手から水着をつかみ取った。


「ほらエル君、訳の分からないこと言ってないで早く着替えなさい。ビーチに行くわよ」


「アメリアちゃんもです。姉さまが着替えさせてあげますから、早くこっちにいらっしゃい」


「「嫌ーーーっ!」」


 必死に抵抗するエルとシェリアだったが、有無を言わさず試着室へと連れ込まれてしまった。



           ◇



 エミリーに手を引かれてビーチへと向かうエル。


「何でケンカ番長の俺が女のビキニをつけて男どもの視線にさらされなきゃいけないんだ。クソっ・・・」


「だってエル君が魅力的過ぎるし仕方ないわよ。女の私から見ても惚れ惚れするほどキレイよね」


 そう言って微笑むエミリーは花柄の青いビキニを着ており、彼女の美しく健康的な肢体にドキドキしてしまったエルは、慌てて視線をそむけた。


 だがどこを向いても男たちの熱い視線か、若い美女たちの水着姿が目に入ってしまう。


 そして極めつけはアリア王女の水着姿だ。


 清楚さと妖艶さを併せ持つ奇跡のコラボレーションを果たした彼女の白ビキニ姿は、顔がそっくりなシェリアとの間に越えられない壁を作り出していた。


 気がつくと鼻血が出ていたエルは、腕でそれをぬぐうとシェリアの手をつかんでビーチへと走り出した。


「どうしたのよエル。急に走り出して」


「すまんが俺に付き合ってくれ。もうお前しか目に入れたくないんだ」


「ええっ!? それってまさか、エル・・・」


 そう、今のエルにとって唯一目の毒にならないのが色気ゼロのシェリアの水着姿なのだが、エルにじっと見つめられたシェリアは、胸のドキドキが止まらなくなってしまった。


「・・・エルはそんなに私と居たいの?」


「ああ。お前は俺を見てると心が落ち着くんだ。頼むからずっと傍に居てくれ」


「う、うん・・・いいよ。・・・実は私もエルのことが・・・な、なななな何でもない! ここここ今回だけ・・・今回だけ特別なんだからねっ!」


 そういって「プイッ」て向こうを向いたシェリアの耳は真っ赤になっていた。



           ◇



 二人がビーチに到着すると、先に来ていたみんなの周りに猫人族の若者たちが群がっていた。


「ねえお姉さんたち、僕たちとお茶しようよ」


「夕日を見ながら食事でもどうかな、お嬢さんたち」


 あまりにしつこい男たちをカサンドラと聖騎士隊が追い払おうとしている。


 特に汚物を見るような目をしたベッキーが若者たちを口汚くののしっているが、スザンナと双璧をなすほどの悩殺ボディー目当てに若者たちが列をなしているのは皮肉だった。


「おーい、ベッキー大丈夫か~!」


 そう言ってエルが割って入ると、若者たちはさらに興奮度を増した。


「おお美の女神よ! 今日この瞬間に君と出会えたことは、きっと僕たちが生まれる前から決まっていた運命だったんだ」


「僕の全てを君に捧げるよ。さあ、そのエメラルドの瞳に乾杯だ」


 くさいセリフを吐きながら笑顔で群がって来る男たちに、エルの全身に鳥肌が立った。


「うるせえっ! 俺はナンパ男がこの世で一番嫌いなんだ。男に生まれたなら、夕日に向かって「太陽のバカヤロー」と叫びやがれってんだ!」


 そしてビーチの砂を力いっぱい蹴飛ばし、


「しっしっ」


「「「うわああっ!」」」


 全身に砂をかけられたじろぐ若者たちを今度はヒューバート騎士団が蹴散らし始めた。


「おらあっ! ウチのお嬢に近づくなやボケぇっ!」


「お嬢に声をかけるたあ100万年早い!」


 奴隷商人の用心棒がぴったりの人相の悪い騎士たちが怒鳴り声を上げながらビーチを闊歩すると、ビビった若者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 それでもエルたちを諦めきれないナンパ師もいるらしく、騎士たちが警戒感を強めている。


「ようジャン。追い払ってくれてサンキューな」


「礼はいらん。それより日が沈むまでまだ時間があるから、海で泳いでこいよ」


「おうよ! よしシェリア、向こうの無人島まで競争するぞ」


「いいわよ! 私負けないんだから」


「アメリア、僕も行くから待ってくれよ!」


「あんたは来なくていいの。私はエルと二人きりで遊ぶんだから邪魔しないで!」


「そんなこと言わないでくれよ僕のアメリア・・・」


「まあいいじゃないか。クリストフも行くぞ」


「もうっ、エルのバカ!」


 こうして海に飛び込んだエルたち三人は、日が暮れるまで無人島で遊んだのだった。

 次回もお楽しみに。


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