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第47話 兎人族の少女バニラ

 エルたちが現場に駆け付けると、リアカーで肥やしを運んでいた兎人族の少女が、同業の少年たちに取り囲まれていた。


 リアカーは倒され、せっかく集めた「肥やし」も辺りに散乱してしまい、少年たちは彼女に向けて肥やしや石礫いしつぶてを投げつけた。


「やーいバニラ。なんで俺たちと一緒にクソ集めなんかしてんだよ。女ならちゃんと店番しろよな」


「こいつバカだから店番をさせてもらえないって、うちの母ちゃんが言ってたぞ」


「うわあっ、お前のバカがうつるから早くあっちに行けよバニラ」


 バニラと呼ばれた少女は地面にうずくまってじっと耐えているが、周りの大人たちは誰も彼女を助けようとしない。


 その状況に怒りを感じたエルは、大声で少年たちを怒鳴りつけた。


「クソガキどもっ! 男なら女子に暴力なんか振るうなっ! みっともない真似を止めてあっちに行け!」


 驚いて一斉にエルの方を見た少年たちは、顔を真っ青にして狼狽えた。


「やべえ、こいつ帝国人だ!」


「こっ、殺される・・・逃げろ~!」


 少年たちは口々に叫びながら、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げてしまった。


「まあ、これだけビビらしておけばしばらくは大人しくするだろう。バニラと言ったか、もう大丈夫だぞ」


 エルは少女をゆっくり立ち上がらせると、髪の毛や服にこびりついた肥やしを手で払い落とした。


「・・・ありがとう、お姉ちゃん」


 ボロをまとい全身浅黒く汚れた少女は、エルの顔を見ると大粒の涙をポロポロとこぼした。


「礼なんかいらねえ。それより身体を洗ってやるからこっちに来い」


 エルは少女の手を引いて一目のつかない路地裏に連れていくと、誰も近づけさせないようクリストフとインテリに見張りをさせた。



           ◇



 シェリアが洗浄魔法を使えるらしく、バニラの服を全部脱がせたエルは、彼女の全身が傷だらけであることに気がついた。


「酷でえ・・・まずは傷の手当てが必要だな」


 エルは得意のキュアで彼女の傷を完治させると、エミリーが水魔法で身体中の汚れを洗い流す。


 そしてシェリアと3人がかりで身体にこびりついた垢を綺麗に落とし、ピンと伸びた長い耳やショートカットの髪の毛をエミリーの風魔法でドライヤーのように乾かすと、兎人族の美少女が完成した。


 それを見たシェリアとエミリーから歓声が上がる。


「この娘すごくかわいいじゃない。気に入ったわ!」


「ナギ爺さんの工房でエル君を洗った時のことを思い出すわね。みすぼらしい奴隷の少年がまさかの美少女に変身した時以来の衝撃だわ」


「そんなこともあったな。それより、こんなかわいい女の子にいつまでも裸でいられると、俺も目のやり場に困ってしまう。シェリア、早く服を着せてやれ」


「別にいいけど、このボロボロの服じゃ折角の美少女が台無しね。お古のワンピースをあげようかしら」


 そう言って収納魔法で亜空間から取り出したのは赤いワンピースだった。


 それをバニラに着せたシェリアは、


「ピッタリじゃない! 子供の頃の服を取っておいて本当によかったわ」


 あれよあれよと言う間に、垢だらけの貧民少女からお嬢様に変身したバニラは、スカートを掴んで信じられないという顔を見せた。


「・・・こんな綺麗な服をもらっていいの?」


「もちろん。それもうバニラの服だから」


「嬉しい! ありがとうシェリアお姉ちゃん!」


 バニラは満面の笑みを見せると、シェリアに飛びついて喜んだ。



           ◇



 バニラと打ち解けることができたエルたちは、どうして少年たちにいじめられていたのか事情を聞くことにした。


 バニラは7歳になったばかりで人間で言うと14歳に相当するのだが、栄養状態が悪く12歳ぐらいにしか見えない。


 ただ周りの亜人たちと比べ顔立ちはかなり人間に近く、長い耳さえなければ亜人と気づかれないほどだ。


 そんな彼女は両親や家族からもよく思われてないらしく、本来なら売り子として家の手伝いをしているはずが、誰もが嫌がる汚れ仕事ばかりさせられていた。


「無理には聞かないが、どうして家族と折り合いが悪くなったのか理由を聞かせてくれ」


 エルの単刀直入な質問に、バニラはポツリとその理由を答えた。


「・・・私がいつも変なことばかり言うから、みんな呆れちゃったんだと思う」


「変なこと?」


「うん。だからお母さんやおばちゃん、妹たちがみんなして私をバカにするの。お父さんや弟たちは私なんかに興味ないし、お友達ともすぐケンカになるから、とうとう一人ぼっちになっちゃった」


「一人ぼっちか。・・・そいつは辛いな」


 バニラの話を聞けば聞くほど、場の空気がどんどん重くなっていく。


 特にエミリーが深刻な顔をすると、


「ねえエル君。このままバニラちゃんを家に帰して、本当に大丈夫かしら」


「ああ。バニラの家族とも話をした方がいいな」


 こうしてエルたちは、バニラの家について行くことにした。



           ◇



 バニラの家は兎人族の集落の外れにあった。


 母屋と納屋に別れた比較的大きな家だったがすきま風が吹きすさぶような粗末な造りで、決して裕福な家とは言えなかった。


 そんな母屋にバニラについて入ると、赤ん坊を背負って家事をしていた母親がビックリした顔を見せる。


「・・・バニラ、一体どうしたんだよその服。まさか盗みを働いたんじゃないだろうね」


 娘を睨み付ける母親に、バニラは慌てて否定する。


「違うの! 私がいじめられてる所をお姉ちゃんたちに助けて貰って、それでこの服を・・・」


「ふん、どうだか。大体あんたみたいなグズを助けてくれる人なんて居やしないし、クソ集めが終わったんなら早く納屋に行きな。次の仕事だよ」


「・・・お母さん」

 

 とりつく島もなくバニラを叱りつける母親に、ずっと黙って聞いていたエルが口を開いた。


「おい、どうしてバニラにキツく当たるんだ」


「あんた帝国人かい? なら私たち兎人族のやり方にイチイチ口を出すんじゃないよ」


「そういう訳にも行かん。理由があるなら話を聞かせてほしい」


「・・・面倒臭い人だねアンタ。理由が知りたいなら教えてやるよ。そのバカ娘が親の言うことも聞かず勝手なことばかりするからさ」


「バカ娘だと? さっきから聞いていれば、どいつもこいつもバニラのことをバカバカ言いやがって!」


「・・・全くうるさい女だねえ。理由を話してやったんだから、早くこの家から出ていっておくれ!」


 そう言うと、母親はバニラ共々エルたちを家から追い出してしまった。


「仕方ねえ・・・バニラ、これからどうするんだ」


「ゴメンねお姉ちゃんたち・・・私はお仕事があるからもう行くね」


 悲しそうに背を向けたバニラに、このまま彼女を放っておくことができなくなったエル。


「なあバニラ、次はどんな仕事をするのかちょっと見せてくれないか」


「別にいいけど、早くしないと今度はお婆ちゃんに叱られちゃう」


「お婆ちゃんか・・・よし俺たちも手伝ってやろう」


「え、いいの?」


「おうよ!」


 エルがそう言うと、バニラはエルたちを隣の納屋に連れて行った。



           ◇



 納屋の戸棚にはズラリと壺が並び、様々な香草や木の実が独特の香りを漂わせていた。


 バニラは壺を床に並べてその真ん中に座ると、それらを丹念にすり潰して配合していく。


「何を作ってるんだ?」


「香辛料」


「香辛料か。いい匂いがするな」


「えへへ。すごく人気があって、いつもすぐに売り切れちゃうんだよ」


「だろうな。匂いだけでなんか腹が減ってきた。だが香辛料って高級品だろ。そんな物を売ってるのになんでお前んちは貧乏なんだよ」


「高級品なの?」


「ああ。そんなのを買えるのは大富豪か貴族ぐらいで、一般人はほとんど口にすることができない。ちなみにいくらで売ってるんだ?」


「大銅貨1枚」


「えっ!?」


 バニラは出来立てホヤホヤの香辛料を小瓶につめると、それをエルに渡した。


 エルはそれをクリストフに渡し、いくらの価値があるかを尋ねた。すると、


「正確な価値は僕にも分かりませんが、実家のあるアルトグラーデスでは南方新大陸の香辛料は大銀貨1枚で取引されていました」


「大銀貨1枚か・・・つまり10倍の価値はあると」


「アニキ。大銀貨1枚は小銀貨10枚。つまり大銅貨だと100枚分やから、100倍でっせ」


「そう言やそうだったな。よしバニラ、商品を100倍に値上げすればすぐ貧乏生活から抜け出せるぞ!」


 だがエルの提案に、バニラは首を横に振った。


「・・・それはダメなの」


「なんで?」


「私も同じことを考えて何度もそう言ったんだけど、私の言うことなんか誰も聞いてくれないの」


「そうなのか・・・」


 その時、小さな女の子たちを連れた老婆が納屋に入って来ると、エルをチラリと横目に見つつバニラの傍に立ち、忌々しそうに吐き捨てた。


「作業が全然進んでないじゃないか! あんたみたいなグズは嫁の貰い手なんかないよ。とんだごくつぶしだねぇ」


「・・・ごめんなさい。今すぐ作ります」


「あんたはクソ集めとこれしか仕事がないんだから、とっととおやり! はあ全く・・・こんなことだからいつまでたっても貧乏生活から抜け出せないんだよ」


 老婆が大きなため息をつくと、バニラを取り囲んだ妹たちがクスクス笑っている。


 あまりに酷い扱いを受けるバニラに、エルが老婆に言い放った。


「いい加減にしろ! 貧乏から抜け出したいなら簡単じゃないか。香辛料を値上げして大銀貨1枚で売れ」


 すると老婆がポカンとした顔で、


「・・・アンタ帝国人のようだけど、大銀貨というのはどんな物だい?」


「大銀貨は大銀貨だよ。ほらこんなやつ」


 エルは懐から大銀貨を取り出すと、それを老婆に手渡した。


 白く輝く大銀貨を不思議そうに見ていた老婆は、


「これもお金なのかい? だが町で使えるのは銅貨だけ。これは使えないよ」


「この町に銀貨は存在しないのか。なら銅貨100枚に値上げして売ればいい」


「ぷうっ! アーッハハハ!」


 エルの提案に、だが突然笑い出した老婆と妹たち。


「何バカなこと言ってんだい。商品と銅貨は1つずつ交換するのが常識だろ。それを100枚も要求したらすぐ村八分にされちまうよ」


「え?」


「バニラと同じことを言うなんて、帝国人って意外とバカなんだねぇ」


「「「帝国人ってバカなんだね、お婆ちゃん」」」


「確かに俺はバカだが、それはさすがに違うだろ」




 呆気にとられたエルの周りにみんなが集まると、エミリーが今の状況を整理してくれた。


(亜人たちの国では、全ての商品が大銅貨1枚と物々交換されてると見ていいわね。だから果物1個も香辛料1瓶も同じ値段で取引されているんだと思う)


(そういうことか。言われてみれば、俺たち貧民街の住人はみんな文字が読めないし計算もできねえ。だから釣銭もよく間違えるし、複雑な値段の付け方は絶対にしねえ)


(計算ができないのは貴族も同じ。サクライ商店の店番をした時、マリーさんは計算が得意じゃないから、いつも私がカウンターをしていたの。寄宿学校の算術の授業でもみんな苦労してるでしょ)


(ああ。みんな俺と似たり寄ったりで、あの授業だけは安心するぜ。そう考えると、バニラはバカどころか天才なんじゃないか)


(十分あり得るわね。とりあえずこの家族と話し合ってもこれ以上は議論にならないし、香辛料を適正価格で買い取ってあげればそれでいいんじゃないかしら)


(そうしよう。これでバニラの家にはちゃんとした収入が入るし、邪険にされなくなるはず)





 他のみんなとも意見が一致し、エルは香辛料と引き換えに大銅貨100枚をバニラに払った。


「ありがとうエルお姉ちゃん!」


「ひやぁ! ・・・こんな大金見たことねえ」


 腰を抜かして驚く老婆にエルがしっかり釘を刺す。


「これがバニラの言いたかったことだ。分かったならもうバニラを邪険にするな」


「は、はい・・・」


「それからバニラ、俺たちは明日、猫人族の里に出発する。2、3日したらまたここに帰って来るが、その時にはまた香辛料を買ってやる。それまでに山ほど作っておけよ」


「うん! たくさん作っておくね!」

 次回もお楽しみに。


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