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第45話 船旅の始まり

 夏休みが始まった。


 シェリアの提案で南方新大陸を旅行することになったエルたちは、領主ブリュンヒルデからエレノアが借りて来てくれた船が停泊するゲシェフトライヒ港に向かった。


 ここゲシェフトライヒは帝国最大の商都であり、港に停泊するたくさんの大型帆船では海の男たちが荷物の積み下ろしに汗を流している。


 そんな活気あふれる港の片隅に、一隻の小型軍艦が静かに佇んでいた。


「・・・あれって、あの時の船じゃないか」


 エルたちの前に現れたのは海賊団レッドオーシャンのアジトから脱出する際に奪ったボスワーフ専用の高速船だった。


 修道院に戻った後は、他の海賊船とともにブリュンヒルデ艦隊に接収されたと聞いていたが、久しぶりに見るその船体には「エメラルドプリンセス号」と船名が刻まれている。


 それを見たエルはバカにしたように鼻で笑った。


「海賊団から奪った軍艦に豪華客船みたいな名前を付けて、一体何の冗談だ。どうせなら武蔵とか金剛みたいに男らしくて強そうな名前をつけろよ。さもないと勘違いした海賊どもがまた襲ってくるぞ」


 そう言って一笑に付すエルに、エレノアが名前の由来を教えた。


「エメラルドプリンセスというのは、エル様のニックネームですよ」


「何だとっ!?」


「お義母様がおっしゃるには、船の運用にはノウハウが必要ですので一応ブリュンヒルデ艦隊に帰属させてはいますが、この船の実質的な所有者はエル様だと。だからそれが分かるようにとエル様のニックネームを船に冠したそうです」


「ちょっと待て! まさかこの俺が裏でそんな女々しい名前で呼ばれていたのか・・・こんな女の身体だし陰でバカにされるのは我慢するとしても、せめて船の名前ぐらいはもっと強そうな・・・」


「いいえ、エル様にふさわしいとても優雅な名前だと存じます。そんなことより早く船に乗りましょう!」


「いやしかしだな・・・」


 エルは不満そうに抵抗するが、他のみんなはこの船名に納得しており、エルの背中を押して船に乗り込んだエレノアに続いて次々とタラップを登っていった。




 さて南方新大陸へ向かうメンバーだが、獄炎の総番長の他は、サラとヒューバート騎士団が同行することになった。


 南方新大陸は亜人が支配する未開の大地であるため、ヒューバート騎士団は当然のようにフルメンバーで船に乗り込んできたが、同様にエルの身を案じたアニーは自分の巫女隊最高の治癒師であるサラを護衛に付けてくれた。


「救世主エル様っ! このサラめが命がけでエル様をお守りしますので、どうか大船に乗ったつもりで!」


「いちいち大げさだなサラは。別に戦いに行くわけじゃないし、今回は南の島でバカンスだ。サラも夏休みだと思ってゆっくり楽しんでくれ」


「南の島でバカンス! たかが元農婦のサラめにそんな夢のような・・・ではこのサラめがエル様の身の周りのお世話をしっかり務めさせていただきます! 何なりとお申し付けください!」


「別にいいよ。俺は一人で何でもできるし、世話なんかいらねえ」


「そんなことをおっしゃらず、エル様のお役に立ちたいのです! どうか仕事を・・・」


 エルの腰にしがみついて不安そうに泣きつくサラに、全員の目が注がれる。


「し、仕方ねえな・・・じゃあ俺の部屋に来るか?」


「はいっ! あ、ありがたき幸せ、ううっ・・・」


 寄宿舎ではずっと相部屋だったため、夏休みぐらいは一人でのんびり過ごしたいと思っていたエルは、結局新たな同居人を迎え入れることになってしまった。


 ところで今回の旅は南方新大陸を横断するため転移陣での移動がメインとなる。


 そのため平民出身のスザンナの侍女たちは寄宿舎に留守番させており、エレノアの侍女たちも同様だったが、上級貴族の二人は侍女がいないと生活に支障をきたすため、キャティーとラヴィに身の回りの世話をお願いすることにしていた。


 一方エルが最も心配していた「汚部屋住まいのシェリア」だが、侍女なんかいらないと突っぱるので仕方なくエルが面倒をみようと考えていたところ、アリア王女がそれを買って出てくれた。


「アメリアちゃんの身の回りのお世話は、お姉ちゃんが全部してあげます」


「ええっ!? い、いいわよ、何か悪いし・・・」


「気にしなくていいのよ。ダメな妹の面倒を見るのは姉の務めですので」


「ダメな妹って・・・掃除がほんのちょっぴり苦手なだけじゃない!」


「それだけじゃないでしょ。アメリアちゃんはいつもお風呂を沸騰させてバスタブを壊しちゃうってエルちゃんが教えてくれたし、お姉ちゃんが一緒にお風呂に入って身体も全部綺麗に洗ってあげますからね」


「・・・はぁい」



           ◇

 


 収納魔術具が使えるエルは荷ほどきの必要がないため、冒険者用のズタ袋をベッドの脇に放り投げるとすぐに甲板に飛び出した。


 そして海の男の戦闘服であるセーラー服に身を包んだエルが海風に当たっていると、その隣にジャンがゆっくりと近づいてきた。


「ようエル。今年2度目の船旅になるが、今回はのんびり楽しめそうだな」


「ジャンか。海賊討伐の時も十分楽しんでたくせに、今更何言ってるんだよ」


「いいじゃねえか。ところでエル、南方新大陸に行くのはいいが、お前さんたちはどこを目指してるんだ」


「そう言えばジャンにはまだ言ってなかったな。地図を用意したから見てくれ」


 そう言ってエルは懐から地図を取り出した。



挿絵(By みてみん)



「この船で大陸の西岸にある「港町シュターク」に上陸し、そこから猫人族の里とオーガ王国に顔を出しつつ、最終的には妖精の森に向かう。途中エルフの里にも顔を出すが、最終目的地は森の奥にある『大聖女の神殿』だ」


「ほう・・・まさに大陸横断だな。俺も大陸に上陸するのは今回が初めてだし、年甲斐もなくワクワクしてきた」


「まあ今回は帝国の軍用転移陣を使った旅になるから危険もないし、のんびり楽しもうぜ」



           ◇



 航海初日は天候にも恵まれ、エメラルドプリンセス号は南に向けてその快足を飛ばした。


 そして夕方になると艦橋の下部にある船員用のダイニングに全員集まって食事をし、その後は各自の船室に帰って就寝する。


 この船はボスワーク専用に作られたため一般の軍艦に比べて船室が広く、狭いながらもバスルームが備えられており、船室に戻ったエルは早速風呂に入って一日の疲れを落とすことにした。


 だが風呂にお湯を満たしたエルが身体を洗おうとした時、バスルームの扉が開いてサラが入って来た。


「救世主エル様! お背中を流させていただきます」


「おわあーーっ! いきなり入って来るなよサラ!」


 キャティーが別室になったため目隠しをせずに風呂に入っていたエルは、完全に油断してサラの下着姿をハッキリ見てしまった。



 サラはエルと同じ16歳の少女で、エルが見る限り村一番の器量良しだった。


 農村の女性は肌が日に焼けて浅黒く、小柄でずんぐりむっくりした体形で腰回りがしっかりしているタイプが多い。


 その典型が既にたくさんの子供を産んだ肝っ玉母さんのアニーだが、サラは同時期に結婚した他の少女たちと比べてもかなり華奢で繊細だった。


 身長こそもうそれほど伸びないサラだったが、身体つきはこれから成長していくであろう発展途上の段階であり、とても既婚者には見えない。


 そんなサラが桶でお湯を汲むと、エルの背中を丁寧に洗い始めた。


「修道院のお風呂では、修道女同士こうやって背中を流し合うんですよ」


「そう言えばこの前温泉に行った時も、サラたちがみんなで洗いっこをしているのを見たな・・・いやいや! 俺は何も見てねえ。一切何も見てねえぞ!」


 エルはサラたちをこっそり覗き見していたことを咎められるかと思ったが、サラは嬉しそうに笑った。


「修道院の生活はとてもストイックで、信者の前では気を抜くことが許されません。だから他人の目の届かないお風呂の時間だけは、みんな子供みたいにはしゃぐんです。そして決まってみんなが口にするのです。『エル様がここにいればいいのに』って」


「お、俺が?」


「エル様はアニー巫女隊全員のあこがれなんです。でもまさかエル様のお背中を流す機会が訪れるなんて、本当に夢のよう・・・」


 いつも修道女たちとそうしているからか、サラは手慣れた感じであっという間にエルの背中を洗い終えると、今度は前に回って胸や両腕を洗い始めた。


「エル様のお肌って雪のように真っ白できめ細やか。やっぱり本物のお姫様って私たちとは違うんですね」


「そんなに違わねえだろ。俺にはサラの肌も十分綺麗に見えるし」


 サラの肌色は農村の娘にしてはかなり白い方だったが、改めてみると肌のきめ細やかさも際立っている。


「うれしい! 実は自分でも肌がどんどんきれいになっていくのを実感してたんです」


「そうか。そう言えばアニーも以前より若返ったように見えるし、二人とも農作業をしなくてよくなったからかな」


「それもあると思いますが、たぶんエル様の魔法のおかげです」


「え? 俺の魔法?」


「はい。・・・思い出したくもないですが、私は盗賊どもの慰み物にされて一度命を失いました。でもエル様に助けられて新しい命を頂いた時にバーツ・・・夫と結婚する前の状態まで身体が元に戻ったんです」


「するとあの結婚式の前の状態まで・・・」


「その上エル様から強大な魔力まで頂いたおかげで、一日が過ぎ去っていくごとに農村にいた頃の自分から遠ざかり、徐々に別人に生まれ変わっていくような気がするんです」


「別人に生まれ変わる・・・」


 申し訳ないとは思いながらも、エルはサラの身体をじっくり見つめた。


 なるほど言われてみれば、サラの身体からは上級貴族にも匹敵するほどの強大なオーラが常に湧き続け、身体全体をゆっくり循環している。


 その調和はまさに完璧であり、これだけでもさすがはゲシェフトライヒ修道院最高の巫女の称号を欲しいままにしている少女だとエルは感心した。


 そんなサラが話を続ける。


「つまり農村の娘だったころの自分はもう死にしました。そして今こうして息をしているのは、エル様によって命を与えられたサラなのです。だからこの命はエル様のためだけに使うのですよ」


 そう言って誇らしげに言うサラにエルは、


「サラの言いたいことは分かったが、せっかく生き返ったんだし過去の嫌なことは全て忘れて自分の好きなように生きればいいさ。よし今度は俺がサラを洗ってやる。修道女同士の洗いっこだ!」



           ◇



 風呂から上がり、一つしかない大きなベッドに並んで眠るエルとサラ。


 最初は恐縮して床で寝ようとしたサラだったが、彼女が逃げないようそっと抱きしめると、とても嬉しそうにエルの胸に顔をうずめた。


「・・・エル様って私と同じ年なのに、まるでお母さんに抱かれているみたい」


「お母さんって、さすがにそれはないだろ」


「あります。だってエル様ってあのアニーよりも胸が大きいし、そのうちお尻もアニーを越えちゃうかも」


「ウソだろ・・・あのアニーを越えちまったら、俺が理想としている戦い方はもうできねえ」


「でもエル様は他国の王家に嫁がれるんですよね。だったらもう戦いなんかしなくていいし、その恵まれたお身体ならたくさん赤ちゃんが産めそうですね」


「こんなの全然恵まれた身体じゃねえよ!」


「そんなことありません。私なんかこんな華奢な身体なのでせいぜい2、3人が関の山だと両親から言われて育ちましたが、エル様が農村にお生まれになられていたら、きっとアニーよりも子だくさんの肝っ玉母ちゃんになっていたでしょうね」


「農村怖え!」

 次回もお楽しみに。


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