第44話 ハーピーの謎
夏休みを間近に控えたある日の午後、エルに実戦訓練を積ませるため、シェリアは魔獣相手に補習授業を行うことにした。
クリストフも連れて街の外に行く必要があったが、教会側も彼の事情を理解して枢機卿の職務を既に免除していたようで、シェリアが頼みに行くとあっさりOKが出た。
そんな3人にエミリーたちも一緒について来たが、ギルドでカサンドラたちとも合流したことで、この日初めてフルメンバーが勢揃いすることになった。
シェリアは総勢14名にまで膨れ上がったパーティーメンバーを再編すると、その戦闘力を確かめるために全員で参加できるクエストを受注した。
【前衛】
エル(鎧騎士・前衛リーダー)
エミリー(風魔導師)
カサンドラ(ウォリアー)
キャティー(戦闘メイド)
インテリ(ハーピー。エルの魔法支援)
マリー(パラディン。エルの護衛)
ユーナ(剣闘士。エルの護衛)
【後衛】
シェリア(炎魔導師・後衛リーダー)
スザンナ(水魔導師)
ベッキー(風魔導師)
エレノア(土魔導師)
クリストフ(雷魔導師)
ラヴィ(闇魔導師)
アリア(回復術師)
◇
ゲシェフトライヒから川沿いに北へ向かった先にある深い原生林。そこに異常発生した魔獣を討伐するのが今回のクエストで、その魔獣ランクはB~C。
現場に到着したパーティーは早速クエストを開始したが、エルとシェリアはみんなから少し離れると、火属性魔法ファイアーの練習に取り組んだ。
ファイアーは比較的呪文が短く勉強が苦手なエルでも何とか丸暗記することができ、その魔法が発動すると、スッと伸ばした右手の先に現れた火の玉が魔獣めがけて勢いよく飛び出した。
ギャオオオーーン!
魔法が命中して悲痛な雄たけびを上げる魔獣。
地面をのたうち回って全身の炎を消し去ると、怒りの形相でエルに牙を向いた。
それを見たシェリアは、だが満足そうな表情でエルを褒める。
「初めてにしては上出来ね」
「いや、全然ダメージを与えられてないんだけど」
「ランクCの魔獣だし一撃で倒せるわけないでしょ。今日は剣を一切使わずにファイアーだけで魔獣を倒す訓練よ」
「面白い。なら行くぜっ!」
エルとシェリアが熱心に訓練をしている間、他のメンバーも魔獣相手に自分の腕を試している。
初めてのメンバー同士でコンビを組んでみたり、自分の技に磨きをかけるためにあえて苦手な魔獣に挑んでみたりと、全員が夢中でクエストに取り組んだ。
その結果、エルたちが補習授業を終えた夕方頃には魔獣が根こそぎ討伐され、その半数以上は魔獣コアごとこの世から消滅させられていた。
しかも原生林がメチャクチャに破壊され、辺り一帯が荒野と化したのを見たエルとシェリアは、あまりの惨状に愕然とした。
「いくらなんでもやりすぎだ! ギルドに戻ったらすぐに反省会を開くぞ」
◇
魔獣を狩り尽くしたにも関わらず持ち帰った魔獣コアが半数以下だったため、クエスト報酬も半額以下になってしまったエルたち。
それでも大金を手にしたことには変わらず、それを軍資金に酒場で反省会を始めた。
そしてエルはギルドの冒険者たちに向けて叫んだ。
「お前らの分まで魔獣を狩ってすまなかったな! 迷惑料として今日は俺がおごるから遠慮なく飲み食いしてくれ!」
「「「ひゃっほーっ! さすがは俺たちのアイドル、エルちゃんだ。話の分かるいい女だぜ!」」」
あっという間に全てのテーブルが埋まった酒場では、エル主催の盛大な飲み会が始まった。
酒場の一番奥のテーブルに陣取った獄炎の総番長は、エルを囲んで反省会を開始する。
「今日のクエストで分かったことがある」
「何が分かったの?」
シェリアがエルに尋ねると、
「Aランクパーティーがギルドに居座らずに、いつもどこかに遠征している理由さ。俺たちがいると他の冒険者の食い扶持を奪って迷惑をかけてしまう」
「そうね。私とカサンドラたちだけの時は人数も少ないしここまで酷くなかったけど、フルメンバーだと強力な魔導師の数が一気に増えるし、みんな戦い慣れしてないから加減というものを知らないのよ。・・・クリストフ、あんたのことを言ってるの!」
突然怒られたクリストフは、困惑気味に言い返す。
「僕もやりすぎたかもしれませんが、原生林を薙ぎ払ったのはエレノアさんとスザンナさんだし、今日が補習授業でなければ、きっとアメリアの魔法で巨大なクレーターができていたはずです」
「私のことはほっといて! とにかく上級貴族のあんたたち3人は魔力を抑えた戦い方を勉強しなさい」
そして一頻り反省会が終わると、エルはカサンドラたちにも帝都での話を聞かせた。
◇
話を聞き終えたインテリがエルの肩に座る。
「アニキは18で嫁に行かはるんでっか。まだ相手は決まってへんみたいやけど、アニキはベッピンさんやし引く手あまたとちゃいまんの」
「引く手あまたか・・・確かに皇宮舞踏会では王子たちに囲まれ、最後の一曲までダンスを付き合わされたが、俺みたいな奴のどこがいいんだろう・・・」
「前から疑問に思ってたんですけど、アニキは鏡に映った自分を見て、どえらい美少女であることを嬉しく思ったりしまへんのか?」
「男・桜井正義がそんなこと思うわけねえだろ。母ちゃんに似てるなとは思うが、自分の顔なんか子供の頃から見飽きてるし、嫌でも自分が女であることを認識させられるから鏡なんか見たくもねえ」
「そりゃ勿体無い。もしワイがアニキやったら一日中鏡の中の自分を見て過ごせますし、一番条件のいい王子を選んで一生遊んで暮らしますわ」
「だったら俺と代わってくれよ! 何が悲しくて男なんかと結婚しないといけないんだ。ううっ・・・」
思わず悔し涙をこぼしたエルを、ベッキーが嬉しそうにフォローする。
「エル様のお気持ちとてもわかります。性欲の塊みたいな穢らわしい男なんか、この世から全員いなくなればいいのに」
そして美少女だけの世界がどれだけ素晴らしいか力説するベッキーに、冷めた顔のインテリが反論する。
「ベッキーはんの言う通りにしてたら、あっという間に人類は滅亡しますわ。そうでなくても20年もすれば、かつての美少女も全員オバハンになるんでっせ」
「そんな意地悪言わないでっ!」
「気い悪くさせてもうたならすんまへん・・・。お詫びやないけど、ベッキーはんの理想に近い国があるのを教えてあけましょか」
「え、あるの?」
「ワイが住んでたハーピーの里や。さすがに全員美少女というわけにもいかず、オバハンもぎょうさんおるけど、里の住人はワイ以外全員女なんや。そやから男のワイは村八分にされて、肩身の狭い思いで暮らしてきたんやで」
「うそ・・・ハーピーって本当に女しかいないんだ。あ~あ、私もハーピーに生まれたかったな」
ベッキーが羨ましそうにインテリを見ているが、ここでエルの頭にある疑問が浮かんだ。
「ハーピーの里には俺も行ったことはあるし確かに女しかいなかった。でも男がいないのにどうやって子孫が増えるんだ。まさかコウノトリが赤ちゃんを運んで来る訳じゃないよな」
「そんな訳ありまへんがな。繁殖期になれば男がいなくても勝手に子供を産むんでっせ」
「つまりハーピーに男は不要ってことか」
「そうなんですわ。だからワイ、大人の階段を一段も上がれまへんのや」
「俺の境遇もかなり悲惨だと思っていたが、インテリも散々だな」
エルとインテリが互いを慰め合うが、ベッキーの頭の中はハーピーの里のことで一杯になっていた。
「何をおっしゃるんですかエル様! ハーピーこそ理想の種族じゃないですか。いっそハーピーの里に全員で移住しませんか?」
「そら無理でっせ。ハーピーの里にはハーピーの転移魔法でしか行かれへんから、人間は入れまへんで」
「でも俺は入れたぞ」
「ワイと魔力を共有してるアニキはハーピー魔法が使えるからですわ。現にサラはんを蘇生させたりラヴィはんの闇魔法をブーストさせたりできましたやんか」
「ハーピー魔法か・・・。おいシェリア、この前洗礼を受けた時に現れた謎の属性って、ひょっとしてハーピー魔法じゃねえのか?」
「見たことのない適合反応だったし、そうかも知れないわね・・・ねえキモ妖精、あんたが知ってるハーピー魔法をエルに教えてあげたら?」
「すんまへんシェリアはん。ワイはアニキと再会するまで魔法が使われへんかったし、村八分にされてたから誰も魔法を教えてくれへんかったんですわ」
「・・・そっか、キモ妖精も大変だったのね。じゃあ他のハーピーたちにお願いしたらエルに魔法を教えてくれるかしら」
「みんな性格悪いしウソを教えるんとちゃいまっか。その点里長のバアちゃんなら優しいからアニキに魔法を教えてくれるかもしらへんけど」
「じゃ、じゃあエルを里長に会わせてあげてよ!」
「会わせるのは構へんけど、実はハーピーの里から戻ってくるのが至難の業なんや。以前アニキがハーピーの里に逃げ込んだ時、エミリーはんが呼び出してくれたから無事脱出することができたんや」
「そう言えばそんなこともあったわね。でもハーピーの里はデルン領のどこかにあって、転移魔法で地下祭壇に繋がってるんでしょ。だったら何か方法はあるはず」
「だとしても里長はハーピーの里にはおらへんで」
「え、そうなの?」
「今は大聖女様の神殿で留守番をしてはるんや。ワイらの里の転移陣でかなりの距離を跳躍するから、さすがのシェリアはんでも簡単には行き来できまへんで」
「エルを通してハーピー魔法を勉強したかったんだけどやっぱり無理か・・・ちなみに里長はいつ神殿から帰ってくるの?」
「大聖女様がお戻りになれば帰ってくると思うけど、ワイと入れ替わるように別の世界に旅立たれたままそれっきりや言うてたし、当分あかんのとちゃいまっか」
「あんたってエルと同じ16歳よね。つまり、大聖女様がいなくなって16年近く経ってるってこと?」
「へえ」
「ちょっと待って・・・その大聖女ってまさか」
「シェリアはん、何か心当たりでもあるんでっか」
「ええ。ウチの親戚にも一人、大聖女を名乗る人がいたんだけど、15年ほど前に別の世界に旅立ったまままだ帰って来てないのよ。もしキモ妖精の言ってる大聖女様と同一人物なら、神殿の場所はわかるわよ」
「ホンマかいな! それでどこにあるんでっか」
「南方新大陸の奥深くにある妖精の森よ。・・・ねえみんな、もうすぐ夏休みだしそこに行ってみない?」
次回もお楽しみに。
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