第43話 パジャマ女子会
登校を再開したその日の夕方、エルはエレノアを食事に招待した。
風呂から上がったエルは、留守中にキャティーが作ってくれたパステルピンクの部屋着に着替えて、部屋のソファーでリラックスしていた。
エルの隣では、エルとお揃いのパステルブルーの部屋着を着たエミリーが本を読んでくつろいでいる。
リビングの大きなテーブルでは、メイド服のキャティーがスザンナの侍女たちとともに食事の準備をしており、大人っぽい紫色のネグリジェに着替えたスザンナが彼女たち4人に指示を出している。
ちょうどその時ノックの音がして、シルクのパジャマ姿のエレノアが部屋に通されると、動きやすい部屋着を着たマリーとユーナ、そして黒のネグリジェ姿のベッキーがテーブルまで彼女を案内した。
こうしてカワイイもの好きのキャティーが提案した「パジャマ女子会」が始まった。
◇
食事が始まると、エル成分が枯渇していたエレノアがうずうずした様子でエルに話しかけてきた。
「アメリア殿下が講師としていらっしゃったのには驚きましたが、午後の特別授業でクリストフ枢機卿が殿下との婚約を発表した時の混乱は凄かったですね」
シェリアの正体が判明し、エルたちが弁明のために帝都に向かうまでの間があっという間だったため、正確な状況を知らされていなかったエレノアには驚きの連続だった。
それもあって、エルはせっかく心を開いて仲間になってくれたエレノアを大切にしようと、この食事会で全てを話すつもりだった。
「本当に大騒ぎだったよな、エレノア様。みんなはクリストフのことを本気で狙ってたから婚約発表の瞬間はお通夜みたいに静まり返ってたけど、シェリアが全否定した途端、急に息を吹き返したからな」
「殿下と枢機卿の関係を見れば、このまま殿下が正妻になられたとしても枢機卿が側室を娶らされることになるのは時間の問題。むしろ正妻から側室にハードルが下がったことで現実味を帯び、側室の座を巡る争奪戦はますます熾烈になってしまいました」
「クラスの奴ら、そこまで計算しているのか。本当はシェリアもここに呼びたかったが、クリストフが俺の耳元で「アメリアと食事をしたいから何とかしてください」と頼んできたから、今日は声をかけなかった。俺としてはあの二人には早く結論を出してもらって、監視役から早く解放されたいんだ」
こうしてシェリアとクリストフの話題でしばらく盛り上がった後、エレノアが本題に話を戻した。
「ところでエル様。今日は帝都でのお話をしてくださるのですよね」
「ああ。実は・・・」
エレノアに話を向けられると、エルは皇帝陛下から言われたことをみんなに話した。
◇
「エル様がご結婚を・・・皇女としては当然のお務めですのに、改めてそうお聞きするとやはりショックが隠せませんわ」
力なく俯いたエレノアは、自分が婚約者にではなく同性のエルに恋心を抱いているのを自覚していた。
しかもその気持ちは、エルと会えない日々を送ることで日増しに大きくなっていった。
あらゆる意味で禁断の愛である自分の初恋をこのまま誰にも知られぬよう心の奥深くに秘めることに決めていたエレノアは、笑顔を作ってこう答えた。
「わたくしとエル様には、始祖7家の血を次代に残す責務がございます。互いにお務めを果たしましょう」
「・・・そうだな。陛下は嫌でも俺に子供を産ませるつもりだし、父ちゃんと母ちゃんを解放するためには務めを果たすしか方法はない。結果的にエレノア様と同じ立場になってしまったし、これからは先輩として色々教えてくれ」
エレノアが静かに頷くと、今度は聖騎士隊の3人が話しかけて来た。
そのリーダーであるマリーがキリッと表情を引き締めると、
「エル様がどこに嫁がれようとも我ら護衛騎士3名は生涯エル様にお仕えいたします。そうだろベッキー、ユーナ」
マリーが誇らしげに言うとベッキーは、
「もちろんですわ。エル様が男のものになってしまうのはとても残念ですが、それまでの2年間はエル様に密着してしっかり守らせていただきます。ウフフ」
「お、おう・・・よろしく頼むな」
「ボクもですエル様。自分がお嫁さんになる夢はもう諦めましたが、その分エル様には幸せになってもらいたいです。赤ちゃんをたくさん産んでボクにもお世話をさせてください」
「お、おう・・・お前は少年みたいな見た目なのに、お嫁さんになるが夢だったな。逆ならよかったのに」
エルがため息をつくと、ベッキーが「うんうん」と嬉しそうに頷く。
「さすがエル様は分かってらっしゃる。女の子同士の愛こそ至高ですよね。ああ尊い・・・」
「俺は別にそういう趣味はないんだが、女の身体のままだと結果的にそうなってしまうのが悲しいぜ」
テーブルにメインディッシュの肉料理が並べられると、エルに配膳したキャティーが耳元で囁いた。
「私もエル様について行きます」
「え? だってお前、猫人族の里に帰りたがっていたじゃないか」
「気が変わりました。エル様の侍女は私にとっては天職ですし、他の3人もこのままスザンナ様の侍女を続けたいと言ってます」
キャティーが目線を向けると、3人の侍女が笑顔でエルとスザンナにお辞儀をした。
こうして次々と意思を表明していく中、エミリーだけは態度を決めかねていた。
15歳で成人を迎える平民女性はみんな早くに結婚するのだが、既に20代半ばになったエミリーは友人の子供がいつのまにか大きくなっているのを見るたびに焦りを感じていた。
本当は一刻も早くいい人を見つけなければならないが、周りにいる男は浮き沈みの激しい冒険者ばかり。
エミリーは彼らと結婚する気にはどうしてもなれなかった。
それ以前にエルとの冒険の日々を送る中で、この可憐な少女の中を貫く正義の心、そして真の男の生き様を感じ取ってしまっていた。
(私はエル君が好き・・・)
エミリーはいつしか自分の気持ちをハッキリと自覚しており、同時にエルが同性であること、そして身分があまりにも違いすぎること、ゆえにそれが絶対に叶わぬ恋であることも十分理解していた。
(みんなと違って、エル君に付いて行く理由が私にはない)
一言も発せず暗い顔で俯くエミリーに気づいたエルは、心配そうに彼女を気遣った。
「みんなが付いて来るからと言ってエミリーさんまで無理することはないよ。あと2年で俺は冒険者を辞めるけど他のみんなは続けると思うし、エミリーさんさえよければカサンドラたちの面倒を見てやってほしい」
エルが頭を下げると、寂しげな笑みを浮かべたエミリーがコクりと頷いた。
「エル君の頼みだし頑張ってみようかしら。でもあと2年、それまではたくさん思い出を作りましょうね」
そう笑顔で答えたエミリーに、エルの心はギュッと締め付けられた。
「・・・そう言って貰えて嬉しいよ。エミリーさんは俺の理想の女性だし、安心してカサンドラたちを任せられる」
「・・・え? 私が・・・理想の女性?」
「面と向かって話すのは恥ずかしいけど、実はそうなんだ。エミリーさんは奴隷の頃から俺に優しく接してくれたし、頭が良くて機転も利くのに内助の功に徹する奥ゆかしさもある。まさに理想の大和なでしこだ」
「エル君・・・」
「もし俺が・・・いや、今さら言っても栓のないことか。エミリーさん、俺のことは気にせずどうか幸せになってほしい」
◇
翌日。
寄宿学校のグラウンドで魔法実技の補習を受けていたエルの元に、アリアが帰って来た。
シェリアにお灸をすえにやって来た女王陛下が、アリアの身元を調べるため王国に連れ帰っていたのだ。
「おかえりアリア。それで何かわかったのか?」
「いいえ。メルクリウス王家の中にわたくしを知る者は誰もいませんでした。でも検査の結果、王家の血を引いていることは間違いないらしく、陛下の養女として王族に迎え入れられることになりました」
「よかったな。じゃあアリアはこれから王宮で暮らすことになるのか?」
「陛下がおっしゃるには、王家には王女がたくさん余っていてわたくしの結婚相手を探すのが面倒だと言われました。ですので、そのままエル様の侍女にしてもらいなさいと」
「ええっ?! ず、随分と適当だなお前らの女王陛下は。でも俺って、2年後にはどこかに嫁ぐことになるんだけど、それでもいいのかよ」
「構いません。わたくしも侍女としてご一緒させていただきますので、末永くよろしくお願いします」
こうしてスザンナとキャティーと同様、アリアも正式にエルの侍女となった。
「ねえアリアさん。あなた年はいくつなの?」
黙って話を聞いていたシェリアが、突然アリアに話しかける。
「検査の結果、推定年齢は20歳だと」
「やっぱり私より年上か・・・なら今後はアリア姉様って呼ばないといけないわね」
そんなシェリアにエルの頭に「?」が浮かぶ。
「どうしてなんだ、シェリア」
「そういうしきたりなの」
「しきたり?」
「うちって本家も分家も血筋的にはそれほど違いはないから、たまに本家が入れ代わったりもするの」
「ふーん、変わった一族だな。じゃあ王様は投票か何かで決めるのか」
「エクスプロージョンを撃ち合って、一番火力の高かった人が王様になるの。今の女王陛下は18年連続防衛を果たした絶対王者で、あまりにも強すぎて殿堂入りも検討されているほどなの」
「マジかよ! ボクシングみたいで面白い国だな。でもそれとアリアの呼び方にどういう関係が」
「つまりみんなが一つの家族だから、年上の親戚には「兄様」や「姉様」を、年下の親戚には「くん」や「ちゃん」をつけて呼ぶ習わしがあるのよ」
「そこは芸人みたいだな」
「とにかくそういう決まりだから、私は「アリア姉様」って呼ばないといけないの」
「でしたら、わたくしもシェリアさんのことは「アメリアちゃん」と呼ばなければなりませんね」
「そ、そうか・・・まあ、お前ら二人は顔もそっくりだし、これからは姉妹として仲良くやってくれ」
次回もお楽しみに。
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