第42話 久しぶりの寄宿学校
帝都ノイエグラーデスから帰還した翌朝、エルは久しぶりに寄宿学校に登校した。
春先からほとんど学校に通えていなかったため遅れを取り戻そうと朝から気合が入っていたエルだったが、朝のホームルームに現れたジル校長は、
「もうすぐ夏休みです。今週は午後の奉仕活動もありませんので、実家に帰省する人は準備の時間に当ててください」
「ズコーッ! も、もう夏休みかよ。いくら番長の俺でもさすがに出席日数が心配になってきた。まさか落第なんてことには」
血の気が引いて真っ青になったエルに、ジル校長がクスクス笑いながら、
「エルさんの場合、教室に来なかった日は全て課外授業扱いになりますので、出席日数で言えば今のところ皆勤賞ですよ」
「皆勤賞! ・・・た、助かったぜ」
「ただし」
「ただし?」
「成績は別です。特にエルさんは魔法実技が落第点ですので、しっかり授業を受けてください」
「落第点・・・ガクッ」
魔力の強さならトップレベルのエルも、魔法は未だ満足に使えていないのが現状。
「その魔法実技の授業ですが、今日から新しい先生が着任します。とても優秀な方ですので落第生のエルさんをしっかり鍛えてもらいます」
「新しい先公が来るのか。どんな奴か楽しみだな」
◇
そして3、4限目の魔法実技。
いつもの先生たちが教室に入ってくると、その一番後ろに新任講師が付いてきた。
教会の魔導師服を着こんだその新任講師は、ピンク髪に赤い瞳が凛々しい正統派美少女だった。
「・・・って、シェリアじゃないか! お前が新任の先公かよ」
教室の最後列にエルを見つけたシェリアが彼女にふてくされた顔を見せると、生徒たちに向かって自己紹介を始めた。
「今日から魔法実技を受け持つことになりましたシェリ・・・アメリア・メルクリウスです」
そう言ってシェリアがペコリと頭を下げると、教室は騒然となった。
「メルクリウスって、まさかシリウス教国の王族の」
「シリウス教の庇護者であるメルクリウス王家の王女殿下が私たちの新任教師・・・な、なんで?!」
大騒ぎする生徒たちにシェリアは顔をひきつらせ、
「・・・し、シリウス教はともかく私はAランク冒険者なので実戦魔法は詳しいです。当分は後ろの席でふんぞり返っている落第生のエルを担当しますが、みなさんとは年も近いので気軽に声をかけてください」
「「「はーーーい!」」」
王女らしくないフランクな性格のシェリアに安心した生徒たちは、嬉々として彼女を受け入れた。
一方エルは、
「落第生は余計だ!」
「うるさいわね! 拘束の魔術具のせいで修道院から出られなくなったし、仕方なくあんたの魔法を見てあげるんだからね。早くこっちに来なさい!」
◇
魔法実技の授業は属性や習熟度で分かれたグループ実習の形式を取っており、シェリアはエルの耳を引っ張ると、教室の隅っこで個別指導を始めた。
エルは早速【光属性魔法・キュア】を使ってみせたが、やっと覚えた長い呪文をミスなく詠唱したにも関わらず、魔法は発動しなかった。
それを見たシェリアが不思議そうに首をひねる。
「・・・おかしい。呪文は合ってるし、魔力も強すぎるぐらいにある。これで魔法が発動しないなんてちょっとあり得ないわよ」
「そうなんだ。お前に教わった簡易魔法なら必ず発動するのに、普通の魔法は全然ダメなんだ。キャティーですら発動するのになんでだろうな」
シェリアは、他の属性魔法もエルに試させてみたが、どの属性魔法も結果は同じだった。
「ねえエル。今までで一度でも魔法が使えたことってあった?」
「あるぞ。授業ではさっぱりだが奉仕活動の時は弱いながらもキュアやヒールが使えた」
「ふーんそうなんだ。・・・あれ、そう言えばいつものロザリオをしてないのね」
「授業の時は外してるんだ。あれがあると魔力が強くなりすぎて魔法の練習にならないからな」
「ふーん、魔石があると魔法は発動するんだ・・・」
「威力はイマイチだけどな。そう言えば東方教会の総大司教猊下に借りた魔石で【聖属性魔法・ウィザー】を使えたこともある」
「その魔法知ってる。大聖女ローラが疫病を治した時に使った魔法よね。でもそれって古代魔法だし現代魔法とは原理が異なる・・・ああっ!」
「どうしたんだよ、急に大声を出して」
「魔法が使えない理由がわかったかも・・・」
「え? マジかよ」
「まさかとは思うけど、修道院に入った時にちゃんと洗礼を受けてくれた?」
「洗礼? 何だっけそれ」
「やっぱりっ! 洗礼を受けないと魔法は使えないって、私ちゃんと言ったよね」
「そうだっけ?」
「言ったわよ! そんな立派な聖女服を来てるくせにまさか洗礼も受けてなかったなんて、本当に信じられないわね!」
シェリアが呆れかえると、興味津々に二人の様子を見ていたクラスの生徒や講師陣たちも「まさか洗礼を受けていない貴族がこの世にいたなんて」と目が点になっていた。
それはもちろんスザンナやエレノア、聖騎士たちも同じで、幼いころからの知り合いのエミリーでさえ呆気にとられていた。
「本当にバカなんだから! すぐにクリストフにやらせるから、今から礼拝堂に行くわよ」
◇
シェリアから事情を聞かされ、目が点になるクリストフ。
「エルさんは奴隷だったと聞いていたので、まさか洗礼は受けていないなんて思いもよりませんでした」
「なんでだ?」
「もし奴隷に魔力があると一気に価値がはね上がるからです。それに洗礼はタダですので、同じ奴隷に何度も受けさせる強欲な奴隷商人もいるぐらいです」
「なるほどな」
「でもエルさんは事情が事情でむしろ魔力を隠さなければならなかった。少し考えれば分かることなのに僕としたことが・・・」
ガックリと肩を落とすクリストフに、
「そんなに気にするな。じゃあ早速その洗礼とやらをやってくれ」
高位神官のクリストフ枢機卿が、東方教会の聖女服を着た高位神官のエルに洗礼を与えるという訳のわからない儀式が、厳かに執り行われた。
「はいこれで終わりです。エルさんは光属性と火属性に強い適性があり、残り5属性の適性も現れました。つまり全属性持ちのエルさんは第8の属性である聖属性魔法も使用可能です。こんな魔術具を使わなくても僕には分かってましたけどね」
「これで俺は魔法が使えるようになったのか」
「はい。神との契約が成立しましたので、魔石がなくても全ての属性魔法が使えるようになりました。ですが気になることも」
「気になること?」
「エルさんには未知の属性もあるようです。アメリアはどう思いますか」
「光や火属性ほどじゃないけど、かなり強い反応だから見間違うことはないわ。でも何かしらこれ・・・」
水晶玉に映った光の渦を見つめながら、二人は不思議そうに首をひねった。
◇
教室に戻ったエルとシェリアは、残りの時間を魔法理論の確認に当てた。
「おさらいだけど、エルは光と火の2属性については強力な魔法が使えて、残りの水、風、土、雷、闇も一応使えるけど大した威力は出ない」
「魔石を使ってもか?」
「魔石でブーストすれば話は別ね。属性の話のついでに言うと、エルは稀有な聖属性適合者だから、教会での功績に関わらず聖女認定される。だからあんたは生徒なのに、その聖女服を着なければならない」
「メチャクチャ詳しいなお前。さすがはクリストフと一緒にシリウス教の英才教育を受けた王女殿下だ」
「それを言わないで!」
「それで聖属性魔法って何があるんだ?」
「色々あるけど私は何も知らないの。国に戻れば詳しい人がいるけど、今度の夏休みに行ってみる?」
「いいな、行ってみるか。だがまずは光と火の2つの属性魔法を極めようぜ」
次回もお楽しみに。
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