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第41話 プロローグ(前編)

 シェリアの正体は、盗賊団に誘拐されたと思われていたクリストフの婚約者のアメリア王女だった。


 水面下で帝国中枢を騒がせていた「アメリア王女誘拐事件」はこうして無事解決し、ことの真相を皇帝陛下に報告して謝罪をするため、シェリアとクリストフは帝都ノイエグラーデスへ向かうことになった。


 しかしこの二人には逃走防止用の軍用魔術具が取り付けられており、監視役に指定されたエルから1キロ以上離れると命を失ってしまう。


 そのためエルも帝都について行かざるを得なくなり、期せずして両親を奴隷にした張本人と顔を会わすこととなった。


 だがこれに妙な胸騒ぎを覚えたジャンは、エルの侍女であるスザンナ・メルヴィル伯爵令嬢を連れて帝都に随行することに。


 こうして南国ゲシェフトライヒから大陸を横断する形で2日かけて帝都ノイエグラーデスまで跳躍したエルたち5人は、皇帝陛下の住まう皇宮にやって来た。



           ◇



 皇宮侍従の案内で客間に通されたエル、ジャン、スザンナの3人は、シェリアたちの報告が終わるまでこの部屋で待つよう伝えられた。


 客間のソファーにゆったり腰かけた3人は、皇帝陛下への謁見を待つ間、壁に飾られた名画の数々をボンヤリと眺める。


 だがそれもすぐに飽きて、手持ちぶさたなエルはふと向かいに座るスザンナに目を移した。


 彼女は皇帝陛下に失礼のないよう、メルヴィル伯爵家の家格に相応しい青のドレスに身を包み、その隣に座るジャンも伯爵位に相応しい正装をしていた。


 一方エルはまだ正式にアスター皇家に迎えられておらず、今の身分はあくまで聖職者となるため、自身の持つ最も格の高い「東方教会聖女服」を身にまとっていた。


 そんな3人は、しばらくして再び客間に現れた侍従に案内され謁見の間へ通された。




 謁見の間は、世界最大の帝国に相応しく何百人もの貴族が同時に謁見できるほどの広さを誇り、しかも天井や壁面を彩る彫刻の一つ一つが一級の芸術品で、思わず平伏してしまいたくなるほど威厳が感じられた。


 そんな謁見の間には、いつもなら帝国の中枢を担う大貴族や皇宮侍従、侍女たちが多数控えているはずなのだが、今日に限っては人っ子一人いなかった。


 シェリアとクリストフも退出した後のようで、誰もいないガランとした謁見の間をゆっくりと進んだエルたちが向かった先には、2つ並んだ玉座の右側に座る絶世美女とその隣に立つ美貌の女騎士の姿があった。


 玉座の前まで進みそこで膝を折ったエルは、目の前に座る美女に思わず息を飲む。


 彼女はエルと容姿が似ており、輝くような金色の髪と澄んだエメラルドグリーンの瞳を持っていた。


 ボーっと彼女を見つめるエルに、早く挨拶をするようジャンが肘で小突く。するとエルは慌てて、


「は、初めまして。俺、いや、わたくしがエルです。そして右にいるのが後見人のジャン・ヒューバート伯爵、左が侍女のスザンナ・メルヴィル伯爵令嬢です」


 柄にもなくガチガチに緊張したエルに、玉座の美女が微笑みを湛えてエルに挨拶を返した。


「初めましてエル。わたくしがあなたの伯母にあたるローレシア・メア・アスター。夫のクロムは南方への遠征中でずっと国を留守にしていますが、彼と二人でこの国を共同統治する皇帝です」


 どうやら空席の玉座はそのクロム皇帝のもののようだが、彼がいない間はローレシア皇帝がこの大帝国の支配者らしい。


 そんな彼女がエルに話しかける。


「あなたって、弟のステッドではなくマーガレットに似たようですね」


「ウチの父ちゃん・・・いえ父もそのように言ってました」


「うふふ。あのエリオットが父ちゃんと呼ばれているのですね」


 皇帝が隣の女騎士にクスクス笑いかけると、ずっと無表情だった美貌の女騎士も笑顔を見せた。


「ローレシアお嬢様を付け狙っていた頃のあの男からは想像できませんが、どうやらすっかり人が変わり、家族のために真面目に頑張っているのでしょう」


「そのようですねアンリエット。それからエル、今日は人払いをしてここには誰もいません。あなたも普段通りの言葉使いでいいのでゆっくり話合いましょう」


「・・・分かった。俺も父ちゃんと母ちゃんのことで陛下にお願いしたいことがあるので、そうしてもらえると助かる」


「そう・・・では最初に、あなたの両親とステッドの話を聞かせてあげましょう」


 そうして語られたのは15年前に起きたブロマイン帝国との世界大戦でエリオット、マーガレット、ステッドの3人と戦ったローレシアの物語だった。


 アスター皇家は元々東方諸国の一つフィメール王国の侯爵家だったが、ローレシアが父親から家督を奪うと、フィメール王国の王子であったエリオットや、マーガレットを始めとする政敵キュベリー公爵家との戦いに勝利してフィメール王国を手に入れる。


 そして隣国ブロマイン帝国が引き起こした大陸全土を巻き込む世界大戦は、やがて帝国を2分する内戦そして宗教戦争へと姿を変え、その全ての戦いにことごとく勝利したローレシアは後継のランドン=アスター帝国初代皇帝に就任した。


 一方戦いに敗れたエルの両親たちは、国家への叛逆を二度と起こせないよう魔力を封じられて奴隷の身分へと落とされた。


 中でもステッドへの処罰は徹底していて、アスター皇家に連なる血筋を残させないよう去勢された上に男妾として娼館に売却されたが、この時すでにマーガレットはステッドとの子供を身籠っていた。


「エル、あなたは叛逆者の娘であり、度重なる内乱に苦しんでいた我が帝国の平和のためにも、絶対に産まれてはならない存在でした。ですので最初は、あなたを殺すために隣にいるジャンを差し向けたのです」


「この俺を殺す・・・ジャンが・・・」


 エルが大きく見開いた瞳を隣に向けると、真面目な表情のジャンがこくりと頷いた。


「・・・なら、どうして俺はこうして生きている」


「あなたが産まれる少し前に、とある真実が明らかにされました。それはこの世に存在する7つの属性魔力の根元が始祖7血族にあり、我がアスター家は光属性を司る血族であることが分かったのです」


「光属性を司る血族・・・それがアスター皇家か」


「ええ。そして属性魔力は主に女性が引き継ぐのですが、今のアスター家は血が薄まっていて、始祖の特徴を色濃く残す女性がほとんど残っていません。そんな中で生まれたのがエル、あなたなのです」


 エルはそのエメラルドグリーンの瞳で、自分と同じ特徴を持つローレシアの瞳を見つめた。


「つまり俺は運が良かったのか・・・」


「ええ。ですが選別はまだ終わっていません」


「選別・・・」


「それでもあなたが叛逆者の娘であることに変わりはなく、あなた自身がそうならないことが最も重要なのです。そのため権力闘争の縮図のような貴族学校ではなく教会の寄宿学校に入れて教育を受けさせました」


「それはジャンからも聞かされていた」


「では18歳で成人した時点であなたに政治的野心が一切ないこと、エリオットとマーガレットの復権を望まなないこと、この2つの条件を満たすことを課したのも知ってますね」


「ああ、その2つならもう大丈夫だ。父ちゃんも母ちゃんも貴族に戻ることなんか望んでないし、それは俺も同じ。そもそも俺は皇女になどならず、一人の冒険者として一生を過ごしたい」


 だから安心して二人の所有権を譲り渡して欲しい。エルはそう言いたかったが、ローレシアはエルの言葉を遮った。


「先ほどアメリア王女も全く同じことを言ってましたが、あなたたち二人は自分達に課せられた義務を全然理解していないようですね」


「俺たちに課せられた義務・・・俺とシェリアに一体何が」


「エル、あなたが生かされた理由は先ほど言ったように7血族の始祖の特徴を色濃く残す女性であること。それはアメリア王女も同じで、あなたたち二人はなるべくたくさんの子供を産んで、この世界を魔力で満たし人々の暮らしを豊かにしなければなりません。それがシリウス教が教える神の救済につながるのです」


「・・・子供を産む・・・この俺がか?」


「そうです。あなたは希少なアスター家の女であり、人々に癒しをもたらす光属性魔力で世界を満たすためにも、成人したらすぐ嫁いでもらいます」


「まさか、この俺が男と結婚させられるのか」


「ええ。今その相手を探しているところですが、帝国貴族はあなたの出自を忌避して受け入れてくれないでしょう。ですのであなたには外国の王家に嫁いでもらうことになりますが、今夜の舞踏会にも候補者がいますので後で顔合わせをいたしましょう」


「いや、しかし・・・もしその話を断ると俺はどうなるんだ」


「相性を気にしているのでしたら、なるべく配慮は致しますよ」


「そうではなく俺は男と結婚するのが嫌なんだ。もし断ると、やはり俺は殺されるのか」


「叛逆を起こさない限り、あなたを殺したりはいたしません。これまでジャンから受けた報告でもあなたにはちゃんと正義感があり、実際こうして話していてもこのわたくしに刃を向けるような人間ではないことがよく伝わりました」


「そうか・・・」


 ホッと胸を撫で下ろしたエルだったが、ローレシアは話を続ける。


「ですのであなたには必ず子を産んでいただきます。エル、あなたはこのわたくしに生かされていることを決して忘れてはなりません」


 ハッキリと告げるローレシアの断固とした態度に、エルは背筋が凍った。


 彼女の内に秘めた魔力がケタ違いで、これまで最強だと思っていたジャンや、さらにその上を行くかもしれないアンリエットという女騎士。


 その二人がいくら束になっても、ローレシア皇帝にはおそらく歯が立たないだろう。


 それほど彼女はバケモノであり、今のエルに抗う術はなかった。


「つまり俺は何が何でもどこかの王子と結婚させられ子供を産まされるのか。そんなの嫌だ・・・」

 次回もお楽しみに。


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