第40話 エピローグ
アメリア王女発見の報がクリストフからもたらされると、ネルソン侯爵夫妻は急遽、一連の顛末の報告と謝罪を行うため、王女の祖国であるメルクリウス=シリウス教王国の王都ディオーネへと飛んだ。
そしてそのクリストフ本人にも、帝都ノイエグラーデスに行って皇帝陛下にキチンと説明するよう命じたが、クリストフはすぐにでも帝都に向かおうとしたものの、自分がいない間にシェリアがまた逃げ出すことを何よりも恐れた。
「アメリアも僕と一緒に帝都に行ってくれないか」
クリストフはもう何回目かのお願いをシェリアにしたが、彼女の答えは決まってこうだった。
「そんなの嫌に決まってるでしょ。でも婚約解消してくれるなら特別について行ってあげてもいいわよ」
「婚約解消なんて、そんな酷いこと言わないでくれ。僕は君なしでは生きていけないんだ」
いつまで経っても平行線で、ギルドの酒場のテーブルで同じ問答を繰り返す二人。
最初は面白がって聞いていた冒険者たちも同じ話の繰り返しについには飽きてしまい、うんざりしたエミリーが二人をギルドから追い出してしまった。
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うし、営業妨害だから自分の家でやりなさい」
「まだ夫婦じゃないわよっ!」
仲間であるはずのエミリーにまで愛想を尽かされた二人だったが、それでも飽き足らずギルドの前でまた口論を始める。
それを見た街の住民が何事かと二人の周りに集まり、興味深そうにはやし立てた。
エルはその立場上、どちらの味方もせず中立を守っていたが、所構わずケンカをする二人に我慢できずついに仲裁に入った。
「みんなが見てるし、みっともないからもうやめろ。シェリアが逃げないように見張っててやるから、一人で帝都に行ってこいクリストフ」
「ですがエルさん、今回の騒動はアメリアが逃げ出したことが全ての発端。皇帝陛下には自分の口から報告すべきだと思いますが」
「正論だな。やっぱりお前も帝都に行けシェリア」
「絶対に嫌。ここで帝都についていったら、自ら婚約者であることを認めてしまうことになるでしょ」
ほっぺを膨らませてそっぽ向くシェリアだったが、今回の件はさすがにシェリアが悪いと思い、エルも説得を試みる。
だが何を言っても全く聞かないシェリアに、ついに野次馬からも彼女を説得する声が聞こえて来た。
「そのエルちゃんって子の言うとおりよ。あなたは帝都に行ってちゃんと説明をするべきね」
野次馬にまで説得され、顔を真っ赤にして怒ったシェリアが声の方を振り返る。
するとその声の主は、街の住民たちから完全に浮きまくっていた絶世の美女だった。
「え?」
その美女はアリアと顔がそっくりで、白銀の長い髪がサラサラと風に揺れ、頭には大粒の魔石がちりばめられた王冠が光っていた。
純白のロングドレスの胸元にはいくつもの勲章が輝き、右手に持った王杖からは火属性オーラが発散し、そんな彼女の瞳はシェリアへの怒りで真っ赤に燃え上がっていた。
「せせせせ、セレーネ女王陛下っ! どどどどどうしてここにっ!」
「どうしてもこうしてもないわよ! クリストフ君の御両親が謝罪に見えられて、詳しく話を聞いたら今回の騒動は100%あなたが悪いじゃない! もう恥ずかしくって穴があったら入りたかったわよ!」
「・・・も、申し訳ありませんでした陛下」
「悪いと思うのなら、帝都に行って自分の口からちゃんと説明してきなさい」
「・・・それは・・・嫌かも」
「何よっ! まさかこの私に逆らう気なの!」
「めめ滅相もない・・・でも私にだって言い分が」
「ふーん言い分ね・・・じゃあアメリアちゃんの話も聞いてあげるから、ちょっと顔を貸しなさい」
そう言うと女王陛下はシェリアの耳を引っ張った。
「イタタタっ! 離してください陛下。私をどこに」
「だから話を聞いてあげるんでしょ。肉体言語で」
「肉体言語って・・・いっ、嫌ーーっ!」
◇
「あれっ? ここはどこだ・・・」
転移魔法で突然どこかに飛ばされたエルは、なぜか一人荒野に佇んでいた。
いや違う。
誰かがエルの腰にしがみつき、尻に顔をうずめてガタガタと震えている。
「おわああっ! 誰だ俺の尻にくっついてる奴は!」
エルが腰に巻き付いた腕を引っぺがして後ろを振り向くと、真っ青な顔で震えるシェリアの姿があった。
「・・・そこで何してるんだシェリア。ていうか一体ここはどこなんだ」
何も状況が理解できていないエルに、だがシェリアが突然叫んだ。
「エル! 全力でバリアー展開! じゃないと二人とも焼け死ぬっ!」
「何だとっ!」
【無属性初級魔法・マジックバリアー】
【無属性初級魔法・マジックバリアー】
エルはあらん限りの魔力でバリアーを展開したが、その次の瞬間、今まで経験したこともないような強烈な爆発がエルたちを襲った。
目も眩むような閃光が辺りを埋め尽くすと、周りの地面が熱で溶けだし、溶岩と化した岩盤が空に向かって勢いよくはじけ飛んだ。
「ぎゃあっ! 熱ちちち! 何だこの灼熱地獄は!」
「エル、余計なことは考えずに、今はバリアーの維持に集中しなさい!」
「ていうか何で俺たちは攻撃を受けている。敵はどこの何者なんだ」
「・・・これ、女王陛下のお仕置なのよ」
「え・・・このとんでもない破壊魔法がお仕置!? ていうかここはどこ? そしてなんで俺までお仕置を?」
「ここはゲシェフトライヒから少し離れた荒野で、陛下の軍用転移陣で跳躍してきたの。エルをここに連れてきたのは、私一人の魔力じゃ絶対に焼け死んじゃうから。私が死ぬとエルも寂しいでしょ」
「だからって勝手に俺を巻き込むなよ! ・・・ちょっと待てちょっと待て! さらに途轍もない魔力の塊が上空に現れたぞ。一体どこの化け物の来襲だよ!」
「陛下の2発目が着弾するわよ! バリアーをどんどん重ね掛けして。急いでっ!」
「ひいーーーーーっ!」
その2発目とやらがエルたちの頭上に着弾すると、高熱で大地が真っ赤に溶け出し、溶岩流が上昇気流に乗って竜巻となり、天をめがけて駆け上って行く。
それはまさに火龍さながらで、全てを焼き尽くすモンスターがエルとシェリアを飲み込んで咆哮を上げているかのようだった。
そんな火焔地獄の底では、どこからともなく女王陛下の声が聞こえてくる。
「ねえアメリアちゃん。クリストフ君って結構いい子だと思うんだけど、そんなに結婚するのが嫌なの?」
「別に彼自身は嫌いじゃないけど彼の仕事が嫌なの」
世界が終末を迎えたかのようなカタストロフィーの中、その爆心地にいながら普通に会話を始めた女王陛下とシェリアの二人。
エルは必死にバリアーを維持しながらも、逆に自分の常識がおかしいのではと疑うほど、まったりとした会話が進んでいく。
「仕事って教会の枢機卿じゃない。立派な仕事なのに何が不満なのよ」
「枢機卿ってつまるところ胡散臭い宗教組織の幹部なのよ。一言で言えば詐欺師の親玉ね」
「シリウス教は別に胡散臭くないわよ。世界中のみんなが信じてるし」
「宗教なんか全部詐欺よっ! なんで無神論者の私が宗教家の妻にならないといけないのよ」
「えっ、アメリアちゃんって無神論者だったの? そんなの全然知らなかったわ」
「知ってよ!」
「でもあなたが帝国に嫁いだ時はまだ小さかったし、そもそもあなたを選んだのは私じゃないから」
「え? 女王陛下が決めたのではないとすれば、私を帝国に売り飛ばした不逞の輩は一体誰なのよ!」
「ジャンケンよ」
「ジャンケンって・・・」
「誰の娘を嫁に差し出すのか、最初は一族全員の飲み比べで決めることになっていたの。でも全員酔いつぶれて勝負がつかなかったから、最後はジャンケンになったのよ。それに負けたのがあなたのお父さん」
「え・・・そんなしょうもない理由で私が帝国に?」
「そうよ。だから私には何の責任もないし、恨むならあなたのお父さんのジャンケンの弱さを恨みなさい」
「ジャンケンなんかただの運ゲーだし、強いも弱いもないでしょ!」
こたつでミカンを食べながら交わす家族の会話のような話が聞こえてくるが、バリアーの外は相変わらずの焦熱地獄で、地面が溶解して本当に地獄の底まで落ちていくような惨状だ。
少しでも油断したら身体が蒸発して一貫の終わり。
そのためエルは死に物狂いでバリアーを重ね掛けするが、二人はそんなエルを気にかける様子もなく、まったりと会話を続ける。
「ジャンケンで決まったのなら、私じゃなくても別にいいでしょ。ウチの女子は全員同じような顔で魔力も同じ。そんなのがたくさんいるんだから、一人ぐらい宗教が大好きな王女もいるはずでしょ」
「何も分かってないのねアメリアちゃんは。宗教が好きな王女なんて、ウチにいるわけないじゃない」
「どうしてなのよ」
「だってウチの一族って誰も宗教に関心がないのよ。今さら別の王女を送り出してもシリウス教の「シ」の字も分からないし、周りに迷惑がかかるだけよ」
「ちょっと待って? 全員宗教に無関心ってどういうことなの? ウチの国って『シリウス教王国』よね。宗教名が入ってるような胡散臭い国なのに、その王族がどうして誰も宗教に興味がないのよ!」
「そんなこと言われても興味がないものは興味がないの。唯一詳しかった私の妹はもういなくなったし、他の王族は全然役に立たないから、アメリアちゃんに英才教育を施すために小さい頃に嫁に出したの。結果的にまさかの無神論者に成長したのは意外だったけど」
「ちょっと待って。じゃあどうしてウチの一族がシリウス教の大家みたいに言われているのよ。どう考えてもおかしいでしょ!」
「帝国には全然知られてないけど、ウチの一族って何百年も昔からずっと無宗教で、15年前の戦争でたまたまシリウス教国を併合しちゃったから、世界中が勘違いしてるのよ」
「勘違い・・・ウソ・・・」
なんかアホみたいな事実が判明してシェリアが愕然と両膝をついた。
そのおかげでバリアーが2、3枚はじけ飛ぶと、エルは慌ててシェリアの肩を揺さぶった。
「おいシェリアっ! バリアーだ! 早くバリアーを再展開しろ!」
「そ、そうねだったわね! こんなしょうもない話で、危うく焼け死ぬところだったわ・・・」
◇
シェリアへのお仕置がようやく終わり、巨大なクレーターの中から助け出されたシェリアとエル。
思う存分魔法が撃てて、すっきりした顔の女王陛下が転移魔法を起動させると、再びギルドの前へと戻ってきた。
女王陛下に肉体言語で完全論破されたシェリアは、クリストフと一緒に帝都へと向かうことになったが、それでもシェリアの態度に不安を感じた女王陛下は、二人に腕輪を取り付けた。
「これは隷属の腕輪と言って、捕虜が逃げ出さないようにするための軍用魔術具なの。距離が離れると身体に激痛が走って死ぬから、ずっと傍に居ることね」
「ええっ! それってどれぐらい離れたら死ぬの?」
「1kmぐらいかしら」
「狭っ! それって奴隷紋より酷くないですか?」
「捕虜が脱走しないように拘束する軍用魔術具なんだから当たり前でしょ」
「うわあああん!」
突然泣き出したシェリアを横目に、女王陛下がエルに近づいてきた。
「変なことに巻き込んで御免なさいね、エルちゃん」
「い、いえいえ・・・別にお構いなく」
「でも、アメリアちゃんがエルちゃんのことを信頼していることがとてもよく分かったから、この軍用魔術具をあなたに託すことにするわね」
「俺に託すって、とういうこと?」
「私は女王の仕事があるからこの二人の傍にずっと居ることはできないの。だからあなたを看守役にセットしておいたのよ」
「看守役ってまさか・・・」
「この二人があなたから離れると死ぬ設定になっているから、悪いけど二人の傍に居てあげてね」
「傍にって・・・いつまで」
「1年にセットしたわ。それぐらいあれば二人の将来についてゆっくり話し合えるわよね」
「嫌ーっ! お願い今すぐ解除してーっ!」
「ご配慮ありがとうございました、女王陛下」
「ちょっと待ってくれ! 俺は1年もコイツら二人の傍にいないといけないのか!」
絶望に崩れるエルとシェリアに、満足そうなクリストフ。
そしてスッキリした顔の女王陛下は、転移魔法でさっさと立ち去ってしまった。
次回から新章スタート。お楽しみに。
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