第37話 決着
カールの一撃はユーナにあっさりかわされた。
カールは魔力こそ強いものの、その戦い方はまるで素人で、一方のユーナは小柄で身のこなしも軽く格闘戦を得意とする女騎士。
カールの腰の入らない剣を簡単によけると、それを奪って叩き折ってしまった。
「今度は大切な剣まで・・・度重なる不敬にもう辛抱ならん! 貴様は王族を何と心得るっ!」
「ボクが忠誠を誓うのはエル様のみ。お前が何族だろうと一切興味はない」
「・・・もう許さん。貴様だけはこの手で八つ裂きにしてやる!」
ユーナの安い挑発に、怒りで我を失うカール。
その隙に詠唱を終えたラヴィがワープを放つと、カールを地上に向けて飛ばした。
だが周囲に張られた結界がワープを弾き返すと、天井付近に姿を現したカールがまっ逆さまに落下した。
「がはあーーーっ! げほごほごほっ!」
背中を強打してのたうち回るカールを助けようとラドクリフ伯爵が加勢に入り、ラヴィの闇魔法に対抗する形で2対2の戦闘に移行した。
一方のザムスはエルにターゲットを絞ると、自分の全魔力を剣に集中させた。
「俺は先代から娼館アデルと坊ちゃんの面倒を見るよう仰せつかった。ボンは優秀だが先代に比べてまだまだ甘いところがあり、その分俺が目を光らせていた」
エルにそう語るザムスは、エルと同じく魔剣による近接戦闘を得意としていた。
「俺にはわかっていた。貴様が何かの目的を持ってこのアデルに潜入していたことをな。その狙いが何かを探るために貴様を泳がせていたが、カール殿下に手を出したのが運の尽き。殿下に引き渡して今回の幕引きとしよう」
そして魔剣が完成すると、ザムスは目にもとまらぬ速さでエルの間合いに入った。
バギャッ!
ズバッ!
その初撃でエルのバリアーを破壊すると、次の一撃でエルの聖女服を引き裂いた。
ザムスの魔剣はエルの防御力を優に超え、その攻撃速度はエルの反応速度を上回っていたのだ。
「コイツは・・・」
今の一撃でザムスが自分より強いことをエルは本能で理解した。
実際、エルがどうにかバリアーを再展開してもザムスの魔剣ですぐに破壊され、いくら素早く回避しても悠々と懐に入られてしまう。
攻撃速度で自分を上回る相手が初めてだったエルは、限界レベルでは自分の意識に身体がついて行けないことを、この時ハッキリ理解した。
(やはり女の身体はダメだ。そもそも戦いに向いていないんだよ)
自分が女であることを思い知らされたエルを、ザムスは余裕の笑みであざ笑った。
「少しは腕に自信があったようだが、俺の相手にはならんな」
「うるせえ、勝負はここからだ」
「だが安心しろ、俺は貴様を殺すつもりはない。カール殿下のお楽しみだからな」
「・・・つまりわざと手を抜いていると」
「当たり前だ。俺が本気を出していれば、最初の一撃でお前の首が胴体から切り離されていた」
そう言って酷薄な笑みを見せるザムスは、必死に身をかわすエルの身体を傷つけないよう、聖女服だけを切り裂いていく。
二人の攻防は既に20回を超え、エルはザムスに一撃も与えられないまま、スカートはズタズタに切り裂かれて太ももがあらわになり、上半身も肌が露出してしまっている。
このあまりに一方的な展開に、だかエルは勝つために知恵を振り絞った。
(今までの「エル」の戦い方は「桜井正義」をベースにしていた。だがエルは桜井正義より背が高く、胸や尻の贅肉が邪魔で素早い動きが苦手だ)
(逆にエルの強みは治癒魔法とパワーだ。いっそ素早さを捨てて、ここに全力を注ぎ込めば活路が見出だせるかもしれん)
頭を切り替え防御を捨たエルは、自分自身に魔法をかけていった。
【光属性初級魔法・キュア】
【光属性初級魔法・ヒール】
【光属性初級魔法・エンパワー】
次々と重ね掛けされる魔法によって、エルの身体から純白のオーラがどんどん溢れ出した。
ズズズズ・・・・ゴゴゴゴ・・・・・
そしてエルの瞳がエメラルドグリーンに光り輝いた時、エルの本性をザムスの本能が見抜いた。
(コイツは危険すぎる。殿下には悪いが、ここで始末しなければ!)
ザムスが剣を構え直すと、自身の全魔力を剣に込めてエルに突撃した。
「死ねっ!」
グサッ!
エルのバリアーを紙くずのように突破すると、そのままの勢いでエルの懐に入ったザムスが、隙だらけの腹部を剣で貫いた。
鮮血を噴き出して膝から崩れ落ちるエルの背中に、赤く血に染まったザムスの剣先が見えていたが、エルは顔色を一つ変えずザムスの利き腕をつかむと、それを軽く握りつぶした。
ゴキッ!
「ぐわあっ!」
骨が砕けて剣から手を放すザムス。
自分を貫いたザムスの剣を一気に引き抜いたエルは、それを片手で叩き折った。
「・・・この化け物め」
ザムスが恐怖したのは、もちろんエルの怪力に対してではない。
致命傷を与えたはずの傷口がみるみるうちに修復し、綺麗に完治してしまったことだ。
そして不敵に笑ったエルがザムスに言い放った。
「ここからは俺の攻撃の番だ。お前の順番はもう回ってこないから、暇なら念仏でも唱えていろ」
そう言ってエルはザムスに馬乗りになると、上から力一杯殴りつけた。
ドゴオオンッ!
ドゴオオンッ!
ドゴオオンッ!
ドゴオオンッ!
その一撃、一撃は果てしなく重く、両腕を粉々に砕かれたザムスは、既に白目を剥いて気絶していた。
それでもエルが攻撃を加えていると、背後で男の叫び声が聞こえた。
「ぎゃあっ!」
振り返ると、床に崩れ落ちて血の海に沈んでいくカールの姿がそこにあった。
首が飛ばされ、噴水のように血が噴き出した遺体の傍には、青ざめた顔のラドクリフ伯爵が腰を抜かして座りこんでいる。そして、
「私は何ということをしてしまったんだ」
「え?」
戦意を喪失した伯爵にユーナとラヴィが戦闘態勢を解除すると、エルの元に駆け寄った。
「エル様、伯爵がカールの首をはねてしまいました」
「伯爵が? どうして」
「ラヴィと伯爵による闇魔法の撃ち合いで空間が歪んでいたのですが、それに慌てた伯爵が闇属性以外の魔法を使ってしまったのです」
「それって何かマズイのか?」
エルが尋ねると、それにラヴィが答える。
「シェリアお姉ちゃんが絶対やっちゃダメって教えてくれたの」
「シェリアが?」
「でも伯爵がウインドカッターを発射しちゃって、魔法の軌道がメチャクチャになってカールに命中しちゃったの」
「軌道がメチャクチャ・・・」
闇魔法の撃ち合いなどエルにも経験はなく、辺りを見渡すと暗黒球体の残滓が空間を複雑に歪めていた。
「うわ・・・見てるだけで気持ち悪くなってくるな」
だが戦いはこれで幕切れとなった。
呆然自失の伯爵の武装を解除したエルは、階段も封鎖して誰も入ってこれないよう鍵をかけた。
◇
「カールは死んじまったし、ザムスも半殺しにしてやった。俺たちの勝ちだと思うが、まだ戦うか」
鋭く睨みつけるエルに、ラドクリフ伯爵は首を横に振った。
「いや私の負けだ。そもそもカール殿下が、せっかく病気を治してくれたエルさんを襲ったのが悪いのだし、その彼を手にかけたのはこの私だ。国王陛下にはありのままを伝え、許しを乞うことにする」
「そんなことをしたら伯爵が罰を受けるのでは」
「そりゃ無罪という訳にはいかないが、その内容は軽いだろう」
ラドクリフ伯爵の考えはこうだ。
カールの素行が悪いのは国王陛下もよく知っていたし、弟が起こすトラブルの処理をラドクリフ伯爵に押し付けていたことに、陛下自身が引け目を感じていたらしい。
それにカールが余命いくばくも無いことも知っていて国の公務も一切させていなかったらしく、彼が死んでも王国に与える影響はないのだそうだ。
ただしどのような理由があっても王族に手をかけるのは重罪であり、伯爵は所領の一部を没収されて形式的な責任を取らされることになるとのこと。
そんな計算をする伯爵だったが、彼が潔く負けを認めたことをエルは素直に評価した。
「俺から言うことは何もない。伯爵の好きにしろ」
「随分と言葉遣いが変わったが、それが本当のエルさんなのか」
「まあな。それより一つだけ聞かせてほしい」
「何だ」
「アリアをどこで手に入れた」
「アリアか。・・・ここだけの話だが、国王陛下には内緒で敵国であるランドン=アスター帝国の密売人から買った」
「やはり・・・でもどうしてわざわざ敵国から」
「あの国は度重なる政変の結果、数多くの貴族家が取り潰されてしまい、良質の女奴隷がわりと出回っているからだ」
「結局その話に行き着くのか。その密売人はアリアについて何か言っていたか」
「特に何も。アリアに何か問題でも」
「何も知らないのなら、今すぐ彼女を手放した方がいい。さもないとシリウス東方教会のカールビエラ総大司教猊下が魔導大隊を率いてバビロニア王国に攻めて来るぞ」
「えっ? 猊下は我ら東方諸国の盟主・魔法王国ソーサルーラの名門貴族家の出。その彼がなぜ我が国に攻めて来るのだ」
「それはアリアがシリウス西方教会の王女だからだ。神に仕える聖なる王女がバビロニア王国で娼婦をさせられている。それを知った時の猊下の怒りは相当なもので、穢れたバビロニア王国など神の業火で滅びてしまえと叫んでいたからな」
「アリアが王女で、しかもよりによってシリウス教国の・・・マズいじゃないか!」
「だと思うぞ。そして戦争の原因が帝国からの奴隷の密輸入だとバレてしまったら、大変なことになるんじゃないのか」
「マズい、それはマズ過ぎる。カール殿下を殺したことなど比較にならないほどの厳罰が待っている。もちろん私は処刑されて、我が伯爵家は取り潰しに。一体どうしたら・・・」
「そこで提案だが、アリアを俺に引き渡してくれたら猊下との間をとりなしてやろう」
「エルさんが仲介してくれるのですか!」
「ああ。俺は別にお前に恨みはないし、服はビリビリに破けちまったが、こう見えても東方教会の聖女だ。猊下も話ぐらいは聞いてくれるだろう」
「助かった・・・。もちろんアリアは差し上げますので、どうか何卒お口添えを」
「交渉成立だな。ついでだからまだ治療が終わっていない娼婦たちを全員治してやろう。行きがけの駄賃ってやつだ」
「え? まだかなりの人数が残ってますが」
「実はわざと1日1人しか治さなかっただけで、俺の魔力なら全員まとめて治してやれる」
◇
王弟カールの暴挙により、エルは期せずしてアメリア王女の奪還に成功した。
ラドクリフ伯爵との間でアリアの身請け契約を正式に交わしたエルは、残りの娼婦をまとめて治療するとアリアを連れてアデルを後にした。
照り付ける日差しの中、不安そうにエルの後ろをついてくるアリアに声をかける。
「クリストフに会うのがそんなに不安か」
「はい。わたくしを受け入れて貰えるかが心配で」
「わざわざ危険を冒してまでバビロニア王国までやって来たクリストフだ。そこは大丈夫」
「はい・・・」
「問題はお前が記憶を失ってしまったことだ。きっとクリストフはショックを受けるだろうが、一度帝国に戻って治療法を探すしかないと思う」
次回もお楽しみに。
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