第10話 新パーティー結成(仮)
エルから事情を聞いたエミリーは、いつもの笑顔を忘れて顔を引きつらせている。
「つ、つまりシェリアちゃんはウチに移籍したいってことね。まあ、断ることもできないし仕方ないか」
「すまないなエミリーさん。ところでシェリア、お前は一体何をヤラかしたんだ?」
エルはシェリアを問いただすが、彼女は言い訳ばかりで話が要領を得ず、ため息をついたエミリーさんが代わりに教えてくれた。
どうやらシェリアはエミリーさんに夜通し世話をかけさせたようで、エミリーさんはこの二日ほどあまり眠れていないそうだ。
その時のことはシェリアにも記憶があったようで、平身低頭謝ってどうにか許してもらえた。
そしてエミリーの顔にいつもの笑顔が戻ると、
「はい、これで手続きは終わり。今日からシェリアちゃんもこのギルド所属の冒険者になったから、ライセンスカードを更新しておいたわね」
「ありがとう。じゃあ早速、デルンギルド名物「妖精の祝福」クエストに参加するわね。そして私はあんな変なのじゃなく、ちゃんとしたハーピーを捕まえて、願いをかなえてもらうのよ!」
シェリアは期待に満ちた目でエミリーに言ったが、
「あら残念ね。そのクエストは初心者限定でシェリアちゃんはCランク冒険者だから参加資格はないのよ。せっかくの低級魔獣の巣穴を高位魔術師に荒らされちゃったら、初心者用の練習場所がなくなるでしょ」
「えぇ、そんなあ・・・私の可愛いマスコットが」
シェリアはインテリに触発されて自分も妖精が欲しくなったのだろうが、エルにとって大事なのはそこではなかった。
「ちょっと待てよエミリーさん。シェリアってCランク冒険者だったのか」
「そうよ。まだ17歳の女の子だけど、火属性魔法に高い適性のある高位魔術師ってことになってるわよ」
「つまり炎の魔術師か・・・すげえ」
「そこまで驚くことではないけど、確かにウチのギルドには魔術師はあまりいないものね。そうだエル君、いっそこの子とパーティーを組んでみない?」
「俺がシェリアとパーティーを?」
エルがシェリアと顔を見合わせると、なぜか彼女はドヤ顔をしていた。
「ふっふーん、私すごいでしょう。この年齢でCランクはギルドから高く評価された証なのよ」
「本当に凄いと思うよ。さすがBランクパーティーに所属していただけのことはあるな」
「わかってるじゃない。そう言うエルさんも新人なのにEランクなのは十分見どころがあると思うわ。ねえエミリーさん、エルさんってどんな実績が買われてギルドから評価されたの?」
「うーんそれは教えられないけど、ギルドの昇格基準はちゃんと満たしてるから安心していいわよ。それとエル君はあなたより年下だから、エルさんって呼び方は少し変ね」
「ええっ! エルさんって大人の女性だと思ってた。私より年下って・・・」
「まだ15歳になったばかりだから、2つ年下の妹分って感じかな」
「これが妹分・・・ガーン!」
シェリアは顔を真っ青にして両目が点になっている。表情が豊かで何を考えているのかとても分かりやすいが、そんなシェリアにエルが捕捉する。
「この兜は人前では脱がないことにしてるから、シェリアには俺の年齢が判断できなかったかもしれない。でもそんなに驚くようなことか?」
するとシェリアは口を尖らせて、拗ねたような口調でエルに文句を言った。
「だって私より背が高いし、む、む、胸だってほんのちょっぴり大きいしお尻は・・・さ、最近の流行は、お尻の小さな女の子がカッコいいのよっ!」
「確かに胸や尻が大きすぎると冒険の邪魔になるからな。シェリアぐらいの方が瓦礫の隙間に引っかかることもなさそうだしスムーズに進めそうだ」
「何よっ! あんたなんかちょっとだけ早く成長期が来ただけで、私だってここから怒涛の成長を見せるんだから、今に見てらっしゃい!」
「ここから成長って、せっかく冒険者向きのいい体格なのにもったいないな。俺みたいなだらしない身体は全くもってお勧めしないが・・・まあ頑張れ」
「う、上から目線・・・ムキーッ!」
今はエルが何を言ってもシェリアのお気に召さないようで、怒ったりべそをかいたり忙しそうにしていた。そんなシェリアにエミリーは、
「ねえ、エル君とはパーティーを組まないの?」
「ふんっ! こんな子と組むわけないでしょ!」
そう言ってシェリアは、「プイッ」と背中を向けて拗ねてしまった。するとエルはとても残念そうに、
「そうか。せっかくCランク冒険者とパーティーが組める絶好の機会だったのに残念だ」
「えっ? 私とパーティーを組めなかったことが、そんなに残念だったの?」
「もちろんだよ。お前みたいな才能のある魔術師なんて、そうお目にかかれるものじゃないだろう」
シェリアは身体はそのまま顔だけチラっとエルの方を向いたが、その口元は緩みきって、とても嬉しそうだった。
だがインテリがシェリアとの間に立ちはだかると、
「アニキ、思い出した方がええで。シェリアは魔法が下手で誤爆ばかりしてるから「味方殺しのシェリア」って呼ばれてるんやで」
するとシェリアはインテリをギロリと睨みつけ、
「何よっ! あれは二日酔いで吐きそうだったから、呪文を少し言い間違えただけなんだからっ! 私の実力はそんなものじゃないんだからねっ!」
「普段からヤラかしてるって、Bランクパーティーのメンバーが愚痴をこぼしとったで」
「それはいつもお酒を飲んだ翌日に限ってクエストがあるから・・・飲まなかったら普通に戦えるし」
「だったら普段から禁酒したらええがな」
「それは無理よ。だってお酒が大好きなんだもん」
「ほなさいなら。アニキ、こんな女なんか放っといて今日のクエストに早く出掛けまへんか。この1週間で手持ち資金が60Gに届きましたで」
「そうか! 金の管理はインテリに任せて正解だったな。じゃあ今日も稼ぐか」
「ああっ、ちょっと待ってよ! 私の実力をちゃんと見てから決めてよエルさん、じゃなかったエル~」
エルが掲示板の方に向かおうとすると、シェリアがしがみついて捨てられた子犬のような目をしていた。
自分からパーティーを組まないと言っておきながら、いつの間にか話が逆になっているのがエルには不思議だったが、元々シェリアとパーティーを組もうと思っていたし断る理由は特になかった。
「じゃあシェリアも一緒にクエストに行くか。そうだエミリーさん、この二人でパーティーを組めば、上位クエストができるんだよね」
するとカウンターにうつぶせになって必死に笑いをこらえていたエミリーさんが、ハンカチで涙を拭きながらクエストを紹介してくれた。
「ああ可笑しかった。シェリアちゃんって本当に面白い子ね。そんな二人にはCランククエスト「サンドワーム討伐」がおすすめよ。挑戦してみる?」
デルンの街から外に出てしばらく行くと、荒れ果てた砂地が広がる場所があった。
ここには危険なモンスターが棲みついていて、人がほとんど近づかない場所だったが、たまにモンスターが人里にやって来て被害が生じるため、定期的な討伐依頼が寄せられている。
そんな砂地をしばらく歩くと地面がズズズズと揺れ始め、遠くの方からすごい勢いで「砂の山」こちらに迫って来た。
「あれがサンドワームか。砂の中から地表に飛び出してくるからその瞬間を狙って攻撃だ。行くぞ!」
「あわあわわわ・・・ちょっと待って今から詠唱を始めるから」
「そうか。魔術師との連携は初めてだから上手くできるかわからないが、シェリアが魔法を撃つまで俺が何とか持ちこたえてみる。だから焦らずゆっくりと詠唱するんだぞ」
「わ、分かってるわよ。今回は上級魔法のエクスプロージョンを撃つから、上空の魔法陣から白い光点がゆっくり落ちて来たら、できるだけ遠くに逃げるのよ」
「白い光点だな、了解した」
エルはそれだけ答えると、砂から頭を出したサンドワームに一気に迫った。ミミズをそのまま巨大化したようなサンドワームは、大きな口を開くとエルを丸呑みすべく巨大な頭部を振り下ろした。
それに応じるように両手剣をしっかり握りしめたエルがジャンプすると、その頭部を大きく飛び越えて宙を舞った。そして剣を下に向けると落下の勢いをつけて頭部に剣を突き立てた。
ギャーオーーーッ!
剣が深々と刺さったサンドワームは、首を激しく振ってエルを弾き飛ばした。だが華麗に着地したエルが再度剣を構えると、地面でのたうち回る魔獣めがけて目にもとまらぬ速さで斬りつけていく。
その一部始終を目の当たりにしたシェリアは、エルのあまりの強さに呆然としてしまったが、サンドワームの耐久力はちゃんと頭に入っており、エクスプロージョンを撃たなければ自分たちに勝ち目はないことをしっかり理解していた。
責任重大であり、だからこそ焦りを感じたのだが、エルが持ちこたえている間に長い呪文を詠唱し、確実に魔法を発動させようと頑張った。
そして詠唱が完成すると上空に巨大な魔法陣が出現し、赤い火属性のマナが充満していく。それが魔法陣の中心に集まって濃縮されその輝きを増していくと、小さな白い光点へとその形を変えた。
【火属性上級魔法・エクスプロージョン】
シェリアが魔法を発動させると、白い光点がゆっくりと地上めがけて降下を始める。
「エル! 今すぐサンドワームから離れなさい!」
エルは頭上を確認すると「了解!」と一言告げて、猛スピードで退避を始めた。だが次の瞬間、白い光点はなぜかエルめがけてその方向を変えてしまった。
「えええっ! な、何でぇ!?」
魔法を発動したシェリア自身にすら全く理由がわからなかったが、突然方向を変えた白い光点が自分に向かっていることを瞬時に理解したエルは、一瞬立ち止まって何かを考えた後、一緒に逃げてきたインテリをわしづかみにすると、鎧の中に押し込んだ。
「インテリ、少しだけそこで我慢していろ。どうやらエクスプロージョンは俺の方に向かってくるようだ」
「もがーっ! もがーっ!」
「よし・・・一か八かの賭けだがこれしかない。行くぞっ!」
エルはそう叫ぶと、踵を返して再びサンドワームに向けて突撃を開始した。すると白い光点もエルを追って、再びサンドワームの方向に軌道修正をする。
それを見たシェリアは「何でよっ!」とツッコミを入れつつも、自分自身が爆裂魔法に吹き飛ばされないよう急いでこの場から退避してバリアーを展開しなければならなかった。
「エル・・・本当にごめんなさい。あなたのお葬式は盛大に催してあげるからそれで許して・・・」
そしてシェリアが地面に伏せると同時に、白い光点がさく裂した。
強烈な閃光と衝撃波、そして一瞬遅れて地面が大きく揺れる。爆風と砂塵で辺りが何も見えなくなり、不気味な地震だけがシェリアを襲う。
やがて爆発がおさまり、その付近の地面には大きな窪みが出来ていた。その中心にサンドワームの焼け焦げた死骸が残されていて、そこにエルの遺体は見当たらなかった。
「まさかエクスプロージョンの直撃を受けて蒸発しちゃったとか・・・」
シェリアは罪悪感に苛まれつつ、全速力で爆発の中心に向けて走り出した。
だが死骸の一部が動き出すと、その下から赤い鎧を着たエルが這い出してきたのだ。
「エル・・・君?」
シェリアのエクスプロージョンは強力であり、魔力を持たない普通の冒険者にそれを防御する術はない。だからエルが生きていること自体ありえないのだが、その彼女はシェリアの姿を見つけると、大きく手を振って叫んでいた。
「おーい、シェリア~! お前の魔法は凄い威力だったな! とっさにサンドワームの下に隠れなければ、今頃はあの世行きだったよ」
(サンドワームの下に隠れたの? でもその程度で防げるわけが・・・)
「いやあ、それにしてもこの防具は凄いな。魔金属オリハルコンは伊達じゃないな」
(オリハルコンはあくまで魔力を増幅させるだけで、魔力を持たないエル君には何の効果もないはず・・)
シェリアが知っている魔法理論では説明のできないことだらけだったが、実際にエルがピンピンしているのを目の当たりにすると、自分の魔法に対する自信がガラガラと崩れていった。
「・・・でもよかった。エルが生きていてくれて」
そうつぶやくと、シェリアは満面の笑みでエルに手を振って、全力で彼女に駆け寄るのだった。
次回「獄炎の総番長」。お楽しみに。
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