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第36話 急転

 ここに来るまでの記憶が自分にはない。


 アリアはそう告げると、この娼館での出来事をエルに話し始めた。


 気がつくとここで娼婦をしていた彼女は、最初は外国からの賓客を相手に、王弟カールに見初められてからは彼の専属となった。


 そしてカールが娼館に病気を蔓延させている事実に気づくと、なぜか使えた治癒魔法を頼りに他の娼婦に手を出させないよう彼を自分に釘付けにしたと言う。


(仲間のために自らを犠牲に。これほどの美女なのに、なんて清く尊い心の持ち主なんだ。あれだけクリストフが惚れているのも分かる気がするぜ)


 エルはそんなアリアの記憶を呼び戻そうと、クリストフから聞いた幼少時代の思い出話をたくさん聞かせた。だが、


「そのクリストフ様というお方は、わたくしのことをとても愛してくれていたのですね」


 やはり記憶の戻らないアリアが、優しい笑みをたたえてエルの話に耳を傾けてくれた。


 そんな彼女の姿に、エルの胸が切なさで締めつけらそうになった時、



 ドンッ! ドンッ!



 扉が強く叩かれ、廊下から男の声が聞こえた。


「おい、治療にいつまでかかってるんだ! おかしなマネをするなら、ここから叩き出すぞ!」



 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 ザムスがさらに強く扉をたたき始めたため、エルは部屋を立ち去ることにした。


「それではアリア様、わたくしは失礼いたしますね」


「心残りですが仕方ありません。またクリストフ様のお話を聞かせてくださいね」



           ◇



 その夜。


 ラドクリフ伯爵の私室に呼ばれたエルは、アリアの様子を尋ねられた。


 エルが治療に成功したことを伝えると、


「ありがとう。他の娼婦たちも順調に回復しているようだし、君のおかげでアデルの経営に明るい兆しが見えて来たよ」


「それはようございました。まだ治療が必要な娼婦もたくさん残っておりますが、わたくしがここにいると何かとご迷惑そうなので、早く治療を終わらせてお暇させていただきますね」


 アメリア王女の居場所が確認できたエルは、娼館での危険な潜入捜査に一度区切りをつけて、クリストフやジャンと合流して次の作戦に出ようと考えていた。


 だが、


「そのことなのだが、君には引き続きここで働いてもらいたい」


「え?」


「君の治癒魔法は我がアデルにとってなくてはならない宝だ。私は君を手放したくないのだよ」


「ですが全員治してしまえばわたくしの仕事はなくなりますし、ここにいても仕方がないのでは」


「カール殿下がいる限り、そうも言っていられない」


「というと?」


「大きな声では言えないが、殿下はあちこちでトラブルばかりを起こす暗愚の王弟。国王陛下もその処遇に困って私に押し付けて来たところがある。今回の疫病も元は殿下がどこかで貰って来たものだし、どうせまた同じようなことを繰り返すに決まっている」


「はあ・・・」


 忌々し気な表情でカールを語るラドクリフ伯爵は、彼のことを相当嫌っているが、名門貴族であるがゆえに王家に逆らう選択肢などない。


 だからどれだけカールを嫌おうとも、彼の面倒を見なければならない立場にいるのだ。


「そういうことでしたら、わたくしがサクライ商店に戻ってもこの王都には居ますので、ご用命いただければいつでも治療にはせ参じます」


「・・・それもそうだな・・・いや、うむ」


 だが伯爵は、エルの言葉にお茶を濁す。


「明日はカール殿下がお見えになるかも知れませんし、わたくしは魔力を回復するため、早めに休ませていただきます」


 そう言って部屋を出ようとしたエルの腕を、とっさにラドクリフ伯爵が掴んだ。


 そして、


「クリストフと別れて私の妾にならないか」


「えっ?」


「いや違うな。君は貴族の忘れ形見に違いないし、君を側室としても誰も文句を言わないだろう」


「側室・・・何を言って」


「エルさん、私は君を手放したくない。どうか妻になってくれないか」


「・・・そんなの困ります」


(こここここの俺に側室になれだと! 男との結婚なんか考えただけでも身の毛がよだつぜ。ひーーっ!)


 思わず鳥肌が立ってしまったエルだが、貞淑な妻の演技で何とか乗り切ろうとする。


「わたくしには愛する夫がいるのですよ」


(自分で言ってて死にたくなってきたが、百歩譲って男と結婚するなら、まだクリストフの方がマシだぜ)


「クリストフの妻であることは百も承知だが、私は本気なのだ。だが突然の申し出に戸惑う気持ちも分かるし答えは急がない。ゆっくり考えてくれ」


 ラドクリフは貴族であり、平民であるエルやクリストフに強権発動できる立場にあるが、それでもエルに求婚する形を崩さなかった。


 そこは素直に感心したエルは伯爵のエスコートを受け入れると、自分の客間まで送ってもらった。



           ◇



 翌日。


 その日の治療を終えて、ラヴィやユーナとのんびり部屋でくつろいでいると、王弟カールを連れたラドクリフ伯爵が訪れた。


「エルさん、殿下をよろしくお願いします」


 見張りの下女を何人か残して伯爵が早々に退室すると、カールは無言でエルのベッドに横たわり、そして生気のない眼でエルに告げた。


「伯爵がどうしてもというから時間を割いて来てやったのだ。王国最高の治癒師でも治せないこの病気をお前のような一介の修道女に治せるとは思えんが、やるならさっさとやれ」


「かしこまりました。では治療を始めますので、目をつぶって横になっていてください」



           ◇



「そんなバカな・・・あれだけ酷かった身体の痛みがウソのように消えた」


「それはようございました。治療はこれで終わりですので、もうお戻り頂いて結構です」


 エルはカールの身体を起こすと、こちらを監視していた下女に伯爵を呼んでくるよう伝えた。


 そして下女の一人が部屋を出ていくと、だがカールはエルの腕を引っ張ってベッドに押し倒した。


「な、何をっ!」


 ラヴィとユーナが慌てて駆け寄るが、エルに覆い被さったカールが二人を睨み付ける。


 そしてエルに対し、


「よく見るとお前、中々いい女じゃないか。それこそアリアに匹敵するほどのな。病気も治ったし、久しぶりに他の女を試してみるか」


「修道女のわたくしに何をなさるつもり! 伯爵に言いつけますよ!」


「誰に何を言っても無駄だ。俺は王族、何をやっても許される高貴な身分だからな」


 そしてカールは笑いながらエルの修道服を力いっぱい引き裂いた。



 ビリビリッ!



 服が無惨に破れ下着が露になるエル。


 だが次の瞬間、ユーナはほぼ条件反射でカールの前に躍り出ると、その顔面に回し蹴りをして彼をベッドから叩き落とした。


 バギャッ!


「痛つっ! ・・・き、貴様、王族のこの俺の顔を足蹴にしやがったのか・・・今すぐ叩き斬ってやる!」


 カールは腰の剣を抜くと、身体を張ってエルを守ろうとするユーナにその切っ先を向ける。


 だが今度はラヴィの魔法が発動した。



【闇属性中級魔法・ワープ】



「でかしたラヴィ! ここでの作戦は終わりだ。今すぐ脱出するぞ!」


 忽然と現れた暗黒球体に三人が飛び込むと、カール一人残して球体が跡形もなく消えた。



           ◇



「ここはどこだ?」


 エルたち3人が転移したのは薄暗い場所だった。


 石壁に囲まれた窓一つない部屋で、壁に取り付けられた頼りない魔法の灯りが、薄汚れた鉄格子を照らし出している。


「地下牢・・・そうか、娼館内で転移魔法を発動させると、自動的にここに送り込まれる仕組みになっていたのか」


「ごめんなさいエルお姉ちゃん。ラヴィのせいでこんなことに」


「あの場合は仕方ないし、飛び込ませたのは俺だ。それよりもう一度転移魔法を使えるか」


「ううん。地下牢の周りには強力な結界が張られていて、たぶん跳ね返されると思う」


「なら自力でここを脱出するしかないな。そんな悲しそうな顔をしなくていいから俺に任せておけ」


 ラヴィの頭を撫でて仁王立ちに構えたエルは、呼吸を整えその魔法を発動させた。



不動明王ふどうみょうおう 伐折羅神将ばさらしんしょう 虚空刹那破魔煉獄こくうせつなはまれんごく 帝王羅漢之男魂ていおうらかんこれおとこだま 光属性初級魔法・エンパワー】



 身体から光属性オーラが爆散し、その大きな瞳がエメラルドグリーンの輝きを放つと、エルは鉄格子を握りしめ、それを力いっぱい引っ張った。



 バギャッ!



 2本の鉄格子がエルの馬鹿力で根元から折れると、先にラヴィとユーナをその隙間から脱出させる。


 そしてエルも隙間に身体を滑らせるが、途中で前に進めなくなってしまう。


「しまった! 2本じゃ足りなかったか・・・」


 エルはその大きな胸と尻がつっかえて、鉄格子の隙間から抜けだせなくなってしまったのだ。


「畜生・・・なんで俺だけがこんなみっともないことに。こんな身体はもう嫌だ!」


 必死にもがくエルの手を引っ張りながら、ユーナが羨ましそうに呟く。


「いいなぁエル様は・・・その半分でいいのでボクにも分けてくださいよ」


「こんな贅肉いらねえから全部持っていってくれ!」


 エルは3本目の鉄格子を外そうとしたが、今度は体勢が悪くて上手く力が入らず、もたついている間に衛兵たちが集まってきた。


「マズい、見つかった!」


「エル様、ここはボクとラヴィで何とかしますから、早くお身体を」


「二人ともスマン!」



            ◇



 結局ラヴィとユーナが衛兵全員を片付けた後もまだ鉄格子に挟まったままだったエルは、二人に無理やり引っ張り出されてようやく隙間から抜け出せた。


「マジで死ぬかと思った・・・」


 ダイエットを誓ったエルがようやく地下牢の出口にたどり着くと、だが地上へと上がる階段でザムスと鉢合わせしてしまった。


「くそっ、一歩遅かったか・・・」


 一方のザムスは、エルを見つけて不敵に笑う。


「貴様、カール殿下に失礼を働いたそうだな。大人しくその身体を差し出しておけばいいものを、王族に手を上げた罪は重大だぞ」


「ならどうしようってんだ、ザムス」


 貞淑な妻の演技をやめたエルが、ザムスに対して臨戦態勢を取る。


「ついに正体を現しやがったな、女狐め。だが貴様の処分を決めるのは俺でなくカール殿下だ。いかがいたしますか殿下」


 ザムスが声をかけると、その後ろをゆっくり降りて来たカールがザムスの隣に立った。


「そうだな。俺を足蹴にした修道女はこの場で処刑してやる。そして残りの二人は存分に楽しんだ後、ゆっくり殺してやることにしよう」


「だそうだ。今すぐ処刑じゃなくてよかったな女狐」


 そして最後に現れたラドクリフ伯爵がエルを見て残念そうに首を横に振ると、嗜虐的な笑みを浮かべたカールがユーナに向けてその一太刀を浴びせた。


「死ねっ!」

 次回もお楽しみに。


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