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第34話 聖女エル

 魔法王国ソーサルーラで『ウィザーの魔石』を手に入れた二人は、翌日、バビロニア大聖堂に帰還した。


 二人を心配して待っていたエミリーとマリーは、転移してきたエルの姿に驚きの声を上げる。


「エル君、どうしたのその服」


「俺は嫌だって断ったのに、カールビエラ総大司教猊下からに聖女に認定されてしまって、修道服まで押し付けられたんだ。本当に参ったぜ」


「それ聖女様が着る服なんだ。綺麗・・・」


 エルが普段着ている学校の制服はオーソドックスな修道服だったが、東方教会の聖女服は少しデザインが異なっていた。


 黒が基調の全体デザインはそのままスカートだけが白く、頭にはベールの代わりにティアラが輝き、胸のロザリオには虹色の魔石がセットされている。


 恥ずかしそうに頭をかいて誤魔化すエルと、彼女をウットリ見つめるエミリーとマリー。そんな3人にクリストフが話しかける。


「エルさんには今から高級娼館アデルに潜入してもらいますが、万が一のためにワープが使えるラヴィちゃんと、あともう一人護衛を付けたいと思います。どなたが適任でしょうか」


「娼館は武器を持ち込めないから、私よりマリーさんの方がいいかしら」


「私でも構わないが、適任はユーナだと思う」


「そうなの?」


「私はよくも悪くも典型的な騎士だが、ベッキーは遠距離からの魔法攻撃が得意で、ユーナは近接格闘を得意とする。状況的にはユーナが一番役に立つだろう」


「分かりました。では一度ヒューバート伯爵と合流し、それから作戦に移りましょう」




           ◇




 高級娼館アデルの応接室に通されたクリストフは、修道服に身を包んだエル、ラヴィ、ユーナの3人を連れていた。


 しばらく待っているとラドクリフ伯爵が支配人ザムスを連れて部屋に入ってきたが、3人の修道女を見てギョッとする二人に、クリストフは顔色一つ変えず彼女たちを連れてきた理由を説明した。


「先日ご依頼のあった女奴隷調達の件ですが、伯爵のお眼鏡にかなうような容姿端麗の奴隷を探すのには少々時間を要します。それまでのつなぎとして、今日は彼女たちを連れてきました」


「つなぎ・・・と言うと、まさかその修道女に娼婦をさせるのか」


「違います。ここにいるのは妻のエルで、僕と結婚するまでは修道院で奉仕活動をしていました」


「ほう、彼女が社交界で評判のエルさんか。凄腕の冒険者だと聞いていたが、若くして高位に神官となり、しかもこれほどの美貌を誇っているとなると出自は貴族で間違いないか」


「彼女は孤児院出身のためハッキリしたことはわかりませんが・・・それより重要なのは、彼女が治癒魔法を得意とし、貧民街の人たちの病を数多く治して来たことです」


「修道院の治癒師だと? ・・・そうか、君の提案はウチの娼婦の治療をしようということだな」


「さすがは伯爵閣下、ご賢察です」


「だがウチにも治癒師は既にいるし、そもそもあの病は治癒魔法で治せないから困っている。提案はありがたいが君の提案はお断りする」


「待ってください! 妻はあの病を治せるのです」


「まさか・・・ウソじゃないだろうな」


「見ての通り、妻は東方教会で聖女に認定されるほどの実力の持ち主であり、ただの治癒師とはレベルが異なります。エル、伯爵閣下に君の治癒魔法を見せてやってくれないか」


「承知しましたわ、あなた」



           ◇



 半信半疑のラドクリフ伯爵は、エルの治癒魔法の効果を確かめるため、娼婦たちが収容されている病室に全員を連れて行く。


 白亜の本館の裏手に使用人たちが住む宿舎があり、その建物の一画に娼婦たちの病室があったが、陰気な空気が澱むその大部屋に入ったエルたちは、あまりに悲惨な光景に言葉を失った。


 ズラリと並んだベッドに横たわる娼婦たちは、かつては美しかったであろう顔が醜く歪み、皮膚が赤黒く変色して爛れて、血と膿がにじみ出している。


「この病気は、娼婦街で蔓延している一般的なものとは違って病気の進行も速く、ここにいるのは間もなく死を迎える者たちばかりだ」


 そのあまりの病状の重さにエルが思わず息を飲むと、ラヴィはエルの後ろに隠れてしまい、ユーナはその陰気な雰囲気がさらに増した。


 そんな三人の様子にラドクリフが肩をすくめると、


「東方教会の聖女様といえども、さすがにここまで酷い病人を見たことがないようだな。諦めて帰るか?」


「いいえ、わたくしに任せてくださいませ」


 貞淑な妻の演技が板についてきたエルが、しずしずと部屋の中を歩き回る。


 そして一番症状の重い娼婦の前に立つと、胸のロザリオに手を当てて、その魔力を送り込んだ。


 すると頭上に浮かんだ魔法陣に慈愛に満ちた聖属性オーラが満たされていき、ラドクリフ伯爵にはそれが女神の神性を示す光輪に見えた。


「これが聖女・・・まるで女神そのものじゃないか」


 エルが魔法を発動させると、神々しい聖光が娼婦の身体を包み込み、パイプオルガンのような荘厳な調べが部屋中に響き渡った。



 オオオオオオオオオオッ!



 やがて光が消失し、部屋は元の陰気な空気に戻る。


 気がつくとエルの足元に跪いていたラドクリフ伯爵と支配人ザムスが我に返り、気まずい表情で立ち上がった。


 だが、ベッドに横たわる娼婦が醜いままであることにガッカリすると、


「全然治ってないじゃないか。今の魔法はただのコケ脅しなのか」


 今まで一度も口を開かなかったザムスが、陰気な顔をエルに向けて鋭く睨みつける。


 だがエルは平然とした顔で、


「今の魔法は、病気の根本原因を取り除くものです。次はボロボロになった身体の修復を行います」


 そしていつもの変な呪文と踊りを始めた。


【光属性魔法・キュア】


 その魔法が発動すると、今度は純白の光属性オーラが娼婦の身体を包み込み、醜く歪んだ顔が本来の美しさを取り戻し、シミ一つない真っ白な素肌が蘇った。


「何だこれはっ! たかが初級の治癒魔法でここまで完璧に治るものなのか・・・」


 愕然としたザムスが目を大きく見開くと、その隣ではラドクリフ伯爵が目を輝かせてエルを見つめる。


「最後は失われた体力をヒールで回復させます」



           ◇



 すっかり元気になったその娼婦は、早速客間に戻されることになった。


 彼女にとってそれが幸せなことかは分からないが、間もなく死を迎えていた状況よりはるかにマシだと、エルは思った。


 いや、エルは自分にそう言い聞かせて、複雑な胸中を誤魔化すことにしたのだ。


 一方、エルの実力を見せることに成功したクリストフは、


「これで妻の実力が分かったと思いますが、女奴隷の調達をする代わりに、ここにいる娼婦たちを全員完治させるというのはどうでしょうか」


 クリストフの提案に、ラドクリフ伯爵は二つ返事で了解した。


 伯爵にとって娼婦は、その頭数さえ揃っていれば治癒でも調達でもどちらでもよく、それ以上にエルの価値を高く評価し、彼女を自分のものにしたくてたまらなくなっていた。


「いいだろう。君は本当に有能だよクリストフ君」


「ありがとうございます伯爵閣下。それから妻をサポートさせるため、助手の二人も一緒に滞在させてほしいのですが」


「もちろん構わない。ザムス、エルさんたちに失礼のないよう、最上級の客間を用意しておけ」


「・・・承知しました閣下」


 満足そうなラドクリフ伯爵に対し、支配人のザムスはあまりにもできすぎた話にクリストフとエルへの警戒感が高まる一方だった。


 怪しい目を光らせているザムスにクリストフも彼を警戒せざるを得なかったが、何事もない風を装うと、


「そろそろ僕は失礼します。エル、この可哀想な娼婦たちをちゃんと治療してあげるんだよ」


「もちろんです。あなたこそ、わたくしがいない間もサクライ商店のことをよろしくお願いしますわね」



           ◇



 ザムスの案内でエルたち三人が連れてこられたのは、館5階にある客間だった。


 ここは他の客間の2つ分の広さがあるらしく、少し広めの寝室と小部屋に分かれていた。


「ここは王族や上級貴族をもてなすための客間だ。彼らの目に触れないよう、許可されない限り部屋の外には絶対に出るな」


「承知しましたが、食事はどうすれば・・・」


「ふん。飯は部屋に運び込んでやる」


 ザムスはエルのことを信じてはおらず、部屋を出て行った後も下女を見張りに残すほどの用心深さを見せた。



           ◇



 折角アデルへの潜入を果たせたのに軟禁状態にされてしまったエルは、その後も何もできずにその日を終えてしまった。


 夜になっても扉の前を下女たちが交代で見張りに立ち、何を話しかけても事務的なことしか答えない。


 彼女たちの懐柔を諦めたエルは、明日に備えてさっさと眠ることにしたが、ここで問題が発生する。


 三人の部屋割りの問題だ。


 その口火をきったのはユーナの一言だった。


「護衛のボクは小さい方の部屋に一人で寝るので、エル様はラヴィと一緒に広い部屋をお使いください」


「わあい! エルお姉ちゃんと一緒に寝るなんて久しぶりだね!」


 無邪気なラヴィの笑顔に癒されたエルだったが、


「そうだなラヴィ。久しぶりに一緒に・・・いや待てよ、ラヴィって確か・・・」


 嫌な予感がしたエルは、遠い記憶を呼び起こす。


 それはまだエルが冒険者になりたてだった頃、安宿の狭いベッドでラヴィたち4人と身を寄せ合って眠っていたエルは、その時のトラウマをまざまざと思い出したのだ。


(ラヴィの隣で寝るのはマズイ!)


 そのことがあってから、エルはカサンドラを壁にしてベッドの端で眠るクセがついたのだが、そのカサンドラはここにいない。


「ちょっと待てユーナ。お前も一緒に3人で寝よう。そしてお前が真ん中だ!」


「ボクはいいです。ラヴィと二人で寝てください」


「なぜ断る。・・・そうかお前もあれを経験してしまったんだな」


 エルは確信した。


 ジャンたちと共に場末の宿屋を拠点にしているユーナ、ラヴィ、ベッキーの3人は、夜も一つのベッドで眠っているに違いない。


 そしてユーナも、涙を流してエルに告白した。


「ええエル様の言うとおりです。ボクたちは毎晩一つのベッドで眠っていますが、夜中になるとラヴィはベッキーを「ママ、ママ」と慕い、ベッキーもそれを期待してラヴィを隣に寝かせています。そしてボク一人だけが蚊帳の外なのです」


「え? 蚊帳の外なら別にいいじゃないか。お前は何を泣いてるんだ」


「ボクも「ママ」になりたいんですよ! でもこんなまな板のような胸のボクは女としての価値がないんです! うわあああん!」


 泣きながら小部屋に閉じこもってしまったユーナと、眠っている間のことに全く自覚のないラヴィ。


 そんなラヴィに抱き着かれてしまったエルは、これから始まる屈辱の夜に絶望していた。

 次回もお楽しみに。


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