第33話 聖属性魔法の輝き
「どんな作戦だ?」
「エルさんが治癒師として潜入するのです」
「治癒師か。それで誰を治す」
「娼婦です。娼婦不足の原因に感染症の問題もあり、エルさんが娼婦の健康管理をすることで女奴隷の調達を免除してもらい、同時にアメリアを探す作戦です」
「なるほどその手があったか。だがキュアは怪我の治療をするものだし、ヒールは体力を回復させるもの。どちらも病気の治療に効果があるわけではないぞ」
「それは一般的な魔法の効果で、エルさんのキュアは特別なのではないのですか?」
「俺のキュアには純潔の乙女になるという恥ずかしい特殊効果があるだけで、特別なものは何もない。貧民街の流行り病の時に何とかなったのは、病気の原因を取り除くことができたからだ」
「そう言えばそうでした・・・」
クリストフががっかりすると、
「だが病気の原因が分かっていれば、別の方法で治すことはできるはずだ」
「病気の原因・・・一般的に言われているような魔素の乱れとかではなく、腐食した魔獣の体液とか具体的な何かですよね」
「ああ。そんな感じで娼婦の感染症の原因を取り除けば治療はできる」
「でもそんなことをどうやって調べるのですか?」
「調べるも何も、今回の場合は最初から原因が分かっているじゃないか」
「え?」
「どうせ梅毒か何かだろうし、それ用の薬を飲めば治ると思うぜ」
「梅毒? 何ですかそれ」
「お前賢そうに見えて、そんなことも知らねえのか。いや待てよ、この知識は桜井正義のもので、ひょっとしたらこの世界では知られていないのかも」
「この世界?」
「つまりだ。この病気は「バイ菌」が体の中で悪さをしているんだ。だからそいつを消毒すれば治る」
「バイ菌って何ですか」
「そりゃあお前・・・うーん、何て言えばいいんだ。菌というぐらいだから小さなカビか?」
「小さなカビ? そんなものが病気の原因なんて」
「まあ俺が知ってるのはそのぐらいで、どんなバイ菌が原因で、何の薬で治るのかまでは知らん」
「小さなカビを取り除く・・・小さなカビ」
クリストフはしばらく黙り込むと、急に顔を上げてエルの顔を見た。
「今の話を聞いて思い出しました。それができる魔法に心当たりがあります」
「本当かよ」
「ええ。かなり特殊な魔法で使える人間はほとんどいませんが、エルさんならおそらく・・・」
「じゃあ早速呪文を教えてくれ」
「いえ、僕はその魔法を使えないし特殊な魔石も必要です。実家の命令に背くことにはなりますが、彼らの協力を仰ぐしかありませんね」
◇
クリストフは店を閉めると全員でバビロニア大聖堂へ向かった。
修道服に着替えたエミリーが礼拝堂に入ると、大聖堂の司祭が早速彼女を見つけて声をかけてきた。
「これはエミリーさんにマリーさん。王都での巡礼は順調に進んでいますか」
穏やかな微笑みを浮かべ二人を迎え入れる司祭に、だがクリストフがそれを遮った。
「司祭様に聞いていただきたいことがあります」
「おや、あなたは?」
「僕はクリストフという者で、司祭様に懺悔を聞いていただきたいと思い、エミリーさんに頼んでここに連れて来てもらいました」
「懺悔ならお聞きいたしましょう。ではこちらへ」
そう言うと司祭はクリストフ一人だけを連れて懺悔室に向かった。
◇
「さあ、あなたの犯した罪を神に告白なさい。そして許しを得るのです」
「はい。僕はある女性を助けるため、エミリーさんを含めた仲間たちを巻き込み、バビロニア王国に密入国した罪人です。神よどうか許したまえ」
「なんですとっ! それは一体どういうことなのか、もう少し詳しく教えてください」
「はい。僕はシリウス中央教会で枢機卿の立場にあるクリストフ・ネルソンという者です。帝国貴族である僕は入国が認められず、商人と身分を偽って王都に潜伏しています」
「中央教会の枢機卿・・・ネルソンって、まさか」
突然の告白に司祭は言葉を失ってしまったが、クリストフは構わず話を続ける。
「司祭様を騙す形になり申し訳ありませんでしたが、現在とある事件を解決するため極秘裏に動くよう指示を受けており、仕方がなかったのです」
「とある事件・・・中央教会の枢機卿が動くほどのことですから余程の大事件なのでしょう。してその事件とは」
「どうか落ち着いて聞いてください。シリウス西方教会総大司教家であるメルクリウス王家のアメリア王女が誘拐され、ここ王都バビロニアで娼婦をさせられています」
「せせせせ、西方教会の王女殿下が娼婦っ!」
司祭はあまりのショックに卒倒し、そのまま気絶してしまった。
◇
「・・・気がつきましたか司祭様」
「枢機卿猊下・・・そ、そうだ! 今すぐ王女殿下を助け出さなければ!」
「落ち着いてください司祭様。王女殿下が娼婦をさせられているのはラドクリフ伯爵が経営する高級娼館。相手が上級貴族のため、下手に動くと我が帝国やシリウス教会をも巻き込んだ外交問題となり、最悪の場合は戦争へと発展しかねません。内密に解決するためにも僕の作戦に協力してほしいのです」
「枢機卿の作戦・・・ええ、ええ、もちろん我々は協力を惜しみませんが、一体どういう作戦でしょうか」
「東方教会が保有するある至宝を、僕にお貸しいただきたいのです」
◇
懺悔室から出て来たクリストフは、エミリーとマリーの二人にここで待つように告げると、エルを連れて教会の転移陣室に向かった。
「本当に一気に転移するつもりですか」
「急いでますし、僕たち二人なら大丈夫です。構わずお願いします」
「承知しました・・・ではご無事で」
心配そうな顔の司祭が転移陣を起動すると、二人は東方諸国の中心地「魔法王国ソーサルーラ」への跳躍を果たした。
だが到着と同時に、エルが床に倒れ込んだ。
「うげぇーーっ! ゲロゲロゲロ・・・」
「うぷっ・・・やはり無茶をしすぎてしまいました。申し訳ありませんエルさん・・・おえーーっ!」
「い、いい加減にしろよクリストフ! 死ぬーっ!」
転移酔いで床をのたうち回る二人に、転移室の管理をしていた修道士たちが迷惑そうに見つめていた。
バビロニア大聖堂の司祭からの書状を見せて東方教会総大司教カールビエラの元に案内された二人。
穏やかな笑みをたたえた初老の高僧が二人を温かく迎えてくれた。
「これはこれはネルソン枢機卿猊下。こんな遠いところまでわざわざお越しいただき、一体どのようなご用件でしょうか」
「はい、カールビエラ総大司教猊下。本日は折り入ってお願いしたいことがあり参上いたしました。実は」
人払いをお願いした後、クリストフがアメリア王女の件を話す。
すると温厚な性格で知られるカールビエラが真っ赤になって激怒し、魔導大隊を率いてバビロニア王国を攻め滅ぼすと言い始めた。
「ちょっと落ち着いてください総大司教猊下っ!」
そんな彼を慌てて止めたクリストフは、自分の考えた作戦を伝える。すると、
「お話は分かりましたが、あの至宝は大聖女様にしか使えず、現在は残念ながら空位です」
「それは承知していますが、至宝をお貸しいただければ後はこちらで何とかします」
「何とかするとおっしゃられても、まさか貴国の皇帝陛下を担ぎ出すつもりではないでしょうね」
「そんなことをしなくても、ここにいるエルさんならあの至宝を使えるはず」
「そんなバカな・・・いやちょっと待ってください。よく見ればこのお方の顔は伝説の大聖女ローラ様とよく似ておられる。まさか・・・」
「そのまさかです。彼女は皇帝陛下の姪であらせられるエル皇女殿下です」
「おおっ! その翠眼はまさしくアスターの血族! 今すぐに魔石を用意しますのでしばしお待ちを」
しばらくしてカールビエラが大事そうに抱えてきたのは、七色に輝く魔石だった。
「これは『ウィザーの魔石』といって、死の病である『エール病』が再発した場合に備えて大聖女ローラ様がお作りになられた物です。一度試してみますか」
そう言ってカールビエラはエルに魔石を手渡した。
「じゃあ呪文を教えてくれ」
「呪文を唱えなくても大丈夫ですよ。聖属性魔力を魔石に送り込めば発動しますから」
「聖属性魔力? 俺にそんなものはないが」
「そんなことはないでしょう。エル様には聖属性魔力を感じますし、一度試してみてはいかがですか」
「・・・この魔石に魔力を送るだけでいいんだな」
エルは魔石を握りしめると、思いっきり魔力を込めてみた。すると頭上に魔法陣が浮かび上がり、七色のオーラが満ちていった。
「おお・・・やはりエル様は聖属性魔力をお持ちだ」
「これが聖属性魔力・・・ていうか、たまに出て来る七色のオーラって聖属性魔力だったのかよ。それでこの後どうするんだ。また変な踊りでもするのか?」
「聖属性魔法ウィザーと唱えるだけです」
「わかった」
【聖属性魔法・ウィザー】
その瞬間、頭上の魔法陣が慈愛に満ちた穏やかなオーラに満ち溢れ、まさに神が降臨するかのような神々しい光が辺り一面に降り注いだ。
礼拝堂のパイプオルガンが奏でる荘厳な音色が部屋中に鳴り響き、クリストフとカールビエラの二人は、涙を流しながらエルの足元に跪いた。
◇
「二人とも俺に跪くのは止めてくれよ!」
「そう言われても、あの神々しい聖属性オーラを見てしまうと身体が勝手に反応するんですよ。ねえカールビエラ総大司教猊下」
「はい。大聖女ローラ様の時と全く同じでした。本当に素晴らしい!」
「いちいちめんどくせえ魔法だな・・・」
「そんなことよりもエルさん。魔石も手に入ったし、すぐにバビロニア王国に戻りましょう」
「・・・え? さっきここに来たばかりなのに、また今からあの転移陣を使うのかよ」
「ええ。一刻も早くアメリアを助け出さなければ」
「い、嫌だっ! まだ吐き気がするし、せめて今夜一晩ここに泊めてくれーっ!」
次回もお楽しみに。
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