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第31話 エル、男のスジを通す

 エルが王都バビロニアから姿を消して1週間後。


 貴族街の一画、セドリア男爵の屋敷を冒険者の集団が訪れた。


 血と泥にまみれた総勢8名の冒険者パーティーのリーダーは、赤い鎧を装備した女騎士だった。


 最初は門前払いをしようとした衛兵も、彼女が身分証を見せると門を開け、中に入るよう促した。



           ◇



 応接室にズラリと並ぶ人相の悪いゴロツキと顔を隠した女騎士や魔導師を従え、一人ソファーに座って兜を脱ぐエルに、セドリア男爵が怪訝な表情で尋ねた。


「サクライ商店の細君が来たと言うから屋敷の中に通したが、そんな物騒な連中を連れて来やがって、我が家宝を返せと言いに来たんじゃないだろうな」


「その逆だよ。男爵閣下が奪われたお宝を取り返してきてやったぞ。全部揃ってるか確認してくれ」


「まさか・・・」


 エルが収納魔術具を作動させると大量の財宝が溢れ出した。


 それをジャンたちが応接室一杯に並べると、男爵はすぐ家臣を呼び寄せ、一つ一つ確認した。






「・・・信じられん、家宝が全て見つかった」


「よかったな閣下」


「まさかこれも返してくれるというのか?」


「だから最初に言っただろ、取り返してきてやったと。もし必要ならこいつも譲ってやろう」


 そう言ってエルが差し出したのは、盗賊たちの生首だった。


「息子さん夫婦の屋敷を襲ったのは、この辺りでも悪名高い盗賊団「スネークドラゴン」。そのリーダーのスカルの首がこれだ。そして屋敷を襲った実行犯はバウスとその手下たちで首はこれとこれとこれ」


「・・・ワシの騎士団でも足取りすら掴めなかったのに、どうやってコイツらを見つけ出せた。しかも盗賊団を丸々一つ潰してしまうなんて」


「そこは餅は餅屋というか、スラム街の連中を片っ端から締め上げて盗品ルートをたどり、アジトを見つけたんだよ」


「あの広いスラム街を・・・」


「でも想像以上の大組織で、さすがに俺一人では歯が立たなかったから、後ろにいる連中の力を借りた」


 エルが誇らしげに後ろを見ると、ジャンやダン爺さんたち4人のヒューバート騎士団がニカッと笑い、ラヴィ、ベッキー、ユーナの3人は剣や杖を床に打ち付け、カシャンと一回音を鳴らした。


 男爵はゆっくりと立ち上がってエルの前に跪くと、その手をしっかり握って涙を流した。


「ありがとうエルさん。これで天国の息子夫婦も浮かばれるだろう。この首はもちろん引き取らせてもらうし、串刺しにしてスラム街の入り口に並べてやろう。奴らへの見せしめだ!」


「お、おう・・・閣下の好きなように使ってくれ」


「それから礼と言ってはなんだが、返してもらった家宝の分も含めて、全て買い取らせていただきたい」


「いや、そんな金は受け取れねえ。だがコイツらの首を上げた報奨金なら喜んで受け取るよ。かなり強かったから5万BKGってところが相場かな」


「たったそれっぽっち! それではワシの気が収まらんのでその10倍、いや20倍の100万BKGは払いたい」


「たかが盗賊団一つでそんなに受け取れるわけないだろ! だがそこまで言うなら一つお願いがある」


「何でも言ってくれっ!」


「このお宝にも元の所有者がいるはずだ。そいつらにも返してやりたいので、知り合いの貴族たちにも声をかけてやってくれないか」


「これをタダで返してやるというのか」


「ああ。俺の店まで取りに来てくれれば、全部返してやると伝えてくれ」


「そんなことをして一体何の得がある」


「別に得をしようと思ってやってるわけじゃねえ。持ち主がハッキリしている盗品があれば、元の持ち主に返してやるのが男のスジってもんだろ」


「スジか・・・よしわかった! エルさんがそれでいいなら、ワシの知り合いの貴族に片っ端から声をかけよう」



           ◇



 翌日、サクライ商店には朝から貴族たちが家臣を連れて大挙して詰めかけていた。


 狭い店舗に入り切れず、店の前にズラリと並べられた盗品の数々に、貴族たちは次々と自分たちの盗まれた家宝を見つけ出していく。


 それをエルが「全部持っていけ」と宣言したため、慌てたクリストフが彼女を店の奥に連れ込んだ。


「彼らの言い分を全て丸飲みしてしまって大丈夫ですか。嘘をついて他の商品まで持って行かれたら収拾がつかなくなりますよ」


「そんなことにはならないだろう」


「どうしてですか?」


「貴族というのは見栄っ張りな連中で、一人の時は横暴だが他の貴族が見ている前ではそんなみっともない真似ができないものだ」


「見栄っ張り・・・確かにその通りです。さすが皇女殿下、貴族のことをよく理解されてますね」


「そんなんじゃねえよ。俺は奴隷として生きてきたから、貴族と距離をおいて見ることができるんだ」


「奴隷として生きてきた・・・か。まあ、盗賊団から財宝を奪い返してきたのはエルさんですし、僕もエルさんの考えに賛成します」




 納得したクリストフがエルを連れて戻ると、貴族たちの中にセドリア男爵の姿があった。


 彼はこの店にはもう用事がないはずだったが、集まった貴族の前で店の商品を手に取った。


 それは30万BKGもする高価な食器だったが、これ見よがしに買って見せたのだ。


 そして、


「ワシはエルさんが気に入った! サクライ商店をセドリア男爵家のお抱え商人とし、この店の商品を優先して買うことにするぞ!」


 突然のお抱え商人宣言に、他の貴族たちも黙ってはいなかった。


「ちょっと待てセドリア男爵! この店は我がフェーベル子爵家のお抱え商人にしようと思っていたところだ。抜け駆けはやめろ!」


「なら、貴様も気概を見せてみることだな」


「言われるまでもないわ! 貴様が30万の食器なら、ワシはこの40万BKGの壺だっ!」


「では私はこの20万BKGの絵画をもらおうかな。ちょうどこういう感じの絵がほしかったのだよ」


 そして貴族たちは競うように店の品物を買い漁り、気が付けばドワーフの剣や盾も含めて全て完売してしまった。



           ◇



 空っぽになった店を閉めて売り上げを確認した4人は、カウンターに積まれた金貨の山に茫然とする。


「578万BKG! こんな大量の金貨を見たのは生まれて初めてだよ」


「僕もです。でも商品が完売してしまったから、また仕入れから始めないと店が開けられないですね」


「だな。また掘り出し物を探しに、今度は別の街のスラム街に行ってみるか」


「それなら4人で行きましょうよ、エル君」


「もちろんだ。よしマリー、俺たちは武器や防具を仕入れるぞ」


「それなら私にも良し悪しが分かります。ではどちらがいいものを探し出せるか競争しましょう」



           ◇



 店を閉めて数日が経った頃、一通の手紙が届いた。


 宛先はクリストフだったが、その差出人が王都でも1、2を争う豪商、エリック商会の会頭だったのだ。


 しかもその手紙に用件が書かれておらず、今日の夕方エリック商会まで来てほしいとだけ書かれていた。


「・・・ついに来ましたね」


「ああ、サロンの誘いだ。しかもクリストフだけで来いと書かれているし、たぶん当たりだろう」


「エルさんは行かないのですか?」


「行かねえよ。娼館に妻について来てもらう夫なんかこの世にいねえし、お前一人で行ってこい」


「僕一人で・・・分かりました。少し前の僕なら無理だったけど、今ならきっと大丈夫。アメリア・・・今から僕が助けに行くぞ」


「その意気だクリストフ。だが気負いすぎて無理だけはするなよ。まずは様子を見て来るだけでもいいんだからな」


「あくまで慎重に・・・ですね」



           ◇



 二人の予想通り、会頭の用件はクリストフをサロンのメンバーにすることだった。


 会頭室のソファーに座ったクリストフに、初老の会頭がサロンに招待した理由を明かす。


「本来ならギルドに入ったばかりの新参者に声をかけるなどありえないのだが、貴族側の推薦で今回の運びとなった。おめでとう」


「貴族側の推薦ですか。そういうことでしたら有り難く参加させていただきます」


「君はかなりの美男子だし美人の奥さんまでいるから娼婦なんか必要ないだろうが、アデルは貴族と商人の秘密の社交場でもあるし、大きな商談はアデルで行われることも多い」


「・・・そのアデルはどこにあるのですか」


「ラドクリフ伯爵の別邸がまるごと娼館になっている。表向きは貴族の社交場だがそこの侍女が全員娼婦なのだよ」


「伯爵家の別邸・・・」


「君は場所を知らないだろうし、今回は私が連れて行ってやろう。ラドクリフ伯爵とも顔合わせしておく必要があるからな」

 次回もお楽しみに。


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