第28話 クリストフの商才
サロンとは一定以上の財力を持つ大商人たちの同好会であり、どんなサロンに誰が入っているのかはそのメンバーしか知らない。
商業ギルドはサロンの設立や運営には一切関与しておらず、顔なじみの商人からの誘いがない限りそこに入ることができない。
以上が、受付嬢からエルたちが聞いた説明であり、目的のサロンに入るためには大商人たちの仲間入りをして信用を勝ち得なければならず、二人は「サクライ商店」を真面目に立ち上げることにした。
商業ギルドの仲介で王都メインストリートの一画に小さな物件を借りたエルは、その一階を店舗、二階を住居として構え、収納魔術具に放り込んでいたアイテムを商品として店先に並べた。
「ナギ爺さんの弟子としての感覚からすると、ドワーフの剣は1本5万BKG、ドワーフの盾は8万BKGぐらいはするな。あと、ボスワーフが使っていた大きな盾は20万BKGで売りに出すか」
ボスワーフの剣はエルが自分で使うことにしたが、海賊団レッドオーシャンのアジトから持ち帰った他の武器や防具には片っ端から値札を張っていく。
その中に一枚だけ絵画が混じっていた。
「これはボスワーフの部屋に飾ってあったものだが、エレノア様がいいものだと言っていたので貰っておいた。これも売っちまおうと思うが、値段をいくらにしようか」
するとクリストフは、
「これはすごい・・・この絵画はルビニールの晩年の作品「神々の黄昏」。もともと帝国宰相ヴィッケンドルフ公爵が所有していたものですが、政変の際に屋敷から持ち出されて所在不明になっていた名画中の名画です」
「へえ、随分と詳しいんだなクリストフ」
「はい。教会の枢機卿になるためには教義だけでなくいろんな教養を身に着ける必要があります。僕は絵画についても一通り勉強したんですよ・・・アメリアと一緒に」
「婚約者と二人で家庭教師について勉強かよ。さすが金持ちのボンボンは違うな。それでこの絵の値段はいくらにすればいい?」
「これを売るなんてとんでもない! 帝国に持ち帰ってご自分の宮殿にでも飾って下さい」
「宮殿なんか持ってねえよ! まあ、お前がそこまで言うなら売らないでおこう。だが、まだまだ商品が足りないしどうしようか」
狭い店舗だが、剣と盾を数個並べただけでは商品棚はスカスカで、せっかくお客さんが入ってきてもすぐに出て行ってしまう。
困ったエルは、収納魔術具の中のものを全部外に出すと、自分のドレスや下着を商品棚に並べ始めた。
それを見たクリストフが顔を真っ赤にして慌てる。
「しししし下着なんか並べちゃダメですっ! 確かに皇女殿下のドレスや下着にはもの凄い価値がありますが、はしたないので絶対に止めてください! 商品がなければ仕入れてくればいいんですよ」
「仕入れか・・・なるほどな。よしクリストフ、早速商品の仕入れに行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「盗賊団のアジトに決まってるだろ。あいつらのお宝を全部強奪して、この店に並べればいいじゃないか」
「エルさんの発想が既に盗賊ですよ!」
「え? ・・・じゃ、じゃあ盗賊から買うか?」
「エルさんはいったん盗賊を忘れて下さい! いや待てよ・・・いい手を思いつきました」
「へえ、どんな手だ?」
「さっきの絵画ほどじゃないですが盗品の中には名画や骨董品があるはず。そういったものを扱うブラックマーケットを回って、掘り出し物を探しましょう」
「なるほど! 頭がいいなお前。じゃあまずは冒険者ギルドに行って70万BKG全部下ろすぞ」
それから数日、冒険者装備に身を包んだエルとクリストフは王都の巨大なスラム街に潜伏し、ブラックマーケットのめぼしい商品を片っ端から買い漁った。
◇
王都の中央、シリウス東方教会「バビロニア大聖堂」の転移陣室に転移したエミリーたち5人は、エルたちを探すために早速冒険者ギルドへと向かった。
「エル君は国境の街ジェラトのギルドで冒険者登録をしていたから、王都のギルドで活動をしているはず。受付嬢にエル君のことを尋ねてみましょう」
だが繁華街へ入った途端、エミリーたちの前に数人のゴロツキが現れた。
薄汚い格好をした男の一人が、懐のナイフをちらつかせながらエミリーに近づく。
「おい姉ちゃん、この王都は初めてみたいだし、俺たちがいい場所に案内してやろうか。ウヘヘヘヘ」
下卑た笑みを浮かべる男たちに、だがエミリーは笑顔でそれに答えた。
「承知しました。皆様のような方にも神は救いの手を差し伸べます。まずはどこか静かな場所で神のお言葉を学びましょう」
周りの通行人たちは気の毒そうな顔をエミリーに向けるが、ゴロツキが恐くて誰も助けようとしない。
そうしているうちに貧民街に連れてこられたエミリーたちは、場末の安宿に連れ込まれてしまった。
そして彼らの部屋の椅子に座ると、ゴロツキの一人がニタリと笑った。
「待ってたぜエミリー。到着早々すまんが、エルたちを手伝ってやってくれ」
「遅くなってごめんなさい、ヒューバート伯爵。それでエル君はどこに?」
「メインストリートにある『サクライ商店』という店だ。そこで絵画や骨董品を売る商売を始めている」
ゴロツキに変装していたのはジャン率いるヒューバート騎士団で、スラム街に入り浸っていたエルとクリストフを、彼らに気づかれないようこっそり護衛していたとのこと。
ジャンは状況を手短に説明すると、エミリーたちに指示を出した。
「エミリーとマリーの二人はエルに合流して店番を手伝ってやれ。残りは俺たちと共にエルの護衛だ」
「了解よ。ところで伯爵がここにいることをエル君は知っているの?」
「もちろん知らない。だがお前らは俺の命令でここに来たと言った方がいいし、俺たち騎士団が護衛についていることもエルに伝えてもらって構わない」
「分かった。それでエル君は何のためにお店を?」
「そこまではわからんが、お前ら二人の外見なら店番にピッタリだろう。聖騎士隊の奴隷契約はもう解除していいから、二人は商人風の服に着替えてエルの店に向かってくれ」
◇
浮かない顔のエルが、店のカウンターに立つクリストフに話しかける。
「商品棚は骨董品で埋まったし、壁にもいい感じの絵画を並べた。なのに客が一人も来ないのはなぜだ」
「それは僕たちが仕入れをしている間、ずっと店を閉めていたからです。それにここが何のお店かよくわからないし、お客さんが素通りしてしまうんですよ」
「なるほどそういうことか。だが俺たちに店番なんかしてる暇はないし、誰か人を雇うか」
「それは絶対にダメです。ここにある商品はどれも高価なものばかりですし、盗まれでもしたら大変です」
「それはそうだが俺達の目的はあくまでアメリアを助けることで、あまり時間をかけられないぞ」
「そうなんですよね・・・では仕入れと商人との交流は僕が一人で担当して、エルさんには店番を・・・」
だがその時、店の扉が開いて2人の若い女性が中に入ってきた。そして、
「エル君!」
「ええっ!? エミリーさんじゃないか。それにマリーも・・・どうして二人がここに?」
「ヒューバート伯爵の指示でエル君を助けに来たの。ラヴィちゃんや他の聖騎士隊も伯爵と一緒にスラム街に身を潜めているわよ」
「本当かよ! 全く気がつかなかったぜ、なあクリストフ」
「ええ全く。ですが伯爵ならエルさんを護衛するためにここに来ていると思ってました」
「よく考えれば、ジャンは海賊団のアジトにだって付いてくるし、ここにいても全く不思議ではないな。だがこれで人手の問題は解決したぜ」
「ええ。エミリーさんとマリーさんなら店番を任せられますし、これで僕たちは作戦に集中できます」
ハイタッチで喜ぶ二人だが、急にエミリーが顔を曇らせると、ジト目でエルを睨み付ける。
「いろいろ聞きたいことがあるけど、エル君とクリストフ枢機卿が新婚夫婦で、夜もお盛んだったってギルドの受付嬢がニヤニヤしてたわよ。どういうことなのかちゃんと説明してちょうだい、エル君っ!」
次回もお楽しみに。
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