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第27話 エル、商人になる

 貴賓室の窓から抜け出し、壁づたいに控え室まで戻ったエルは、クリストフをその両腕に抱えると全速力でそこから逃げ出した。


 邪魔な障害物をなぎ倒して娼館街の路地裏を走り抜けたエルは、そのままの勢いで繁華街も駆け抜け、今夜の宿に飛び込んだ。


 息を切らせてベッドに倒れ込んだエルは、あまりのスピードに目を回して床にへたり込むクリストフに、娼婦から聞かされた話を伝える。


「・・・はあ、はあ・・・高級娼館アデルの場所は分からなかったが・・・商業ギルドの『サロン』に手掛かりがあることは分かった・・・ゲホッ!」


「本当ですか、それは!」


「・・・ああ。・・・アリアの名前を聞いた時の娼婦の反応から・・・彼女がそこにいることもほぼ確実だ・・・ゲホッ、ゴホッ!」


「・・・すごい、さすがエルさんだ。でもそうか、やはりアメリアはすぐ近くにいたんだ・・・」


「ゴホ、ゴホッ! ・・・よかったなクリストフ。そのためにはまず商業ギルドに入らなければならないが・・・俺もこの業界のことは何も分からん。明日、身なりを整えて商業ギルドに行ってみるぞ」


「はい! ここまではエルさんにおんぶに抱っこでしたが、今度こそ僕も活躍して見せます」



          ◇



 翌朝一番で洋服店に飛び込んだエルとクリストフは、そこで服装を整えると商業ギルドへ向かった。


 高級スーツに身を包み、シルクハットをかぶったクリストフは、完全に若手実業家の装いだ。


「さすがネルソン侯爵家の令息閣下だ。奴隷商人なんかより、こっちの方が断然様になってるな」


 一方エルは、清楚な白のシャツに黒のタイトスカートというキャリア女性風の装いだ。


 かわいいもの好きのキャティーの強い勧めで長く伸びてしまった金髪を後ろで綺麗に束ね、薄めの化粧と伊達メガネで二十歳ぐらいに偽装する。


「エルさんもよく似合ってます。娼婦姿のエルさんは僕には目の毒でしたので、正直ほっとしていますよ」


「確かにこっちの方がまだマシだな。女衒を騙すためとは言え、あんなみっともない姿は二度とごめんだ」


 そんな二人は、王都メインストリートの一画を占める、伝統と格式を誇る建物へと入って行った。




 商業ギルドの中では高級スーツに身を包んだ商人たちがテーブルを囲んで商談を進めたり、大きなボードに下働きの子供たちが並べた数字を見て、商人たちが声を張り上げてしきりに取引を行っている。


 そんな活気あふれるフロアーを横切って受付カウンターにやって来た二人は、受付嬢に商業ギルドへの登録を申請する。


「当ギルドでは、売掛金の決済や当座の資金を融通するための証拠金として10万BKGをお預け頂く決まりになっています」


「10万BKGか。今手元にないからちょっと冒険者ギルドに行って・・・」


「それならちょうど僕が持っています。受付嬢さん、ここに金貨10枚ありますので確認してください」


「・・・確かに。いずれも本物の王国金貨でしたので、証拠金を受理させていただきます。次は取り扱う商品の登録ですが、お二人は冒険者ギルドの会員でもあるようですのでやはり古物商を?」


「古物商か・・・それでお願いする」


「承知しました。次に商会の登記を行いますので商号を教えてください」


「商号ってなんだ?」


「冒険者風に申し上げるとパーティー名ということになります。冒険者証と同様に『ラブラブ夫婦商店』になさいますか?」


「「それだけは絶対にやめてくれ!」」


「ではどのような名前を」


「そうだな・・・クリストフお前が決めろ」


「いいえ、ここはエルさんが決めてください」


「証拠金を出したのはお前だし、お前が社長だ」


「いえいえ、ここまで上手くやれたのはエルさんのお力があってのことですし、会頭はエルさんが」


「いいやお前だ、クリストフ」


「いいえ、エルさんにお願いします」


 いつまでも譲り合う二人にうんざりした受付嬢が、


「ご結婚されたばかりで幸せなのは分かりますが、そういうことはご自分の家でなさってください」


「「・・・・・」」


 気まずい雰囲気が漂うカウンター。


 真っ赤になったクリストフが黙り込んでしまったため、エルは折衷案を出すことにした。


「じゃあこうしよう。店の商品は俺が集めたアイテムだし店のオーナーは俺で、名前も桜井商店だ。だが店の経営は俺にはできないから、全部お前に任せる。お前が社長だクリストフ」


「オーナーと会頭を分担するのですね。了解ですエルさん。・・・ところで「サクライ商店」ってどういう意味ですか?」


「前世の俺の名前だ。受付嬢、これでいいか」


「ええ結構です。それでは商業ギルドの会員証を発行いたしますので、大切に保管してくださいね」


 こうしてエルとクリストフは本物の商人になった。



           ◇



 ちょうどその頃、国境の関所にたどり着いたエミリーたちは困惑の表情を浮かべていた。


 2日前にエルがここに到着していたことはギルドの受付嬢から確認が取れていたが、関所付近を探してもどこにもエルの姿が見当たらなかったのだ。


「アイツはもう関所を通過しやがったらしい。俺たちも急ぐぞ」


 そしてジャンの目論み通り巡礼者と奴隷商人に扮したエミリーたちはいとも簡単に関所を通過することができたが、国境の街へ走る彼女たちにジャンがある提案をした。


「このペースだと、おそらくエルのやつはもう王都までたどり着いたかもしれん。先に行かせた部下もエルに追いつけていない可能性もあるし、心配だから俺は先に行く。お前たちは後から来い」


「ええ。その方がよさそうね」


「それから、お前たちには一つだけ嘘をついていたことがある」


「え?」


「今から話すこと、そしてこの国で起きる全てのことは重大な国家機密であり、帰国した後も一切他言無用だ。さもないと命の保証はできない」


「わ、分かったわ・・・」


 普段はふざけているジャンがいつになく真面目な顔をしたため、エミリーたち全員が首を大きく縦に振って了承する。


「エルは単独行動ではなく、男と二人連れだ」


「ええっ! エル君が男の人と二人きり・・・それって誰なの?!」


 一気に血の気の引いたエミリーに、ジャンはその男の名を告げた。


「クリストフ・ネルソン枢機卿だ」


「く、クリストフ枢機卿が?! どういうことなのそれ・・・」


「今回のエルの行動は枢機卿の依頼を受けてのものだが、彼の目的まではこの俺も聞かされていない。だがエルの身を守ることは皇帝陛下から受けた勅命であり、だから危険を冒してまでバビロニア王国までやってきた。お前らはどうだ?」


「・・・わ、私たちもエル君の力になりたくてここまで来たのよ。そのためならどんな危険も冒すし秘密だって守るわ。ねえみんな」


 エミリーの言葉に全員が顔を見合わせて大きくうなずくと、ジャンはニカっと笑った。


「このメンバーならそう言ってくれると思った。じゃあ王都でまた会おうぜ」


 そう言ってジャンは猛烈なスピードで走り去ってしまった。



           ◇



 その後半日かけて国境の街ジェラドに到着したエミリーたち5人は、そのまま街の教会へと向かった。


 巡礼者としてバビロニア王国に入国したエミリーたちは、その所在を必ず教会に知らせる必要があったからだ。


 ここバビロニア王国を管轄するのは、エミリーたちの所属するシリウス中央教会ではなく「シリウス東方教会」という組織だ。


 東方諸国とはランドン=アスター帝国の東方に位置する国々の総称で、だがそれぞれが独立国であるこの地域は決して一枚岩ではない。


 東方教会はこれらすべての国々にまたがるため政治的に中立の立場を守っており、ここバビロニア王国では帝国からの巡礼者を受け入れる代わりに、その管理を厳格にするよう求められていた。


 そういった事情もあってエミリーたちが街の教会を訪れると、司祭たちが温かく迎え入れてくれた。


「ようこそ、ジェラド教会へ。我々東方教会は、みなさまの来訪を大歓迎いたします」


「ありがとうございます。でも帝国人の私たちが歓迎されるとは思ってもみませんでした」


 エミリーが不思議そうに尋ねると、


「こういったご時世で、帝国からの巡礼者がめっきり減ってしまったのです。我々としても東方教会の教義を帝国の方々に知ってもらいたいと願っており、あなたのような若い修道女の来訪は大歓迎なのです」


「そういうことでしたのね」


「それにあなたたち姉妹の胸に輝くロザリオは、中央教会が認めた巫女の証。その魔石から放たれるオーラからもお二人が格の高い修道女であることがすぐにわかりました」


「ええっ! 魔石からオーラが・・・」


 エミリーは自分たちの正体がバレるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、司祭はニッコリと微笑むと、


「それにお供の戦闘奴隷の3人も元は貴族令嬢だったのでしょう。娼館に売られかねない彼女たちを保護して巡礼者の旅に出るなど、誰もができることではありません。そんな慈悲深いあなたに我々も最大限の便宜を図りましょう」


「最大限の便宜って・・・」


「巡礼の際に我々の転移陣をお使いいただくのはもちろんのこと、巫女のお二人には司祭が使う個室を、お供の3人にも修道女たちと同じ部屋での宿泊を許可致します」


「それは願ってもないことですが奴隷でもいいの?」


「奴隷というのは俗世の事情でそうなったに過ぎず、人間は神の前に等しく平等。救いを求める全ての者に神はそのご慈悲を与えるでしょう」

 次回もお楽しみに。


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