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第9話 魔法少女シェリア

 それから一週間。


 5つあったパーティー全ての体験を終えたエルは、カウンター前の飲み屋の席に座り、自分に合うパーティーが見つからなかったことに頭を抱えていた。


 それを心配そうに見ていたエミリーは、エルの隣に座ってアドバイスをする。


「そんなに気にしなくてもいいわよ。エル君ならすぐにランクも上がって、上位パーティーへの参加資格も得られるし、だから今回の候補には「脱退の自由」を条件にしたんだから」


「上位パーティーか。そう言えば、この5つから選ぶ必要はなかったな」


「そうよ。だから元気出して、たまにはギルドで夕食を食べていくといいわよ。パーティーを組まなくても色んな冒険者と仲良くなることは大事なことだし」


 エミリーさんはそう言って優しくほほ笑んだ。


「晩飯か。あまり無駄使いしたくないが、男たちとの信頼関係を作るには酒を酌み交わすのが一番だしな」


「そうそう。エル君はもう大人なんだし、大人の付き合いを学ぶのも新人冒険者の努めよ」




 エルは早速給仕の女の子を呼んで肉とスープ、葡萄酒を注文。インテリの分も取り皿に分けてもらって、二人でささやかな宴会を始めた。


 なおフルフェースの兜は口元の部分だけ開くようになっていて、顔を隠したまま食事がとれるところが、大金持ちのお嬢様仕様と言われる理由の一つだ。


 さて食事を始めて間もなく、エルの周りにはこの一週間で体験入会したパーティーメンバー数人が集まってきた。みんなエルとこうして酒を酌み交わす機会を待っていたのだ。


 その中にはすぐ女の尻を触る例の酔っ払いのオッサンもいて、バツが悪そうにエルに話しかけて来た。


「あの時は尻ばかり触って、すまなかったなゴリー」


「尻だけじゃなく胸も触っていた気もするが、済んだことだしもういいよ。それよりゴリーって何だ」


「おっといけねえ! ゴリラ女じゃ長すぎるから俺っちの仲間内ではお前さんのことをゴリーって呼んでんだ。どうだ可愛い名前だろ」


「可愛い以前に、俺のことをゴリラ女って随分と酷え言い方だな。別にいいけど」


 このオッサン、本人の前でも変なあだ名を躊躇なく使うあたり、ある意味「潔い男」なのだろう。真似をしようとは思わないが一本筋が通っている。


 ただ周りの冒険者は顔を真っ青にしてハラハラしていたが、エルが特に気にも留めない様子にみんなホッと胸をなでおろし、そして一斉に飲み始めた。





 しばらくみんなと酒を飲んでいると、後ろの方で何やら騒ぎ声が聞こえて来た。


 気になって振り返ると、遠くの方で別のパーティーメンバーが宴会を開いていて、その中の一人、女冒険者が大声で騒いでいたのだ。


 全員初めて見る顔で、エルは彼らが何者なのか周りに聞いてみた。


「アイツらは、昨日ここに来た他領ギルドのパーティーだ。何やら特別なクエストに挑んでいるらしく、ここは通過するだけだと言っていた」


「特別なクエスト・・・とうことは、彼らはかなりの上位パーティーなのか」


「どうやらBランクパーティーらしい」


「Bランクか・・・すごいな」


 冒険者ギルドは領地ごとに置かれているため、国全体では何十、何百とあるらしい。その全てがBランクパーティーを抱えているわけではなく、うちのギルドも最近までBランクパーティーがいたものの、長期のクエストに出かけてしまって今は安否不明らしい。


 そんな上位パーティーにいる女冒険者って一体どんな奴だろうと見てみると、ピンク色の長い髪に大きなとんがり帽子をかぶり、黒系統の長いローブを身にまとったかなり可愛い女の子だった。


 だがその可憐な見た目にも拘わらず、テーブルの上に仁王立ちすると酒を一気に呷っていたのだ。


「何やってんだアイツ・・・」


 エルは呆れたようにその様子を見ていたが、酔っ払いのオッサンがみんなを手招きすると、ヒソヒソ話を始めた。


「どうやらあの女魔術師はかなりの酒乱らしい。昨夜もあんな感じで大騒ぎをして、ウチの野郎どもに無理やり酒を飲ませていた」


「あれは本当に酷かったな。顔がかわいいから俺たちもついつい乗せられて一緒に飲んでたら、最後には完全に酔い潰れてしまったしな」


「最後はあの子も酔いつぶれて寝ちまったらしい」


「それで仕方なくギルドの受付嬢さんの宿直室に泊まらせたのはいいが、今日は二日酔いが酷くて使い物にならなかったらしく、味方に向けて爆裂魔法エクスプロージョンを派手にお見舞いしたそうだ」


「うへえ! その魔法って火属性魔法でも最上級クラスの・・・まさか死人が出たんじゃ」


「そこはさすがのBランクパーティーで怪我人は一人もいなかったらしい。ていうかアイツ普段からヤラかしてるらしく、ついたあだ名が味方殺しのシェリア」


「うひゃあ・・・いくら女日照りの俺たちでも、あの嬢ちゃんだけは御免だな。顔は可愛いがあんな女を嫁にしたら命がいくつあっても足りねえ。それに胸は平らで尻もねえし、あれじゃあ子宝には恵まれねえ」


「その点ゴリーは、顔はブサイクかもしれんが胸も尻もデカイし子供を作るには持って来いの身体だな」


「おいオッサン、いい加減にしないとぶん殴るぞ」


「うわっ! すまねえゴリー。これでもお前をほめたつもりだったんだ。だっていい女の条件は何人子供を生めるかってことだ。どうだ、試しに俺っちの子供を2、3人産んでみないか」


「ふざけるな! 誰がオッサンの子供なんか産むか」


 その後もオッサンたちは女の話に花を咲かせ、後ろのパーティーは女魔術師がさらに飲みのペースを上げていった。


 そんなギルドはいつまでたっても騒ぎが収まる様子を見せず、被害を避けるように冒険者たちが徐々にギルドを後にすると、エルたちもとばっちりを食わないようその日はお開きになった。





 翌朝エルがギルドにやって来ると、飲み屋のテーブル席に座って泣いているあの女魔術師の姿があった。


 それをエミリーたち数人の受付嬢が慰めており、そこを通りかかったエルにエミリーが事情を説明してくれた。


「このシェリアちゃん、どうやらパーティーに置いけぼりにされたそうなのよ。昨夜も私の部屋に泊まったんだけど、朝待ち合わせ時間になっても誰もギルドに来ないし、心配になって宿屋に迎えに行ったら、昨日の夜遅くに全員荷物をまとめて宿を引き払ったって」


「夜逃げ?」


「そうなの、困ったわね・・・」


 いつも笑顔のエミリーが困った顔をしていたので、少しでも彼女の助けになってあげようとエルは女魔術師に話しかけた。


「シェリアと言ったか、エミリーさんたちも困っているしそろそろ泣き止んだらどうだ」


「うわあああああん!」


 エルがそう言うとシェリアの泣き声が一段と大きくなり、鼓膜が「キーン」と耳鳴りした。だがエルは嫌な顔を一つせず、さらに彼女に話しかけた。


「今から追いかければ、まだ間に合うかも知れない。泣いてる暇が有ったら今すぐ出発した方がいい」


「うわあああん! みんながどこに行ったのか分からないのよ!」


「分からないって・・・何か凄いクエストの途中だったって聞いてるぞ。じゃあ目的地を教えてくれ」


「みんなについて来ただけだから知らないの」


「ついて来ただけって・・・じゃあ、どっちの方角に向かったかぐらいわかるだろ」


「私ってすごい方向音痴だし、自分がどの方角から来たのかも分からないのよ。うわあああん!」


「方向音痴か。それでよく冒険者になろうとしたな」


「私のことなんかもう放っといてよ、うわああん!」


 取り付く島もなく大声で泣く女魔術師に、受付嬢たちも完全にお手上げだった。これではみんなの仕事の邪魔になると思い、エルは彼女の世話を引き受けることにした。





 涙の止まらないシェリアの手を引いて外に出たエルは、裏口カウンター横にあるベンチに彼女を座らせ、そのうち泣き止むだろうとゆっくり待つことにした。


 太陽が空高く登っていき、冒険者が次々とクエストに出かけて行く。そんな様子をボンヤリと眺めていたら、シェリアの腹の虫が「グー」となり、急に泣き止んだかと思うとベンチから立ち上がった。


「なんか悪かったわね、私に付き合わせて」


 真っ赤に目を腫らしたシェリアは、少し申し訳なさそうにエルに頭を下げた。


「別にいいさ。それよりこれからどうする? 今からでもパーティーメンバーを追いかけるか」


「・・・それは無理よ。さっきも言ったけど、私ってすごい方向音痴だし、たとえみんなに追いついたとしても、またどこかで置いてけぼりにされるもの」


「確かにその可能性はあるな。じゃあ自分のギルドに帰るのか」


「それは絶対にイヤ。そもそも家から離れたいから、今のパーティーに入ってこんな遠くまで来たんだし」


「家から離れたい・・・何か事情があるのか?」


「それは・・・とっ、とにかく家には帰らない。仕方がないから、しばらくこのギルドにお世話になろうかしら」


「このギルドに?」


「そう、このギルドに」


 彼女は微笑んでそう言ったが、この数日でエミリーたちには散々迷惑をかけたし、冒険者の中には彼女に酔い潰されたり、酔ってボコボコにされた冒険者たちも少なくないと聞く。


 そんな彼女がみんなに受け入れられるか心配だったが、彼女は俺に向き直ると突然自己紹介を始めた。


「私はシェリア、あなたはゴリーさんよね」


「エルだ」


「エルさんね。ゴリラ女のゴリーってみんなが言ってたし、変な名前の人もいるんだなって思ってたけど、普通の名前でよかったわ」


「酔っ払いのたわごとだ。じゃあこのギルドに移籍するならエミリーさんに言って手続きをしてもらわないとな。俺について来い」


 そう言って立ち上がったエルは、改めてシェリアの姿を見て感心した。


 シェリアは長く綺麗なピンク色の髪が風にそよぎ、大きな赤い瞳がしっかりと前を見据えて強い意志力を感じさせる。顔の作りもとても整っていて控えめに言ってもかなりの美人だったが、冷たい印象は全くなくむしろ親しみの持てる愛嬌があった。


 エルは幼少からずっと少年たちと共に過ごしていたため、同年代の女子と接する機会があまりなかった。しかもここまでの美少女を見るのは人生で初めてで、オッサンたちと同じような接し方で本当にいいのか、一瞬戸惑ってしまった。


 だが、ずっと後ろで耳を塞いでいたインテリが急に顔を覗かせると、彼女の容姿について語り出した。


「アニキ、このシェリアは典型的な魔女っ娘でっせ」


「魔女っ娘?」


「ピンクの髪色といい、正統派美少女なのになぜか愛嬌のある顔といい、申し訳程度しかない胸と小さなお尻。つまり読者である女子中高生が共感を感じられるような造形の、いわゆる少女漫画の主人公キャラ」


「そ、そうか? 俺は不良漫画しか読まないのでそっち系はさっぱりだが、さすが読書家のインテリだ」


「へえ。でもワイはやっぱり、アニキみたいなダイナマイトバディーのパツキン姉ちゃんが好みでっせ」


「やかましい! 俺を変な目で見るな!」


 そんな気持ち悪い発言をするインテリを目の当たりにしたシェリアは、口をあんぐりと開けて、


「あわあわわわ・・・何よこの妖精っぽいの。言葉が変だし顔も気持ち悪い・・・」


「ああっ! アニキぃ、ワイのことを気持ち悪いって言いやがったよこの女。コイツをシバいてやってください」


「大の男が、こんないたいけな少女に暴力をふるえるわけないだろ。まずは落ち着け、インテリ」


「そやかてアニキぃ・・・」


「それからシェリア、コイツは妖精ハーピーで相棒のインテリだ。よろしくな」


「ええっ!? これが本物のハーピー・・・じゃあ、もしかしてエルさんは巨万の富を手に入れたの? それともまさか美男子揃いの逆ハーレムを貰ったとか」


「このハーピーは魔力がないから望みをかなえることはできない。ただ傍にいて喋ってるだけだ」


「ええぇ・・・じゃあ、ただの気持ち悪いマスコットじゃない。何の意味もないわね」


「このワイが何の意味もないやと? ナインペタンのお転婆娘のくせにっ!」


「・・・え、それってどういう意味?」


 インテリの言葉の意味が分からないのかシェリアがポカンとしていたので、エルはこの世界でも通じる言葉に翻訳してあげた。


「つまり「ナインペタン」とは、胸が無くてペッタンコという「ボイン」の反対語で、「お転婆娘」とは男勝りで色気のない少女という意味だ。これぐらいなら俺にも分かる」


 それを聞いたとたん、シェリアは両手をワナワナと震わせながらインテリに噛みついた。


「・・・この私が一番気にしてることを全部口に出して言ったわねーっ! このキモ妖精のバカっ!」


「キモ妖精って・・・ついに言うてはならんことを口に出しやがったな、この丸太ん棒!」


「ま、ま、丸太ん棒ですって?!」


「ちょっとやめろよ、二人とも!」




 とうとう殴り合いのケンカを始めた二人を無理やり引き離すと、エルはシェリアの手を引いてエミリーの待つカウンターに急ぐのだった。

 次回「新パーティー結成」。お楽しみに。


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