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第24話 エルの後を追って

 エルがいなくなった翌朝。


 彼女の部屋に残された書置きを見つけてパニックになったエミリーたちは、学校を休んで修道院中を探し回った。


 だがどこを探してもエルは見当たらず、すぐにシェリアたちも動員してゲシェフトライヒ中を捜索する。


 特に必死だったのが聖騎士の3人で、着任早々大失態を演じてしまったリーダーのマリーは、剣を抜いて自害しようとしたほどだった。


 さらにアニー巫女隊までが騒ぎだしたところで、さすがにこれ以上はマズいと思ったジャンがエミリーをこっそり連れ出すと、ヒューバート騎士団のアジトに連れて行った。



           ◇



 その夜、シェリアの常宿にパーティーメンバー全員を集めたエミリーは、ジャンから聞いた話をみんなに伝えた。


「ヒューバート伯爵からエル君の居場所を教えてもらったわ。帝国の極秘任務で、単身・・、バビロニア王国の王都に潜入しているそうよ」


 それを聞いたスザンナが目を見開いてエミリーに迫った。


「どうしてエル様がたった一人で、そんな危険な場所にっ!」


 バビロニア王国と帝国の関係がきな臭いことは貴族なら全員が知っており、特に東方諸国出身のエレノアは卒倒しそうなほど顔を青ざめていた。


 そんな彼女にエミリーは慌てて、


「心配しないでエレノア。任務の内容までは教えて貰えなかったけど、伯爵はエル君に内緒で護衛を何人か送り込んでいるそうよ」


「ええっ! あの国に騎士団を送り込んだのですか? そんなことをしてもしバレてしまったら」


「それは伯爵も心配されていて、騎士団の中でも特に人相が悪く、絶対に貴族に見えない3人を送り込んだそうなの」


「たった3人・・・」


「これから伯爵自身も現地に向かう予定なんだけど、3人までなら私たちもついて来ていいと仰られたの」


「「でしたらわたくしがっ!」」


 スザンナとエレノアが同時に立ち上がったが、エミリーは首を横に振る。


「あなたたち二人は絶対にダメ。伯爵が私たちに出した条件は一つ、貴族ではないことなの」


「「ですがわたくしはエル様を!」」


「伯爵がおっしゃるには、もし捕まって貴族だとバレれば確実に処刑されるし、エル君の極秘任務も台無しになるからですって」


 それでも納得がいかずエミリーに食ってかかる二人を見て、エミリーではこの二人を抑えることができないと判断したシェリアが三人の間に割って入った。


 そして二人に向けて神妙な顔を作ると、


「ねえ二人とも。極秘任務とか言ってジャンがエルに何かをさせているようだけど、少し不自然だと思わない? あくまで私の想像だけど、これってアスター大公家からエルに与えられた課題なんじゃないかしら」


 そんなシェリアの言葉にハッとする二人。


 もちろんシェリアは適当なことを言っただけだが、上級貴族の二人を黙らせるにはこう言うしかなかったのだ。


「そう考えると、一目で上級貴族とわかるあなたたち二人が行くのはエルの邪魔にしかならないわよね」


 シェリアが恐い顔でジロリと睨むと、二人は完全に黙り込んでしまった。


 そして後ろを振り返ってエミリーにいつものドヤ顔を見せると、ホッとしたエミリーがこのまま話を続けるようシェリアに目で合図を送った。


 コクりと頷いたシェリアは、


「同じ理由でカサンドラとキャティーもダメ。東方諸国は亜人が珍しいから、目立ちすぎてエルの邪魔にしかならない。もちろんキモ妖精は論外中の論外よ」


「せっかくワイの出番や思たのに・・・ガクッ」


 すでに自分が行く気満々だった3人は、がっくりと肩を落とした。


「じゃあシェリアちゃんは誰が行くべきだと思う?」


「そうね・・・本当は私が行きたいところだけど、帝国の極秘任務なんか絶対に関わり合いになりたくないし、私ってなぜかいつも貴族と間違えられるのよね。悔しいけどエミリーにお願いするわ。それと極秘任務には転移魔法が使えるラヴィがきっと役に立つから、エルフだとバレないように連れて行ってあげてね。あと一人、腕の立つ人が欲しいところだけどみんな見た目の目立つ人ばかりだし・・・」


 メンバーを見渡してため息をつくシェリアだったが、急にマリーが立ち上がると、


「では私を連れて行ってください。平民にしてはちょっぴり背が高いですが、メンバーの中では見た目が一番地味ですし、身分がバレても自害する覚悟ができています」


 シェリア的には完全アウトのマリーだったが、その表情には悲壮な決意が浮かんでおりダメとはどうしても言えなかった。


「自害なんかしちゃダメだけど、エミリーと並べばギリギリ平民に見えなくないかも?」


 エミリーもかなりの美人だったが平民女性であることはいくらでも証明できるし、彼女の陰に隠れていれば何とかごまかせるというのがシェリアの判断だ。


 だがその言葉に納得できなかったのが、ベッキーとユーナだった。


「話し方が女騎士丸出しのマリーなんかより、私の方が平民っぽいでしょ。行くなら私よ!」


「ボクから見れば二人とも完全に失格。そんな高身長でスタイルのいい平民娘なんかいないよ。その点背が低くて貧相な身体つきのボクなら、貧民の娘だと言っても全く違和感がない」


「ユーナはダメだ。金髪碧眼で血管が浮き出るほど真っ白な素肌の貧民娘などこの世に存在しない。ここは一番地味めのこの私が」


「マリーは一瞬で女騎士とバレるからダメ。ここは愛嬌があって平民娘を演じきれるこの私が」


「顔さえ隠せば、実質的にほぼ貧民娘のボクが」


 3人が必死にシェリアにアピールするが、これ以上手に負えなくなったシェリアは、


「あとの一人はジャンに選んで貰いなさい。それで負けても恨みっこなしだからね」



           ◇



 話し合いが終わり、その足でヒューバート騎士団のアジトに向かった5人は、すぐにジャンの執務室に通された。


 エミリーから事情を聞いたジャンは、


「エミリーとラヴィの二人を送り込んで来るあたり、シェリアの判断は相変わらず的確だが、この3人については俺に判断を押し付けて来やがったな」


 困った表情のジャンが5人の顔を順に見ながらしばらく何かを考えていたが、突然引き出しの中をゴソゴソ漁ると小さな魔術具を3つ机の上に並べた。


「これは?」


 エミリーが尋ねると、ジャンはニヤリと笑った。


「これは奴隷紋を刻印するための魔術具だ。バビロニア王国に潜入するにあたり、俺が奴隷商人を演じるから、この3人には女奴隷を演じてもらう」


「「「えーーーっ?」」」





 翌朝、冒険者ギルドに集まったみんなは、ジャンとともに旅立つ5人を見送った。


 エミリーは戦闘用に縫い直した修道服を、ラヴィも子供用の修道服を着て、顔が完全に隠れるように頭からベールをすっぽりかぶっている。この二人は東方諸国の聖地をめぐる巡礼者姉妹という設定だ。


 そして聖騎士隊の3人は聖騎士の鎧を脱ぎ捨て、その首筋に奴隷紋を浮かび上がらせた女奴隷になっていた。古びた革の装備に身を包み、中古の剣を腰につけて背中には大きな荷物袋を背負った戦闘奴隷という設定だ。


 そんな3人が奴隷商人の格好をしたジャンに複雑な表情を向ける。


「男爵令嬢のこの私がとうとう奴隷女なんかに・・・ふっ、私も堕ちるところまで堕ちたな・・・」


「この私が奴隷女なんかに・・・くっ! いくら伯爵だからって私に酷いことをしたら承知しないんだから、この変態男!」


「このボクがとうとう奴隷女に・・・ああ・・・ゴミのような存在のボクにピッタリの役回りで、とても心が落ち着く・・・」


「だーっ! うるせえぞお前ら! その奴隷紋は確かに本物だが、お前らの主人は俺じゃなくエミリーだ。お前らはちゃんとエミリーの言うことを聞くんだぞ」


 するとベッキーが態度をコロッと変えて、いきなりエミリーに抱き着いた。


「それならそうと早く言ってください、ヒューバート伯爵閣下っ! 不束者ですが、私をしっかりと躾けてくださいね、エミリーお姉さま~」


 そう言ってベタベタと身体をくっつけてくるベッキーにドン引きするエミリーに、神妙な顔をしたエレノアがみんなを代表して言葉をかけた。


「ではわたくしたちの分までエル様をしっかり守って差し上げてくださいませ、エミリーさん」


「ええ。私たち5人が頑張ってくるから、後のことはよろしくねエレノアさん」


 そして5人はジャンとともにギルドの転移陣室へと姿を消した。




           ◇




 ちょうど同じ頃、朝食を終えて出発の準備を整えたエルとクリストフが、転移陣で王都へ向かうために受付嬢の元を訪れていた。


 そんな二人の顔を交互に見た受付嬢は、ニヤリと笑って「ゆうべはお楽しみでしたね」とささやいた。


「はあ? それどういう意味だよ」


 エルが聞き返すと、


「だってエルさんの肌がとてもつやつやしていて、逆にクリストフさんは疲れ切って目にクマができてるでしょ。こんなの誰が見ても一目瞭然よ」


「ちっ、そういうことかよ・・・」


 エルが迷惑そうに受付嬢の顔を見ると、ようやく言葉の意味を理解したクリストフが、真っ赤な顔で怒り出した。


「何を言っているんだキミは! 破廉恥なっ!」


 このクリストフの反応がマズいと思ったエルは、


(クリストフ、その貴族丸出しの話し方をやめろ)


(そ、そうでした・・・新婚夫婦の真似でしたね)




「あらあら、二人でコソコソ話なんて、朝から見せつけてくれるわね!」


 ニヤニヤ笑う受付嬢に、エルが頬を膨らませてクリストフを見つめる。


「あなた、私とっても恥ずかしいわ (くっ)」


「おい受付嬢。僕のエルが恥ずかしがるから、これ以上冷やかすのはやめてくれ (くっ)」


「あらあらあら? 呼び方も変えちゃって、初々しいったらないわね二人とも!」


 だが受付嬢には新婚夫婦作戦が逆効果だったらしく、エルたちが頑張れば頑張るほど彼女のからかいもエスカレートしていった。


 そして最初に心が折れたのはエルだった。


「ええい、もうヤメだヤメだ! 女言葉なんか使ってられるかバカバカしい! そんなことより、王都バビロニアまで転移陣を使いたい。二人でいくらだ」


「ええっ! 転移陣で王都って、ここからかなり距離があるけど本当に大丈夫なの?」


「金ならある」


「お金もそうだけど、あなたたちの身体のことを心配したんだけど・・・まあ二人とも魔力は膨大だし大丈夫かな。それで料金の方だけど、王都までは2人で1万バビロニア・キングダム・ゴールド(BKG)になるわよ」


「そうか。今手元には8千ライヒスギルダー(G)ほどあるけど、これで足りるか」


「十分よ。帝国のお金をここで両替していく?」


「ああ頼む」


 個室に入ったエルと受付嬢は、これまで貯めたクエスト報酬8千G分の帝国金貨80枚と、それと同等の価値を持つ王国金貨80枚を交換するため、一枚ずつを品質を確認し合った。


 ちなみに両国通貨の交換レートは1G=100BKGで、王国金貨1枚は1万BKGの価値があり、エルの所持金は80万BKGとなった。


「エルさんはBランク冒険者だし、ウチに口座を作ってくれたから為替手数料はサービスしておくわね」


「サンキューな」


 エルは転移陣使用料1万BKGを受付嬢に支払って9万BKGを収納魔術具にしまうと、残り70万BKGをギルドの口座に預けた。


 そしてクリストフを連れると、二人はギルドの転移陣室へと消えていった。

 次回もお楽しみに。


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