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第22話 密入国

 見た目が災いして、すぐに貴族であることがバレてしまったクリストフ。


 役人の詰問に、完全に言葉に詰まってしまった彼をフォローしようと、エルが二人の間に割って入る。


「そいつは俺の兄貴で、俺は見てのとおり正真正銘の冒険者だ」


 そう言ってエルが役人に見せたのは、ギルドで更新したばかりのBランク冒険者証だった。


 役人はそれを見るなり、目を丸くする。


「ほう凄いな。女だてらに、たった16歳でBランク冒険者かよ。しかも8歳からギルドで下働きって、もしかして奴隷階級の子供だったのか」


「ああ昔な。今は自分を買い取った解放奴隷だから、こうして自由に旅ができるようになったわけだが」


「8年も頑張って自分を買い戻すなんて大したもんだ! お前のことはわかったが、こいつが兄貴だという証拠はあるのか」


「ああ。これを見てくれ」


 エルは兜を脱ぐと、その素顔を役人に見せる。すると役人は、


「とんでもねえ美人だなお前・・・よく娼館に売られず無事でいたもんだ。だが、お前たちが兄妹だというのは分かった。通っていいぞ」


 こうしてエルは役人から2人分の通行証を受けとると、堂々とバビロニア王国へ入国した。



           ◇



 国境の街ジェラト。


 関所から数時間ほど歩いた場所にあるその街はかつては交易で栄えた商業都市だったが、両国の関係が悪化してからは、国境を守る城塞都市としての性格が色濃く出ている。


 高い城壁に囲まれたこの街に入るには城門を守る衛兵の許可が必要であり、関所と同様、ここでも審査のための長い行列ができていた。


 だが国境の関所でもらった通行証とエルのBランク冒険者証により、城門の衛兵はあっさりエルたちを通してしまう。


「よしうまく行ったぞ、クリストフ」


「ええ。僕一人では到底ここまでたどり着くことはできませんでした。全てエルさんのおかげです」


「いやこの冒険者証のおかげだ。エミリーさんから聞いた話だが、世界中を旅する冒険者の身分は冒険者ギルドが保証していて、たとえ敵対関係にある国でもギルドだけは信用されているらしい」


「そうだったんですか・・・」


「だから俺が8歳からギルドの下働きをしていたことも簡単に信じてもらえたし、そんな解放奴隷がまさか敵国の皇女(仮)だとは誰も思わないからな」


「そんな便利な冒険者証だったら、僕も事前に作っておけばよかったですね」


「いやそれはむしろ逆効果なんだ。20歳を超えて初めてEとかFランク冒険者証を作った貴族風の男なんて、いかにも怪しいだろ」


「なるほど。だからエルさんは僕に冒険者証を作らせなかったんですね」


「そうだ。だがここからは話が別。すぐに冒険者証を作りに行くぞ。一度街への潜入に成功してしまえば後は冒険者ギルドの転移陣で移動できるから、城門の審査はフリーパスだ。早速ギルドに向かおう」



           ◇



 ジェラトの街並みは帝国とよく似ており、かなり古くからある街なのか、よく言えば歴史と伝統があり、悪く言えば全体が古びていて建物の修繕が行き届いていない。


 そんな街の繁華街は雑多な店が軒を連ね、市場は人であふれて活気に満ちている。そんな街の中心部に冒険者ギルドはあった。


 やはり古臭い感じのその建物に入ると、もう夕方に近いからか酒場では早くも酒盛りが始まっていた。


 そしていつものように飲んだくれの酔っ払いたちに声をかけられるエルだったが、今日は男連れだからか強引に誘われるようなことはなかった。


 むしろ女冒険者たちがクリストフの顔を見ようと、帽子の下にある素顔を覗き込もうとしている。


「男前もそれなりに大変なんだな。知らなかったよ」


 初めてのギルドでは、好奇心旺盛な冒険者たちによるこういった通過儀礼を受けることになるが、エルはそんな彼らを適当にいなすと、カウンターで二人分の冒険者登録を始めた。


 受付嬢から一通りの説明を受けた後、適性検査とジョブの登録へと移る。


「あれ? 俺も適性検査を受けるのか?」


「ええ。王国ギルドの冒険者証の発行に当たっては、帝国ギルドでのランクはそのまま引き継げるけど、適性値は測り直す決まりになっているのよ」


「そうか。ならちゃちゃっとやってくれ」


 その適性検査だが、帝国では別室で行うのが一般的なのに対し、王国ではその場で簡単に済ませるらしく受付嬢がカウンターの下から水晶玉を取り出した。


「水晶玉に右手を当てて、思いっきり魔力を送り込んでみてね」


「おうよ」


 そしてエルが水晶に魔力を込めると、突然眼が眩むほどの光が放たれた。


「うわっ!」


 エルが思わず叫ぶと、受付嬢は慌ててエルから水晶を遠ざけた。


「あれ、おかしいわね。帝国ギルドの冒険者証には「魔力適正なし」と書いてあったから、一番感度の高い水晶を使ったのに・・・」


「そう言えば最初に冒険者証を作った時は、自分に魔力があることすら知らなかったな。もう一度測り直した方がいいか?」


「必要ないわ。白く光ったから光属性の適性があることはわかったし、パワーとスピード、HP、MPのいずれも基準値を遥かに超えてるから、剣士、騎士、治癒師のどれでも好きなジョブを選んでいいわよ」


「そうか。ならこの騎士装備もあるし騎士で頼むわ」


「了解よ」



 クリストフはちゃんと魔導師用の水晶で測定したところ、黄色と青の光が綺麗に渦を巻いた。


「すごい・・・こんなに強大な魔力は見たことがないわ。それにこの黄色と青の美しい渦は、雷属性と水属性がとてもバランスよく鍛えられている証拠。幼い頃から師匠についてしっかり鍛錬を積んだ証拠ね。でもこの年齢でこのレベルに到達するには、よほど名のある魔導家出身か、王族や大貴族の子弟ぐらい・・・」


 ギルドの受付嬢は人を見る能力に長けており、少しでも違和感を感じたら鋭い目線を向けてくる。


 もしここでクリストフの正体がバレると、王都に潜入するどころか国境の街で作戦は終了。


 二人は直ちに国外追放され、場合によっては戦争が勃発してしまうかもしれない。


 慌てた二人は必死に言い訳を始めた。


「そそそ、そんな大層な奴じゃないよ。こいつは俺と一緒に貧民街で育った幼馴染なんだ」


「そうです。僕はただの貧民の息子で、幼馴染のエルとは魔法使いごっこばかりしていたから、偶然こんな風に育っちゃったのさ」


「え? あなたたちって幼馴染だったの。・・・まあエルさんがギルドの下働きをしていた貧民だったのは確かだし、遊びの中で偶然鍛えられたってこともあるのかもしれないわね」


「「ふう・・・」」


 ひとまず貴族であることがバレずにホッとした二人だったが、すぐに新たな試練がやって来る。


「じゃあクリストフさんは魔導師で登録するとして、冒険者証を発行するから二人の素顔を見せて」


「「え?」」


「ふっふーん! これを見せたら帝国から来た冒険者はみんな驚くんだけど、王国の冒険者証にはその人の顔が刻印されるのよ。ほらこんな感じ」


 受付嬢が自慢げに見せたのはギルドの職員証だったが、運転免許証のように顔写真が印刷されていた。


「すげえ! これなら身分証として信頼性が高い」


「そういうこと。特にここは国境の街のギルドだから冒険者の審査は厳正に行われているし、身分証としての信頼性は王国随一よ。さあ早く、その兜と帽子を脱いで」


「・・・本当は素顔を見せたくないんだが、そういうことなら仕方ない。さっさと写真を撮ってくれ」


 そして二人が素顔を見せると、だがそれを見た受付嬢が絶句してしまった。


「・・・何なのあなたたち。こんな美しい顔をしている人たち、今まで見たことがないわ」


「俺たちの顔なんかどうでもいいから、早く写真を撮ってくれよ」


 エルは一刻でも早く顔を隠したかったが、受付嬢はクリストフの顔をウットリ見つめている。


 そうしているうちにエルたちの顔を一目見ようと冒険者たちが周りに集まり、そして大騒ぎになった。


「おいおいおい、この姉ちゃんちょっとあり得ないほどの美人じゃねえか!」


「この兄ちゃんもアタイ好みの超イケメンだよ。お願いアタイを抱いて~っ!」


 そして男冒険者はエルを、女冒険者はクリストフを自分たちのパーティーに引き入れようと、二人の冒険者証が発行される瞬間を手ぐすね引いて待ち構える。


 だが彼らの目的がただの勧誘でないことは一目瞭然で、この後の混乱は火を見るより明らかだった。


「おい受付嬢! 早く写真を撮れ!」


「はっ! そ、そうでした・・・。では映像宝珠に向かって笑顔を見せてください。はい、チーズ」



 パシャッ!



 冒険者登録が終わって受付嬢から冒険者証を受け取ると、エルたちの周りに冒険者が殺到した。


「姉ちゃん、そんなEランク冒険者なんか捨てて、Cランク冒険者の俺っちとパーティーを組もうぜ」


「ねえそんな小便臭い女なんか捨てて、大人のアタイの男になりなよ。手取り足取り何でも教えてやるからさあ」


 そしてエルをめぐって男冒険者たちが殴り合いのケンカを始め、クリストフをめぐって女冒険者たちが引っかき合いのキャットファイトを始める。


 酒場のテーブルが叩き割られ、椅子が飛び交って窓ガラスが粉々に飛び散る。


 そして剣と剣がぶつかり魔法が放たれるに至って、ついにエルの堪忍袋の緒が切れた。


「いい加減にしろ、お前らーっ! 俺は誰ともパーティーを組まねえし、クリストフも組まねえ。なぜなら俺たちは新婚夫婦だからな!」


「「「えっ! 新婚夫婦ーーーっ?!」」」


 その言葉に、本気の斬り合いを始めていた全ての冒険者と、ついでにクリストフの動きが止まった。


 だがエルが目で合図を送ると、意図を察したクリストフがエルに話を合わせ始めた。


「じじじ、実はそうなんだ。僕たち二人は幼馴染でそのままゴールインしてしまったラブラブの新婚夫婦。だからパーティー名もズバリ『ラブラブ夫婦』だ」


「「「ら、ラブラブ夫婦-ーーっ?!」」」


 そのあまりにも恥ずかしすぎるパーティー名に、全ての冒険者と、ついでにエルの動きが止まった。


 だがクリストフが目で合図を送ると、意図を察したエルが話を合わせ始める。


「じじじ、実はそうなんだ。俺たちのパーティー名はズバリ『ラブラブ夫婦』。今のところメンバーは新婚夫婦の俺たち二人だけだが、入団希望者がいれば入れてやってもいいぞ」


「「「・・・・・」」」


 ラブラブ夫婦という、何人たりとも寄せ付けない痛々しいパーティー名に、いくら入団希望者を募集していると言っても、手を挙げる剛の者はこのギルドにはいなかった。


 すごすごと離れていく冒険者たちを見て、ほくそ笑むエル。


「ウシシシ、作戦がうまくいったようだな。新婚夫婦という設定には絶大な心理的効果があるらしい」


「アメリアに後ろめたさを感じるが、これも全て彼女を助けるため。このまま新婚夫婦の演技を続けた方がよさそうですね」


 二人でコソコソと話をしていると、受付嬢がすぐにカウンターに戻ってくるよう二人を呼んだ。


「あなたたち! 夫婦なら夫婦って最初に言わなきゃダメでしょ。冒険者証に書いておくから早く出して」


「「え? そんなことも書くの?」」


 仕方なく冒険者証を返した二人はすぐに後悔することになる。


「それからパーティー名もちゃんと書いておくわね。ラブラブ夫婦・・・これで良しと」


「「げっ!」」


 せっかくの顔写真入り冒険者証が、恥ずかしいパーティー名を記載されて台無しになってしまった。


 ガッカリする二人だったが、さらに追い打ちをかける事態が発生する。


 受付嬢が今夜の宿をどうするか聞いてきたのだ。


「ウチで提携している宿屋も紹介できるけど、短期間の滞在ならこのギルドの3階が宿になってるわよ。安全で便利、そして値段も安いギルドの宿はいかが?」


「もう夕方だし今から宿を探すのが面倒だったんだ。どうせ明日には王都に向けて出発するし、今夜はここに泊まるよ。それでいいよなクリストフ」


「そうだね、君に任せます。エルさん」


「了解~。じゃあこれが部屋の鍵ね」


「サンキュー・・・って、あれ? 俺たち二人いるのに鍵が1つしかないじゃないか」


「だってあなたたち二人は新婚夫婦なんでしょ。とっておきの部屋を用意したから、ご・ゆ・っ・く・り」


「「えーーーーっ!」」

 次回もお楽しみに。


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