第21話 デニーロ商会からの書簡
メンバーも5人増え、Aランクパーティー「獄炎の総番長」が活動の幅を広げてしばらく経ったある日、エルのもとに一通の速達が届けられた。
まだ朝の早い時間帯に、転移陣を使って届けられたその書簡は、修道服に身を包んでこれから登校しようとするエルに直接手渡された。
エルは、その手紙がデニーロ商会から送られてきたものだと気づくと、みんなを先に学校に行かせて、一人部屋に戻って手紙に目を通す。
◇
親愛なるエル皇女殿下
ここデルン領では、ようやく雪が解けて春の足音が聞こえて参りましたが、ゲシェフトライヒは既に新緑が芽吹き、皇女殿下におかれましても充実した学園生活を送られていることとお喜び申し上げます。
さてご依頼のあったアメリア王女殿下の件ですが、頂いた特徴全てに合致する少女をようやく見つけることができたので取り急ぎ報告いたします。
王女は現在、我が帝国ではなく東方諸国の一つバビロニア王国王都にある高級娼館「アデル」でアリアという名の娼婦をしており、貴族や大富豪を相手に客を取らされているようです。
ご承知の通りバビロニア王国は我が帝国と敵対関係にあり、奴隷商会アバターのオーナーも直接交渉に赴くことができません。
今後の対応をどうするか、私共にご指示いただきたく存じます。
デニーロ商会会頭 ダリア
◇
手紙を読み終えたエルはしばらく天井を見上げた。
「やはり王女は娼館に売られていたか。だが高級娼館だったのは不幸中の幸い。今すぐ命の危険にさらされることはないだろう。今後の対応をどうするか決めなければならないし、まずはクリストフに相談だな」
エルはジル校長の部屋に寄って「少し遅れる」とだけ伝えると、その足でクリストフの執務室を訪れた。
突然のエルの訪問に驚いたクリストフだったが、エルから手渡された書簡を読み終えると、がっくり肩を落として悲しみに暮れた。
「僕のアメリアが・・・異国に連れて行かれて娼婦までさせられているなんて・・・あああ・・・」
頭を抱えて嘆くクリストフにエルは、
「俺は学校があるので一度教室に戻るが、お前は今後どうするのかゆっくり考えて教えてくれ」
そう言い残して部屋を去った。
◇
その日の放課後。
クリストフの特別授業は中止になり、エルだけが彼の執務室に呼ばれる。
朝と同様、自分の執務席に座っていたクリストフは、早速アメリアの件について話し始めた。
「あれからすぐ実家に戻って、両親にアメリアが見つかったことを報告してきました」
「そうか。それでどうだった」
「両親からは、外交問題は何とかするから、アメリアのことは諦めて他の相手と結婚するようにと」
「そうか・・・まあ仕方ないよな」
エルには最初から分かっていたが、盗賊団にさらわれた時点で女の運命は決まっている。
仮に助け出せたとしても、アニーやサラが嫁ぎ先から離縁されたように、貴族がそんな女を受け入れることはないだろう。
アメリア王女にはかわいそうだが、クリストフの実家がそう判断したのなら、エルに彼女を助ける義理はない。
それでも王女を助けるなら、世界中の娼館を潰して全ての娼婦を解放しなければ公平性に欠けてしまう。
釈然としない終わり方に、たがクリストフは真っすぐな瞳をエルに向けた。
「それでも僕はアメリアを妻にしたい」
「えっ!?」
「アメリアは幼い頃からの婚約者で、彼女と歩む未来しか僕には考えられない。だから他の娘とは絶対結婚しないと実家にハッキリ伝えてきました」
「そうか・・・」
エルを見つめるクリストフの瞳は、何のよどみもなくむしろ輝きを増していた。
エルの父親のオットーもそうだが、生涯にたった一人、本当に愛する女性のことならその全てを受け入れる覚悟を見せた、真の漢の瞳だった。
クリストフの決断にエルの心は晴れ渡り、続く彼の言葉を待った。
「もちろん両親は猛反対しましたが、僕の意思が固いことを知ると、いくつかの条件をつけて同意してくれました」
「その条件とは」
「一つ目は、アメリア王女が誘拐されたという事実は社交界にも知られておらず、彼女の救出後もその事実を絶対隠し通すこと」
「世間体というやつだな。その方がいい」
「二つ目ですが、エルさんの魔法でアメリアを元の綺麗な身体に戻すことも条件に出されました」
「それは俺も考えていた。責任を持って治してやるからそこは安心してくれていいが、心の傷までは治せないから、お前がしっかり見てやるんだぞ」
「もちろんそのつもりです。そして三つめは僕自身の手で彼女を取り戻すこと」
「クリストフが自分で・・・つまり実家は助けてくれないということか」
「はい。我が帝国とバビロニア王国は現在敵対関係にあり、帝国の軍隊を送り込むことは侵略を意味します。そうなると戦争で多くの血が流れる上、宣戦布告の理由としてアメリア王女の件を公にせざるを得ません。つまり秘密裏に彼女を取り返さなければ、他の条件が意味をなさなくなるのです」
「なるほどな・・・じゃあクリストフはこれからバビロニア王国に向かうわけか」
侯爵家の跡取り息子のクリストフは、魔力は持っているもののお世辞にも強そうなタイプには見えない。
護衛を何人も連れて行くことになるだろうが、敵国に怪しまれないためにはその風貌も含めて慎重に人選しなければならないだろう。
エルの脳裏に、奴隷商会「アバター」の用心棒をしていた頃のジャンとヒューバート騎士団のみんなの顔が浮かんだが、クリストフが突然エルに土下座した。
「一生のお願いです。僕と一緒にバビロニア王国に潜入していただけませんか。そしてアメリアを・・・」
「俺がか? まあ乗りかかった船だし手伝う分には構わねえけど、他に誰かいないのか」
「実家には頼れないし、教会は神官兵を持つことを禁じられていて手練れがいません。そもそもアメリアの件は国家機密で、僕の知り合いで頼れるのはエルさん一人だけなんです」
「俺一人だけってちょっと待て! まさか二人きりで敵国に乗り込むつもりかよ!」
さすがに無謀だと思ったエルだが、祈るような目で自分を見つめるクリストフに、ケンカ番長・桜井正義の魂に火が着いた。
「ようし分かった。やってやろうじゃねえか! アメリア王女を救いたいというお前の心意気は見せて貰ったし、今度はこの俺様が男気を見せる番だな!」
「ありがとうエルさん! この恩は一生忘れません。ヒューバート伯爵とジル校長には僕から許可を取っておきますので、エルさんは誰にも知られずこっそり修道院を抜け出して下さい」
その夜エルは、みんなの前から姿を消した。
エルの部屋には書置きが残されており、ただ一言「野暮用ができたのでしばらく留守にする」とだけ書かれていた。
◇
その翌日。
冒険者ギルドの転移陣を乗り継いで帝国東端の国境の街まで移動したエルとクリストフは、さらにそこから半日ほど歩いて、バビロニア王国との国境にある関所にたどり着いた。
この国境線を挟んで互いの国の騎士団が長らくにらみ合いを続けており、貴族や騎士はこの関所を通ることができない。
もちろんエルたちは一介の冒険者として関所を通るつもりだった。
使い慣れた赤い鎧を装着したエルは、光の魔石を取り付けたロザリオを首からかけ、両手の籠手の魔石孔には報酬の前渡し分としてクリストフからもらった風の魔石と、メルヴィル伯爵からもらった収納魔術具の魔石をセットした。
これによってエルは、風魔法は使えないものの窒息させられない程度には空気の操作ができるようになり、冒険者に相応しくない怪しい荷物を収納魔法で隠しておくことができるようになった。
ちなみにエルが収納魔法で隠したのは、デルン子爵婦人からもらったドレス5着を始めとする着替え一式で、要するに何を持っていくか考えるのが面倒だったエルが、自分の持ち物を全部を詰め込んで持って来ただけだった。
一方のクリストフは魔導師に扮している。
魔導師のローブを着込み、安物の杖を背中に背負ったクリストフは、雷と水の2つの属性魔法に長けた本物の魔導師だ。
生まれた時から教会聖職者の地位を継ぐことが決まっていたクリストフは、騎士としての訓練を一度も受けたことがない。
その代わりに教会の教義と魔法の訓練はしっかり受けていたので、魔法の知識は相当なものだった。
そんなクリストフには、旅を続ける上で致命的となる大きな問題があった。その外見だ。
金髪碧眼で長身の彼は一目で貴族と分かってしまい、それでなくても美しい容姿がとにかく目立つ。
越境審査の列に並んでいても周りの商人や冒険者がジロジロと見てくるし、女冒険者がクリストフの関心を引こうと色仕掛けをしてくる始末。
エルは仕方なく、荷物袋に紛れ込んでいた魔導師の帽子をクリストフにかぶせた。
「お前はシェリアのとんがり帽子でもかぶってろ! その男前すぎる顔はハッキリ言って邪魔だ!」
「申し訳ない・・・でもこれは女物のようですし、国境を越えたら男物の帽子を買うことにします」
「その方がいい。この前の飲み会でシェリアがその帽子の中にゲロをはきやがって、俺が洗濯してやったんだが、まだ少し匂いが残ってるんだ」
「ひーーっ!」
そんなエルも人のことは全く言えない。
兜をかぶって美少女の素顔を隠してはいるが、平民の男性よりもかなりの高長身のエルが目立つ存在であることに変わりはなかった。
そんな二人の越境審査の順番が回ってくる。
当然訝し気な目を向ける役人が、クリストフに顔を近づけてきた。
「おいお前。どっからどう見ても貴族にしか見えないが、まさか帝国の密偵じゃないだろうな」
次回もお楽しみに。
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