第20話 躍進、獄炎の総番長
エルが解散を宣言すると、サラと巫女たちは敬礼をして修道院へと帰って行ったが、残りのメンバーは帰らずにじっと立ったままだ。
「今日は久しぶりに冒険者仲間と会うんだ。遅くなるから先に修道院に帰れよ」
エルは困った顔でみんなを帰そうとするが、聖騎士隊は「護衛が仕事ですから」とテコでも動かず、エレノアに至っては、
「エル様。その冒険者パーティーに、このわたくしも入れなさい」
「・・・え? エレノア様がウチのパーティーに入りたいの? なんで?」
「べっ、別にいいでしょ! ぼ、冒険者というものに少し興味が出てきただけで、エル様と一緒に居たいとか、そういう理由ではないんですからねっ!」
「お、おう。そりゃ分かってるが、公爵令嬢の冒険者なんて聞いたことないぞ」
「そういうあなたも皇女殿下でしょっ! それにスザンナ様もメンバーなのにどうしてわたくしだけダメなのですか!」
「いや、スザンナもメンバーじゃないんだけど」
その時、一瞬禍々しいオーラを感じたエルがスザンナの方を振り返る。
すると口元は笑っているのに目が全く笑っていないスザンナが、
「エレノア様が冒険者になるのでしたらわたくしも冒険者になりとう存じます。よろしいですわねエル様」
吸い込まれるような漆黒の瞳を前にエルはこくこく頷いてしまった。
「分かったからスザンナはその目をやめろ。二人ともパーティーに入れてやるから、この俺について来い」
◇
冒険者ギルドの裏口で盗賊どもを引き渡して、一人50C、20人分で10Gの報酬を手に入れたエル。
それが終わると正面からギルドに入り、中のカウンターでみんなの冒険者登録を行った。
そして受付嬢にパーティーメンバー登録をお願いすると、困惑した彼女がエルに尋ねた。
「本当にこの5人を、獄炎の総番長に加入させるのですか?」
「ああ頼む」
マリーたちの強い希望で、聖騎士隊を含めた5人を新メンバーとしてパーティーに迎え入れることにしたエルだったが、この5人は新人冒険者ということでFランクからのスタートとなる。
そのため、海賊団討伐の功績によりAランク昇格が予定されていた獄炎の総番長は、5人のFランク冒険者を抱えることでそのランクを逆に一つ落とし、Cランクに戻ることが伝えられた。
少し納得のいかなかったエルだが、ランクはすぐに上がっていくし、ギルドのルールにいちいち文句をつけるのは男らしくないと、黙ってそれに了承した。
だがそれに納得いかなかったのがエミリーだ。
激怒したエミリーがエルを押し退けると、受付嬢に噛みついた。
「前から何度も言ってるけど、ここのギルドはルール運用が硬直的すぎるのよ! この5人はどんなに低く見積もってもCランク以上の実力があるのに、ずぶの素人と同じFランクなんてふざけるのもいい加減にしなさい!」
エミリーの登場に慌てた受付嬢は、すぐに事務室に駆け込んでギルド長に助けを求めた。
そして受付嬢とともに事務室から飛び出してきたギルド長は、「エミリーさん、少し場所を変えて話をしましょう」と彼女をなだめ、事務室へ連れて行った。
◇
エミリーを待っていても時間がかかりそうだったので、エルたちは先にギルド酒場に行くことにした。
酒場は既に満席で、クエストを終えた冒険者たちが既にでき上がっている。
その中に修道女の集団が入っていくのは違和感しかなかったが、酔っぱらいたちの中にはエルが治療をしたことのある顔なじみもいて「海賊団討伐の話をぜひ聞かせてくれ」とエルは引っ張りだこだった。
そんな冒険者たちの誘いを丁重に断って、一番奥のテーブルに陣取っているシェリアの元に合流した。
「久しぶりねエル! 昨日からずっと街中が海賊団討伐の話で持ちきりよ! 私もカサンドラから聞いたけど、みんな大活躍したみたいじゃない!」
「おうシェリア! 今回の敵はかなりヤバかったぜ。まさに紙一重の勝利ってやつだ。インテリとラヴィも元気そうじゃないか」
「アニキも相変わらずベッピンさんでんなあ」
「やかましいわ! ほっとけ」
「エルお姉ちゃん、また少しお胸が大きくなったね」
「本当かよ・・・ボスワーフ戦でどうも剣が振りにくいと思っていたが、もしかしてそれが原因だったのか。シェリアが羨ましいぜ」
「うるさいわねエル! どうせ私はナインペタンよ。ふんっ!」
再会早々、大騒ぎのエルたちだったが、
「ところでエル。その人たちは誰?」
突然シェリアが後ろにいるエレノアたちをジト目で見つめる。
「こいつらは俺のクラスメイトで、パーティーメンバーになりたいっていうから連れてきたんだ」
「ふーん・・・スザンナさんは元々仲間だから別に構わないけど、他の4人は何者なの。どう見ても貴族っぽいんですけど・・・」
貴族嫌いのシェリアはこの4人を仲間にすることにどうやら否定的なようだ。
だがカサンドラが彼女たちをフォローする。
「ここにいる御仁らは海賊団討伐の功労者で、エル殿とともに死地を潜り抜けた戦友たちだ」
「え、そうなの? カサンドラがそう言うのなら悪い人たちではなさそうね」
そしてカサンドラがシェリアの耳元でコソコソと話すと、シェリアはぎょっとした目で3人を見つめた。そして、
「その3人の聖騎士は了解よ。ようこそ獄炎の総番長へ。あなたたちにはエルと同じ前衛盾役をお願いすることになると思う。フォーメーションの練習もしたいから、週末は必ずパーティーの活動に参加すること。いいわね」
「「「はいっ!」」」
入団を認められた3人が一言だけ挨拶をする。
「マリーです。エル様の護衛はお任せください」
「ベッキーよ。ラヴィちゃん、一緒に頑張ろうね」
「ユーナです・・・シェリアさんにはとても親近感を感じます。貧相な者同士、傷を舐め合って生きていきましょう」
「これはあくまで伸び代なのよ。そのうちエルを超えてやるんだから、貧相って言うなーっ!」
そしてシェリアは、まだ一人だけ入団を認めていないエレノアに鋭い目を向ける。
「問題はあなたね。いかにも上級貴族っぽい見た目だけど、まずは名前を名乗りなさい」
ジョッキをぐいっと飲み干し、黙って答えを待つシェリア。
彼女のあまりの態度の大きさに、貴族としての矜持を傷つけられたエレノアは怒り心頭だったが、どうしてもエルの傍に居たかったため努めて冷静に答える。
「わたくしは、東方諸国はレッサニア王国レキシントン公爵家長女のエレノアと申します」
「やっぱり! 上級貴族でしかも公爵家じゃないの。私は貴族とは一切関わりを持たない主義で、特に上級貴族は完全NGなの。申し訳ないけどウチのパーティーへの入団は認められないわ」
公爵令嬢であることに誇りを持つエレノアは、自分の存在を完全否定するシェリアにショックを受けた。
もちろん普段の彼女なら、レキシントン公爵家の誇りにかけて徹底的に相手を打ち負かすところだったが、シェリアに嫌われるとエルの傍に入られなくなるため、どうしていいのかわからなくなった。
そして気がつくと、悲しそうな顔でエルを見つめていたエレノアだった。
二人の会話を黙って聞いていたエルは、深いため息を一つつくと、
「入団を認めてやれよシェリア。このエレノア様は顔も口もキツいけど、その辺の貴族と違って領民のために自分の命をかけられる、心優しいお貴族様だ」
「ふーん、エルはその女の肩を持つんだ」
「肩を持つとかそういうんじゃなく、コイツはあの疫病騒ぎの時、一日も休まず療養所に通い詰めて、自分の魔力を振り絞って貧民たちの命をたくさん救った」
「・・・それで?」
「それに海賊団討伐の時だってエレノア様の魔法で随分と助けられた。もしコイツがいなければ俺はボスワーフにやられていたと思う。絶対役に立つからエレノア様を仲間にしてやってくれ。頼むシェリア!」
エルの熱弁に面食らったシェリアは、エルの隣にたたずむエレノアを見る。
すると彼女は、頬を赤く染めてエルの顔をボーっと見つめており、その潤んだ瞳はまさに恋する乙女のそれだった。
「もう・・・そんな表情を見せられたら嫌とは言えないじゃない。とんだライバルの登場ね(ボソッ)」
「え? 何か言ったかシェリア」
「何も言ってないわよ!」
最後の一言が聞き取れなかったエルだったが、シェリアは何事もなかったかのように、
「今回だけ特別にエレノアの入団を認めてあげるわ。ただしこれだけは守って」
シェリアの言葉に顔をほころばせて喜ぶエレノア。
「うちのパーティーは平等がモットーよ。そこに貴族も平民もないし、人族も妖精族も獣人族も鬼人族もないの。身分差別は一切禁止で、貴族の論理なんか絶対に持ち込んじゃダメ。宗教も完全NGで、うちのパーティーに在籍している限り、現実の世界にあるものが全てで、この世に神など存在しない。分かった?」
きっぱりと宣言したシェリアに、エレノアは全ての条件を快諾した。
「ええ、承知いたしましたわ。よろしくお願いしますシェリア様」
◇
その日の宴会はエルの想像以上に盛り上がった。
エルは寄宿学校の門限があるため、最近シェリアと酒を飲むことがなくなっていたが、獄炎の総番長はシェリアとカサンドラの2枚看板の美女パーティーとして有名で、普段から男どもが殺到していたらしい。
だが今日はエルも含めたフルメンバーが集結し、さらに5人の美女が新加入したとあって、酒場全体が異様な盛り上がりを見せたのだ。
それに加えて、今や獄炎の総番長はゲシェフトライヒの話題の中心となっており、ギルドの冒険者たちはどうにかお近づきになろうと、エルたちに酒を注ぎまくってきた。
そんな男たちは当然エレノアにも群がってくる。
「エル様! この殿方たちを何とかなさい!」
眼に涙を浮かべたエレノアがエルに助けを求めたものの、シェリアはいつものドヤ顔でエレノアをバカにし始めた。
「あーらあらあら、この程度でエルに助けを求めるなんて、所詮は貴族のお嬢様よね。嫌なら冒険者をやめてもいいのよ」
「冗談じゃありませんわっ! この程度で負けるわたくしではございませんことよ!」
なぜかライバル意識を燃やすシェリアとエレノアだったが、ようやくギルド長との話がまとまったエミリーがテーブルに合流する。
「エル君、ウチのパーティーがAランクに昇格したわよ! そしてシェリアちゃんはAランク冒険者に、エル君とカサンドラさんもBランク冒険者に昇格よ」
「マジかよ! さすがエミリーさん、すげえな」
「これは当然の結果なの。なのにここのギルドの運営が悪すぎたから、Cランク何てバカな話が出て来ただけよ。ねえギルド長?」
そう言ってエミリーが振り返ったその後ろには、ギルド長と受付嬢数人がずらりと勢ぞろいしていた。
そしてギルド長が肩を落として、
「・・・はい、エミリーさんのおっしゃる通りです」
いつの間にか冒険者ギルドを牛耳ってしまったエミリーに、エルたちだけでなく周りにいた冒険者たち全員が唖然とした。
そんなエミリーが、冒険者を前に挨拶をする。
「それから私、明日からこのギルドで受付嬢の教育係をすることになったの。放課後は受付嬢としてカウンターに立つから、みんなよろしくね」
あれだけ受付嬢になることを断っていたエミリーだったが、ギルド長との交渉の結果、パーティーの活動がない時に限りパートタイムで復帰することになったらしい。
そんなエミリーに、冒険者の男どもが一斉に喜びの声を上げた。
「「「エミリー姐さんみたいな美人の受付嬢なら大歓迎だぜ! ひゃっほう!」」」
次回もお楽しみに。
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