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第18話 エピローグ(前編)

温泉回です。



 商都ゲシェフトライヒ近郊にはランドン大公家の保養地があり、天然の温泉が湧き出ているという。


 ブリュンヒルデの申し出にエルはもちろん大喜びすると、ヒューバート騎士団全員を連れて舞踏会会場から抜け出し、城の転移室から保養地に向けて空間を跳躍した。



          ◇



 その保養地はゲシェフトライヒ沖合に浮かぶ無人の火山島にあった。


 標高千数百メートルほどの火山が背後に迫り、前面は七色に染まったサンゴ礁が水平線の彼方まで続いている。


 そんな風光明媚な楽園にある露天風呂の入り口に立ったエルは、ワナワナと震える手を握りしめ、全身で喜びを爆発させた。


「おいおい、本格的な温泉宿じゃねえか! 男湯と女湯が分かれているこの感じは完全に日本の銭湯! 懐かしすぎて涙が出て来たぜ・・・」


 エルは懐からハンカチを取り出すと、涙を拭いたついでに思いっきり鼻水をかんだ。


「よしお前ら、早速風呂に入るぞ!」


 騎士たちを従えたエルが意気揚々とのれんをくぐろうとすると、その首筋をジャンに掴まれた。


「痛てえっ! おい何するんだよジャン!」


 首筋をさすりながら恨めしそうにジャンを睨み付けるエル。


 だがジャンは、


「こっちは男湯。お前さんは女湯だろうが」


「はあ? なんで俺が女湯なんだ。んなことしたら警察に通報されちまうだろ。犯罪だよ」


「何が犯罪だ。お前さんが男湯に入ったら、ウチの団員が誰も風呂に入れないじゃないか」


「今日は無礼講なんだから、一緒に入ればいいじゃねえか。俺に遠慮すること・・・あっ!」


 温泉を前に、エルはすっかり前世の感覚に戻っており、男湯に入るのが当然のような気になっていた。


「今の俺は皇女(仮)・・・つまり女だ。まさか俺、女湯に入るのか?」


「当たり前だ! とっととあっちに行け!」


「ちょっと待て、うわあーっ!」


 ジャンに背中を蹴り飛ばされたエルは、そのまま女湯に転がり込んでしまった。



           ◇



 男・桜井正義は人生で一度も女湯に足を踏み入れたことがない。


 物心がついた頃から男であることに誇りを持っていた彼は、家族と銭湯に行っても決して母親とは一緒に入りたがらなかった。


 そんな記憶がありありと残るエルは、だが男湯に入れない以上、女湯に入る以外に温泉を楽しむことができない。


「ぐぬぬぬぬ・・・温泉には絶対に入りたいが、女湯に入るなど男のプライドにかけて絶対にあり得ない。俺は男湯でも全然平気なんだが騎士団のみんなに迷惑をかけたくないし、一体どうすればいいんだ」


 女湯の入り口で自問自答を繰り返すエルに、背後からキャティーが声をかけてきた。


「よかったぁ・・・エルお嬢様がもうお風呂に向かったと聞いたから、急いで追いかけて来たんです。私を待っててくれたのですね!」


「げっ、キャティー! 別にお前を待ってた訳じゃ」


「ここは魔力がなくてもお風呂に入れるそうですが、エルお嬢様はやっぱりお優しい!」


 キャティーに手を引っ張られたエルが脱衣所に連れていかれると、慣れた手付きであっという間に服を脱がせてしまった。


「うわあっ! ちょっと待ってくれキャティー。俺はまだ女湯に入ると決めたわけじゃ」


「お外にある、とても大きなお風呂らしいですよ。楽しみですねエルお嬢様っ!」


 エルの叫びを全く聞いてないキャティーだったが、二人が一緒に風呂に入るのは既に日常と化していた。


 というのも寄宿舎の風呂は魔術具を使ってお湯を沸かすタイプで、入学当初のキャティーはまだ魔力が乏しく、デルン城に引き続きエルが一緒に入ってあげていた。


 そしてキャティーの裸が見えないようエルは目隠しをして風呂に入ることが習慣になっており、キャティーが持参した愛用の目隠しを着けたエルは、手を引かれて温泉へと足を踏み入れた。



           ◇



「かーーっ! やっぱり露天風呂は最高だな!」


 露天風呂に浸かったエルは、爽やかな春の潮風を受けながら熱い天然温泉で汗を流した。


 風呂にはキャティー以外に誰もおらず、先に身体を洗ってもらったエルは目隠しを外して露天風呂で大の字になった。


「おーいキャティーも早く来いよ。気持ちいいぞ」


「はーい、エルお嬢様!」


 キャティーが来れば再び目隠しをすることになるが、お湯の中でモフモフした体毛に触るのがクセになっていたエルは、彼女が入るのを心待ちにしていた。


 だがそんなエルのささやかな楽しみは、突然終わりを告げる。


 脱衣所に女性たちの声が聞こえたかと思うと、女湯に入ってきたのだ。


「あっ、エル君だ! やっほー」


「そ、その声はエミリーさん・・・」


 エルは慌てて目隠しを付けたが、あっという間に近づいてきたエミリーがそれをつまみ上げた。


「前から思ってたんだけど、なんでエル君ってお風呂に入るときに目隠しなんかするの?」


「え?」


 突然視界が回復したエルの目の前には、後ろから顔を覗かせたエミリーの顔がアップになっている。そしてエルの首筋には生暖かい双丘が。


「うわあっ! エミリーさんの大切なものが俺の首筋に当たってる!」


 慌てて離れようとしたエルをぎゅっと抱きしめたエミリーは、深呼吸してエルの匂いを吸い込んだ。


「うわあ! エル君っていい匂い・・・あっ、先に身体を洗うからちょっと待っててね」


 エルの匂いを堪能したエミリーは、エルの目隠しを大切そうに胸に抱えて身体を洗いに行った。そして今度はカサンドラが湯船に入ってきた。


「こうしてエル殿と一緒に湯につかるのは、これが初めてですね」


 スラリとしたモデル体型のカサンドラが、颯爽とエルの真正面に立つ。


 ボディービルダーのように引き締まった身体にはキャティーと反対に体毛が一本もなく、肩まで湯につかったエルの目の前に彼女の股間がドアップになった。



 ブーーーーッ!



「突然鼻血を噴き出して、一体どうされたのですかエル殿っ!」


「アホかーーーっ! お前が素っ裸で俺の目の前に立ってるからだろうがっ!」


「は、はあ・・・」


 風呂で裸になるのは当たり前なのに、なぜかエルに怒られて首をひねるカサンドラ。


 どうしていいか分からずそのまま突っ立っていると、エルの鼻血も止まる所を知らなかった。


「いいから早く湯につかれ! さもないと出血多量で俺が死ぬ」


「し、承知しましたエル殿」


 カサンドラは慌ててエルの隣に座ると、今度はスザンナとエレノアが湯船に入ってきた。



 ブーーーーッ!



 一糸まとわぬ姿で目の前に登場した二人に、エルは速攻でツッコミを入れる。


「カサンドラは戦闘種族だからまだ許すとして、お前らは令嬢だろうがっ! 最初に身体を洗ってから風呂に入れ。あとお前らには恥じらいが足りない。大切な部分はタオルで隠せ!」


 頭に乗せたタオルで鼻血を拭きながら、エルはくどくどと二人に説教を始めたが、何を怒られているのか分からないスザンナがエルに質問する。


「お風呂で裸になるのは常識ですし、侍女に身体を洗ってもらうのに、いちいち恥じらっていては・・・」


「スザンナ様のおっしゃる通りです。それにわたくしたちは入浴ではなく温泉を楽しむために来たのです」


「え? 入浴と温泉は違うのか?」


 エレノアの言葉に頭が混乱するエル。


「温泉とは景色を楽しみながら心と身体を癒す療養。入浴とは汚れを落とすために侍女に身体を清めてもらう日常の生活です」


「お、おう・・・あれ? エレノア様の言ってることが正しい気がしてきたぞ」


「当然です。わたくしたち高位貴族は侍女がいなければ何もできません。つまり本日は何もせずに、ゆっくりとお湯につかって療養するのです。お分かり?」


「うっ・・・エレノア様にぐうの音も出ねえ。仕方がない、お前らは好きにしろ」


 エルは釈然としないものを感じながらも、理屈は通っているエレノアの発言を受け入れた。だがいつまでも風呂に入らずエルの前に立っている二人に、


「もういい加減、風呂に浸かってくれ。目のやり場に困るし、鼻血が止まらなくなってきたじゃないか」


 平民と違って貴族は美男美女が揃っており、高位貴族ともなればそのレベルは別格。


 公爵令嬢のエレノアは、滴るような長い黒髪が美しい少し目のつり上がった超絶美少女。エルより少しだけ胸も尻も小ぶりだが、16歳にして大人顔負けの抜群のプロポーションなのだ。


 だがそれより危険なのはスザンナだった。


 8年間の結婚生活でウィルが一切手を出さなかったのが奇跡的なほど、その完熟ボディーはエルにとって破壊的だった。


 もし前世の桜井正義がウィルの立場だったら、1分と我慢できずに彼女とゴールインしていただろう。


「・・・頼むからもう湯に浸かってくれ・・・このままだと俺は出血多量で死ぬし、かといって素っ裸でキュアのダンスを踊りたくない・・・頼む」


 涙と鼻血を流しながらエレノアに頼み込むエル。


「エル様の鼻血が止まらない理由がよくわかりませんが、そこまでおっしゃるなら仕方ありませんわね。ねえスザンナ様?」


「そうですね。春の潮風をもう少し楽しんでいたかったのですが、エル様がそこまで仰るのなら、わたくしたちもそろそろ湯に浸かりましょう」


 こうして二人は、やっと風呂に入ってくれた。





 その後、身体を洗い終えたキャティーとエミリーがエルの向かい座り、5人の美女に囲まれたエルが目のやり場に困っていると、大勢の女性たちがゾロゾロと中に入ってきた。


 アニー巫女隊だ。


「「「ああっ、エル様だっ!」」」


 サラを筆頭としたエルの狂信者たちが駆け寄ってくると、エルに跪いて祈りを捧げ始めた。


「「「神の使徒にして、私たちをお救い給うた救世主エル様!」」」


「いい加減、俺に祈りを捧げるのは止めてくれ! しかもこの前より人数が増えてるじゃないか」


 サラは同じ16歳。


 農村の新妻だったサラは村一番の器量持ち。貴族女性と比べれば背は小柄でスタイルも平凡だが、その普通っぽさが逆にリアルな色気を感じさせた。


 サラの仲間の狂信者たちは元貴族令嬢の集まりだったが、その全員が身体にちゃんとバスタオルを巻きつけており、エレノアのように素っ裸の人は一人もいなかった。


「あれ? こいつらはちゃんとしてるな・・・」


 エルが首をかしげていると、彼女たちのリーダーのアニーが、困ったような口調でエルに言った。


「悪いけどエルちゃん、先に身体を洗うようにサラたちに言っとくれ。放っといたらずっとエルちゃんに祈りを捧げて、風邪をひいちまうよ」


「分かった。おいみんな、身体を洗って早く風呂に入れ。さっぱりするぞ」


「「「ははっ! 皇女殿下の勅命を慎んで拝承し、先に身体を洗わせていただきます!」」」


「お、おう・・・早く行け」


 そして他の巫女たちの横にずらりと並ぶと、手慣れた手つきで身体を洗い始めた。


「なあアニー、みんな慣れてるようだけど、ひょっとして修道院にも温泉があるのか?」


「ここまで広くないけど、大浴場があるのさ。今度エルちゃんも入ってみるかい?」


「いや勘弁してくれ。女湯なんかもうこりごりだ!」

 次回もまだまだ続きます。お楽しみに。


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