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第8話 冒険者エルの日常

 エルが「妖精の祝福」クエストで本物のハーピーを手に入れたという評判は、その日のうちにギルド全体に知れ渡った。


 翌朝のギルドは、エルをパーティーに勧誘しようとする冒険者たちで殺到し、その数があまりにも多すぎてエミリーが候補を絞り込むほどだった。


「さあエル君、私が厳選しておいたわ。特に嫁探しが目的で冒険者をしているような人たちは除いておいたから安心して選んでね」


「嫁探しって・・・そんな冒険者がいるのかよ!」


「わりと多いわよ。そもそも冒険者や傭兵になる人なんて家が継げない農家の次男坊以降の男ばかりだし、その中でも大して強くもなくて冒険者ランクが上がらない人は、どうしてもそうなっちゃうのよ」


「そこまで嫁不足が深刻なのか・・・・世知辛いな。それで俺はエミリーさんが選んでくれたパーティーの中から一つ選んで入ればいいんだな」


「もし気に入った所があればだけど。新人のエル君が加入できるのはまだDランクのパーティーまでで、今回はその中でも加入と脱退が自由という条件を飲んでくれたところに限定したから候補が5つに絞れたわ。数も少ないしお試しで全部のパーティーに入ってから決めればいいわよ」


「そこまでしてくれたんだ。よーし、最初はどこにするかな」


 冒険者でギッシリ詰まったギルド内をエルはゆっくりと歩きながら、その先頭に並んでいる5つのパーティーのメンバーの顔を順番に見ていった。


 するとその中に見知った男が一人いて、エルと目が合うといきなり話しかけてきた。


「おい姉ちゃん、まずは俺っちのパーティーを試してみないか。オジサンが手取足取り色々と教えてあげるぞ、ウヒヒヒヒッ」


 その男は、昨日エルがギルドで最初に見かけた酔っ払いのオッサンだった。エルは後ろにいるエミリーに振り返ると、彼女は笑って答えた。


「この人は腕もいいし、お酒さえ飲んでなければ普通にいい人なのよ。すぐお尻を触って来るけど」


「それっていい人なのか? どうするインテリ」


 エルは早速インテリに意見を聞いてみるが、インテリはエルの頭の周りを踊るように飛び跳ねながら、


「女の尻をすぐ触るとは、なんてうらやまし・・・けしからん性格をしてると思うけど、どうせ全部のパーティーを試すんやし、そんなに悩まなくてもいいんとちゃいますか」


 そう言ってインテリは、妖精らしくおどけるような可愛らしい仕草で答えてくれたが、顔は男子高校生のままだし、話し方も関西弁丸出しなので、ギャップがかなり気持ち悪い。


 冒険者たちも現実の妖精ハーピーに失望したような表情をみせていたが、エルだけはそんなことを全く気にせず笑顔でインテリに答えた。


「それもそうだな。じゃあオッサン世話になるよ!」


「よしっ! そうと決まれば大船に乗ったつもりで、オジサンに全部任せておけ。オジサンが捕った獲物は全部姉ちゃんにやるから、そのかわりに・・・な! ウシシシ」


 鼻の下を長ーく伸ばして、まるで下心を隠そうとしない「ある意味潔い」オッサンのパーティーに入ったエルは、早速Dランククエストである「低級モンスター討伐」に出かけた。




            ◇




 夕方の時間帯は、その日のクエストを終えた冒険者たちが獲物や素材を換金するため、裏口のカウンターが一番混雑するのだ。


 エミリーも他の受付嬢たちとともに裏のカウンターで冒険者たちの換金依頼をさばいていたが、ようやくエルたちのパーティーの順番になり、エルが荷台に山積みにしたモンスターの死骸を降ろして奴隷の少年たちに渡し始めた。


「大漁じゃない! 頑張ったのねエル君」


 エミリーが大声でエルに話しかけると、エルも嬉しそうに手を振って答えた。


「ああ! モンスターの方から積極的に襲って来てくれたから、こっちからイチイチ探す手間が省けたんだよ。今日は本当に運がよかったと思う」


「そ、そう・・・よかったわね」


 モンスターは勝手に襲ってくるから別に運がよかった訳じゃないわよとエミリーは心の中で思いながら、それよりも気になったのがエルの後ろで大人しくしているパーティーメンバーたちの様子だった。


 エミリーはいつもの明るい笑顔で、みんなに今日の結果を聞いてみた。すると、


「もうエル様が強いのなんのって、とても新人冒険者とは思えない貫禄だったよ」


「さすがは妖精ハーピーをゲットした大型新人エル様だね。最初は金持ちのお嬢様が道楽で冒険者を始めたものとばかり思ってたけど、いやいやどうして筋金入りの実力者だよこれは」


 そう言ってみんなが口々にエル君を褒め讃えた。それにしても「エル様」って・・・クスクス。


 最後にエミリーは、一番後ろでしょんぼりしているあの酔っ払いのオジサンに目を向けた。


 顔が真っ赤に腫れ上がり、パーティーメンバーの中で唯一負傷をしたようだが、この人は確かパーティーで一番強かったはず。


 だがエミリーと目を合わさないようにコソコソと逃げ出したため、他のメンバーに事情を聞いてみた。


「・・・リーダーはエル様の尻とか胸を触ってばかりいたから、モンスター討伐の邪魔をするなってエル様にボコボコに殴られたんだよ」


「ああ・・・そういうことね」


 エミリーはうんざりした顔で、逃げ出したオッサンの後ろ姿を見送った。


「それでリーダーが負け惜しみのように「ワシ、あんな胸や尻がデカいだけのゴリラ女は遠慮しとくよ。ワシにはもっとおしとやかな女冒険者の方が合ってる」とか言ってたしな」


「おしとやかな女冒険者なんて、この世にいるわけないでしょっ! でもエル君がゴリラ女って・・・あ、そうだいいことを思いついた」


 エミリーはパーティーメンバーを呼んで耳打ちすると、「エルはゴリラ女」という噂をギルド内に蔓延させることにした。




            ◇




 ナギ工房で武具の手入れを終え、ピカピカに磨き上げた防具を身に付けたエルは、インテリとともに家路を急いでいた。


 貧民街では昨日同様、貧民たちがギョッとした目でエルの姿を遠巻きに見送っていたが、昨夜奴隷長屋を襲撃した盗賊がたった一人の女騎士に血祭上げられたという噂は既に街中に広まっており、恐ろしくて誰も彼女に近づこうともしなかった。


 そんな戦いの現場となった貧民街の路地裏に入ると、奴隷階級の住民たちがエルの帰宅を手を振って出迎えてくれた。


 貧民街でも差別の対象である最下層の住民たちは、エルが女騎士の格好でここにいる限り恐くて誰も近付いてこないため理不尽な差別や暴力を受けずに済む。


 そんな奴隷の一人がエルに話しかける。


「エル坊、もし今夜も盗賊が来たら俺たち全員家に籠って一歩も外に出ないからな。命あっての物種だからお前さんを助けることはできない。すまんな」


「謝る必要はない。俺もみんなを助ける余裕なんてこれっぽっちもないから、その方が助かるよ」


 すっかり暗くなった空を見ながら、路地裏の片隅にある我が家に帰って来たエル。時間も遅かったからか家族は全員揃っており、エルはみんなが集うテーブルに座ると一日中かぶっていた兜を脱いだ。


「これ結構重いし暑いんだよな」


 辛そうに首をほぐしているエルの近くに弟たちが駆け寄ると、兜をかぶってはしゃぎ出した。


 しばらく遊んだ後、長男のジェフは自分が作った夕飯をエルによそった。それをエルは美味しそうに全部平らげると、


「ごちそう様。今日はいつもより肉が多めだったな」


 するとジェフが照れくさそうに、


「昨日兄ちゃんが家に金を入れてくれたから、市場で安い肉を買ってきたんだ。兄ちゃんの金だからみんなより多めに肉を入れておいたよ」


「そうか。だがジェフやヨブもたくさん食え。何と言ってもお前らは今が育ちざかりなんだからな」


 そう言ってエルは弟たちを見渡す。


 いつもギリギリの生活を送っている割には、みんなエル同様にかなり背が高い。オットーもマーヤもそうだから、子供たちはみんな背が高いのだろう。


 そんな家族団らんの中、針仕事をしていたマーヤが手を止めてエルを心配そうに見つめる。


「あまり無理をしちゃだめだよ、エル。父ちゃんと母ちゃんのことは心配しなくていいからね」


「分かったよ。でも冒険者って意外と儲かるんだよ。今日もモンスター討伐でなんと10Gも報酬が手に入ったんだ。昨夜始末した盗賊の分の報酬もじきに支払われるし、2000Gなんて意外と早く稼げそうだよ」


「そうかい・・・でも母ちゃんたちはエルが無事ならそれでいいから、無茶だけはしないでおくれ」


 その隣では父ちゃんも優しくうなずいていた。


 エルはこんな優しい両親の子供に生まれて、本当によかったと心の底から思った。




            ◇




 深夜、家族が寝静まった頃、エルはインテリと共に家の玄関口に座り込んで外を警戒していた。


 エルはもちろん女騎士の装備を身に付け、頭はフルフェイスの兜をかぶっている。そして手元には鋼鉄の両手剣をいつでも抜ける状態にしてある。


「アニキ、今日も盗賊たちはやって来るんすかね」


「分からん。さすがに昨日の今日だし向こうも警戒しているだろう」


「そやけど盗賊は不良どもと同じで、やられたら倍にしてやり返すというか、面子を大事にする所があるから気を付けた方がいいっす」


「ああ・・・その辺は関東も関西も似たような物だ」


「・・・ところで話は変わるんですが、アニキの家族って、みんなアニキとよく似てるっすね」


「そりゃあ家族なんだから似てて当たり前だろ。ていうかお前、全員煤まみれで真っ黒な顔なのに、よくそんなことがわかるな」


「これでもワイは妖精の端くれですし、人間には見えないもんも、ぎょうさん見えるんですわ」


「それは凄いな。ちなみに俺は母ちゃん似だと、みんなからよく言われる」


「ええ、ホンマにそっくりですね。顔もそうですが、胸や尻がデカい所なんか瓜二つですわ」


「・・・ま、まあな。余計な所が母ちゃんに似ちまったから、こんなに苦労してるんだけどよ。それから弟のジェフとヨブは父ちゃん似だな。青く澄んだ瞳がとても綺麗だろ」


「ホンマ、うらやましいほどの美男子ぞろいですね。ワイもあないな顔に生まれてたら今頃、大人の階段をてっぺんまで上り詰めてたはずやのにな」


「そ、そうか・・・ていうかお前には弟たちが美男子に見えるのか」


「妖精の目は伊達やあらへんで・・・そやから、ホンマに不思議やなあって思うことがありますねん」


「不思議なこと? ・・・何がだ」


「変な話、奴隷の家族なんて本当に血のつながりがあるかどうか、分かったもんではあらへん。正確に言えば父親とその子供が赤の他人なんてことはザラや。デニーロの野郎と対峙したアニキには、その理由がわかると思いますけど」


「・・・ああ、悲しいことだがそんなもんだろ。この奴隷長屋には、デニーロや他の主人たちの血が流れている奴隷が何人もいるに違いない」


「ところがアニキの家族だけは他の奴隷たちとは明らかに外見が違う。全員が高身長で見事なまでの金髪。これって奴隷の家族としては異質でっせ」


「確かにそうだな・・・今まで考えたこともなかったがどうして俺の家族だけ・・・」


「そんな中で、もう一つの疑問が」


「何だ、早く言ってみろ」


「アニキ以外は見事な碧眼やのにアニキだけは翠眼、澄んだエメラルドグリーン。翠眼なんて滅多にいないのにどうしてなのかと」


「・・・それは多分、父ちゃんか母ちゃんの祖先にそういう眼をした人がいたのかも知れんな」


「隔世遺伝ですか・・・なるほど」


「ちょっと待て、話は終わりだ」


「へえ、ワイも今気がつきました。今夜も盗賊がワンサカ湧いてきましたな」


「ああ、昨日よりも数が多い。だがその程度の人数でケンカ無敗のこの桜井正義を倒せると思うなよ。関東の総番長の実力を思い知らせてやる。行くぞ!」


「へいアニキ!」

 次回から新章です。お楽しみに。


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