プロローグ
こう見えても俺は中学校時代は番長だった。
小さい頃から、本宮先生や宮下先生の描く硬派な男たちに憧れ、大きくなったら男気あふれる番長になりたいと思っていた。
そんな俺は小柄ながらも腕っぷしが強く、ケンカをすればまず負けたことがなかった。そして中学を卒業する頃にはいくつかの学校を束ねる総番長にまでのし上がっていたのだ。
だが手下の不良どもを束ねながら、ある日俺はふと思った。
「これは俺が目指していた男の生き様じゃねえ!」
時は昭和50年代。
全国各地で学校が荒廃し、校内暴力が日常茶飯事だったこの時代、不良は大人たちへの反発もあって鬱憤を晴らすかのように暴れまわり、そこに漫画の主人公のような硬派な生き様は微塵も感じられなかった。
学校の窓ガラスは叩き割られ、先公の顔は不良どもに殴られた生傷が絶えず、校庭にはタバコの吸い殻やシンナーのビニール袋が散乱し、カツアゲや万引きで警察のお世話になる手下どもが後を絶たなかった。
そんな学校だから、卒業式の日にはその筋の人たちがスカウトにやって来る始末だったが、俺は中学卒業を機に地元関東から離れ、祖父母が住む関西の高校に入学することにしたのだ。
俺が入学したのは公立の工業高校だったが、そこでは番を張らずに一匹狼として硬派な生き様を貫き通すことにした。
もちろんバカな俺でも入れる学校なので、そこの生徒の大半は不良だ。ケンカは日常茶飯事で、俺は売られたケンカは全て買ったが、それでも不良どもとつるむことは決してなかった。
特に最初は「関東弁を喋るいけ好かねえ野郎」として格好のターゲットにされていたが、全て返り討ちにしていくうちにやがて俺に近付く者はいなくなった。
・・・いや、一人だけ俺に懐いている男がいる。
「おいインテリ。今日は三宮に行くぞ」
「ちょっと待ってえな、アニキ~」
終業のチャイムが鳴ると同時にさっさと教室を出た俺は、唯一の相棒であるインテリと共に関西有数の繁華街に行くことにした。
コイツの本名は西秀一だが学校でも一二を争う秀才なので俺があだ名をつけてやった。ケンカはからっきしだが引っ越してきたばかりの俺に色々と教えてくれる頼もしいヤツだ。
そんな相棒と、距離にして数駅ほどの場所にある繁華街に行くため電車に乗った。
ちょうど学校の終わる時間帯で、ウチの生徒がゾロゾロと電車に乗ると、乗客がそそくさと席を立って隣の車両に逃げて行ってしまう。
それだけウチの学校がワルの巣窟として恐れられている証拠なわけだが、ちょうど空いた席に不良どもが腰を下ろそうとしたため、俺は一喝してやった。
「おいお前、そこに立っている爺さんに席を譲れ」
「んだとこらぁ! いてまうど、われ!」
不良どもは当然の如く反発するが、俺は男の生き様を貫き通すと決めてこの関西にやってきたのだ。
「それが貴様らの男の生き様と言うなら、その腐った性根を叩き直してやる!」
そう言って俺は、不良どもの一人の襟首を掴んでひねり上げ、鼻先すれすれまで顔面を近づけてメンチを切ると、
「おい・・・このチビまさか桜井正義やないか?」
「やべっ! いつも男の生き様がどうとかほざいてる頭のおかしい関東人やでコイツ」
頭がおかしいのはお前らの方だが、ようやく俺の生き様がウチの学校にも浸透してきたのか、不良どもは無駄な抵抗をせずにそそくさと逃げ出してしまった。そして空いた席に爺さんを座らせようとしたが、
「アニキ、爺さんはとっくの昔に隣の車両に逃げてしもうたけど・・・」
「逃げただと? なぜだ」
「爺さんだけやなく、他の乗客も全員逃げてしまいましたわ」
周りを見るとこの車両には既にウチの生徒しかおらず、特に俺の周りは不良ですら寄り付かず座席が一列全て空いていた。
「仕方ないな。たった数駅だが座るかインテリ」
「へい、アニキ!」
そんな感じで硬派な生き様を貫こうとしても、いつも空回りして上手くいかないのが俺の日常だ。現実は漫画のようには行かないものだな。
さて三宮に着いた俺たちは、特に当てもなくブラブラと街を歩いていた。
街には堅気の一般人に混じって色んな学校の生徒たちが放課後を楽しんでいたが、その全員がウチの制服を見ると視線を合わさないように道を開けていく。
ここ三宮でもウチの学校は恐れられていたがそれもそのはず、ウチの不良どもは他校生を見つけては路地裏に連れ込んでカツアゲをしたり、他校の不良どもと殴り合いのケンカをしたりやりたい放題なのだ。
俺は現場を見つける度にそれをやめさせているが、せっかくカツアゲから助けてやっても俺の顔を見ると顔面蒼白になって財布を差し出し逃げ出してしまう。その度にそれを交番に届けるため、警官たちとはすっかり顔見知りになってしまった。
そして今日もウチの不良ども3人が近くのお嬢様学校の女学生たちをナンパしていた。
恐怖で顔の引きつった女学生を無理やりどこかに連れて行こうとするウチの不良どもだが、それを止めようとする者は誰もおらず、通行人たちは見て見ぬふりをしてこの場を通り過ぎ去ろうとしている。
「こらお前ら! 女学生が恐がってるだろ!」
当然のように俺はそれを止めに入るが、女子の前で格好をつけたかったのか、その不良どもは3人がかりでいきなり俺に殴りかかってきた。
「邪魔すんなやこのチビ! しばくぞコラァ!」
3人の不良に対し、インテリは全く戦力にならないため俺1人で相手をするが、未だケンカで負けたことのない俺は3人をボコボコにシバキ倒すと、そいつらは捨てゼリフを残して逃げていってしまった。
そして俺に助けられた女学生たちは、
「ヒーーッ! ら、乱暴しないでお願い・・・」
「わ、私は彼氏がいるから乱暴なことだけは止めて。お金ならいくらでも払います・・・」
「う、う、うわあああん!」
彼女たちはさっきより数倍ビビってしまい、周りの通行人も血相を変えて逃げ出していく。どうやら勘違いをさせたようで、俺は彼女たちを安心させるためにちょっとしたアドバイスをしてあげた。
「女学生だけで街を歩くと危ないぞ。彼氏でも誰でもいいから男をボディーガードにつけとけ。なんだったらこの俺が一緒に・・・」
「「「ぎゃーーーっ!」」」
俺がボディーガードを引き受けようとすると、顔面をひきつらせて猛ダッシュで逃げて行ってしまった。
「行ってしまった。やれやれだなインテリ」
俺は郵便ポストの陰に隠れていたインテリに声をかけると、ホッとした顔で出てきて、
「アニキ、女学生なんて古い言い方今時しませんて。最近は女子高生っていうんですわ。それにナンパはもっとスマートにやらんと女をモノにはできませんて」
「バカ野郎。この男桜井正義、ナンパなんか生涯一度もしたことがねえ! 俺はただ困っている女を見たら何とか助けてやりたいと思うだけで、惚れた女以外に手を出す気は一切ねえ!」
「へえ、アニキにも好きな女がいたんですか。それってウチの高校のスケバンっすか?」
「スケバンなんかに興味あるかっ! 俺は本宮先生の作品に出てくるような、お淑やかだが芯のしっかりとした大和撫子が理想なんだ」
「そんなええ女この世に実在するはずあらへんがな。つまりアニキはまだ女とつき合ったことがないってことやな。へへへ、ワイと一緒ですね。あぁあ、どこかに簡単につき合ってくれるええ女いてへんかなぁ」
「おいインテリ。真の男たるもの、女の尻を追いかけるものじゃないぞ。どっしりと構えていれば向こうからやって来るものだ」
「助けた女に逃げられてばっかりのアニキにそないなこと言われてなあ・・・。アニキもツラは悪くないんやけど、その格好をまずどうにかせんと」
「格好だと? これのどこがおかしい」
俺は自分の格好を確認するが、何もおかしなところはない。だが
「今時、そんなボロボロの学ラン着こんでるヤツいませんて。それにその古くさい学生帽、そんなもんどこで買うたんですか」
「これか? これはバンカラ帽といって、昔の大学生がかぶっていたヤツだ。この下駄も帽子とお揃いだ」
「アニキ、その下駄もやめた方がいいっすよ。今時、下駄を履いて高校に通うヤツもいてませんし、アニキはそんなだから女にモテへんのですよ」
「俺はモテたくてこの格好をしているわけじゃない。これが硬派な男のバンカラ装束なんだ」
「じゃあアニキがいつも口に咥えているそれも」
「その辺の草だ。名前は知らん」
「はあ・・・」
インテリは俺の言うことに納得してないらしいが、今は不良も堅気も猫も杓子も恋愛ばかり。不良漫画にさえ惚れた腫れたの女の尻を追いかける類いのものが増えてきている。
俺のように真の男を目指す者には、本当に生き難い世の中になったものだ。
「そう言うインテリは彼女が欲しいのか」
「そりゃワイも健康な男子ですから早く彼女を作って大人の階段を駆け登りたいに決まってますがな。そやけどアニキと違ってワイはケンカも弱いしウチの女子は全員スケバンやから、ワイなんてとてもとても」
「そうか。だがなインテリ、彼女との出会いは運命で決まっているんだ。時が来ればお前にも生涯連れ添う理想の彼女が現れる。それまで気長に待つことだな」
「・・・アニキって意外と乙女チックなんすね」
だがその時、俺たちの方に向かって一台の車が猛スピードで近づいてくるのが見えた。
黒塗りのスモークガラスの外車で、その筋の人達が好んで乗る車だったが、その窓がゆっくり開くと中の男がチャカを構えたのだ。
その男の視線の先には、やはりその筋の男たちが車を降りている所で、その中心には初老の強面の男が若い衆に守られていた。
しまった、抗争の現場に巻き込まれたか・・・。
俺は静かにその場を離れようとしたが、さっきまで誰もいなかった射線の途中に、老婆が腰を擦りながらその筋の人たちに向かって歩いていくのが見えた。
「危ない!」
俺はとっさに走り出すと、その老婆を助けようと覆い被さった。
パーンッ!
乾いた銃声が1発鳴り響き、その次の瞬間には俺の意識はプッツリと消え去っていた。銃弾が運悪く頭部に直撃し、俺はその短い生涯を終えたのだった。
◇
神殿のテラスに佇む老婆に、その従者が尋ねた。
「大聖女さま、何かいいことでもあったのですか」
「ええ、とても素晴らしい人材を見つけたのです。自らの生命を投げ打って老い先短い老婆を助けるなど、中々できるものではありませんよ」
そう言って老婆から若い姿に戻った大聖女が微笑むと、従者は再び彼女に尋ねた。
「それはよかった。ではその者は」
「ええ、彼には生まれ変わって貰うことにしました。その人生は苦難に満ちた辛いものになるでしょうが、彼なら正義を貫いて強く生きていくことでしょう」
「彼・・・すると男ですか。ですがそれだと性別が」
「性別などどうでもよいこと。彼の持つ正義感こそ、この世界に必要なのです」
「・・・はあ、ですが本当に大丈夫でしょうか」
「彼なら、いいえ彼女なら大丈夫です・・・きっと」
新連載開始です。
前作から引き続きの読者様も、今回初めての読者様も、早速本作をお読みいただきありがとうございます!
次回から本編開始です。お楽しみに。
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