第2章〜映文研には手を出すな〜⑨
クラスメートの女子ふたりと自宅を出たオレは、最寄りの光陽園駅から電車に乗り、北口駅で降りる樋ノ口さんと別れたあと、柚寿のアドバイスどおり、瓦木さんを彼女の自宅に送り届ける。
(妹は、帰り際にちゃっかりと、クラスメートのふたりとメッセージアプリのLANEのアドレスまで交換していた)
ちなみに、現在のオレの身なりと言えば、瓦木さんの代わりにザ・ノ○ス・フェイスのリュックサックを左肩にかけ、持ち運び用のケースに入れた取材用デジタルハンディカメラは右肩に、さらに、左手にトマガリのケーキが三つ入った紙箱を持つという、はたから見れば、いったい、どの場所からどの場所に向かって移動しているのか、さっぱり想像がつかないであろう異様なモノだった。
「ごめんね、荷物が多いのに、リュックまで背負ってもらって……」
「いや、今日は、みっちりとスキンケアや眉の手入れについて教えてもらったからな……そのお礼だ、と思ってくれ」
彼女と、そんな会話を交わしながら、北口駅から南に伸びる路線に乗り換えて、二駅目の終着駅で降りる。
瓦木さんの自宅は、駅から徒歩五分ほどの場所にあるシンプルな賃貸マンションだった。
「映文研の部長さんの豪華マンションとは違って、小ぢんまりしてるでしょ?」
自嘲気味に自宅についての見解を述べる彼女に、
「オレも、バアちゃんと、いまのマンションに住む前は、柚寿とこれくらいの大きさのマンションに住んでたよ」
と、数年前のことを思い出しながら応じる。
今日、クラスメートを招いた光陽園駅近くのマンションには、柚寿が中等部に入学するのと同時に引っ越した。
父親から直接聞いたわけではないが、祖母が語るところによると、いま自分たちが住んでいる部屋は、ゼロが八つ並ぶほどの金額になるらしい。
「差し支えなければ聞いてもイイ? あんな豪華なマンションに住んでるって、ご両親は、どんなお仕事をしてるの?」
いまのオレたちの自宅を購入した経緯が気になったのか、彼女は、屈託のない表情で、そんなことを聞いてきた。
「あぁ、話してなかったっけ? うちの父親は、漫画家なんだ。『Panicる』って、タイトル聞いたことない?」
「読んだことは聞いたことある! アニメにもなってるよね、確か!? 深津くんのお父さんって、そんなに有名なヒトだったんだ!?」
「あの作品は、オレが小学校に上がるころには週刊誌での連載が終わってて、いまは、スマホのアプリ向けにマンガを連載してるけどな……」
驚いたように声をあげたあと、オレがさらに説明を加えると、彼女は「そっか〜」と、感心するようにつぶやいた。
実際、億に近い額を現金一括で支払ってマンションを購入するなど、父親の仕事でなければ、かなり難しかっただろう。もっとも、父親自身は、色々な事情が重なり、離れて暮らしている自分と柚寿に対し、かなり後ろめたい想いがあるようだが……。
オレとしては、ふたりの子供を大学受験の心配のない私立の一貫校に進学させてくれただけでも、とても感謝している。
瓦木さんとの会話で、離れて暮らす父に想いをはせていると、三階にある自宅のドアにたどり着いた。
「荷物、ありがとうね! 手狭なところだけど、良かったら、上がって行って!」
朗らかな口調で語る彼女の言葉に甘えて、瓦木家にお邪魔することにした。
そう言えば、クラスの女子を自宅に招くことが人生初めてなら、女子の家に上がらせてもらうのも初めてだ。
思いがけないイベントの連続に、動揺したココロを彼女に悟られないよう、なるべく表情を崩さずに行動するよう心がける。
「どうしたの? 固い表情で……あっ、もしかして、女子の部屋に入るのが初めてで緊張してるとか?」
「なっ……!? そんな訳ね〜し」
こちらの努力も虚しく、いきなり核心をついてきた彼女は、オレの表情に狼狽の色を見て取ったのか、クスクスと笑いながら、相変わらず朗らかな口調で返答する。
「まっ、そんなに硬くならなくてイイから! 荷物は、廊下に適当に置いておいて!」
彼女の言葉に従い、玄関からすぐの場所にリュックを置かせてもらう。
「あと、今日のお礼に、ケーキを持ってきたんだ。三つあるから、家族の人にも食べてもらって……」
リュックを背中から下ろし、ケーキの紙箱を渡そうとすると、
「わぁ、ありがとう! 三つもあるんだ!? じゃあ、これは、冷蔵庫に置かせてもらうね」
クラスメートは、そう言って、箱を受け取り、廊下の奥のリビングに消えていく。
そうして、リビングからすぐに戻ってきた彼女は、ビデオカメラのケースを肩から下げたまま、手持ち無沙汰の状態で玄関からすぐの場所に突っ立っていたオレを見て、
「あ、ゴメンね! わたしの部屋、そこだから」
と言って、こちらから向かって左手側の一室を指し、
「さっ、遠慮なく入って!」
と、自室に招いてくれた。
六畳ほどの広さの彼女の部屋に入ると、アロマの効果だろうか、かすかに柑橘系の香りが漂ってくる。
レモンに似た爽やかな芳香のなかに、ほのかな甘さを感じられるその香りは、緊張気味だったオレの心をほぐすように落ち着かせてくれた。
リラックスし、落ち着いた気持ちで部屋を見渡すと、全体的にシンプルでセンスの良い装飾のなかで、ひときわ目立つ円型の大きめのライトが目についた。
「あれは、動画の配信撮影をするときに使うのか?」
校内では、まともな活動などしていないと認識されていると思われる映文研だが、やはり、映像の撮影が主な活動内容である自分としては、照明器具などの小物は、やはり気になる。
「そうだよ! わたしは、基本的にスマホで動画を撮影することが多いから、良く使ってるんだ!」
彼女は、そう言うと、「それより……」と、澄ました顔で言葉を続ける。
「今日は、わたしのインタビューを撮影しに来たんじゃないの? 答えられることなら、何でも答えるよ?」
相手の方から言い出してくれるとは思わなかったが、せっかくなので、彼女の申し出に乗らせてもらうことにする。
ここから、ドキュメンタリー素材用の密着インタビュー in 瓦木家の撮影が始まることになった。




