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第2章〜映文研には手を出すな〜⑤

 ネット・スターの戦略〜瓦木亜矢(かわらぎあや)の場合〜


 土曜日の朝、休日にしては、いつもより少し早く起きたわたしは、モルモットくん……もとい、映文研の部長さんに使ってもらうスキンケア用品などの大量の美容グッズをリュックに詰め込み、北口駅の待ち合わせスポットになっているカリヨン広場でリコと合流して、深津家を目指した。


 祝川沿いを進む光陽線の終着駅の光陽園駅から、徒歩十分ほどの場所にある複合施設を備えた大型マンション――――――。

 深津兄妹(きょうだい) は、この分譲マンションの一室に、お祖母(ばあ)さんと三人で暮らしているそうだ。


「はぁ〜、話しには聞いていたけど、豪華なマンションだね〜」


 リコが、関心したように声をあげる。

 彼女の言うように、横に伸びた巨大なビルのようなその建造物は、マンションというよりも、リゾートホテルの建物のように見えた。


(お家賃は、うちの2LDK賃貸の何倍くらいするんだろう……?)


 ついつい、庶民的なことを考えながら、LANEで送ってもらった住所から、二棟あるうちの南側の建物に進む。

 エントランスホールのインターフォンで呼び出しを行い、七階にある一室の前でドアホンを押すと、


「は〜い!」


という明るい声とともに、深津くんの妹のユズちゃんが、ドアを開け、わたしたちを出迎えてくれた。


「今日は、うちのお(にい)のために、わざわざ、ありがとうございます」


 中等部にしては、丁寧な言葉で応対をしてくれるユズちゃんに続いて、玄関の奥から、ぶっきらぼうな口調で、今日の主役が声をかけてくる。


「ふたりとも、ありがとうな……遠慮なく上がってくれ」


 グレーのスウェット姿からは、それなりに清潔感を感じられたものの、無造作に伸びて額をおおっている前髪と覇気を感じさせない黒縁のメガネ姿は、


(これは、一筋縄じゃ、いかない感じね……)

 

と、わたしに気合を入れさせるのに十分な雰囲気だった。

 深津家のふたりによると、お祖母(ばあ)さんは買い物に出かけているとのことだったので、ご挨拶は後回しにして、スキンケアの実践に入ることにする。


 わたしの自宅とは、比べ物にならないくらい広い玄関の先にある廊下を右手に曲がると、そこには、高級ホテルのような設備のパウダールームが広がっていた。わたしとリコ、当事者である深津(あに)、さらに、彼の妹のユズちゃんの合計四人が集まっても十分に余裕のある空間だ。

 ここが、今日の《スキンケアおよび眉のお手入れ》実践編のメインステージになる。


「カメラの準備は、こっちに任せてくれ」


という映文研の部長の言葉のとおり、ドキュメンタリー撮影の準備は彼にまかせて、わたしとリコは、スキンケア用品の準備に入った。

 映文研の備品である二台のデジタルハンディカメラを学校から持ち帰ったという深津(あに)は、カメラの準備を終えたあと、テストを兼ねているのだろうか、洗顔フォームや化粧水、乳液を取り出すわたしたちのようすを撮影している。


「こんなにたくさん持って来てくれたんですね! そのリュック重くなかったですか?」


 わたしを気づかうように、ユズちゃんがたずねてくる。


「『やる時は、徹底的にやる!』が、わたしのモットーだから……深津くん、覚悟してね!」


 妹さんからの問いかけを、あえて、今回の企画の主役への激励に代えたわたしの言葉に、右手でカメラを構えた映文研の部長は、わずかに口角を上げたあと、左手で親指を立てる仕草を取った。

 そして、いったん、撮影を停止したのか、彼はハンディカメラの小型モニターから視線をわたしたちの方に移すと、


「瓦木さん、そのまま、スキンケアのコツを語ってくれないか? オレは、あんまり見たことないからわからないけど……固くならずに、瓦木さんが、いつも配信してる動画と同じように話してくれて良いから……」


と、撮影監督のような要求をしてきた。

 

 いや、急に話しを振られても困るんだけど――――――。


 でも、もしかすると、ドキュメンタリー作品というのは、そういうモノなのかも知れない。

 それに、「いつも配信してる動画と同じように」話して良い、ということだったので、わたしは、コホンと咳払いをして、撮影監督の合図を待ってから、ゆっくりと話し始めた。


「まず初めに、スキンケアに欠かせない三つのステップについて、説明させてもらうね!

 基本その1 「洗顔」で皮脂や汚れをしっかり落とす!

 基本その2 「化粧水」で水分の補給をしながら肌を弱酸性に戻す!

 基本その3 「乳液」でうるおいを閉じ込める!

 女性が、基本的に毎日やってることだけど…実は、男性にとっても、必要なことなんだ!」


 カメラマンがいることで、最初は、「緊張するかも……」と思っていたけど、話し始めると、いつものようにスマホのカメラに向けて話しているときと同じように、言葉が、自然と口をついて出た。


「女性に比べて、男のヒトは皮膚が厚いからか丈夫と思われがちだけど……実際には、水分量は女性の肌の半分以下で乾燥しやすく、しかも皮脂分泌は女性の三倍! 肌トラブルの原因になる菌が繁殖しやすい環境にあって、意外とデリケートなんだ! しかもシェービングによる肌への刺激もあって、女性よりも習慣的に肌へのダメージが蓄積されやすいから……だから、男性にこそスキンケアへの注力が必要なの」


 笑顔を交えながら語ると、カメラの外側のリコは、笑顔でうんうんとうなずき、ユズちゃんは、目を見開いて、こちらを凝視している。


「それじゃ、最初に、基本その1の洗顔のコツを説明するから……深津くん、ヘアバンドを用意して、洗顔の準備をしてね」


 カメラに向かって、そこまで語ると、感心したような表情の撮影監督から、「オッケー! ありがとう、瓦木さん」と、声がかかった。

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